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ep10.メリーヌとの再会

 夜もすっかり更けてきた頃、僕は未だにベッドの上で寝付けずにいた。


 ネロの話を聞いてからというもの、ずっと彼女のことばかり考えている。


 人々から恐れられてきたあの魂喰の魔女は、もともと人間だった……。

 僕たちと同じ人間だったのだ。


 困っている人たちを救うために全力を尽くした健気な少女……。

 誰かのために頑張ってがんばって、みんなの笑顔を育もうとしていた。


 それなのに……僕たち人間は手を差し伸べてくれた彼女を裏切った。歩み寄ろうとしていた彼女の想いを踏みにじり、悪しき魔女として罵倒した。


 自分たちのために良くしてくれたら女神として勝手に祀り上げて、恐れる対象となった瞬間には手の平を返したように拒絶する。


 ほんの少し……ただほんの少し、他の人たちと違うだけで化け物だと迫害されてしまう。本当に身勝手な話だった。


 これが僕と同じ人がすることなのかと思うと、何ともやるせない気持ちになってくる。自分じゃない、他人が仕出かした過ちであるにもかかわらず、僕の心を深く黒く塗り潰していく。










 僕はまた暗闇に包まれた屋敷の中をふらふらと彷徨う。誰かに取り憑かれたかのように、ただ彷徨う。


 すると、ふわふわと屋敷の中を漂う青い光が視界に映り込んだ。以前にも見たあの淡くて儚い光だった。


 僕を導いてくれる彷徨える輝きは屋敷の奥へといざなう。ネロのことしか考えられない今、ぼくはその光に惹かれる蝶のように淡々と足を進めていく。


 歩くたびにその光は段々と勢いを増していった。


 本当に淡い光で、触れてしまえばすぐにでも弾けてしまいそうだった。でも今の僕にはそんな小さな輝きでもとても温かく感じられる。さらに、とても眩しくも感じられた。


 そして、僕を包み込んでくれるように光が一本の道を標してくれる。


 この道は……たくさんの花々が咲き誇る中庭へと通じる道……。


 もしかしたら、ネロがそこにいるかもしれない。逢いたい……彼女の顔を見たい……そんな一心に、僕は突き動かされた。


 たくさんの光たちと共に僕は中庭へ足を踏み入れる。その瞬間、眩い光が僕のことを包み込んでくれた。


 眩しくて周りがよく見えない……。

 それでも、微かに光の中心にその人影が見える。


 いた……。

 僕が探していたネロがそこにいるのが見えた。たくさんのプルームの青い花々に囲まれて彼女たちを見守る女王の花を見つめて佇んでいる。




「……やっぱり、来てしまったのですね」




 僕の存在に気づき、ネロはそっとこちらへ振り向く。僕を見つめるその眼は深い悲しみに包まれていた。まるで何か罪悪感に苛まれているかのような、何か諦めてしまったかのような表情で、黙ったまま僕のことを見つめ続けている。


 それに思わず口をつぐんでしまう。何も喋れないまま僕もまた、彼女のことを見つめ続けていた。でも以前までのような震えは決して起こらない。今の僕はもう、彼女を恐ろしき魔女とは思っていなかったのだ。


 ひんやりとした静寂の中、僕たちの間に青白い光の群れが蝶の姿となって次々と羽ばたいていく。まるで花の甘い蜜に誘われて群がるかのように、光の蝶たちが女王の花に向かって吸い込まれていってしまう。


 再び巻き起こる眩い光。膨れ上がった光が一気に弾き出された次の瞬間、あの巨大な花びらが更なる開花を引き起こした。




「えっ……ね、姉さん――ッ!?」




 目の前に突如と現れたその光景に、思わず自分の目を疑った。


 大きく開かれたプルームの花びらの中からあの、メリーヌ姉さんが姿を現したのだから……。


 姉さんとの再会に僕は全身を震わせた。もう逢えないと思っていたから目の前に姿を現した姉さんを目にして、嬉しさのあまり大きな声を上げた。


 しかし、再会を喜ぶ弟の声に姉さんは何も答えてくれない……。


 そこでようやく僕は気づいた。姉さんは……メリーヌ姉さんは眠っていた。


 それはそれは、本当に安らかな表情で巨大な花びらのベッドに包まれて深い深い眠りについていたのだ。


 喜びから一気に転じて悲しみに心が食い潰されていく。知らず知らずのうちに僕の頬には、幾多にも渡って涙の跡が通っていた。




「あぁ……ぁあ……ね、姉さん――!」




 何もかもが、信じられなかった……。


 そうだ……姉さんはきっと疲れ切ってしまい、眠ってしまっているだけなんだ。


 きっと、そう……そうに違いない。


 もしかしたら、狸寝入りをしているのかもしれない。姉さんって優しいけど、本当に意地悪だから……ボクに意地悪をしているのだ。


 一年間もほったらかしにしてたんだもん……。

 だからそうやって、ボクをびっくりさせようとしているんだ……。


 ボクは一歩ずつ、一歩ずつ……姉さんに歩み寄る。蝶たちが花の甘い蜜に惹かれたように、ボクも花びらの上で眠りについた姉さんに惹かれて……ゆっくりと、でも確実に歩み寄った。


 あと少しで……あともう少しで姉さんにボクの手が届く。また触れられる……姉さんの温もりに触れられる。早く包まれたい……姉さんと一緒にハヤク……。




「――やっぱり駄目ですっ!!」




 突然、ネロが姉さんに歩み寄ろうとしていたボクを力一杯に引き止める。相変わらず、その華奢な体からは到底考えられないほどの力を彼女から感じた。


 それでもボクは歩みを止めない……。


 目の前にはボクが今までずっと求めていたあの姉さんがいたのだから、たとえネロの制止であっても歩みを止めるわけにはいかなかった。


 だって、これでもうボクは独りぼっちじゃないのだ……。


 独りぼっちじゃなくなる……。




「姉さん……あぁ……今イクカラネ……」


「くっ……! やはり、あなたを逝かせるわけにはいきません……それが、彼女と交わした約束なのですから――ッ!!」


「えっ……やく……そく?」




 約束……その言葉だけが、錯乱していた僕の耳に届く。ネロが口にした今の言葉は一体どういう意味なのだろうか……。


 姉さんを間近いして、僕はネロの方へ耳を傾ける。ネロは耐えがたい苦痛からも必死になって耐えようと唇を真っ赤に噛み締めていた。そのせいで、ネロの口元から一筋の血が流れ出している。


 そこで僕はようやく正気に戻り、ネロの眼をじっと見つめた。




「はい……そうです。私はあなたに嘘をついていました」


「う、うそ……? それは一体どういうこと?」


「――本当はアルフォード、あなたのお姉さんであるメリーヌとは一度、お会いしています。ちょうど今から一年前に、この丘で……」




 ネロから話されたあまりにも衝撃の言葉に、僕は言葉を失う。


 しかし、それに失望の念を抱くことはなかった。むしろ、どうしてそんな嘘をついてしまったのか、知りたかった。


 僕は黙ったまま、ネロの眼を見続ける。ネロを掴んだ手が震えている。これから聞かされる事実をどう受け入れれば良いかと体が拒絶反応を起こしている。


 それはネロも同じだった。


 でもそれ以上に、僕は真実を知ることを望んだ。だから決して目を逸らすことなく、ネロの眼を見つめ続けたのだ。




「教えて……僕はもう、大丈夫だから……」


「……分かりました。それでは真実をお話しましょう。今度こそ、真実を余すことなく、包み隠さずに……」

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