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売られた喧嘩は買い取ります

 学院に戻って来たアイリスは、早速母国から連れて来た侍女らと共に、王族専用寮の前で待ち伏せしていた。

 ここでは人目が足りないので黙って同行を許し、図々しく教室の中までついて来たアイリスがフェルの隣の私の席に座ろうとした時、私のスイッチが入った。


「アイリス様、クラスも席も、お間違えでは?」


 品良く高貴に完璧な淑女の仕草で私が声をかける。


「きゃっ! スノウ様っ! わ、わたくしったらフェリクス様がお優しくしてくださるから甘えてしまって。ご不快でしたわよね。ごめんなさいっ」


 貴族的意訳だと「フェリクスが許したから座ろうとしたのよ? 嫉妬かしら? みっともないわね。わたくしに勝てると思って?」となる。

 クラスのご令嬢方の顔色も変わった。

 今までフェルに自力で切り抜ける力を付けて欲しくて傍観していたけど、ヨアヒムが徹底指導してくれるなら、もう遠慮は必要無い。


「フェルが優しいことは私もよく存じておりますからご懸念無く。私が心配しているのは、アイリス様がご自身の振る舞いにより、この国での評価を下げられることですわ」


 さぁ、食いつけ。

 マニュアル通りにしか動けない小娘。


「ス、スノウ様っ! わたくしがフェリクス様に何曲もダンスを誘っていただいたことを怒ってらっしゃるのですね?」


 貴族的意訳。「ダンスに誘ったのはフェリクスからよ! 何曲も踊ったんだからフェリクスとわたくしの仲は公然! それを嫉妬で怒り狂う負け犬の遠吠えこそ皆の嘲笑の対象よ!」。

 餌一つ目で食いついたか。造作も無い。


「まさか。私、存じておりますもの。アイリス様がリナに狼藉を働かれたとの口実で、我が国に常なら通らぬ便宜まではかるよう強く申し入れていたことを」


 身分を隠したままで王族専用寮に入れろと言う、本当に通らない要求のことを言ったんだけど。

 周りは、夜会でフェルに何曲も誘うよう外交問題を盾に無理強いしたと勝手に想像するだろう。


「わたくしがフォレスタリアの平民に狼藉を働かれても慈悲をかけて命を奪わなかったお礼ですわ!」


 どうにか正当性を主張したくて、か弱いキャラの仮面が剥がれて来たよ。

 と、内心ほくそ笑んでいたら。

 打ち合わせもしていないのに伏兵が登場した。


「あたしのせいでスノウ様が嫌な目に合うくらいなら、あたしを殺せ! これ以上スノウ様の婚約者にベタベタするな! この似非ヒロイン!」


 リナ。本当に、この世界なら、そんなこと言ったら手打ちにされるかもしれないのに。

 打ち合わせもしていないんだから、私が助ける保証なんて何処にも無いのに。

 この子ったら。

 その意気を買って、存分に利用させてもらうからね!


「本当に優しい子ね。リナ。あなたがアイリス様の性別を疑って命懸けで確かめようとしたのだって、この学院のフォレスタリア貴族令嬢のためでしたのに」


 リナの肩を守るように抱き寄せて、感じ入ったように私が声を震わせると、クラスメイトからサポートが入る。


「スノウ様、どういうことですの?」

「リナは学院に入るまで、とても苦労の多い人生でしたの。ですから、本来の性格を偽り殿方に擦り寄る職業の女性をたくさん見て来ていて、見抜くことが出来るのよ。でも貴族女性がそのような職業であるはずが無いから、ならば性別を偽っていることが知られぬように必要以上にか弱さを演じているのではと考えてしまったのね。純粋な子だわ」


 嘘八百だが、私の言葉を疑うクラスメイトはいない。


「女性の振りをした男性が学院内にいると、自分に親切にしてくれたご令嬢の方々に、女性の尊厳を踏みにじられるような危機が訪れるかもしれない。そう考えたリナは、自らの命を投げ打ち、アイリス様のお胸が本物かどうか確かめに向かったの。アイリス様の名誉のために黙っていてほしいとリナにお願いされていたけれど、これ以上私達はリナに甘えていてはいけないわ」

「もちろんですとも! スノウ様!」


 クラスメイトの中には涙ぐんでいるご令嬢もいる。

 困った顔のリナに、私は淑女の笑みを向けた。


「あなたを矢面に立たせたりしないわ、リナ。あなたはフォレスタリアの大切な国民。私達貴族は、あなたを守る義務があるの」

「あたし、魔力無しなのに?」

「そんなこと関係ないわ。この国に生まれた以上、あなたは誰が何と言おうとフォレスタリアの国民ですもの。それにリナは私の友人よ? 友人を守りたいと考えるのに、身分も魔力も関係ないわよ」


 これは、ちゃんと本心だ。

 私はフォレスタリアの貴族として、次期国王の婚約者として、フォレスタリア国民を守る義務がある。

 そして、私のために危険に飛び込むリナは、放っておけない私の友人だ。


「そんなの嘘よ! わたくしの言葉より平民の妄言を信じると言うの!?」


 高慢な本性が現れたな。

 そろそろ仕上げとしましょうか。


「お聞きになっていらっしゃらなかったのかしら? リナは私の友人だと。リナに対する侮辱は私に対する侮辱。このスノウ・ディアマンテに喧嘩を売ったということ」


 私はフラウそっくりの、常人ならば漏らして腰を抜かす圧を込めた取っておきの笑顔をアイリスにお見舞いする。


「覚悟はよろしくて? アイリス様」


 顔色を無くしたアイリスが走って逃げて行く。

 腰を抜かさないところは流石に王族だけど、あの走り方は漏らしているねぇ。王女様。

 それにしても。私、思ったよりアイリスに腹を立てていたみたい。

 好ましいとか一緒に国を守りたいだけじゃなくて、どうやらフェルのこと、ちゃんと恋人として好きだったんだなぁ。


 さて、獲物は足の腱を切って放ったよ。

 あとはよろしくね、ヨアヒム。 

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