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サロンにて

 フェルの膝の上に乗って、私はサロンの窓から下を眺めている。

 今日もリナはヒーローにつきまとっている。今日の犠牲者はカイルのようだ。

 フェルの周りに側近達が集合していると、必ずリナが突進して来るので、私の安全のために極力バラけて行動することを話し合って決めたそうだ。

 ヒロインが個別でヒーローの好感度上げに取り組めるカラクリに、そんな裏事情があったんだね。

 テストプレイ中は、「お前ら側近なのに王子放置で何やってんだ」とか思っていたけど。

 王子の婚約者に危険人物を近づけないための囮だったとは。


「ねぇ、フェル」

「うん?」

「リナの人生は本当に『良いことが一つも無い』と思う?」

「結構楽しそうだよね」


 リナに『この世界の真実』は言っていない。

 この世界は『世界を渡る錬金術師』によって歪められようとしているけど、小玉が書いた『プログラムの強制力』も作用している。

 錬金術師の『作品』がシナリオ通りに使われるためには、『ヒロインが条件を満たす行動』が必要だ。

 リナは『ゲームの強制力』と『シナリオの都合上』ゲームのエンディングまでは絶対に『途中退場』しない。

 ある意味無敵だ。不死身の加護が付いていると言ってもいい。

 エンディング後に、どれほど悲惨な末路が待っているとしても。

 確実に、錬金術師はリナの役割を知っている。

 だから、錬金術師もゲーム終了まではリナを傷つけることは無いと思う。


 魔王の記憶から錬金術師の存在を知った私達は、そう結論づけて、リナを自由に泳がせることにした。

 リナの行動は、フェルが側近に命じて逐一報告させている。

 表向きは、危険人物の動向を探るため。

 実際は、『世界を渡る錬金術師』が関わる事件の起こるタイミングを計るため。


「リナがコレを『悲惨な異世界生活』に感じているようには見えないんだよね。錬金術師に騙されてるとしても」


 リナは実に活き活きとしている。

 コレを現実ではなく夢の中のゲームだと思っているからかもしれないけど、それでも、とても楽しそうだ。

 前世でゲームのシナリオを書いていた時よりも。


「錬金術師の作品は、全てが錬金術師の思惑通りに作用するものでもないのかもしれないね」


 フェルの言葉に私が頷いた時、サロンのドアがノックされた。

 報告のために、ユアンとニールとルークが入室する。


「女子生徒達の話では、あの女の態度が入学当初から少し変わったらしいよ」


 ユアンが女の子達から聞き出した訴えを報告する。

 入学初日から問題を起こしたリナに、優しいご令嬢達が声をかけていたけれど、リナは無視をするか「女に用は無い」と追い払っていた。

 それが少し変わったらしい。


「最近は積極的に女子生徒とも会話をするけど、フェルと僕達の個人的な情報をしつこく聞き出そうとしているらしいんだ」


 少しは頭を使うようになったんだね。

 自分の書いた設定では、家名も正式な身分も分からないことに気がついたのか。

 既に設定とは変わっているところもあるけど。

 錬金術師の作品の一つ、『強力な惚れ薬』の齎す歪みを退けたニールは、設定上の『外交官の息子』ではなく、祖父の養子となり『外務大臣の息子』になっている。


「ご令嬢達は、家名や親の爵位までは話したそうだけど。婚約者の有無や王都の屋敷の所在地、趣味や行動範囲については知らぬ存ぜぬで通してくれているよ」

「そんなことまで聞いているのか。気味が悪いな」


 淡々と報告するユアンに、顔を顰めてルークが唸る。

 リナが狙ってるのは、ヒーローの行動範囲に出現して、『偶然出会って親密度アップ』だろう。

 システムに『親密度』というものは反映していないが、『神に愛されたヒロインは何度も偶然の出会いに恵まれて親密度がアップする』とよく口にしていた。

 下調べして待ち伏せするのは、偶然ではなくストーカー行為なのだが気が付いているのだろうか。


「あの女の特定の教師に対する度を越した付きまとい行為について、理事会で議題に上がっている」


 次はルークの報告。

 リナのキースへの付きまといだ。

 キースの魔力暴走は実際に起きたけど、スチルのように学院が破壊されることは無かったし、当然キースはリナを押し倒してもいない。

 リナとしては、イベントが起こらないから、『まだ好感度が足りない』とか『一年目ならチャンスはずっとある』と考えてキースとの好感度を上げるべく追い回してるのだろう。


「キース先生は、世界でもトップクラスの魔物研究者であり、国費で学院に招いた『国賓』の立場でもある。出身は平民でも扱いは高位貴族と同等にする必要があり、理事達も理事長も頭を抱えていた」


 国賓のキースと、国王の慈善活動の結果であるリナの、どちらを尊重すればいいのか、理事達も悩ましいだろうなぁ。

 私もどうしたらいいのか分からないよ。


「会議の結果が出たら、また報告する」


 ルークが一歩引いて、代わりにニールが進み出た。


「あの女が、アイリス・クレージュという留学生の女子生徒に狼藉を働いた件について、追加報告がある」


 アイリス・クレージュ。

 見た目が、『隠しキャラのアリス』にそっくりな留学生だ。

 この学院に『アリス』という留学生は存在しない。留学生以外でも他学年でも存在しないし、短いから貴族の名前でもない。

 愛称がアリスになる生徒もいなかった。

 だけど、2周目から登場する『アリスのスチル』にそっくりな、アイリス・クレージュという留学生は同学年に存在した。


 リナはアイリスにも付きまとい、先日とうとう「アリスが本当は男の子だって知ってるんだから!」と叫んで、アイリス嬢の胸を掴んだ。

 当然、大騒ぎになった。

 アイリス嬢に母国からついて来た侍女達が激怒して、厳重な抗議を申し入れられた理事長が、誠心誠意謝罪することになった。

 ルークのお父様、リナの卒業までに禿げるか胃に穴が開きそう。


「内密の話として父に聞いたが。アイリス嬢はティアード王国のクレージュ伯爵家の次女としてフォレスタリア王国の学院に留学しているが、彼女の本当の身分はティアード王国の第一王女であり、第二王子アルベルトの双子の妹だ」


 2周目で登場する隠しキャラの『アリス』は、ティアード王国第二王子のアルベルトなんだろうな。

 私達が生まれたこの世界は、『一周目』だ。

 リナのこの世界での『最初の人生』だから。

 リナは、この人生でアリスというヒーローと接触することは出来ない。


「アイリス嬢が男性という事実は無い。更に、身分を隠しての留学とは言え他国の王族の体に触れて狼藉を働いた。当然、国際問題だ」


 室内の全員が、そっと溜め息をついた。

 他国の王女の胸を揉むとか。誰も想像すらしなかった。

 アイリス嬢が王女だとは、ティアード王国側の意向でフェルも知らされていなかったから、フェルや側近達へのお咎めは無い。

 でも、知ってしまったらアイリス嬢に気を遣わない訳にはいかない。

 しかも非はフォレスタリアの国民にある。

 事を穏便に済ませるには、こちらが下手に出なければならない。


 アイリス嬢も、ちょっと、きな臭いんだよね。

 リナみたいなやり方じゃないけど、フェルや側近達にさり気なく接近している。

 リナと違ってフラウにも近づいているから、現実として彼らとお近付きになりたいんだと思う。

 アイリス嬢の囮役はフラウがやっている。


 アイリス嬢は非の打ち所の無い可愛らしいご令嬢で、受け答えも完璧。

 こちらの事情に精通しているのか、さり気なく彼らの好む話題を出して気分を良くさせる話法を取る。

 警戒していなければ絆されるくらい巧みらしい。

 彼女との会話に違和感を覚えたフラウとニールが、フェルと側近全員に警戒するよう通達した。


 フェルは常に私を傍に、と言うか、大抵の場合膝の上に置いているので、フラウもあまり心配してはいないけど。

 アイリス嬢が他国の王女なら、ただの婚活とは思えない案件になる。

 他国の王女が自国の次期国王と側近達に色目を使っているのだ。

 王女の後ろには、確実に国家がある。


 それでも、証拠が出るまではアイリス嬢が王女だったからと遠ざけることは出来ない。

 国家の密命を受けてフォレスタリアの次期国王を籠絡しに来たのだろうとは言えないから。

 今現在のアイリス嬢は、単に話の合う人物達と親しくなりたいだけの他意のない無害な留学生の女の子だ。

 遠い国へ来て不安なところ、やっと親しみを感じることができるようになった『頼りになるお友達』を取り上げたら、誰がその役をやっても悪者だ。

 そして、リナが国際問題を起こしてくれたから、今後はフェルまで、求められたらアイリス嬢の相手をしなければならない。


「スノウ。私の心はスノウにしか無い」


 フェルの方が不安そうに私に言う。

 ユアンやルーク、ニールも気遣わしげだ。


「証拠が上がるまででしょ? 大丈夫。私は信じてるから」

「全力で証拠を掴む」


 ニールが力強く言って、ルークとユアンも頷いた。


「アイリス嬢の目的を考えると、皆を動きやすくするには私が最適な囮なんだね」


 心底嫌そうに嘆息するフェルが可笑しくて、私はフェルの頭を撫でて笑った。

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