ニールの抱える事情
金色飛竜のお見合いについてカイルに手紙を送り、約束に合わせてニールの家に向かった。
今日は外国の資料を見せてもらえる。
フォレスタリアとの交易に関する資料は、お父様の伝手でも見せてもらうことができるけど、外国同士の交易の資料は、外交官でも作成所持している人は、そういない。
足で稼いだ貴重な情報を盛り込んでいるので、普通は一子相伝門外不出の家宝みたいな物だ。
それを見せてもらえる。
もう何日も前からワクワクですよ。
ニールの家に着くと、玄関ホールでニールと赤ん坊を抱いた若い女性が出迎えてくれた。
女性はニールの母親として名乗ったけど。
若作りだとしても若過ぎるかな。母親と言うより姉くらい。下手すりゃまだ20歳前かも。
それに、挨拶済ませてさっさと引っ込む前に、私、睨まれた。かな?
「とても若いお母さんだね」
私が遠慮して言わなかったことを、フラウが遠慮無く口にした。
しかも嫌味を交えて。「とても若い」は「経験不足だから無礼なんですか」という意味だし、貴族が他人の母親を「お母さん」などとは呼ばない。平民みたいに貴族の作法を知らないんだね、と言外に含んでいる。
「貴族家の出身ではあるんだけどね。家の者が無礼で恥ずかしく思う。申し訳無い。彼女は後妻でまだ卒業したばかりなんだ」
卒業したばかり。てことは、あの赤ん坊を仕込んだのは在学中か。
全寮制の弊害だな。夜遊びが実家にいるより簡単にできるから、遊び相手が同年代とも限らない。
それにしても、ニールは後妻と仲が良くないのかな。
母親を指す呼び方はしないで「彼女」って。フラウの嫌味を肯定する言い方も冷たい。
「スノウを睨んでたよね。スノウを傷つけたら、僕もディアマンテ公爵家も黙っていないよ?」
「好きにしてくれていい」
ハッキリ脅迫するフラウにも、ニールは全く不快感を示さず後妻を切り捨てた。
まぁ、家の事情は各々あるんだろうけど。
ニール。外交官の息子。ヒロインと同い年。
設定はこれだけだけど、実際のニールは少し複雑。
本名ニールセン・クアトロス。クアトロス伯爵家嫡男。だけど、祖父が外務大臣のクアトロス公爵で、クアトロス伯爵がクアトロス公爵家の嫡男。だから、いずれニールはクアトロス公爵家を継ぐ。
家族構成は父親とさっき見た後妻、まだ赤ん坊の異母妹。ニールの本当の母親は、昨年馬車の事故で死亡。
艶めくワインレッドの髪に底冷えのする切れ長の水色の眼の、大人びた美少年。かなり長身。
彼は、底が知れないと言うか、10歳児には見えないと言うか。とにかく頭は良さそう。
「資料を開く前に部屋に鍵をかけるけど、いい?」
ニールの自室に案内してもらい、人払いをしてそう言われ、私とフラウは黙って頷いた。
厳重に管理すべき資料だということは、さっきニールを脅迫していたフラウも分かっている。
「封印を解除するよ」
革表紙の厚い本に、ニールが手を乗せる。
「ニール、もう魔法が使えるの?」
魔法の封印を解除する様子に驚いて訊くと、この家に来て初めて見せる年相応な表情で照れた。
「これだけは、真っ先に覚えたんだ。早くこの資料を見たくて」
「今更だけど、こんな貴重な資料、本当に私達も見ていいの?」
「スノウとフラウは視野や視点が世界を捉えているから。これを一緒に見て、二人の意見も聞きたかったんだ」
私達の物の見方が世界を想定していることを見抜くなら、ニールもそういう考え方で物を見ているということだ。
これは楽しい意見交換会になりそうだ。
資料を読み耽り、意見を交換しながら、合間にぽつりぽつりとニールが抱えている事情を話してくれた。
ニールの父親は、仕事柄、話題が豊富な洒落者で、大層女性にもモテるから、妻以外にたくさん恋人がいたらしい。
仕事以外でも殆ど家には帰って来ない男で、ニールの母親が亡くなった一ヶ月後には、妊娠した後妻を「卒業したら結婚する」と連れて来たそうだ。
そして、また帰って来なくなった。
後妻は卒業して伯爵夫人となったが、帰らぬ夫の不満をニールにぶつけ、主の不在をいい事に浪費を始め、使用人を虐待する。
ニールが虐待の現場を見れば諌めるが、使用人が女主人を訴えることは難しい。
古くから仕えてくれている使用人は、影でニールが謝罪したり治療費を用立てたり無実の罪を着せられないよう証言したりと動くことで、まだ耐えてこの家に居てくれるが、若い使用人は、既に辞めてしまった者もいるそうだ。
シナリオの荒唐無稽にも見える不幸より重い。
そしてフラウの聞き出し上手加減が怖い。いつの間にか喋らされてる感が、お父様そっくり。
ニールに降りかかるシナリオの不幸が、この話の後だと、自暴自棄になるほど彼はショックを受けるかな、と思う。
奴が考えた内容だから、酷くグロい話ではあるんだけどさ。
ある日、寮から屋敷に帰ると、怪しげな外国の薬を飲む父親(何故飲む)を目撃。
父親は突然殺戮衝動に目覚め、妻と娘を挽き肉になるくらい滅多刺し。そして食べる(食人率高すぎ)。
それを眺めていたニールは狂ったように笑い出して、ヒロインを求めて屋敷を駆け出し学院に戻る。
今の感じだと、ニールは家族に思い入れが無い。
彼らが殺し合おうが惨殺されようが淡々と葬式を手配しそうですらある。
自暴自棄になって自滅願望からヒロインと結婚するかなぁ。
ニールの事件が起こる時期は、3学年の秋。溺愛期間は一番短いけど、夜会スチルが多い。
ニールは、シナリオの事件がどうこうじゃなく、今現在、苦境にいる。
10歳で伯爵家の管理責任を問題起こす継母付きで背負うとか、いくら優秀でも病んで行くぞ。
こういうのは、一人で抱えると潰れるか爆発する。
責任放棄している父親なんか、まるっと無視でいいよね。
頼りになる仲間を巻き込んでしまえ。
「ニールは、特技とか趣味はある?」
尋ねると、特技は毒物の判別。趣味は釣りと楽器演奏らしい。
うん。ちゃんと役割分担できそうだ。
「ニール。みんなと飛竜でピクニックに行こう」
私の提案に切れ長の眼を丸くして、子供らしい表情でニールが頷いた。




