元勇者は魔王に営業中 〜飛び込み営業は勢いが大事〜
「どうにも解せぬな」
深いため息と共にそう呟くのは、私が畏敬の念を禁じ得ない我が主にして魔族の王であるアレクシス様である。
はるか昔、我々魔族は人間に悪行の限りをつくしていた。人間が逃げ惑う日々の中で魔族に対抗するための術を見出した後は、あっという間に魔族は狩るものから討伐されるものに立場を替え、我々は闇に紛れて息を潜め長き時を過ごすこととなる。
そんな中、アレクシス様は王の称号を引き継がれた。
絶望を溶かしこんだような暗黒色の髪は全ての光をも闇に染めるかのようで、王の系譜にのみ受け継がれる紫紺の瞳は禍々しくも高貴な印象を与えている。そんな王たる容貌と圧倒的な強さを合わせ持つこの若き王の存在に、我らは恐れおののきながらも魅入られあがめるようになった。
アレクシス様はそんな自身のカリスマ性と類まれなる指導力をもって、我々が息を潜めることなく暮らしていけるよう人間との共存へとかじを大きくきられ、今に至る。
「はい、目につくような要因は見当たらず、です」
「ああ……、だからどうにも解せぬのだ」
更に議論を続けようとしたところ、突然慌ただしいノックと共に門番が飛び込んできてワタワタと敬礼をした。
「アレクシス様の許可なく入室するとはどういうことですか?」
咎めるように視線をやると門番は顔をこわばらせながらも続ける。
「はっ! 魔王様、クリフォード様、大変申し訳ありません!無礼であるのは重々承知しておりますが、魔王様への謁見を求めるものが来訪しているのでございます」
「今日は謁見の予定はなかったはずですが?」
「はい、そう伝え改めるように申したのですが、珍妙な服をまとい訳の分からないことを言って一向に引かない上に、そもそも人間がこの魔王様の城に来ていること自体がありえないことに思い至り、急ぎご報告に上がった次第です」
「……確かに。そやつの要件はどうでもよいが、ネズミの入り込む隙間がこの城にあるのは見逃せんな」
アレクシス様は軍服の襟元を正すと長めの裾を華麗にひるがえし謁見の間に向かった。
「あの男でございます」
謁見の間に入り、門番が示す先にいる男が所在なさげにソワソワと立っているのを見た瞬間思った。
なぜ、スーツなんだ、と。
あまり人間と触れ合う機会がない門番からすると確かに珍妙だろう。だが、多少人間の知識がある私からしても珍妙だ。スーツとは冠婚葬祭もしくは少し改まった場か仕事の際に着用するもののはずだ。この城を訪れるのに、なぜスーツなんぞ着る必要があると言うのだ……? しかもその無駄にこじゃれた感を醸し出している今どき細身スーツと磨き上げられた革靴はなんだ……? 身だしなみに気を使っているとアピールしているのか……?!
「貴様はどうやってこの城にきた? この城に陸路はない上、普通の人間では到達はおろか目にすることもできないはずなのだが?」
場にそぐわないスーツのことは全く触れずに本題に入るとはさすがは我が主。心乱してしまった自分が恥ずかしい限りだ。気を引き締め、王の座で優雅に足を組んでいる主の側に控え男の答えを待つ。
「事前アポ取りたかったんですが連絡先がどうしても分からなくてですね。失礼だと思いつつ、星くずの羅針盤を使って訪問させてもらいました〜」
星くずの羅針盤?
テヘッと軽いのりで喋る男にどう追及すべきか考えていると、アレクシス様が面白そうに口を開く。
「数々の試練を乗り越えた勇者が、星くずの羅針盤を用いてこの城に現れる、と代々魔王には伝わっているな」
勇者……。この男が勇者? 普段はヘラヘラしているが、いざ戦いとなるとお約束のようにキリッと敵をなぎ倒すと言うのか?!
「勇者がこの城に現れる目的は魔王討伐、だな。最近は、骨のあるヤツと戦うことも減ってつまらんと思っていたところだ。勇者ならば少しは楽しませてくれるのか?」
言い終わるやいなや始まったアレクシス様の魔力展開によって、謁見の間はあっという間に魔力渦に覆われる。魔力の高いものが魔力を展開をすると、その放出のすさまじさに嵐のような風が吹き荒れ渦巻くように周囲を覆い、魔力渦となる。弱いものであればこの魔力渦に巻き込まれるだけでもう戦うことはできないだろう。多少の力のあるものであれば気を失うだけだが、下級の魔族などはチリのように消え去ってしまうのだ。
ああ、私もひれ伏してしまいそうになるほどビリビリとはりつめたこの圧力、さすがは我が主。そして久々に拝見するその瞳。深く黒く染まっていく紫と共に現れる、瞳を縁取るその金色はまるで王冠のようで、なんて尊く美しいのでしょうか……。
「ちょっと待ってくださいぃぃぃぃーーーーーーーーー!!!」
わたしの感動を台無しにするような悲壮感満載の声の方に顔を向けると、土下座をしているヤツがいた。しかし、この魔力渦の中、大声を張り上げ普通に動けるとは勇者だというのはあながち嘘ではないのかもしれない。が、溢れ出る涙と鼻水はなんとかならないのか……。
「勇者って序盤は一人旅なもんで物理攻撃も攻撃魔法も回復魔法も使えないといけないんですよね!! なんで、自分でステ振りできるんならまだしも、大体平均いわゆるバランス型になるんですよぉぉ!!」
全くもって意味の分からないことを逆ギレ気味にわめくヤツをアレクシス様は心底どうでもよさそうに冷ややかに見下ろしている。私もどうでもいい。主の手を煩わせるまでもなく、私が殺るか?と思案する間もヤツはまだわめいている。
「なんで、途中加入の力特化とか魔力特化した専門職の奴らが攻撃の要を担うんですよね。で、勇者なんて結局ボス戦とか全回復呪文唱えてーのアイテム投げてーの合間に何回か攻撃させてもらえりゃいい方なんですよ! 勇者装備で底上げすれば? って思ってるでしょ? 残念ながら無理なんですよぉぉぉ。代々受け継がれてる勇者装備は兜付き鎧一式とか今の時代ありえないでしょ、鎧なんて博物館で見かけるくらいでしょ? もはや骨董品でしょうよ。こんなのつけて戦えるかってくらい重いし受け継がれ過ぎて汗だの汁だの染み込んで変色してるし、よく見たらあちこち錆びてるし、お直しに出そうとしたら特殊素材だからって断られるし! 特殊素材なのに、なんで錆びるんでしょうね?! しゃーないから、自分ですっげー磨いてフ○ブリーズしても、なんていうか、運動部の部室にある履き込んだシューズとか剣道防具ばりに臭いんですよ?! そんなもん使う気になるわけないでしょ?! 勇者装備なし仲間なしの勇者が魔王様と戦うなんて無理なんですよーーー、堪忍してくださいぃぃぃーーーーーー!! 」
魔力渦と反響してエコー効果がうまれたようで、ヤツの雄叫びがこだましている。そして、思いのたけをぶちまけて一息ついたのかヤツは盛大に鼻をかんでいる、この魔力渦の中で平然と。
おい、貴様はまがりなりにも勇者ではないのか……? そもそも戦いの意思はないと一言いえば良いだけなのに、一体我らはなぜこんな無駄話しを聞かされているのだ……? しかもエコー付き。そもそも勇者が戦いに来たのでないのなら何しにきたんだ? ちょっと待て、その盛大に鼻かんだティッシュをコソッと魔力渦の中に飛ばすな!!
「興がそがれたな……。貴様のくだらん語りはどうでもいい。さっさと要件を話せ」
アレクシス様は展開した魔力と荒れ狂っていた魔力渦をおさめると、それはそれはうんざりした表情でため息をつき足を組み直した。
「わたくし、ブライトダンジョンコンサルティング株式会社 代表取締役社長 兼 営業部長レンと申します」
しゅばっという効果音がしそうなほどの早さで主の前に膝まづいたかと思うと、うやうやしく何やら小さなケースから取り出したカードを差し出す。
「「……」」
もはや1ミリも相手する気が起きないのだろう。アレクシス様はちらりと私の方に目線を寄越し「お前が対応しとけ」と言うようにあごをヤツのほうに少し動かした。主の命とあれば従わなくてはなるまい。私もできることならば相手にしたくはないのだが……。
「レン殿の身分は分かりました。では、こちらは私がお預かりしますのでどうぞお話の続きをお願いします」
何のカードかと思いきやただの名刺ではないか。そして、魔王様に受け取って欲しかったのに〜、と顔面で語るのはやめてもらおうか。私とて好きで受け取った訳ではない。
「それではこちらの資料をどうぞ」
今度はずいっとアレクシス様の目の前に資料とやらを突き出し無理矢理に受け取らせた。あえて受け取らざるおえない位置に差し出すとは、手練のティッシュ配りか貴様は。
「では、本日は弊社のご紹介とぜひ採用を検討頂きたいサービスのご説明と導入実績についてお話致します。まず、弊社はこの世界初のダンジョン経営に特化したコンサルティング会社として今年設立致しました。従業員は私を合わせて4名。全員がダンジョンを知り尽くしたスペシャリストでございます!」
「知り尽くしたとはどういうことですか?」
笑顔が嘘くさいがさっきまでの謎の自分語りを思えばまだ許容範囲だ。アレクシス様の手元の資料とやらにもでかでかとアピールされていて、勇者を名乗るのに先ほどあんなにも情けない醜態を晒していた男がダンジョンの何を知り尽くしているか気になってそう聞いてみた。
「よくぞ聞いてくれました!! 一応勇者の家系に生まれたものの、魔族とは既に和平条約合意でいい隣人になってて、魔王様討伐なんて使命もない、ちょっと頑丈で運動できる元気な子供だったんですよ。でもどこか満たされない日々が続きまして、ある日旅にでることにしたんです。自分を鍛えるため各地のダンジョン巡りをする中で仲間と出会いほぼほぼ全ダンジョンを攻略したんです。ただそんな旅の中で自分、勇者っていうわりに強くないんだって、所詮、井の中の蛙だったんだって気づいちゃいましてね……、フフフ、戦闘データはもう他の仲間に任せてダンジョン構造とか周辺のオススメスポットの方専門になったんですけどね、フフフ……」
勇者なのに何という自虐的なヤツなんだろうか。さっきやけに力説してたのは自虐が過ぎて逆ギレしてたのか……? 闇が深すぎて魔族である私でも遠慮したいレベルの自虐であることは確かだな。
「魔族直轄のダンジョンは特に面白かったので、自分も一緒に更に良くしていきたいと思いダンジョンコンサルティング会社を立ち上げることにしたのですが、人間がやってる上に実績もない会社なんて相手にされないかな〜とまずは他のダンジョンで力試しさせてもらったところ予想通りうまくいきました!! それで、満を持して今日、訪問したという訳なのです」
「喜べクリフ。我らの憂いは晴れそうだぞ」
またしても長々しいヤツの語りを聞く事になり、さぞかしうんざりされているのだろうなと思いきやアレクシス様は無表情から一転、紫紺の瞳を細め口元には冷酷な笑みを浮かべている。
くっ、私としたことが、先ほどからの非日常な出来事の数々で、いつものように主の意図を汲み取れないではないか……!アレクシス様は、そんな私に仕方ないというようにふっと笑いかけ、説明してくれる。
「どうにも解せなかったのだ、不評が増えた訳でもない、何かしらの不備や事故があった訳でもない、天候や他の要因も見当たらない、のに急に我らのダンジョンの客入りが落ちたのが。しかし、今の話からコイツが他のダンジョン経営者どもに入れ知恵をしたせいだと分かった。ここでコイツを消しておけば今後我らのダンジョンに影響を及ぼすことはない。だから我らを悩ます憂いが晴れそうだと言ったのだ」
魔力展開するまでもないな、とアレクシス様は剣に手をかけるとあっという間にヤツの喉元に剣先を突きつけた。
「めっちゃ物理攻撃ぃぃぃ!!」
蛇に睨まれたカエルのように顔色を青くしてブルブルしながら叫ぶことがそれか……?物理じゃなく魔法で消されたいのか……?
「何か言い残すことはあるなら一応、聞いてやるが?」
「いえいえいえ、言い残すもなにも魔王様への提案のための実績作りで対応しただけで今後の継続はしません、しませんので今後は御社のみ! できれば専属コンサルとしてお付き合いさせて頂けますと幸いでございますぅぅぅーーーーーー!!」
「ほう。で、その専属コンサルサービスとやらは何をしてくれるというのだ? 我らに益があるなら考えてやっても良いが」
アレクシス様は更に笑みを深め、ヤツに突きつけた剣にグッと力を込める。その表情たるや、まさに我らの王にふさわしく冷酷非道。ああ、なんと気高く美しいのでしょうか。
「まずは御社の経営状態の把握をさせて頂きます。収益と支出、そして利益。それらを分析し収益構造上の課題の抽出を致します」
ヤツは喉元に剣先を突き付けられたまままた嘘くさい笑顔で喋り始める。
「各地のダンジョンと周辺の店の来客数、売上諸々は日々報告させている。もちろんデータとして集計の上、日別・月別・年別にダンジョン別・店別など様々な視点からいつでも見れるようになっている。そして問題のある場合は、原因を調べ対策を検討し、各自が主体的に対応していくようになっている。貴様の知りたい情報はすぐに出すことはできる、しかし今さら新たに課題を探してもらう意義は全く感じられないのだが?」
「ソウデスネ、モウ、ヒツヨウアリマセンネ……」
「しかし、随分とセオリー通りだな。と、すると次は人材だのあるべき姿だのビジョンだの戦略だのを話し始めるのか?」
「魔王様……、もしや既に他のコンサルがついていたりしませんよね……?」
「今貴様が言ってきたことをこなすのが経営コンサルとやらだというのであれば私がそうなるな」
「ええ!! 魔王様が?? でもそんなのどうやって方法とか……」
「簡単なことだ。ダンジョン経営を始めるにあたって、人間に紛れ大学に入り経営学を学んだのだ。さすがに魔族のまま入学は難しかったのでな、ちょっとだけあれこれ操作して留学生を装ったが。ちなみにそこのクリフも大学で学んでいる。専攻は法律だ。人間と様々な契約を結ぶのに我らに知識がなければいいようにされるからな。後は、ダンジョンのものを壊されたり怪我をさせたりした場合の取り決めを盛り込んだ利用前の同意書作成などにもおおいに役立っているな」
「そ、そんな魔王様自らが大学?! そんなの任しておけばいいんじゃないですか……?」
スッとアレクシス様から表情が消える。
「我ら魔族の命運をかけて新たな道へ挑もうというのになんの対策も講じずに挑む阿呆がどこにいる。統治者たるもの事前調査と現状把握及び考えうる事態に対する対策検討は当然やっておくべきであろう。そして不測の事態に対しても冷静にその場その場の最善を導き出し、皆を率いていくものではないのか」
「うっ、まさに経営者の鏡のようなお答え……!!」
「貴様の提案とやらに益はないと判断した。故にこれ以上の話は時間の無駄、だな」
剣が振り上げられたその瞬間、カッと目の眩むような閃光が走った。アレクシス様は降り注ぐ閃光をうっとおしそうに一瞥すると剣に闇をまとわせ素早く真っ二つに切り裂いた。
「次は売上向上及び事業拡大に向けたいいご提案持ってきます! あと、ご期待にそえるよう戦える奴も!!」
ヤツはそう言い残すと、切り裂かれた閃光から流れ落ちる光の粒子と共に消え失せた。あっけにとられるとはまさに今の状況を言うのだろう。
「「…………」」
「素早さだけは……、勇者の名に恥じてないレベルですね……」
「ああ……、あの僅かな隙をついて星くずの羅針盤を起動されるとはさすがに想定外だったな。それまでのあのふざけた挙動に惑わされたあげくに油断させられたせいでヤツを消しそこねたが、まぁ、客入りと売上が減った原因が分かっただけでも今日は良しとするか」
フウっと襟元を緩めるとアレクシス様は、ヤレヤレといった感じで片眉をあげた。そうして、ヤツがポイ捨てしたティッシュの始末を門番に指示し、我々は謁見の間を後にしたのだった。
To Be continued……?
短編シリーズで4話完結予定です!前作真面目に書いたので完全に自分の趣味で書いてしまいました。