最強の奴を目指した私
中学生ながら、将来の金メダリストとまで言われ、柔道界を激震させた男がいた。
黒波 心弥
口癖は
「決まった!」
で、その口癖と共に、最高の笑顔で、会場に拍手を巻き起こしていた事を、私は鮮明に覚えている。
そして黒波心弥は、中学二年生の時、勝てば全国大会に行ける決勝戦を、十数秒で決めた。誰もが、そのまま日本一になると思っていたし、その頃の私はそのまま世界一になるんだと信じていた。
その年の全国大会には、欠場者が一人だけいた。
その一人は、柔道界から姿を消した。
「や!!」
ドスン!と音と共に、ぐぇ!と情けない男の声が響く。
「先輩。もう一本お願いします。」
私は息を整えながらそう言う。
「い、一文字、休憩!てか終わり!体がもたん!」
三年生の男子の先輩はそう言う。
「お疲れ様でした。」
頭を軽く下げ、私は下がる。
「千璃ちゃんお疲れ様ー。カッコいいよー。」
「うちの期待のエースだなー。ここらへんではもう一番だろ。」
三年生の先輩達に誉められた。
「…でも、私はもっと強くなります。越えたい人がいるので。」
宣言する。
おー!っと歓声が上がった。
1ヶ月前に、私は高校生になった。柔道部だ。偶然同じ高校に黒波心弥が入学する、という本当かどうかもわからない情報を頼って、柔道部に入ったが、黒波心弥はいなかった。
私の憧れであった人。そして、最も倒したい、越えたい、と思った人。
次の日。私はいつも通りの朝を迎える。
少し体をほぐした後、朝刊を取り、シャワーを浴びた後に歯を磨き、朝食を食べ終えて学校に行く。
なんの変わりも無い1日だ。
20分くらい歩いて学校に着き、教室に入る。席に着く前に友達に、おはよ、と言うのを忘れない。朝の挨拶は基本中の基本だ。
そんななんの変わりも無い日の事だった、
二時間目、数学の授業だが、先生がなかなか来なかった。周りは、このまま自習になんないかな?とドキドキしていた。私は遅れてるだけだろうな。と冷静に考えていた。
「…今日は…そこの寝てる奴!」
隣のクラスの授業が聞こえてきた。
「え、俺?俺か?……三択か……。……三番!!」
寝てたらしい男子の声が響く。
「ちっ、正解。」
どうやら当たったみたいだった。よかったね、男子君。心の中で誉めておく。
「うし!!決まった!!」
耳に入ってくる、聞いた事のある台詞。
「ちくしょー、運がよかったな、黒波。」
「心弥頭いいー!」
「はははー。三択は任せろー。」
その会話を聞いてすぐ、
「すまんすまん。」
全く悪びれた様子も無い数学教師が入ってきた。あだ名はハゲタカだ。
数学の授業は全然耳に入らなかった。
キーンコーンカーンコーン……
放課後のチャイムが鳴る。
ガタン!と私は席を立ち、教室を出た。
目的地は隣のクラスだ。
ガラガラッと、隣のクラスの扉を開けた。
掃除をしていた生徒がこっちを見る。
「黒波心弥はいますか?」
聞いてみる。
「心弥?もう出てったけど…」
掃除していた男子が答えてくれた。
部活では無い、と思う。なら、帰った、かな…。どの道一足遅かった。
「…そう。ありがとう。」
そう言って私は出て行った。
いつも通りに部活を終え、私は家に帰ろうとするが、今日は歩みがどうしても遅くなる。
灯台下暗し。まさか隣のクラスにいるとは、
私は、黒波心弥の事を考えていた。
学校にはいた。でも柔道部ではない。…何故だろうか…。…考えていると、
ヴーヴー。ヴーヴー。
携帯が鳴る。
一瞬ビクッとしてしまった。
母からだった。
「今日はいつもより遅いけど大丈夫?」
そのまま時間を見てみる。
21時30分
確かにいつもより遅くなってしまった。…帰ろう。そう思いペースを上げた。
「こんな時間に、何をしている?」
振り返ってみると、
げ!ハゲタカ!
「しかもこんな店の前で…」
店?……居酒屋。…ち、違う!
「……親御さんに報告する。」
ハゲタカは私を引っ張って私の家方向に歩きだした。
「か、考え事してただけです!居酒屋になんか用事はありません!!」
「…親御さん心配してるんじゃないのか?…いいから行くぞ。」
さらに腕を引っ張られる。
「ち、ちょっと!」
め、めんどくさい事になる!そう覚悟した。
「もしもーし?」
呼びかけにハゲタカも私も振り向く。
ガシッ!
と捕まえられ、
ズダァァァン!!!!
とハゲタカは地面に、背中から叩きつけられた。
うっ、………っと声が聞こえた後、気絶するハゲタカ。
「決まった。」
ハッ!と私はそいつを見た。
「黒波、心弥?」
呼んでみると
「うん?あっ、おんなじ学校の制服。………こ、こいつハゲタカ!?…あららぁー……。」
悩んだ様子を見せる。
「…まぁバイトバレてないからいっか。」
開き直りやがったこの男。
…どうやらここでバイトしているらしい。バイトの制服?みたいなのを着ている。制服には、
(酔いつぶれた上司の屍を越えていけ!!)
と書いてある。どういう事だ。
「…うし、そうだ。」
黒波心弥はハゲタカの腕をズルズル引っ張り、
「ぃよいしょぉ!!」
ゴミ捨て場に放った。ドシャア、と音をたてズブズブと沈んでいくハゲタカ。ダメな大人の鏡だ。
「これで違和感ないだろ。」
「いやいやいやいや。」
私はやっと声が出た。
「……なんで?」
色々聞きたいが最初にこの言葉が出た。
「後ろから見てもハゲたおっさんが女子高生の腕引っ張ってたら、危ない想像しかできない。」
そりゃそうだ。納得。
「幸い、まぁ、人一人くらいなら倒せる自信はあったしね。」
「知ってる…あんたの強さは、知ってる。黒波心弥。」
私は、睨むような目つきで言った。
「えーと…どっかであったっけ?えーと…」
「一文字千璃。」
「せんり?んー…、初めましてかな?よろしくせんちゃん。」
「せんちゃん言うな!!」
ヒュン!と肩付近に平手を放つ。が、
「おっとっと、」
難なく避けられる。
「なっ!」
思わず驚きの声が出る。
「俺もうちょっとバイトあるから、気をつけて帰れよーせんちゃん。」
そう言って居酒屋に入っていった黒波心弥。
いや、せんちゃん言うな。
次の日。ハゲタカは学校を休んでいた。休んだと聞かされて、思い出した私。…まぁいいや。
そして放課後。チャイムが鳴ると同時に出て行く。
ガラガラッ
「黒波心弥は?」
聞く。
「もう、いないけど。」
昨日と同じ男子に言われた。早過ぎでしょあいつ。
またいつも通りに部活を終えた。
部活仲間にマッ○行こー。と言われているので、今日はそっちについて行った。親にはちゃんとメールした。
メニューを適当に頼み、角の席にみんなで座った。
「それでね、先輩がねー……」
「そうなんだ。」
結構話が弾んでいる時、
「5番のお客様ー。どうぞー。」
店員が頼んだ分を運んできた。あ、どうも。と適当に返事をして、また会話に混ざった。
「ついでに、スマイルどうですかー?」
はぁ?と店員の顔を見ると、
「あ、せんちゃん。や。」
手を上げる黒波心弥。
制服には、
(俺のスマイルは200円!!)
と書いてある。だからせんちゃんって、
「っていやあんた金もらわなきゃ笑わんのかい!!」
平手で肩付近を狙うも、
「よっと、ではごゆっくりどうぞー。」
また難なく避け、仕事に戻っていった。異常に腹がたつのはなんでだろう。
会計の際、スマイル料金、という項目は当然無視した。
次の日。
ハゲタカが復帰した。一昨日よりもっとハゲたような気がしたが気のせいだろう。チャイムが鳴った瞬間教室を出た。
黒波心弥もちょうど出てきた。
「…?あ、せんちゃん。またね。」
そう言って走り出した。
今日は逃がさない!!
私も走り出す。
早い。めちゃくちゃ早い。私は足に自信があったほうだったが、今日その自信が打ち砕かれた。
本気で走っていた陸上部を汗ひとつ掻かずに抜くってどういうことよ。
今日は捕まえる事が出来なかった。
また次の日。
突然の事だった。
お母さんが病院に運ばれた。
6時間目を受けずに、病院に向かった。
「心配ないですよ。疲れがたまっていただけみたいですね。」
お医者様がそう言ってくれた。
…泣きそうになって損したよお母さん。
「もう、無理しちゃダメだよ。」
私が疲れてしまったけど、とりあえずホッとした。
「ごめんねー。おばあちゃんに手招きされちゃったよ。」
いやお母さん、それは相当危ないからね。
それとおばあちゃんまだまだ元気だからね。死んでないからね。
…どこのおばあちゃんに手招きされたのかは知らないけど、お母さんは大丈夫そうだ。
「じゃあ私行くね。ゆっくり休んでよ。」
そう言い、私は出て行った。
病院を出ると、外のほうから、知ってる人が歩いてくる。黒波心弥……
「…ちょっといい?」
頭を切り替えて、目を見ながら言う。
「ん?すぐ終わる?」
「答えによるわ。」
病院の中庭に、連れだした。
「色々聞きたいけど、いい?」
真面目な顔で聞く私、
「どうぞー。」
軽い感じで返す黒波心弥。
「単刀直入に言うわ。なんで、柔道をやめたの?」
「………」
一気に真面目な顔になる。
「中学時代、私は、あなたに、黒波心弥に近づきたかった。」
静かに、言う
「でも、今は違う。私は、あなたを越えるくらいの強さを身につけて、いける所まで上を目指してる。……中学二年生の時のあなたと違って…」
「………」
一瞬、ピクッと反応する。
「私は、逃げな−−−」
「逃げてねぇ!!!」
今度は私が反応した。
「逃げたのは………クソ…」
悪態をつく。
「黒波心弥。私と勝負して。」
え?と顔が上がる。
「どっちかが一本とったら終わり。時間は無制限。私が勝ったら…全部話して。負けたら、好きにしていい。」
「……」
コクンと頷く黒波心弥。
「ところで、今時間わかる?」
「?17時半前だけど…」
「何分?」
「……26分。」
ワケがわからなかった
「……せんちゃんごめん。一分以内で終わらせるよ。」
今までで一番、真剣な目つき。
ドキドキしたし、ゾクゾクした。
今私は、一番越えたいと思ってた人と対峙している。
負けるつもりは欠片も無い。
………こうして向かい合うと、あいつはとてつもなく大きく見える気がする。160cmの私より10cmそこらくらいしか大きくないはずなのに。
「………」
ザッザッザッザ…
と黒波心弥は何も喋らず、構えもせず、無防備なまま私に近づいてくる。
「、!」
作戦かと思い、結構なスピードで後ろに下がる。
が、
ダンッ!!!
ものすごい瞬発力で迫ってきた。
一瞬虚をつかれたが、
タンッ!!
私も前に出た。
ガシィッッ!!
掴んだのは私、
相手のスピードを利用して、
ビュンッッッ!!!
電光石火の内股。
この技で、男女問わず、対戦相手を倒した。
完璧なスピード。
完璧なタイミング。
完璧な力加減。
気のせいか、相手が地面に叩きつけられる音がいつもより、遅−−−
ストンッ!
派手な音こそたたないが、仰向けに倒れた。
私が、だ。
「……あ、れ?」
声が出る。
「………」
スタスタスタ……と歩き出し、病院内へ向かう黒波心弥。
「っ!!」
私は黒波心弥の後を追った。
病院の6階、一般ではない病棟の前に、私達はいる。
そんな病棟を少し歩き、病室の前に止まる。
………
私は、声が出ない。何故か、だ。
コンコン、
ノックした黒波心弥は、
ガチャッとドアを開け入っていった。
……私も続く。
「母さん、来たよ。」
自然な感じで聞こえた声。
いろんな機械や線に繋がれた、お母さんからの返事は
無かった。
ただ、見ている事しか出来なかった。
さっきまで、対峙していた時の真面目さは微塵もなく、普段の軽さ、明るさ、テンションで、陽気にお母さんに話かけている黒波心弥。今日の学校であった事。バイトであった面白い話。……最近あった、面白い女の子。
……私の事も話していた。
本当に、見ている事しか出来なかった。
20時をまわり、夜道を二人で歩いていた。
……私は、気が重い。
「母さんは、見た通り、植物状態なんだ。俺が、中学二年生の時から、さ…」
黒波心弥は語りだした。
「交通事故だった。なんの前触れもなくて、いきなり。俺はその時、大会に出てたから詳しい事はよくわからなかった。……ちょうど、決勝戦が終わってからの連絡だった。」
目を閉じて、静かに、でもはっきりと話してくれた。
「…お金はそこそこあったつもりだったよ。蓄えもそれなりにあった。」
そんな時だったよ、
と言葉と共に私は耳をさらに傾ける。
「…父親が、逃げたんだ。」
「う…そ…」
「金を、持てるだけ持って、自分一人で、逃げた。…国から補助金は出るけど、とても足りない。それでバイトを始めた。……柔道に割く時間は、ほとんど無い。」
「………」
聞くだけ聞いて、返す言葉がみつからない。
「とまあ、こんなところだよ。俺の話。」
顔をあげ、いつもの調子に戻る。
「ごめん、なさい…」
ようやく言葉が出た。
「私、なんにも、知らないで…」
口をぱっと、手でおさえられる。
「俺のお願い、聞いてもらっていい?」
突然のお願い。
「まず、名前で呼んでくれると嬉しい。後は………」
ギュッと、正面から抱きしめられる私。
ビクッ、と驚いてしまったが、
「二年ぶりにさ…泣かせてほし、い…ん…」
彼は、心弥は最後まで言えず
「うっぅ……あ、あぁ、く……」
震えて、泣いた。
抱きしめてあげようと思った。
落ち着くまで、…優しく。
「ありがとー。すっきりしたよ。」
元気になった心弥。
「よかったね。私全然役にたてなかったけどさ。」
そう返す私。
「そんな事なーい。俺が落ち着いたからなー。とっても嬉しかったぞー。」
グッと親指を向ける心弥。
「てゆうか、心弥まだまだ強いじゃない。」
思い出したように言う私。
「まぁ、一人で夜練習続けてるからねー。寂しいけど。」
「私を呼びなさい。いつでも付き合ってあげるから。」
きっぱり言ってやった。
「それと、話つけてあげるから、幽霊部員でもいいから柔道部に入る事。大会には出れるから。」
そしてしっかり説明してあげた。
「………じゃあ、俺のお願い聞いてくれる?」
ニカッと笑い、私と目を合わせる心弥。
「…何?」
目を見て言う私。
「もっかい、抱きしめていい?」
…うん、と小さな声で返事をすると、
ゆっくり、優しく、私を包んだ心弥。
「……キス、しても、いい?」
……うん、と前よりも小さな声で返事をした。
ゆっくり離れていく心弥の顔。
私は目を見ながら、
「…決まった?」
そう聞くと
「決まったよ……」
いろんな事が………
数ヶ月後、
一人の高校生が柔道に復帰した。
大会では、試合毎に、
「決まったぁぁぁ!!!」
会場を沸かせる声が聞こえた。
私の憧れで、越えたいと思い、倒したいとも思ってる
大好きな人の声だ。
ノリで書き上げたちょっと実話シリーズ第4弾。作者もあの時はいろいろあったな〜…と思いながら書きました。女の子視点では初めてです。汚い文ですが、応援よろしくお願いします。最後までお読みくださり、ありがとうございました。