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リナとお話

 デビュタントの夜会を明日に控え、打ち合わせをしながら昼食をと、フェルと一緒に教室を出たらアイリスが待っていた。


「あの、わたくしも明日はデビュタントですので、こちらの国の夜会についてフェリクス様からお話を伺いたくて。あの、ご、ごめんなさい、スノウ様っ」


 見るからに私に怯えるアイリス。

 乙女ゲーの知識も無いのにテンプレヒロインみたいな言動だなぁ。

 いっそ清々しいよね。スゴイスゴイ。


「フェル、打ち合わせは帰ってからでいいよ」

「ごめん。スノウ」


 フェル、泣きそうだなぁ。私に申し訳無い気持ちもあるんだろうけど、見捨てないでと言う悲壮感がすごい。

 でもね。フェルの立場と外見だと、今後もハニトラは多いと思うんだ。ある程度は自分で頑張れないと、私も側近も困るからね?


 笑顔で手を振って、迎えに来たフラウと中庭に向かう。

 描いてた時に丁度ミカンが食べたかったから、中庭にはマンダリンが、わっさわさなんだよね!

 全ての季節のスチルで実らせたから、この世界のマンダリンは、かわりばんこにオールシーズンもいで食べられる。


「スノウはマンダリンが好きだよね」

「美味しいもの。皮をお風呂に入れても良い香りだし」


 もいで剥いてモグモグしていると、フラウがサッと私を背に庇った。


「あのっ! スノウ! 様?」


 リナだ。

 向こうから話しかけて来ると思わなかった。


「俺と、話して、くれませんか?」


 ヒロイン口調じゃない。

 それに、教えられたんだろう。敬語も使ってる。


「フラウ。お願い。リナと二人で話をさせて?」


 逡巡は僅かだった。

 私の落ち着いた様子とリナの入学当初とは別人のような雰囲気に、フラウは許諾してくれた。


「見えるところには居るから」

「うん」


 フラウが歩いて離れて行くと、リナは思い詰めた様子で拳を握った。


「どうしてフェリクスは浮気してるんだ? あいつはスノウが死んだら発狂するくらいスノウが好きなはずだろ!? なんであんな性悪ヒロインみたいなのに略奪されてんの!?」


 リナは、至って真剣なんだけど。

 思わず笑いが込み上げる。

 だって。


「ここのヒロインはリナじゃない」

「そうだけど、そうだけどっ! 俺はあの手のヒロイン大っ嫌いなの! 性格悪いくせに見た目可愛いから、か弱さ売りにして男に守られて当然で、他人利用することしか考えてなくて、もっとイイ女なんか山ほどいるのに変に自信満々で同性蹴落とす卑怯な嘘つき!」


 ええと、随分と具体的だな。


「だから俺は、そうじゃないヒロインにしたんだよ! あんなのに騙される男なんか、いくらイケメンでもロクな奴じゃない! スノウにはもっといい男がいると思う!」


 なんか、色々と印象違うぞ。君。


「私の心配してくれるんだ? 前世と性格変わった?」


 呆気に取られて私が訊くと、リナはハッと瞠目して、気まずく頭を垂れた。


「俺が言えることじゃないのは分かる。俺は眠っただけだけど、俺はあんたを殺したんだよね」


 君も死んでる。いつ言えるかな。


「けど、眠っただけなのに、体感時間がすごく長くて、あんたを殺したのが、ずっと前みたいに感じて。加害者が言う台詞じゃないな」


 殺されたのは前世で16年前だよ。


「君は私の不幸を願いながら殺したと思うけど。この世界で長く過ごして、考え方が変わったの?」


 私が静かに問うと、リナは少し考えて、学院に入る前の人生を語った。


「10歳で親に捨てられるまでは、見る物が全部那波神の作画だから最高に興奮してて、あんまり他のこと考えてなかったんだ。けど、親も住むところも無くなったら、この世界、ヒロインにかなり厳しくて。学院入る前にゲームオーバーで目が覚めるかな、せめて学院は見たいとか思って見に来たけど追い払われて。どうせ俺死ぬし、ってヤケになって荒れまくっても、なんか俺死なないから。やっぱ夢だと不死身? な感じで。学院に入ったらスチルだらけでまた興奮だったけど。けど」


 リナの声が湿り気を帯びる。


「ここに来るまで、魔力の無い俺とマトモに関わる人間はいなかった。モブだからかと思ってたけど。入学したら、モブが皆すごく優しくて。辛いのも苦しいのもリアル体感型だったけど、ゲームだし耐えられた。けど、優しくされるのまでリアル体感型だし。俺、何やってんだろうって思って。俺の眠る前の記憶だと、俺はあんたを殺してスノウに転生させたよね? スノウ、3年の最初に死ぬじゃん。段々、俺は2回もあんたを殺すのかと思って。謝ればいいことじゃないから声かけれないし。けど、死ぬまでは幸せでいてほしいから。婚約者に浮気されるくらいなら他の男を勧めなきゃって」


 うーん。前世で私を殺した犯人なのに、普通にいい子だ。

 どうして前世であんな感じだったんだろう。


「とりあえず。私は3年の最初に自殺しないから」

「え? イベント時期ずれるヤツ?」

「違うって。まぁ、色々あって。フラウもスチルみたいな儚げな感じじゃないでしょ? 暴漢に殺されそうに見える?」

「物理的にすごく強そうに見える」


 なんか素直で可愛い。

 私はマンダリンをもいでリナに渡した。魔力が無いと果実の収穫もできないんだよ。どういう仕組みだろう。


「食べていいの?」

「うん。皮は剥けるよね? あっちのミカンの甘くて柔らかいヤツだから。美味しいよ」


 リナがおそるおそるマンダリンの皮を剥いて口に運ぶ。


「美味しい、懐かしい」


 えぐえぐと、子供のように涙ぐんでマンダリンを食べるリナを見ていると、本当に、前世で自分が殺されたことは遠い昔に感じる。

 怒りは、もう全然無いんだ。ホント。


「リナ、あんた向こうの世界でも素直だったら、私も少しは優しくしたよ?」

「え? あんたは優しかったよ?」


 は? いいや?

 厳しいダメ出ししたし。他にも特に優しくした記憶は無いし。

 第一さぁ。


「あんた、私を恨んで殺したよね? 優しくなかったからじゃないの?」

「それが。俺もよく分からない。俺、あんたを恨んだこと無いし。邪魔な俺にもお茶淹れてくれたし。徹夜の時も差し入れくれたし。なんで俺、あんたを殺したんだ? 綺麗で優しいお姉さんだと思ってたはずなのに」


 初耳な評価だ。


「てか、自分が邪魔って分かってたの?」

「俺に才能が無いのも、パパが無理言ったのも知ってた」


 パパ、って、木之内の祖父のことか。


「木之内から、なんだか複雑な家庭事情が有りげとは聞いたけど」


 私が言うと、リナはマンダリンの皮の匂いを嗅ぎながら話し始めた。


「木之内さんのお祖父さんの愛人が俺の母親。俺の大っ嫌いなヒロインタイプの女だけど、パパは溺愛してた。俺は大人になるまで生きられないって言われてたけど、パパのおかげで何回も手術ができた。でも入院しっぱなしで学校も行ったこと無くて。本を読むのとゲームとネットで那波神の絵を見るのだけが楽しかった。年齢だけ大人になったら、『大人になるまで生きられない』ってゲームをクリアしたみたいな感じで、パパ以外の人間は母親も医療スタッフも、もう満足したから早く逝けば? みたくなった。そしたらパパが、生きてる内にやりたいことを何でもやらせてやる。って」


 ラノベの出版と那波との仕事か。


「那波神の絵で作品が出せたら、死んでもいいと思って」


 死んでるんだけどね。


「那波の話だと、自分が天才だから那波の絵を挿れるに相応しいとか言ったとか?」

「それ黒歴史! ファンレターは病院から出してたから、神に相応しい俺様な感じじゃないと相手してもらえないと思って!」


 悶えて恥ずかしがってる。

 マンダリンをもう一つもいで差し出した。


「ありがとう! 俺、時間というか寿命無くて焦ってて。すごく迷惑かけたのは分かってる。この学院のスチルの中で暮らせたし、俺、思い残すこと無いから、もう我儘とか言わない」


 思い残すことは無いのか。

 それは良かった。かな?


「あの私を刺した短剣だけどさ。どういう物で、なんで使い方が分かったの?」

「那波神のスチルの試作ゲームが記念に貰えなかったから落ち込んでたら、パパがどうにかしてやるって言ったんだけど。ゲームは無理だったけど代わりに良い物をくれるって、綺麗過ぎだからフカシだと思うけど遺跡からの出土品だとか言ってアレとガラスの小瓶貰った。使い方? あれ? 何も考えてなかったけど、普通こうするよな? みたいな? あれ?」


 マンダリンをモグモグしながら首を傾げるリナを眺め、前世の私を前世の彼には、あんな殺し方は出来ないだろうと確信した。

 何でもこなす私は、一般男性には負けない程度は護身術が使えた。

 だから、友人達も残業後の夜中に平気で私を帰宅させていたんだ。

 余命幾ばくも無い、人生の殆どが入院生活の男には、前世の私の不意を突いて、『正確に心臓を抉る』ことなど出来ない。


 私とリナの前世は、『世界を渡る錬金術師』に殺されたんだ。


「明日は夜会だから時間が取れないけど、大切な話があるから、明後日以降に時間もらえる?」


 そろそろ昼休みが終わる。

 これは、リナにも真実を話した方がいい。いや、話すべきだ。リナも錬金術師の被害者だ。

 近い内に、ヨアヒムとキースも交えて、リナに現実を把握してもらおう。

 フェルは、どうしよう。寮と教室から出るとアイリスが張り付いて来るんだよね。

 アイリス、このリナよりも余程ヒロインぽいぞ。


「魔力無しなんだから、一人でフラフラすると危ないでしょ。マンダリンもう少しもいであげるから、おいで。教室に戻るよ」


 私はマンダリンを二つばかりもいでリナの右手に持たせると、左手を引いて歩き出した。


「あんた、こっちでも優しいね。俺がヒロインなら、ヒーローはスノウがいいな」

「いや、百合ゲじゃないし」


 途中、何とも言えない顔をしたフラウと合流したけど、特に咎められはしなかった。

 そのままリナの手を引いて教室に戻ると、先に戻っていたフェルが目を剥いた。

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