フェルの告白
「スノウ。フェリクス王子と婚約しない?」
入室して扉を閉め、二人きりになった途端にフェルが言った。
「は?」
「候補じゃなく婚約。ディアマンテ公爵とフラウの許可は得ている」
「どんな事情なの、小玉?」
私が「フェル」ではなく「小玉」と呼ぶと、彼は参ったというように頭を掻いて、ソファを勧めた。
「君は、俺がフェリクスの中にいることをどう思う? 正直に言ってほしい」
私が腰を下ろすと向かい側に腰掛けたフェルが真剣な様子で訊いて来た。
これは、気を遣う必要が無いんだな。
「率直に、酷いと思った。私を助けてくれる気持ちは嬉しいし、実際に小玉が入ったフェルの助けが無ければ、この世界の仕組み的に、私は詰んでた。でも、10歳で自分の人生を奪われたフェルはどうなるのか考えたら、自責の念でいっぱいになる」
ずっと抱えていた罪悪感を吐き出すと、フェルは深く頷いた。
「君はマトモな神経の持ち主だから、きっとそう感じるだろうとは思ってた。でも黙って見過ごせなかったのは俺達の我儘だ」
そこまで話し、少し躊躇うように沈黙を置く。
「俺達は、この世界の誰に組み込むかを決めてから、彼らに事情を伝えて許可を取った」
え?
「フェリクスは、あのお茶会でスノウと会う前から、ずっと『妖精のように美しいスノウ』に恋い焦がれていた。スノウの絵姿は王都でも出回っていたからね。だから、スノウには前世があって、前世は俺の親友の女の子で、彼女は殺されて不幸な死を迎える運命のスノウに無理矢理転生させられていて、その運命を変える手助けをしてくれとフェリクスに頼んだらOKしてくれた」
フェリクスの事情よりも、小玉が私を親友とか女の子と言った衝撃の方が大きい。
「最初は、平和な大国の10歳の王子様が、可愛い女の子に恋をして無謀な選択をしたと俺も考えていた」
幼気な少年の人生を乗っ取っておいて酷いな。小玉。
「けど、俺達は彼らに自分の意思を『組み込んだ』だけだから。この体には、フェリクスの魂も意思も記憶も存在している。嫡男が絶対視される世の中で生まれ落ちた瞬間から次期国王だった彼にとって、自分と同い年の毎年新しい絵姿が発売されるスノウは、一緒に成長しながら見守ってくれる心の拠り所だった。それこそ、失ったら狂うほどの」
あぁ、シナリオのフェリクスが、スノウが自殺した知らせを聞いただけで、他のヒーロー達みたいに惨殺シーンも見てないのに自滅ヘ進んだのは、そういう理由があったのか。
「俺を組み込む前からそうだったけど、俺を組み込んで生きながらスノウと同じ時を過ごして、フェリクスはもっとスノウを好きになって行った。この体を動かすのは俺の意思だけど、フェリクスの意思を俺は受け取れるし、記憶も思考も共有できる。フェリクスは、スノウと共に人生を歩むことを強く望んでいるし、スノウを強く求めている」
フェリクスは、ずっと小玉に意思を伝えていたのか。
小玉は、こう言っちゃ何だけど、かなり他人の人生はどうでもいい人間だ。友人達は特例だけど、実のところ、それ以外の人間には相当に冷酷だ。
そんな小玉が絆されるくらい、ずっと訴えてたんだろうな。
「最初は、しつこいと思って黙殺してた。その内、諦めろと説得するようになったけど。本当にしつこいから。段々、フェリクスの話を聞くようになったら、本当に本気でスノウのことが好きで。美しい見た目だけじゃなく、中身が君だから心底好きで大切で。ずっと一緒にいたくて離れるのは耐えられなくて」
やっぱり小玉、最初は酷いな。
フェリクスは、スノウの外見だけじゃなく、私が前世の記憶を持つことも知っていて、この世界の仕組みも知っていて、それでも『私』というスノウを好きで求めてくれるのか。
「フラウとディアマンテ公爵から、いつまでスノウを候補のままで束縛するつもりだと言われた時、フェリクスはスノウを他の男に奪われることを考えて、一度心を壊しかけた。二年くらい前かな」
フラウがフェルに秘密の話をした時か。
淡々と話してるから、今は持ち直しているんだろうけど。
自然と私の眉が寄る。
「それを切っ掛けに、俺はフェリクスの意思も尊重するようにした。俺はどうしたって君には友情以上の想いは抱けないけど、フェリクスは君を愛している。俺の性癖でフェリクスの想いを殺させ続けるのも、そろそろ俺もキツイ」
性癖。フェリクスの純粋な想いを語りながら、オッサンの性癖の話。
「自分が入っている同じ体で、寝ても覚めても延々と君への愛を語られるんだよ? 逃げ場も無く」
「それこそ自業自得?」
「そうだけど。でも、俺は今日まで猶予を引っ張ったんだ。君が、他の誰かを好きになるかもしれないから。そしたら、君には黙って、フェリクスが心を壊しても仕方ないと思ってた」
いや、仕方なくないから!
「君も憎からず思っているハイスペックなイケメン達に好意を寄せられていたら、誰かと恋に落ちるかと思ってたら、君って物凄く鈍いから」
「はい?」
聞き捨てならないことを言わなかったか?
「君がここまで鈍感なのは計算外だった。フラウも呆れていたし。君のあまりの鈍さに、恋の相手としては勝負を降りた子もいる」
「ええ!?」
「これは、フェリクスの想いを告げて、ちゃんとこちらで捕獲保護しておかないと、ロクなことにならない予感がした」
あれ? 恋の話から何かズレて行ってない?
「とにかく! 関係各所に話は通してあって、あとは君が頷くだけだから。もう大人しくフェリクスと婚約してくれる?」
「外堀は埋めた後なんだ?」
「当然。ここで君を逃したらフェリクスが何するか分からないから」
「えええ、脅迫?」
「フェリクスが嫌い?」
いや、それは無い。
ずっと頼って助けてもらって来たし、ちゃんと今の私を好きでいてくれるし。
だけどさ。
「小玉、中身が私だと恋愛は無理でしょ? いくら私とフェリクスが相思相愛だって、小玉がフェルの中から出て行けるわけでもないし。小玉達がこの世界から解放される条件て、私の死だよね?」
沈黙が降りた。
私が死ななきゃフェルの中には小玉が存在したままで、どんなに私を求めてくれていても、小玉の性癖のせいで私とは世継ぎが作れない。
次期国王夫妻として致命的だ。
かと言って、私を失えばフェルが狂うかもしれない。
「それを考える猶予を学院卒業までくれないかな。とにかく、今すぐに君を失わずに済むように、フェリクスと婚約して欲しい。エンディングまでに方法を考える。君が望んでくれるなら、頼むからフェリクスを選んで欲しい」
小玉の懇願。珍しい。
フェリクスの粘り勝ちだよね。
「うん。フェルと婚約する。今の私にとっては、この国もこの世界も、とても大切だから。フェルと一緒に守って行きたい」
私が承諾の意を示すと、あからさまにホッと息を吐いて、フェルは懐から小さな箱を取り出した。
「これ、フェリクスからの成人祝い。俺達からのは明日わかる」
何だろう?
皆からも貰えるの?
「すごい。綺麗」
箱を開けると、フェルの瞳と同じ色の澄んだエメラルドのピアスが入っていた。
「婚約者として夜会に出る時には、もっと大きいの贈る。それはいつでも身に着けていて欲しいから普段用。着けていい?」
私が頷くと、立ち上がったフェルがテーブルを回って目の前に跪いた。
慎重に、エメラルドのピアスを私の耳朶に装着する。
「落とさないように、魔法で固定していい?」
「あ、そうだね。お願い」
私の耳朶にピアスを固定して立ち上がると、フェルは複雑な表情で言った。
「やっぱり、捕獲しておいて良かった。君、成人したら絶対悪い男に騙されそう」
何故だ?




