デビュタントの夜会
この国で暮らす新成人の貴族が一斉に参加する、6月最初の王宮の夜会。
通称、デビュタントの夜会。
新成人の他は、例外を除いて結婚可能時期に達した貴族のみが参加する。
王宮の夜会シーンは、とにかく華やかに描こうと考えてたから、リアルで再現されると目が痛いくらい綺羅びやかで眩しい。
ドリンクやフードのコーナーには、ディアマンテ公爵領から届いたライスワインやからすみ料理もある。
役割を果たしたら是非とも味わいたい。
役割は結構多い。
フェルの婚約者として王族席で挨拶したり挨拶を受けたり。
この夜会のメインイベント的な感じでフェルとファーストダンスを踊ったり。
エメラルドをたくさん縫い付けたドレスで参加したアイリスが変なことをしないか見張ったり。
アイリスは、この国で暮らす新成人の貴族だから、この夜会の参加資格がある。
自分の髪にも瞳にも緑色は入っていないし、母国にも婚約者はいないと公言しているのに、デビュタントでエメラルドまみれのドレス。
淑女の心得で口まで不満は出さないけれど、さすがにこれは皆さん眉をひそめている。
自国の公爵令嬢が外国の伯爵令嬢に侮辱されているように見えるだろうから、当然の反応だ。
実際は、侮辱している側の身分は王女様だけど。
アイリスがフェルと踊っているので、私はフェルの側近達に周りを固められてライスワインのグラスを持っている。
ファーストダンスは私に『譲る』けど私と踊るのは一曲限り、アイリスとは二曲以上フェルと踊らせるようにと彼女は国王と外務大臣を通して要求して来た。
困ったことに、これは国王や外務大臣が断れるような物凄く非常識な要求というわけではない。
外国の王族が滞在国でデビュタントする場合、最上級のもてなしをして可能な限りの願いを叶えるのが滞在国側の王族の義務だ。
アイリスは私にフェルと踊らないよう要求もできたけど、今は身分を隠しているから、そこまでは要求しないと『譲歩』した。
譲歩の形を取られて飲めない要求ではない。
前世で読んだ資料とは違い、この世界では別に同じ相手と踊る回数と相手との関係性に厳格な決まりは無い。
別に婚約者以外と2回踊るなとか結婚しないと3回踊れないようなルールは無い。
けど、ルールは無くても好きでもない相手と何曲も踊ったりはしないものだ。
だから、同じ相手とたくさん踊るのは、互いに「この人は特別な相手」と夜会の場で公表するようなもの。
婚約者や配偶者がいても、「この人は自分の秘密の恋人だから手を出すな」という牽制に使う手段でもある。
言葉には出さない公然の秘密というやつだ。
国王も外務大臣も立派な成人男性だから、何曲も同じ相手と踊るとどういう目で見られるか当然知っている。
でも、可憐で純真な美少女を装う他国の成人して間もない王女に、
「デビュタントは素敵な王子様とずっと踊るのが子供の時からの夢でしたの」
とキラキラお目々で訴えられては、オッサン達が下世話な暗黙の了解を教えることなど出来なかった。
秘密の恋人などと綺麗なオブラートに包んだが、秘密の恋人=セフレのことだ。
今この夜会に参加している人間のほとんどは、フェルとアイリスをセフレ関係と認識しているだろう。
身分の高い男性にセフレがいるのは珍しくないから、フェルの評価が暴落することは無い。
女性人気はガタ落ちだろうけどね。
スノウが二人も人前にいるのはおかしいので、ハイドは今は控え室にいる。
そろそろ近くまで寄って来る人も減ったので、このライスワインを飲んだらハイドと交代しよう。
グラスを空けて給仕に渡し、控え室に近い出口ヘ体を向けた時。
ドクン。と心臓が鳴った。
「良い夜ですね。スノウ嬢」
嫣然と笑みを浮かべ音も無く歩み寄って来る長身の男。
コードネーム『ジン』。ラングドール王国のスパイ。
口元のホクロ。見覚えのある顔。
世界を渡る錬金術師。
「お相手願えますか? できれば、この人生ずっと」
するりと差し出された手に視線も送らず私は答える。
「あら、大胆なお誘いですこと。私これでもフォレスタリア王国次期国王の婚約者ですの。人生のパートナーは他の方をお探しになって?」
見知らぬ男の無礼な申し出。
なのに私の周りのフェルの側近達は誰一人動かない。
否、動けない。
「およしになって。私には効かなくてよ」
防御魔法の応用で、私は自分に向けられる魔法の鑑定と防御を常に作動させている。
消費魔力が半端ないのと集中力の維持が困難だから、他に同じことができる人間はいない。
「精神に干渉する魔法を人間に直接使うなんて、あなた、どちらの世界からいらしたの?」
錬金術師が私にかけようとしたのは、精神に干渉して行動を縛る魔法。
魔法使いが当たり前の世界だけど、この世界では精神に干渉する魔法を人間にかけることは出来ない。
この世界の人間の脳が『そうなっている』から。
シナリオやプログラムの強制力ではなく『この世界の理』として。
精神に干渉するためには、そういう効果の魔法薬を用いて対象に飲ませる手順を踏まねばならない。それすら重大犯罪なんだけど。
「へぇ、これは面白い。予定よりも随分と力をつけたものだ。それに気の強さも泣かせがいがある。どんな絶望をくれてやろうか」
男の姿でも真っ赤な唇をニイッと釣り上げ錬金術師は目を細める。
「私が用意したスノウの死の運命は、忌々しい奴等に勝手に消されてしまったからねぇ? どうせなら、狂う運命だった王子もまとめて、絶望のドン底で嘆いてもらおうかな」
喉で笑い、錬金術師が私に手を伸ばす。
指先で私の顎に触れた時、触れた錬金術師の人差し指は炭化した。
攻撃魔法は封印していても、私の防御魔法は相手次第で攻撃的な防御をする。
「お前の用意する運命は駄作ばかりで面白くない。つまらないから全部潰す」
貴族令嬢の口調を引っ込め、低く言い放つと男は暗い炎を瞳に宿した。
「じゃあ、御手並み拝見と行こうかな」
引いた手の人差し指は、すっかり元に戻っている。
「あの傲慢な王女に私の作品をプレゼントしよう。王子はきっと、絶望のドン底で嘆くことになるよ? 素敵だねぇ?」
錬金術師の姿が消えて、私の前に、造花の花びらがヒラヒラと舞い落ちた。
薔薇の花びら。
この世界に薔薇は存在しない。
いかにも乙女ゲーっぽいからと意地でも全スチルの背景に描かなかった。
何処の国にも造花やフレグランスや意匠すら存在しない。
薔薇はこの世界にとって『異世界の花』。
「スノウ! 無事!?」
動けるようになったのか、フラウが真っ先に私の肩を掴んで無事を確かめようとする。
「今は無事。でも、これからも無事でいるためには皆の力も貸して欲しい」
言いたい放題に不穏な台詞を残して消えた錬金術師。
奴はシナリオ以外の悲劇を起こすつもりだ。
もう、彼らに隠したままで対処は出来ない。
「スノウが求めるなら、力を貸さない男はここにはいないわよ」
レイがニヤリと片頬を上げて、他の皆も頷く。
控え室のハイドは私の影武者だから一蓮托生だ。
蕁麻疹が痒そうなフェルがアイリスと踊り続ける様を見守り、夜会の終了を待ってフェルを攫った私達は、学院の寮に引き上げた。




