おねぇ場
この世には、必ず場が働いている。万有引力の法則で知られる重力場。磁石の回りに落とした砂鉄が描く磁場。結晶の対称中心の歪みがもたらす電場。
ありとあらゆる場を知り尽くした物理学者のボクは、間もなく真理へと辿り着こうというときに神に出会った。
「あのさ、君は頭が良すぎるよ。折角複雑にした世界が丸裸にされて恥ずかしいと叫んじゃうからさ、もう研究止めてよ。お願い」
神はボクに土下座した。しかしそんな程度ではボクの探求心は揺らがない。
「残念だけど神様、あなたの後ろにある扉を叩けば最後のピースが手中に収まるのです。さあどけてください」
強引に神の側を駆け抜けようとするが、足を掴まれてボクは転んだ。
「く、卑怯だ。間接的にだけど、それが我が子にすることか」
「何とでも言え。自分の生んだ人間に越えられるシンギュラリティは食い止めたい。君も人工知能にバカにされたらイヤだろう」
涙で顔が崩れた神を足蹴にしてボクは真理の扉をくぐった。
暖かな春の陽射しのような穏やかさに包まれたボクは、
「何だこりゃ」
いつの間にかスカートにタイツ、ブロンドヘアーに変わっていた。そして下腹部に手を当てると、
「な、なくなっている」
「ふはは。未熟者め、扉はフェイクじゃ。君は恋の経験が欠落しておる。真理は遠いよ、じゃあ頑張ってねアディオース」
脳内で神の声が響いた。
刹那に空気を切り裂く音がし、間一髪身を屈めて難を逃れたボクは目を疑った。
「あらあ。わたしのパンチを避けるなんて、ヤるわねえ」
長いつけまつげに、濃厚な紅い唇の巨漢が背後に忍び寄っていた。すかさず二発目がお見舞いされる。
ボクは跳躍した。驚いたことにボクの飛翔は巨漢の頭をゆうに越えていた。
「へえ。あんた、凄いおねぇ力の持ち主ね。益々気に入ったわ」
巨漢の言葉や、性転換された自分の身なり、一方で変わらない心、様々な状況からボクは瞬時に紐解いた。
「なるほど、このみなぎる力の原因が分かったぞ。心身の性が対極にあるほど強くなる特殊な場が作用している」
「つべこべ言ってないでくたばりな!」
三度目の攻撃はボクにはスローモーションそのものだった。
ひらりと身を翻したボクは巨漢のこめかみにハイキックを繰り出す。巨漢は白目を剥いて倒れた。
「面白い。性とは何か、そして恋とは何か。突き止めてみせようじゃないか。物理学者の名に懸けて」
世界最強トランスジェンダー目指し、まずは化粧品を求めにボクは歩き始めた。
あなたのおねぇ指数は幾つ?
「おねぇ」なんてもう死語かもね