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転生チート令嬢は究極に料理が出来ない。  作者: 亜野朱
第1章 転生チート令嬢は普通じゃない。
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領主の娘らしくない。

 レングランド領は決して発展した街のような裕福な領ではないけれど、お父様お母様の人柄もあってとても穏やかな村の多い領。

 ほとんどの村人は農作物を育てて生計を立て、一部の村人が領主や貴族、大きな町の商人の家へ出稼ぎに行く。

 レングランド領は魔物が集中的に沸くスポットがあることから、領内の若者のほとんどが討伐のための騎士団に所属している特殊事情はあるのだが、それを除けば人々の争いも諍いもない平和な領だと言える。

 おかげで私も平和にのんびり暮らせるわけですが。


 そして、今日は我が屋敷に新しいメイドと庭師が来ることになっていた。

 メイドも庭師も、私が今度15歳の誕生日を迎えるにあたって、盛大なパーティーを開くために臨時で雇った形になる。

 本当は盛大なパーティーなんて必要ないし、高貴な社交とか想像しただけで肩が凝りそうだから勘弁してほしいけれど、この国では15歳というのは大人の仲間入りをする節目の年齢であり、それを内外に知らしめるためにも領主や貴族は絶対に行うべきものらしい。今後は私もレングランド領の領主の娘としてそれなりの発言権が与えられ、社交だけでなく領内封建にも関わることが許される。

 とはいえパーティーって、結婚相手を探したり、剣技や魔法といった能力を高めるための学校への推薦を貰ったり、本当はそんな胡散臭い企業戦略的な匂いがぷんぷんするんだけど。

 そうそう、臨時的に新しいメイドと庭師を雇ったと言ってもメイドは多くて困らないし、庭師も今の専属庭師のタッセルさんがご年配で後継者を探しているって話があったから、きっと問題がなければそのまま雇うのだと思う。臨時雇用からそのまま長期雇用って流れは今までも沢山あったし。


 うん。

 長く付き合うことも考えて、第一印象が大事だから私もちゃんとしなきゃね。


 そんなことを思っていると、早速私は応接室に呼ばれた。

(どんな人が来るのかしら?)

 私は赤いワンピースドレスの裾を摘まみ上げ、速足で廊下を歩いた。

 新しい人が来る瞬間って本当に楽しみ。可愛い人?美人な人?カッコいい?頭いい人なのかしら?どんな趣味を持っているのかしら?今までどんな暮らしをしていたのかしら?今まで屋敷の敷地からほとんど出ずに育てられてきたから、人が来ることだけでも楽しみで仕方ない。まあ、屋敷の敷地って言っても広い庭や山なんかあるから、かなりお転婆な遊びとかしたし、監禁みたいなものではないのだけれど。


 私はお父様のいる応接室の扉の前で一度深呼吸をしてからノックした。

「失礼します」

 応接室の扉を開けると、私よりも幼い顔立ちの少女と、私と同じくらいの年代の少年が立っていた。2人に遮られるようにして奥の書斎机にお父様の顔が見える。


「紹介しよう。娘のリノだ」

「リノ・レングランドと申します」

 お父様の言葉に続けて挨拶する。ああ、本当私ってお嬢様って感じがするわ。2人の視線が私に集中しているのが感じられてちょっと恥ずかしいというか緊張してくる。


「リノ、こちらは新しく君の侍女に付けるチェシル。それから、庭師として手伝って貰うラスだ」

 チェシルは13歳の女の子。まだ子ども子どもした可愛い感じの顔で、背丈も私よりも低い。焦げ茶色の短い髪は天然パーマのようで、メイド服やカチューシャを着こなせているとはお世辞にも言えない。ちょっとオドオドした態度も緊張なのか、性格なのか分からないけれど、個人的には可愛くてイイと思います!

 ラスは15歳の男の子。こっちは逆に両手をポケットにいれちゃってぶっきらぼうな感じ。雇い主である領主とその娘の前だって言うのになかなか大物な態度。黒髪でくせっ毛、前世だったらサッカー部とかバスケット部とかにいそうな感じだわ。


「よ、よろしくっ……お願いしますっ」

「よろしくお願いします」


 大きな声で深々と頭を下げるチェシルと、姿勢はいいものの頭軽く傾ける程度のラス。かなりタイプは違う2人だけれど、私にとっては年齢もそんなに離れていないし、気兼ねせずにお話出来そうな2人で安心する。

 お辞儀の時の手の形とか角度とか他人にまで指示してくるような人じゃなくて良かったわ。前に違う領から臨時で雇った年上のお姉様メイドがそのタイプで、全くお話出来ないどころか、かなり厳しく作法について指示されたから肩凝ったことがあったのよね。本当、あれは胃に穴が開くかと思ったわ。


 それよりも……くんくん。何か香ばしい匂いがする。


 よく見てみると、お父様の机の上には歪な形のクッキーが無造作に置かれていた。

 クッキーと言うには所々割れていて泥がつき、包んであったと思われるその紙も破れて汚れてしまっている。


「それは?」

「ああ、侍女に来る子にはみんなお菓子を作って来て貰うことになっているんだよ。その方がどの程度料理が出来るか、細かい作業が出来るか解るからね」


 そういえば、前の厳しいお姉様メイドの作るお菓子はかなり繊細で綺麗だったわね。

 これを見てお父様やお母様、メイド長が判断して仕事の分担や教え方を決めていたってことらしいけれど。うーん、前世で言うところの履歴書って感じなのかしら。いや、宿題?雇う前から宿題だとするとちょっとお父様を見る目を考えちゃうんだけど。


「も、申し訳ありません!何度も作って練習はしてきたのですが、お屋敷に来る前に転んで落としてしまって!」

 私がどうでもいいことを考えていると、チェシルは先ほどよりも深く頭を下げてそう謝った。

 粗相を犯した恐怖なのか、それとも泣いているのか、声が震えているように聞こえる。

「仕方ないさ。そう気にすることはない。出来ることを頑張って貰えばいいし、これから学ぶことも多いだろうから」

 お父様が諭すようにそう言うが、チェシルは頭を下げたままだった。


「ちょっと失礼」

 私はチェシルとラスの間を通り、その汚れたクッキーに手を伸ばした。

 割れた様子から見るに、きっと大きめのクッキーだったのだろう。赤や黄、緑のフルーツゼリーを乗せたお洒落なクッキーの面影がある。

 包んである紙は大してお洒落な包装紙でもないから、何かの紙切れを再利用したのかしら。


 チェシルは何度も練習したと言っていた。何度も練習したということは、何度も練習するための材料を用意したということ。

 きっとこの日のために頑張ってきたということは私にも解る。


 私は手に取った泥だらけのクッキーをそのまま口に入れた。


「は!?」

「お、お嬢様!?」

「リノ!?」


 その場の3人が同じような顔で私を見た。

 口の中はクッキーには有り得ない、じゃりじゃりとした音が響く。私は何回か咀嚼した後、ごくんと飲み込んだ。


「うん、泥がなければとても美味しかったと思うわ」

「お、お前、それ、落としたやつ……毒味もしてないんだぞ」

 あまりのパニックなのか、それとも素でこういうヤツなのか、ラスがため口で私にそう言った。


「毒入れて食べさせたいなら、そもそも泥なんて付けないでしょ?それよりも、折角チェシルが作ってくれたんですもの。口にしないのは失礼に当たるわ」


 まあ、万が一毒があっても、普通の人なら食中毒になりそうなものでも、私には関係ない。

 それが私が女神から貰った特殊スキル『料理が出来ない』の力。


 今まで生活してこの能力について分かったことは、『料理が出来ない』はただ料理が出来ないというだけではなかった。2枚とも『料理が出来ない』だったからか、私が料理するとそれは毒になった。どんなに分量を量っても、メイド達に食材を用意してもらっても、見事に毒になる。食べられないどころじゃなくて毒。致死毒。その上、私が味見をしても毒だとは感じないという不思議。なんだか『食べることができる=美味しい』みたいな程度で、味も分からないから普通に毒でも食べられちゃう。で、何故か私の体に入っても毒として認識されないようで、毒としてのなんの影響も受けない、つまり毒耐性みたいなものが付いているみたいだった。

 ただ、毒でもそれなりに美味しく感じるから、一度不思議になっていろんな物を食べてみた時、間違えて殺虫剤飲んで周りだけが大パニックになったことがあった。あまりに大事になったから、実は食べていませんでしたーってことにしたけれど、それ以来自分には毒も関係ないし、これは私だけの秘密にしておこうって思ったのよね。

 普通毒なんて食べる機会ないしこの効果ってどうでもいいと思っていたけれど。


「お、お嬢様……」

 チェシルはまるで棒人形にでもなったように私を見ていた。

「大丈夫よ、チェシル。私好き嫌いはないし、なんでも食べるから。クッキーありがとう。また作って頂戴ね」

 私がそう言うと、チェシルは大粒の涙を流しながら何度もお礼を言い、ラスは大笑いした。


 ちなみにお父様は顔が青くなっていた。

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