似非王族と王族剥奪者は昔の話ではない。
ウィードがローブの男に突っ込むと同時に、シオンがウィードの右側から回り込むようにして前に詰め寄る。私も一歩遅れてウィードの左側から壁にもたれ掛かるラスへと走った。
ウィードとシオンにローブの男に対峙してくれたおかげで、私はすぐにラスの側に来ることができた。
「ラス、大丈夫?すぐ回復するわ」
どの程度自分に出来るか、ラスの怪我が私の回復魔法でなんとかなるものなのか、不安でいっぱいの中私はラスに手をかざし回復魔法を発動させた。
ウィードが振りかぶった剣はローブの男の笛によって受け止められ、右側から回り込んだはずのシオンの目の前には暗闇から現れた子どものアンデッドが立ち塞がる形で対峙していた。
「ひひひ。あたし一人だと思ったんですか?」
ローブの男が気味悪く笑う。
「言われてみれば軽率でしたね。商人が用心棒も連れずに一人で動くとは考えられないですし」
「商人ですか。そんな陳腐な生き物と一緒にされるのは癪に障りますねえ」
シオンは右手に明かりを持ったまま、左手の剣をアンデッドに向けるが、剣先が目標に定まらないようだった。
それもそうよね。明かりの魔法だけでいっぱいいっぱいのはずだもん。体力を消耗しすぎているのかも。
「それにしても……」
シオンを横目で確認していたローブの男は、再び目の前のウィードに視点を合わせた。
「その剣の装飾。似非王族の騎士団ですか」
「そんな言い方をするということは……貴様、王族剥奪者のタワキ派の関係者か」
男の言葉に対応し、ウィードがそう言い放つ。
そういえば、この国の王族についての歴史を以前マナーや一般常識に五月蠅かったメイドから一般常識だと言われて学んだことがある。
この国、ハーベス王国を統一した初代国王とされるハーベスには2人の皇子がいた。長男のケアンズが第二国王、、その後次男のジエスが第三国王として後を継いで王位に就いたのだが、第二国王にも第三国王にも男の子が生まれず、二人ともそれぞれ女の子1人だけを授かったという。しかし、初代国王はハーベス王国では女の子に王位権は与えないとした。これは差別とかそういう話じゃなくて、女性の場合は妊娠出産に関係する月日は安静にさせるため絶対に仕事をさせてはならないというこの土地の風習があるからだ。そのため、その期間王政が空白になることを恐れ、また逆に王政のために子孫繁栄を妨げてはいないということから初代国王は女性には王位権を与えないとしたのだ。
このままでは王位権が途切れることを心配した第二国王と第三国王は、それぞれの娘に夫となる者を迎え入れ、その夫を次の国王にしようとした。
そして第二国王の娘スミラとその夫タワキの間には一人の男の子タキッドが生まれ、タワキ、タキッドがその後の国王となるはずあった。しかし、タワキは私利私欲の限りを尽くしたため、王政への民の信頼を一気に失っていった。また、王政に相応しくないとされる罪人や魔族と親交を深めていくタワキに不信感を持ったスミラも、王族内にその不満を漏らしていた。その不満の中、スミラは『タキッドは自分の産んだ子ではなく、もともとタワキの連れ子だった』と暴露した。もともと妊娠期間等を考えても不自然であったことから、スミラの話に間違いはなかったとし、タワキとその連れ子タキッドは虚偽による王位取得者として裁かれることになった。そして、2人は王位に関する一切の権限を剥奪される『王族剥奪者』となった上で、タワキの方は王族への反逆や偽証罪で死刑が執行された。
一方、第三国王の娘アンピは夫としてガルデンを迎え入れた。タワキと異なりもともとが平民出のガルデンは、民の信頼を得てそのまま第四国王となった。アンピとガルデンの間には、結局ラーニャと名付けられた一人の女の子しか生まれず、その子もまた夫として第五国王ビィトーを迎え入れた。この第五国王ビィトーが現在のハーベス王国の国王であり、その息子クロスが第六国王として王位登録がされている。
現在、王政も民衆もこの王位に不満を漏らす者はいないが、一部タワキと親交があった罪人や魔族からは、本来第四国王はタワキ、第五国王はタキッドになるはずだったとして、第三国王側の人間を『似非王族』と呼ぶ者、通称タワキ派がいるという話だった。
正直、転生前の前世でも歴史とか苦手だったし、どう考えても昔話のようにしか思えなかったけれど、まだ実際に禍根が残っていたんだ。
「王族剥奪者のタワキ派か……違うな、馬鹿な似非王族の被害者と言ってもらおうか!」
ローブの男は笛で受け止めていたウィードの剣をはじき飛ばすようにして叫んだ。
剣と共に吹き飛ばされたウィードだったが、足を踏ん張り、地面に剣を突き刺すようにして辛うじて転倒を免れた。
「弱い。弱すぎるな!似非王族の騎士団!!」
ローブの男は笑い声は洞窟の部屋に木霊し、天井から小さな石や砂を落とす。
「弱い、か……たしかに俺は国王都市の騎士団の中でも最弱の第七騎士団長だよ……悲しいことに、なっ!!」
ウィードはそう言うと再び間合いを詰める。
「何度やっても同じですよ」
男の言うとおり、剣はまたしても笛で防がれる。
「安心してください。貴方か弱いからじゃありません。私が……魔族だからです」
剣を防ぐ笛を持つ手とは逆の手で、男は錆色のローブをフードを降ろした。男の紺色の髪の中には、小さな青い角のような者が見えていた。そしてその角が露わになるや否や、男の顔色は次第に青く変わっていく。
魔族。
この世界の主導を長い間握っていた存在であり、人間の敵として認識される存在。
そう、長い間魔族がこの国を支配し、人間は魔族の家畜として扱われていたのだ。その身分を、ハーベス初代国王がそんな魔族の王を滅ぼしたことで解除。この国を人間の国家として統一させ平和にしたということで有名なのだが、魔物じゃなくて魔族って初めて見た気がする。
ウィードとシオンが視線だけを合わせる。
二人ともこの状況に勝機が見いだせないでいるようだった。
シオンの方もゆっくりこの場を思案している余裕はない。
目の前のアンデッドはぶらりと下がった腕を、まるで骨がないかのようにブンブンと振り回してくる。
「悪いですが、手伝いにいけそうにありませんよ。ウィード」
「端っから期待はしてなかったけれど、ちょっとシオンにはっきり言われると残念、かな」
シオンはアンデッドの、ウィードはローブの魔族の攻撃を防戦一方で受けながら話す。
ああ!
もうー!
ちょっとやばいって!
どう優しくみても実力差ありすぎじゃないの?
ラスの怪我が回復しても、シオンが明かりの魔法使って無くても、魔族相手じゃミニーカーに戦車、笹舟に戦艦大和、紙飛行機にブルーインパルスみたいなものよ?
とにかくラスを回復させてたらなんとかして逃げる方法考えないと!
私はそう焦りつつラスに向ける掌に一層力を込める。すると、ラスを包む淡い緑色の光がその光力を増していく。
「ほう」
ウィードを相手にしていた魔族は私を確認すると、剣を振り払いそのままの勢いでウィードを横に殴りつける。そして、ラスがたたき付けられた壁とは逆の壁にウィードが投げ飛ばされる。壁は衝撃でひびが入り、ウィードとともにぱらぱらと地面へ落ちていく。
「……げ……逃げ……」
掠れてウィードの声が微かに聞こえる。
「リノ!逃げて!」
アンデッドに道を塞がれてような状態になっているシオンも叫ぶ。
逃げろって言われたって、今この状態でどうやって逃げるの?私一人じゃラスもウィードも子ども達も連れて逃げたりするのは難しいし。
ラスに回復をかけたままの私に出来ることは、ゆっくりと近づいてくる魔族を睨み付けて念を送ることだけ。
来るな-。寄るな-。近づくなー。どっか行け-。
そんな私の念も効くわけがなく、魔族は私の目の前に仁王立ちになって私を見下ろした。
「ただ容姿が良いだけの女と思っていましたが、良い魔力を持っているじゃない」
魔族は長い蛇のような舌で舌舐めずりをし、目を細めて私を見る。
いや、私カエルじゃないから。蛇に睨まれたカエルみたいに動かなくなるとかないから。ただ気持ち悪いだけだから。
「ほぼ死んだも同然の男をここまで回復するとは……ほぼ全快じゃないですか。すごいですねえ」
魔族の言うとおり、ラスの怪我は跡形もなく消え去り、穏やかな表情に戻っている。治らないと思っていた骨折でさえも治癒できていると不思議と確信できた。もういつ起きてもおかしくないとは思う。
「貴方、私と一緒に来なさい。貴方をあの方に差し出せば、こんなアンデッド軍隊の商品よりももっと喜んで貰えそうです」
にやにやと魔族が私を見たまま笑う。
「そうだ、取引をしましょう。貴方が大人しく私と共に来るならここにいる者達にはもう手は出しませんよ?」
魔族の左右の眼球がそれぞれ外を向くようにして動く。これは良い交渉を持ちかけられたと思うべきなのかしら。
「リノ!」
シオンの声がはっきり聞こえる。
私は一呼吸ついてから、魔族からの交渉に答えを告げた。