領主の娘としては黙っていられない。
応接室の外が急に騒がしくなった。廊下からは執事やメイド長の声が聞こえ、沢山の足音がする。その足音はどんどんと近づき、乱暴に応接室の扉を開けた。
「領主様!お願いがあります!」
血相を変えて飛び込んできたのは5人の婦人だった。
「ですから、来客中ですので暫くお待ちください」
「そんな悠長な事言っていられる場合じゃないのっ!」
「旦那様、申し訳ありません。すぐに退室させます」
「緊急なのよ!話をさせて!」
執事やメイド達が体を張って、婦人達の前を遮り退室させようする。婦人達もその執事やメイド達の腕や肩の向こうから形振り構わず顔を出し、声を上げる。
「お願いします!領主様、子ども達を助けてください!」
一人の婦人の悲痛な叫び声が応接室に響き渡る。
子ども達を助ける、って何?
「マーガル様、私達の事は気にせず」
シオンがそう言い壁際へと退く。その顔は新しい獲物を見つけたような嬉しそうな顔をしていた。ウィードもシオンの横に無言で立つ。
その様子を見て婦人達は発言の機会が与えられたと思ったのだろう、その場に潰れるようにひれ伏した。
「領主様、先日から私達の住むファジャナオ村近くにアンデッドが目撃されるようになりました」
婦人の一人は床に額を付けたまま話し始めた。
ファジャナオ村の近くにアンデッドが目撃されるようになり、村の入口には聖印の札を貼りアンデッドが村に入らないようにしていたという。
また、不用な遭遇を避けるため村の出入は日中のみに限定し、夜間外出を禁止していた。
そんな中、一昨晩何者かにより聖印の札が破かれ、昨朝、村の子ども5人の行方がわからなくなったことが判明したと言う。アンデッドが聖印に触れることはできないし、アンデッド以外がなんらか関係しているのだろう。
「お願いします、領主様。子ども達を探してください」
「村には女子ども老人しかおりません。ガムサキ村の警備団に出て行った夫を至急戻していただきたいです」
「子どもに何かあったら、私は……」
「どうか、お力添えをお願いします」
「子ども達のことを考えたら一刻を争うんです」
婦人達は嗚咽を漏らしながら、口々に申立てる。
よく見れば婦人達の髪は乱れ、着の身着のままここに縋りにやってきたのだろう。
どれだけ居なくなった子ども達が心配だろう。どれだけアンデッドに怯える生活が怖いだろう。
お父様は、婦人達を退去させようとする執事達に視線を送り首を振った。執事達も軽くお辞儀をしその手を緩める。
「わかった。ガムサキのダンジョンの魔物も今落ち着いていることだから、全員とは行かないが若い者達を村に順次戻らせる」
お父様がそう言うと、婦人の一人は再び額を床にこすりつけるほどひれ伏しお礼を言った。
「ですが、マーガル様」
今まで静観していたシオンが口を開く。
「今後の事はそれで良いとして、直近の問題はどう対処されますか?可能かは分かりかねますが、子ども達を救出するならばご婦人が仰るように一刻を争います」
シオンの言うとおりだ。
悠長にガムサキ村から男達が戻ってくるのを待って救出なんて現実的じゃない。
「マーガル様、俺ならば国王都市の騎士団、ガジェーゼの騎士団を早急に動かすことが出来ます。婚約を認めていただきましたら、直ぐに我が領に馬を走らせその任に当たりましょう」
壁に寄りかかっていたウィードが一歩前に歩きそう言った。
まだこの後に及んで婚約とかいうのかいっ!
「マーガル様、でしたらウォースト領の街でレングランドのファジャナオ村に近い大きな街があります。ガジェーゼより こちらの街の警備兵達を呼び寄せる方が早いかと思われます」
シオンも直ぐさまそう発言する。もうね、なんかね。胡散臭いよ。
そこから暫く2人が自分の領の戦力がどれだけ優れているかなんかを言い争い始めた。婦人達がお父様とシオンとウィード、そして私を往復するようにして見ている。うう、そんな目辞めて。
「マーガル様、とりあえずという形で結構ですので私とリノの婚約を認めていただければ、直ぐに父上に事情を話し対処致します」
「何がとりあえずだ!マーガル様、俺は国王都市第七騎士団長です。必ずやお役に立ちますのでリノとの婚約を!」
シオンとウィードの言い争いが続く。仲良いと思っていたのは違ったのかしら。
そんな慌ただしい応接室に乱暴に入ってきたのはラスだった。
息を切らせたラスにも今のシオンとウィードの会話は聞こえていたようで、私を見ると機嫌が悪そうですぐに視線を逸らした。
あー。これ怒ってるわ。婚約とかそんな話よりも村の一大事だもんね。優先順位間違えてるって私だって解るわ。
「マーガル様、ファジャナオ村は俺の生まれ育った村です。すぐに行かせてください」
お願いしますと、ラスは深々とお辞儀した。
そうだよね。今は婚約とかどうこういっている場合じゃない。とにかく今は速攻村に向かって速攻子ども達を見つけなきゃいけないのよ。
そう考えたら自ずとただ突っ立っているだけの自分が情けなく思えてくる。
「お父様、ファジャナオ村へは私が参ります。領内のことを他領に任せておいてレングランド家の娘とは名乗れません」
握った拳に力が入る。
「レングランド領として判断を迫られた時、対応できるのは私かお父様、お母様のみです。だったら、私が行きます」
興奮して自分が言った言葉が領主の娘として、令嬢として適切であったかどうかは分からないけれど、婚約がどうこうとかそんな暢気にやっている場合位はわかるのよ。
お父様は一度お母様と顔を見合わせ頷いたあと、私に語りかけた。
「分かった。ではリノにファジャナオ村の即時の対応を任せる。くれぐれも気をつけるのだぞ。直ぐにガムサキから男達を戻させる」
なんだろう。両親からこんなに信用されているんだ、私って思ったらこの場にそぐわないかもしれないけれど、緊張よりも嬉しさの方が大きい。
「ラス、君も行きなさい。リノのこと頼むよ」
「有難うございます」
蚊帳の外に放り出されたようなウィードとシオンは、お父様の決定を不服そうな顔で聞いていたが、二人とも長い息を吐いて姿勢を正した。
「仕方ありませんね。リノが赴くのでしたら、私もその護衛としてお供致しましょう」
「右に同じ。リノに直接俺の働きを見て貰って婚約を決めて貰いましょうか」
うーん、いるのかなあ。
まあ、でもこっちから別領にお願いして来て貰っているわけじゃないし、本人達が来たくて来る分にはいいか。
「くだらないことで邪魔だけはすんなよ」
ぽつりと呟いたラスの言葉はきっと二人には聞こえなかっただろうなあ。