#8 工房
モラヴィアン・グラスがたくさん売られている土産物屋に行った。その時のオーレリアの興奮っぷりといったら、食事以上だった。
「うわぁ、綺麗!あれも綺麗!」
僕が見ても、ただの青いガラスの製品が幾つも並んでいるだけにしか見えないのだが、そんなガラス細工に異常なまでの関心を示すオーレリア。そんな彼女を見て、カシュパルも僕もむしろ当惑する。
どう見たって、たかがガラス細工だ。それがどうして、あれほどまで魅了されるのか?まさか、地球760にはめぼしいガラス製品がないというのか?
「そうだったかなあ……あちらのショッピングモールにもたくさん売ってたぞ、ガラス製品が。確か、青いのも赤いのも、それに緑色のガラスもあったぞ。」
カシュパルが、記憶を頼りに応える。
「……だよねぇ。そんなに珍しいのかなぁ、こんなものが。」
僕はオーレリアの熱狂ぶりに少し呆れていた。とはいえ、オーレリアは素直だ。少なくとも、自分の感性に嘘はつかない。それはこの数日の付き合いでよく分かっている。
だからこそ、まるで吸い寄せられるようにモラヴィアン・グラスに惹かれる彼女に、少なからず違和感を感じているのだが。
「ねえ、オーレリア。」
「なあに。」
「そんなに、ここのガラス製品が気に入ったの?」
「うん、気に入った!これ絶対、地球760でも売れるよ!こんなに綺麗なガラス、今まで見たことないよ!」
大絶賛するオーレリアだが、僕にはそこまで絶賛するほどのものには感じないんだけどなぁ……とはいえ、オーレリアが褒めるくらいだから、もしかしたら地球760ではウケるんじゃないだろうか?あちらの星の風習や事情を知った人物だ。その意見を、まったく無視するわけにはいかない。
このオーレリアの反応を見て、次の交易品の中にモラヴィアン・グラスを含めることに決める。
「そういえば、この近くに工房があるんだ。」
気に入ったガラス工芸品をいくつか買い込み、その品に囲まれて満足しているオーレリアに、カシュパルがこんなことを言い出す。
「えっ!?工房!?それって、ガラス工房のこと!?」
「そうだよ。モラヴィアン・グラスの工房だ。帝都にもいくつかあるんだけど、中でも帝都モラヴィアン・グラス振興協会の工房が一番大きい。どうだい、行ってみるかい?」
「うん、行く!行ってみたい!」
「……おい、カシュパルよ、工房なんぞに行ってどうするつもりだ?だいたい、ガラス製品を作ってるところなんか見たって、しょうがないだろう。」
「どうせ仕入れるなら、少しでも安い方がいい。それなら、作ってるところで買うのが一番だ。」
とカシュパルがいうので、早速その工房に行ってみることになった。
その名の通り、モラヴィアン・グラスの保存を目的とした協会が運営する工房だけに、帝都一を誇る規模の職人を抱えている。
もっとも、近年はこの工房も苦戦を強いられてるようで、年々縮小の一途を辿っているらしい。そりゃあそうだろうな、と僕などは思う。僕らから見れば、ただの青みがかったガラスにしか見えない。たとえそれが数百年続く伝統であったとしても、代替技術がそれを凌駕すれば、消滅する運命を受け入れるほかない。これは、連盟だろうが連合だろうが、等しく訪れる試練だ。
帝都バルドゥヴィザの外れに、その工房はあった。僕もその工房の存在は知っているが、実際に足を運ぶことはなかった。レンガ造りの建物が5つほど並んでいる。その一つに、僕らは足を踏み入れる。
「いらっしゃい。」
入り口をくぐると、カウンターがある。そのカウンターの向こう側にぶっきらぼうな親父が1人、僕らを出迎える。
「俺らは交易商だ。ここの製品を買いつけたいんだが。」
「交易商?珍しいな。で、何をどれだけ買ってくれるんだ?」
「そうだなぁ……あの娘が気に入ったやつ、全部だ。」
と言って、カシュパルはオーレリアを指差す。が、そのオーレリアは、すでに入り口脇の棚に並んだ様々なガラス細工に目を奪われていた。
「うわぁ、これ綺麗!あれも綺麗!これなんか素敵!!」
それを見たカシュパルは、工房の親父にこう告げる。
「……いや、半分かな。」
カウンターの奥では、ガラス製品の梱包作業が行われている。青い色のガラスを使うモラヴィアン・グラスだが、単に青い色だけが特徴ではない。
表面に彫られたV字の溝で描かれた模様が、幾重にも連なる。まるで宝石のような表面カットが、その青さを際立たせている。
「へぇ~、それじゃあ、連合の星からわざわざ連れてきたその嬢ちゃんが気に入った品だから、これを持って行こうってことかい。」
「そうだよ。彼女があれだけ気に入ってるってことは、あっちで売れるんじゃないかって思ってね。」
「だけどよ、いくらなんでも敵地なんだろう?そんなところにこれを持ち込んでも、大丈夫なのかねぇ……」
「なあ親父、それじゃあ聞くけど、ここのガラス製品は兵器に転用される恐れはあるのかい?」
「んなわけねえよ!むしろ、150年前に帝国と敵対する隣国に献上したら、そのあまりの美しさに相手が戦争を仕掛けるのをやめたっていう逸話があるくらいだ。そうだ、さっきおめえさんが言ってた持ちつ持たれつってえ話には、ぴったりの品じゃねえのか?」
「そうなのか?じゃあ、持っていっても問題ないな。」
あの親父にまで「持ちつ持たれつ論」を吹き込んだカシュパルに、モラヴィアン・グラスを売り込む工房の親父。いくつかの品を見繕い、代金を支払う。
「おい、嬢ちゃん。」
「なあに?」
「おめえさんに、これやるよ。」
「うわぁ、綺麗!何これ!?」
「ああ、これは腕輪だ。」
独特のカットが施された輪っかを、オーレリアに見せる工房の親父。その青いガラスのリングに目を輝かせるオーレリア。
「あの、これ、頼んだ品には含まれてませんが……」
「いいよ、サービスだ。どうせこれ、捨てようしてた品だからよ、敵地の天使さんにプレゼントだ。」
敵地の天使って……そんなことよりも気になったのは、その品のことだ。かなり凝った品なのに、なぜこれが捨てられるのか。別に割れているわけでも、傷ついているわけでもない。そんなものを10個もただでくれると言う。不審に思った僕は、親父に尋ねる。
「別に割れてるわけでもないのに……なんでこれ、捨てちゃうんですか?」
「ああ、とても商品にならねえからだよ。考えてもみろ。ガラスの腕輪なんて重いし、割れやすいし、装着しづらい。作ってみてから、全然装飾には向いてねえって気付いてよ。そんで、10個作ったところでやめちまった。」
「なるほど……確かに、言われてみれば……」
そりゃそうだな。ガラス製のものを腕に巻くなんて、なんだか危なっかしいし、邪魔くさい。作ってみるまで気づかなかったのか?いや、そんなものをもらっても、あまり嬉しくはないのだが……
が、案の定、あの娘は喜んで付けている。しかも、両腕に。
「ところで、あんたら。」
「何ですか?」
「せっかくだから、これ作ってるとこ、見ていくか?」
僕とカシュパルは、あまり乗り気ではなかった。が、やはりというか、オーレリアはノリノリだった。たったそれだけの理由で、僕らはこの工房の別の建物に向かう。
だがここは、ガラス工房だ。だから当然、暑い。棒の先についた真っ赤に焼けたガラスを炉から取り出し、それを手早く形に変えていく。
その脇で、何やら石を砕いている人物がいる。オーレリアが不思議そうにその石を眺めている。
「ねえ、何これ?」
「ああ、これか。これはモラヴァスといって、モラヴィアン・グラスの青い色の元になる石さ。」
とはいうものの、その石はちっとも青くない。薄い緑色がかった黒い石、と言ったところだ。こんなものが、本当に青くなるのか?
「ねえ、ほんとにこれが青色になるの?」
「そう思うだろ?ところがちゃーんと青くなるんだよ。あそこを見てみな。」
石を砕く職人の指す方を見ると、ちょうど真っ赤に熱せられたガラスが取り出されたところだった。それをクルクルと回しながら、もう1人が細かく砕かれたモラヴァスを振りかけている。そしてそのガラスは再び炉に戻る。
しばらく熱せられた後に引き出され、職人がペンチのようなもので器用に造形し、花瓶の形に変わっていく。
冷えるとともに、ガラス自体があの青い色に変わる。不思議な光景だ。さっきまでただの透明なガラスだったのに、鮮やかな色が浮かび上がる。
が、オーレリアからは意外な一言が出る。
「……なんだか、あまり綺麗じゃない。」
なんだ、オーレリア。お前さっきまで、この青いガラスに感動していたじゃないか?しかし、それを聞いた職人が笑い出す。
「はっはっはっ、嬢ちゃん、そりゃ当然だ。ここからモラヴィアン・グラスらしい輝きを作り込むんだよ。」
「輝きを……作る?」
「隣に行ってみな。なんのことか、分かるはずだぜ。」
と職人に言われるがまま、隣の建屋へと向かう。
そこは、研磨工場だった。コップや花瓶の形になった滑らかなガラスの表面に、あの独特の模様を作り込んでいく。グラインダーに押しつけて削り、複雑な模様を作り込む職人、それを横で受け取り、仕上げ磨きをする職人もいる。
仕上げが終わった花瓶やコップを見て、オーレリアは声を上げる。
「うわぁ……すごい!見違えるように綺麗になった!」
……僕には正直、あまり変わったようには見えないが、確かに宝石のようなカットを施されたガラスの輝きは増している。でも、絶賛するほどでは……そんなオーレリアの赤い2つの瞳には、青いガラス製品の模様が映り込んでいる。
「へぇ~、あんた、この輝きが分かるんかい?」
「うん、分かる分かる!とっても綺麗!」
先ほどもらったガラスの腕輪を揺らしながらうなずくオーレリア。ここまで素直に褒められると、工房の職人も悪い気はしないようで、モラヴィアン・グラスの歴史を語り始める。
200年以上前には、すでにこの独特のカッティング技術が確立していた。帝国の社交界や他国への献上品として、モラヴィアン・グラスは珍重されたという。あの青色を出すモラヴァスという石が、どういう経緯で使われるようになったのかは定かではないが、ガラスの中でのみ青色に変わるこの不思議な石に、昔の皇帝がモラヴィア帝国の名前をとって「モラヴァス」と名付けたと言われている。
オーレリアも、遠く敵地の只中にまでやってきて、ガラスにまつわる昔話を聞かされることになるとは思わなかっただろう。だが、その話を熱心に聞き入る彼女は、時折、腕につけたガラスの腕輪の模様に目を移す。
これで終われば、のどかで充実した、工房訪問だった。あとは、ここで買い付けたモラヴィアン・グラスを、地球760へ運ぶだけだった。
しかしこの時、思いもよらない事故が起こる。
ズシーンという音が、この建物内に響き渡る。一瞬、地面も揺れ、それに伴い、並べられたガラス製品がカタカタと音を立てて揺れる。
何事だろうか?まるでトラックでもひっくり返ったかのような音だ。そこに、1人の職人がこの工房内に走り込んでくる。
「た、大変だ!えらいことになった!」
「どうした!?」
「え、煙突の一本が突然、第2倉庫の上に倒れやがったんだ!」
この事件が、僕らの運命を変えるきっかけとなった。