その美しさに振り返らない人はいない。
この日は私の誕生日前のご挨拶ということで、領内のガムサキ村までお父様と馬車でお出かけ。
ガムサキ村は領内の男達若者を揃えた警備団を抱えているため、ちょっと大きな村ではある。たぶん、他の領の小さな街くらいはあると思う。
このガムサキ村の近くには頻繁に魔物が出現する洞窟、所謂ダンジョンがあるため魔物をダンジョン外に出さないための警備団が必要なのだ。
そのため、チェシルやラスたちのファジャナオ村だけでなく、多くの村から警備団の人材を集めている。領内だけでなく、他領からの冒険者なんかも臨時で雇うことも多いと聞いていた。
お父様が怪我する前は、定期的にかなり大掛かりなダンジョン内の討伐を行い、半年位は魔物が出現しないように調整が出来ていたらしいけれど、今はお父様が討伐に参加出来ないこともあり、ダンジョンから外に出てくる魔物を抑えるので精いっぱいだと言う。
私の初めての屋敷からの外出は、そんな警備団と警備団を支えるガムサキ村への慰問という形を兼ねているのだ。
屋敷から馬車で約1日かけて、私達はガムサキ村に到着した。
石造りの建物が並ぶ村の中央で、馬車から降りた私達は盛大な歓迎を受けた。
「領主様、お忙しいところわざわざご足労頂き有難うございます」
「うん、いつも村の管理を任せてしまって済まないね。今日は娘のリノに村の様子を見せたくてね」
お父様から紹介され、私は丁寧に挨拶する。
エメラルドグリーンの生地で作られた外出用のドレスの裾を摘まみお辞儀した。今日はパーティーとかじゃないからドレスもレースやフリルが少なくてそれなりに歩きやすいけれど、集まった村の人達の薄汚れくたびれた衣服を見るとなんだか場違いな気がして申し訳なく思えてくる。村の人からしたら私は裕福な暮らしをしてるのだから、私達に対して恨み嫉みが少しくらいあって当然だと思っていたのだけれど、私のそんな心配は杞憂のようで、人々の顔は明るくとても歓迎してくれていた。
「これはこれはリノ様。ようこそいらっしゃいました。ガムサキ村の村長のカンデで御座います」
カンデ村長は50代位の男性だった。私達を迎えるためか、ちゃんとした正装、というか上着を羽織っていた。ただ、あまり着慣れているとは言い難い。小柄マッチョな体が隠せていません。そりゃそうよね、村長兼現警備団長なんだもん。スーツよりも鎧、ダンジョンで戦う方が主な仕事って感じがする。
私はカンデ村長からダンジョンの話や警備団の話を聞きながら、村の様子を見て回った。
「レングランドのお嬢様なんてお綺麗なのかしら」
「メニーダ様譲り、いやそれ以上の美しさだ」
集まった人達が口々に賞賛してくれる。嬉しいんだけど、なんだかくすぐったい。みんなが言う美しさっていうのも女神からのおまけだと思うのだけどね。美貌とか付けるとか言っていたし。
村を歩いていると、幼い子ども達が小さく手を振ってくれているのが分かった。私がそれに気づいて手を振り返すと、ぱあっと花が咲いたかのような笑顔を見せてくれた。ああ、なんて可愛いのかしら!思わず顔がにやけてしまって、はっとする。へ、変質者とか誘拐犯とかじゃないですよ。慌てて視線を大人達に向けるが、子ども達の周りに親らしき人物は見当たらない。そうか、きっとこの子ども達のお父さんも警備団に所属していてこの場にはいないんだろうな。つい、チェシルやラスのことが思い出されてなんとかしてあげたいな、なんて思っちゃう。
なんて前世のニュースで言ってたっけ?えーっと、働き方改革?警備団にもそういうのあってもいいんじゃないかしら。
「お父様、ダンジョンで警備されている方の様子を見る事は出来ますか?」
私が聞くと、お父様はカンデ村長と少し話をして、ダンジョン近くまで案内してもらうことになった。世間知らずの娘が物珍しさに言ってると思われたかな。
カンデ村長の話では最近はかなりダンジョンの魔物が増えていて、ダンジョンの外に出てくる数も多いのだと言う。狂暴化している魔物が出てきたこともあり、警備団も多くの者が怪我をしたらしい。そのため、今日ダンジョンの警戒をしている人数は30人程度しかいないと言う。30人が多いのか少ないのかいまいちよく解らないんだけど。
ダンジョンまで歩く道すがら、カンデ村長からは冒険者にダンジョン探索の許可を与えてはどうか打診があった。
冒険者にダンジョン警備ではなく探索する。探索を許可するということは、ダンジョン内にある資源等を無償提供するということになる。つまり、冒険者がダンジョン内で見つけた宝物なんかは冒険者のものになるってことで、村としてはダンジョン探索許可、いわゆるダンジョン入場料みたいなものを収入として経営していきたい方針らしい。まだ未知の部分のあるガムサキ村のダンジョンを冒険者に提供することは、未知の資源や宝物を村は放棄するということであり、同時に冒険者を危険な目に合わせるということでもある。もちろん、許可する冒険者がかなりの強者で、領内の者ならそこまでの心配も文句はないだろう。しかし、今のレングランド領はこのダンジョンへの警備団のため人を割いているため、そんな暇な冒険者はいない。他領の冒険者に資源を領外に持って行かれたら、ただでさえ裕福な領ではないのだから商業取引なんかの面でかなり足元を見られる事態になる。冒険者に許可したからといって警備団の業務がなくなるわけでもないしね。
カンデ村長の考える冒険者を受け入れて魔物を減らし、その冒険者の宿や食堂といった二次的産業で発展させる方法も悪いとは言わないけれど。まだこのダンジョンの全貌が見えてないことや領内の他の村のこと、人数を考えると難しいなあ。
これから私もこういう難しい事考えなきゃいけないのかしら、なんだか急に15歳になるのが怖くなってきたわ。
問題のダンジョンはガムサキ村から馬車で15分程の距離にあった。
意外と近くてビックリだったわ。これは警備団がいたとしても、村に住んでいる人たちは毎日不安で仕方ないでしょうね。
ダンジョンは山の崖に不気味に開いた大きな穴だった。
周りを木の柵や鉄柵で囲ってあるけれど、歪んでいたり血痕が付いていたりと激しい戦いがあったことがよく解る。
小さなテントがいくつも設置されて、中から頭や腕に包帯を巻いた男性達が顔を出して私達を出迎えてくれた。
「お恥ずかしながら先ほども申し上げたように多くの者が怪我をしており、ここにいる者はまだ比較的戦える者達です」
「うーん」
カンデ村長の話にお父様は黙然と腕を組み息を漏らした。
ここまでの状況はお父様も想像していなかったのかしら。これじゃちょっと渋っていた冒険者へのダンジョン探索の許可も現実味を帯びてくるかな。
そんな危険な洞窟の中から、突然皮鎧を着た男が頭から血を流しながら血相を変えて飛び出してきた。
「きょ、狂暴化の魔物が出るぞ!」