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ありったけの愛で  作者: 谷兼天慈
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第3話

 そして、それから数日後、彼がテニスの練習をしていると、自分たちの教室の窓から彼女がこっちを見ているのを見つけた。今日は田辺は部活を休んでいた。すると、しばらく後に、今度はまたしても自転車小屋から見ている彼女を発見。今度は友達と見に来ている。

 彼は複雑な気持ちではあったが、みんなで話したことを彼女に話さないとなと思い、他の部員が後片付けをしだした中、彼女に向かってゆっくり歩いていった。自分としても、確かにこの話は嬉しいことで、彼女と一緒にいられるのは願ったり叶ったりなんだが、だがしかし、彼女の好きな相手が田辺だとすると、二人が急接近してしまうことが心配ではあった。田辺には今は決まった相手もいない。彼女に気持ちが傾く可能性は十分ある。しかし───

「今藤、話があるんだ」

 彼の言葉にきょとんとした表情を見せる。心なしか頬が染まってるようにも見える。ふっと彼は西の空に視線を向けた。ああ、そうか、この夕焼けのせいか。残念。自分を見て赤くなったわけじゃないんだ。

「おまえさ、テニス部のマネージャーにならん?」

「え?」

「今日は田辺は休んでたんで話し合いにはいなかったし、女子にも相談はしてないんだけど、二年のほかの連中もみんなおまえにマネージャーになってもらえんかなあって言ってた。ほら、いつも俺らの練習見てるだろ? まるでもうそれってマネージャーみたいじゃん」

「あらー、はるみ。それいいじゃん。なりなさいよ!」

 隣に立っていた彼女の友達の小池がはるみの背中をバンバン叩きながら叫んだ。

 だが、はるみは浮かない顔をしている。

「私なんかにできるわけないわよ」

 そう呟くと、はるみは逃げるようにその場を立ち去ってしまった。小池も慌てて彼女を追う。

 残された彼だけは、悲しそうな目を立ち去る彼女に向けた。そんな彼の顔は夕陽で赤くなっていた。だが、それだけで赤かったわけではないのだろう。悔しさと、自身への怒りに彼は己の顔を赤く染めていたのだった。


 そんなことはあったが、それでも彼女は相変わらず練習を見ていたようだ。ただ、前のように自転車小屋から見るということはなくなった。教室からこっそり見ているようだった。そんな姿に彼はイライラしていた。

 ある日の放課後、その前の体育で彼女は制服をまるくたたんでネクタイで縛って、ボールのようにして机の上に置いていたのだが、それを彼が「なんじゃこれ?」と言って取り上げた。

 はるみは、「神楽君返してよ!」としきりに言ってくるので、ちょっとからかってやれという思いが生まれた。そんなわけで、同じクラスの松本にそれを投げ渡してしまった。松本はそれを学生服の中にしまいこんで、他のクラスに行こうと教室を出た。それを追いかける彼女。階段を上がってしまった松本は、階段下の彼女に向かって、その制服の包みを投げてきた。それが彼女の頭に当たった。泣き出した彼女。それを見て慌てて松本は逃げていってしまった。

 彼は「大丈夫か。ごめんな。許してくれよ」と、言いつつも、松本の後を追っていったのだが、用事がすんで自分たちの教室に戻ると、まだ机でしょぼんとしている彼女に二人でしきりに謝った。結局は彼女からの許しはもらえなかったのだが。

 それからもちょっとしたことがいろいろあった。彼女が何時の間にかラケットを買って学校に持ってきていたこともあった。彼は、彼女がテニス部に入ったのだと思っていたが、それは違っていて、友達とテニスをするために持ってきただけだったらしい。テニスが好きなのかな、それとも田辺がやってるテニスだから好きなのかなと彼は思ったものだった。

 そんな感じで、とうとう登山合宿が始まった。

 登山自体はそんなにおもしろいものではなかったが、矢張り夜のレクリエーションは楽しかった。キャンプファイヤーを囲んで歌ったり踊ったりは楽しいものだ。フォークダンスでは、好きな人と堂々と手が繋げることもあり、一番の楽しみでもあった。

 そのキャンプファイヤーになる時間まで、昼間の登山で汗をかいたということもあり、みんな風呂に入ってさっぱりしてから部屋で時間になるまで待っていた。彼の部屋の隣の隣がはるみたちの部屋だった。彼女たちは今部屋で何を喋りあってるのだろうかと興味津々ではあったのだが、そんな時、彼と同じ部屋の堀内が「俺、こんなもん持ってきたんだ」と、ラジオみたいなものを取り出したのだ。

 堀内の言うことには、はるみの部屋のほかの女子にその片割れのトランシーバーのようなものを渡して、他の女子の好きな男の名前を吐かせろと話をつけたらしい。そちらで拾った音がこのラジオのような機械で聞けるらしいのだ。

 それを聞いた彼は、はるみの好きな男を彼女の口から聞きたいと思った。他の女子はどうでもいい。彼女だけ聞きたい。頼む、聞かせてくれという気持ちが大きく膨れ上がっていた。

「しっ! 何か聞こえてきたぞ」

 機械からボソボソという声が聞こえてきた。小さくて何を言っているのかわからない。しばらく、そんなボソボソ声が聞こえるばかりで、まったくちゃんとした言葉が聞こえてこないので、だんだんとみんな退屈になってきた。と、そんな時に、突然、大きな声が機械から飛び出してきた。

『えーーー! はるみって、神楽が好きなのおお?』

 それを聞いた彼は心臓が止まるかと思った。周りにいるクラスメイトの奴らも、一斉に彼を見詰めた。

「お、俺?」

 声が裏返っている。

 しばらく、彼の周りのクラスメイトたちは何も言わなかった。

 だが、彼がそう言った瞬間「わーーーー!」とはやしたて始めた。

「このっ色男っ!」

「今藤って美人だもんなあ」

「うらやましいぞっこのっ!」

「そういや、おまたちっていつも一緒にいるよな」

「そうかーそうだったんだー」

「よっお幸せに!」

 悪い気はしなかった。確かに、自分は彼女が好きなんだとはっきり気持ちがわかったし、しかも、直接ではなかったが、あんな形ではあったが、彼女がどうやら自分を好きなんだと知れたし、こんなに嬉しいことはないと思った。

 だから、その後のキャンプファイヤーのフォークダンスの時も、彼女と踊る番が来たとき、思わず「俺の好きな人がきた」とつい言ってしまったし、まるで彼女に確認するみたいに「な?」とウインクまでして見せた。彼女は顔を赤くしていた。やっぱり彼女は自分のことが好きなんだと思ったものだった。それにその夜中のことも、今でも忘れない。あの不思議な夜のこと。まるで夢みたいなそんな夜だった。彼も彼女もまだ十三歳だった。もうすぐで十四になる初夏だったのだ。

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