王子様の秘密の庭
フェリクス王子の秘密の庭。
フェリクスがヒロインを溺愛し始めると招待する彼だけの庭。
建物に関しては文句無いはず。背景の王宮もちゃんと中世ヨーロッパ風だし、四阿だって瀟洒で洋風な、招待された女の子が喜びそうなものだ。
咲き乱れる花々が『王子の秘密の庭』と言うより『日本の小学校の中庭』なだけで。
揺れるサルビアとベゴニアを背に私の手を放したフェリクスは、少年らしい表情を消して言った。
「この庭に来るといつも思うんだ。君は全力で遊んで描いたんだな、と」
は?
何言ってるの王子様?
「俺。分からない?」
フェリクスは眼鏡をかけてるわけでもないのに、鼻の上を片手の中指でクイッとやった。
その仕草と立った小指に思い当る。
「小玉?」
「うん。俺は死んでないよ」
「私は?」
「死んだ」
「ですよねー」
私が言うと、フェリクスは少し笑った。
「とりあえず元気みたいで良かった」
「うん。努力するだけ結果が出るから毎日楽しいよ。小玉はどうしてここに?」
尋ねるとフェリクスは私の手を引いて四阿で向かい合わせに座る。
長い話があるらしい。
「君が那波の信徒に殺されたのに、俺達は会社に警察が来て初めてそれを知った。木之内が激怒して祖父のところに乗り込んで、祖父の権力を使って警察の上層部と話をつけ、犯人の部屋から押収した証拠物件を見ることが出来た」
フェリクスは一旦区切り、四阿に備えられた水差しからグラスに果実水を注いだ。
「奴はファンタジー系のゲームに出て来そうな瓶に入った毒薬を飲んで死んだんだ」
渡されたグラスの中身を飲む。
無理心中かよ。嫌過ぎる。
ということは。奴もこの世界に転生している?
「君の想像通り。日記に書いてあったよ。天才ゆえに妬まれ迫害されるクソつまらないこの世界を捨ててやる。俺は神が描く世界で最も幸せな存在として生まれ変わり、全てに愛され俺に相応しい全てを手に入れる。だって」
ん? あいつ、私には自分が神とか言った気がするけど、あいつの中では神=那波?
でも、奴が考えるこの世界で最も幸せな存在って。
多分、私が、それだけはイヤだと心底拒絶した存在だよね。
それに転生してたら私なら絶望しちゃう人物だよね?
「奴はヒロインに転生して、この世界にいる」
「マジかっ!!」
何を好き好んで、この世界で唯一祝福されてなさそうな存在に転生したんだ!?
まぁ、奴がどうなろうと知ったこっちゃないけど!
「放っておいても君が何も作を講じないで自殺するとは思わなかったんだけど。君が殺された原因は俺達三人にあるから」
「え? 無いよ」
「俺達はそう思えない。俺が君と木之内の偽装結婚より奴を仮採用する方を選ぶよう案を出した。木之内が祖父の要求を退けることが出来ずに話を持って来た。那波がストーカー対策をしっかりしていなかった。皆で君に甘えた結果、君は奴に殺されてしまった」
そう言われると、残された側は罪悪感に苛まれるだろうな。
「だからせめて、君が転生したこの世界では、何者にも邪魔されること無く君らしく生きて幸せに天寿を全うしてもらおうと思った」
「それを伝えに来てくれたの?」
「伝えるだけじゃないけどね」
フェリクスの瞳が、小玉が本気で打ち込みを始める直前みたいにキラリと光る。
「準備が整うのに時間がかかったから、スノウやヒロインと同じタイミングでは俺達はこの世界に組み込めなかった」
「俺達?」
「うん。那波と木之内も組み込んだ。二人はまだこの国に居ないから、学院入学まで会えないけど」
那波と木之内とも、もう一度話せるのか。
前世に未練を感じないようにしていたけど、やっぱ嬉しい。
「スノウにとっての一生が、俺達にとっての一晩の夢。俺達の組み込み開始の条件は、組み込み予定の人物の誰かがスノウと接触すること。組み込み終了条件はスノウの死。あ、三人とも何かしら大きな力を持ってるから、不審死しないように気をつけて」
「する気は無いけどなんで?」
「三人ともスノウが不審死したら暴走して、この世界壊滅させるから」
「ちょっと待て、重すぎるから。世界の運命とか握らせないで」
「もうプログラムに条件組み込んだから無理。俺達、木之内の部屋で合宿して熟睡中だし。スノウが天寿を全うすれば問題無いよ」
なんか責任重大なんですけど。
「俺達が組み込まれると同時に、シナリオの加筆修正も適用されたから」
「え!? ストーリー変わるの!?」
「目立つところを変えるとヒロインにバレるから、スノウの設定追加と、フェリクスのスチルからフラウが殺されてスノウが自殺したと嘆く台詞を削除、あとは那波がノリノリで大量投入したモブのデータ。他は学院に行けば追々分かるよ」
フェリクスルートのスチルからスノウの死を嘆く台詞を削除してしまえば。
ヒロインがどんな言動を取ろうとも、フラウが殺されてスノウが自殺する未来の確定は起きない。
まぁ、保険だけど。
フラウも私も世界一美しいと噂される公爵家の子供だから、この世界を現実として生きていれば普通に彼方此方から狙われる。
それでも『シナリオだから絶対死ぬ』みたいな確定が無ければ生きやすい。
「スノウの追加設定って何?」
「ゲーム画面にも設定資料にも載せないステイタス表。能力値とか加護とか」
「能力値は今は聞かないでおく。加護なんて設定にあったっけ?」
「だから追加。この世界では君しか持ってないよ。どんな効果があるのかは俺も書いただけだから分からないけど」
「ちょ、不安。何の加護?」
「妖精王の祝福」
何が起こるか分からないけど、すごそう。
この世界では妖精が信仰の対象で、妖精王は字面の通り、一番偉くて強い妖精の王様。そして妖精は美しいモノが大好きで。だから、美しい公爵家の双子は『妖精に溺愛されている』とか言われてるわけで。
追加設定で妖精王の祝福とか付いたら、美しいスノウに一体どんな加護があるやら。ちょっと、怖い。
「それから今後の現実的な相談だけど。フェリクスはスノウを婚約者候補に指名する。あくまで候補。この先スノウはたくさんの人と出会うから。学院卒業まではフェリクス王子は婚約者も他の婚約者候補も持たない。君は王子の唯一人の婚約者候補として王家の庇護下で自分の生き方を探せばいい。俺とスノウの結婚は無い。中身が君だと思うと俺は世継ぎを作れないから」
「スノウの中身は文字列じゃないもんね」
小玉の恋愛対象はコード表の文字列だもんな。
私にとっては皆、生身の人間なんだけどね。だからといって、小玉達に不快感や嫌悪感は無い。
彼らにとっては、本当にプログラムを弄ったら入り込めた一晩の夢なんだから。
「フェリクス王子が事態を丸く収めてよね」
「うん。何とかする」
先程お茶会の会場でポカンと取り残された人達を思い出し、私は苦笑した。