#7 モラヴィアン・グラス
やはりというか、バルドゥヴィザ港に降りてからがひと騒ぎだった。
よりによって連合の人間をこの港に連れてきたから、港の職員らが反応しないわけがない。すぐに僕らは、警備員達にぐるりと囲まれる。
当然、オーレリアは尋問される。僕らも職員らから事情を聞かれる。が、地球760の時と同様、堂々と進入してきた民間人に対して、彼らがどうにかできる権利はない。
しかしその際に、僕らが事前に想定していた質問が、彼らから飛び出した。
「オーレリアさんはもしかして、魔女ですか?」と。
それに対して、カシュパルがこう応える。魔女を連れ出したいとは思ったが、魔女はあまりにも少なく、出会うことすら叶わなかった。そもそも、あちらの通関所で、魔女の連れ出しは御法度だと言われた。通関所でもオーレリアのことは調べられて、結果、魔女でないことは判明している。だが、手ぶらで帰るのが悔しかったから、せめてもと思い、魔女グッズを大量に買い込んだ……
なかなか筋の通った説明だ。少なくとも、魔女と出会えなかったという言葉以外は、嘘ではない。
その後、オーレリアは身体検査を受けさせられる。が、もちろんこっちの設備で魔女かどうかなど分かるわけもなく、彼女は普通の女性だということで結論づけられる。
驚いたことに、あの魔女グッズを地球513政府が全部、買い上げてくれたことだ。なんでも、連盟側ではあの星の魔女に関する情報が少しでも欲しいらしいのだが、敵地ゆえに情報が入りづらい。それゆえに、そんなものでも貴重な資料となりうるのだという。だが僕らは、海賊でも不法侵入をした船というわけでもない正当な登録を済ませた民間船だ。いくら敵地に乗り込んだとはいえ、そんな船からこれらを没収するわけにはいかない。そんなことをすれば、交易振興団体から苦情が来る。それでまとめて買い取られることになった。その辺りの価格交渉はカシュパルが上手くやってくれたおかげで、結構な金額が手に入る。加えて、地球760へ行った際にはまた魔女グッズを入手するよう、依頼を引き出した。
そんなこんなで結局、3時間がかりでこっちの検問を突破する。晴れて僕らは、自由となる。思わぬ収入と共に。
「ん~、おいひ~!」
宇宙港を出てすぐのところにある食堂に出向き、遅い昼食を食べる。比較的安い店だが、さすがにキャベツの芯は出してはくれない。まともな食事で彼女の胃袋を満たそうとすれば、尋常ならざる光景を目にすることとなる。
すでにボルシチを、7杯も平らげてしまった。肉料理も魚料理も、骨の髄まで食べる始末。周りの客がドン引きするほどの食べっぷり。こりゃあこの店を、出入り禁止にされそうだ。
ようやく満たされたオーレリアの胃袋だが、次の空腹に備えて、大量の食材を買いに走る。幸い、このモラヴィア帝国の帝都バルドゥヴィザには、大きな市場がある。それこそオーレリアの食欲を満たしてくれる食材は、山のようにあった。山と積まれた果物や野菜を見て、興奮するオーレリア。
「ねえ、これ、なんて野菜!?」
「ああ、それは野菜じゃなくて、スペアミントだよ。」
「スペアミント?」
「ハーブの一種で、それを紅茶の中に入れ、レモン水を加えると、美味しいハーブティーになるんだ。」
「ふうん……そのまま食べちゃ、ダメなのかしら?」
ミントの葉を食べたいというやつに出会ったのは、オーレリアが初めてだ。で結局、この調子であらゆる食材を物色し、例によって大量に買い込んだ。どうせすぐに出港するからと、次の地球760行き分も買い込んだ。
が、一つ、困ったことがある。
それは、せっかくのオーレリアの力が、ここでは発揮できないということだ。魔女ではないことになってるから、当然だ。しかし、市場で買い込んだ数百キロ超の食材を運ぶのはひと苦労だった。台車を買ってそれに載せ、借りたトラックまで運ぶ。ただこの時、バレない程度にこっそりと、オーレリアは力を使ってはいたのだが。
そして3人は、我が社の本社事務所、すなわち、僕の部屋にたどり着く。
そこは高層アパートの一室。20階建ての14階に、僕の部屋はある。3部屋に風呂、トイレ付き。カシュパルの借りている部屋が2部屋のところなので、部屋数の多い僕の住まいを事務所にしようということになった。
エレベーターを上がり、14階に着く。この時、周りに人がいなかったので、オーレリアの力を使ってささっと運びこむ。
「はぁ……やっと着いた。」
ようやく、敵地でもない、不安定な宇宙空間でもない、安定の地にたどり着いた気分だ。
「へぇ~、ここがハヴェルトさんの住処なんだ。汚いね。」
そんな安住の地を、口汚く批評する怪力魔女がいる。
「……仕方ないだろう。もう2ヶ月近く、住んでなかったんだ。」
「いやあ、あの散らかり様は、留守とは全然関係ないと思うけど。」
そういってオーレリアが指差した先にあるのは、崩れた大量の段ボール箱だ。ああ、そうだった。ここを事務所にするといって持ってきた書類やら機械やらを運び込んだまま、まだ整理していなかった。だが、整理もそこそこに宇宙に飛び出してしまったから、2ヶ月前と変わらずそれらはそこにある。
「はぁ……そうだった。あれを片付けなきゃいけないんだった。」
「何を落ち込んでいるの。私も手伝うよ。」
そういえば、この部屋ごと持ち上げそうな怪力の魔女がいるんだった。彼女を使えば、あの書類の束くらいはどうにか片付けられそうだ。
ということで、3人がまずやったのが、部屋の整理整頓だ。事務機器を引っ張り出し、書類をクローゼットに片付ける。機械の設置と設定は僕とカシュパルが、書類の整理はオーレリアが担当、ついでにカシュパルは、今度の航海でかかった費用と売り上げを、その機械に入力する。夕方までには、全て片付いた。
で、ようやく落ち着いた3人は、この部屋で夕食を食べる。あの独特の臭いが漂う中での食事。カシュパルのこの一言から、重大な問題が発覚する。
「なあ、オーレリアって、今晩どこに泊まるんだ?」
……そういえば、考えてなかったな。僕とカシュパルは住む場所があるからいいが、オーレリアはない。
「そうだなぁ……今から、近所のホテルに行って……」
「おい、しばらくここに滞在するんだから、ホテル代がもったいないだろう。ここは経費を抑えてだな、あちらに売る品を少しでも多く買いつけるお金を残しておかないと。」
「いや、そうだけど……じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そうだ、オーレリアも、ここで寝ればいいじゃないか。」
「は?」
「ここは我が『カシュパル交易』の本社なわけだし、部屋だってある。それがいい。」
そういうとカシュパルのやつ、スプーンを置いて立ち上がる。
「というわけだから、俺、帰るわ。」
「お、おい、ちょっと!」
やつは右手をサッと上げると、素早く玄関に向かい、出て行ってしまった。
あとには、僕とオーレリアが残される。
「……あのさ、オーレリア。」
「なあに?」
「残されちゃったけど、どうしよう……」
「いいよ、私、ここで。」
「いいよって……僕は男で、オーレリアは女だ。そんな2人が一つ屋根の下だなんて……」
「それを言ったら、ここに来るまでの10日間だって、一つ船の上だったじゃん。」
いや、そうだけど、あの船は狭いながらも、6つの個室があった。だから、3人のプライベート空間は確保されていた。
だけどここは、3つの部屋しかない。内1つは事務所にされて、寝る場所もない。残るは、鍵もない扉で仕切られた2つの部屋だけ。内一つは、物置部屋になっている。が、物をどうにかやりくりすれば、寝るスペースくらい作れそうだ。
「仕方ないなぁ……それじゃあ、オーレリアはこっちの部屋で、僕はこっちにするよ。」
「うん、分かった。」
これで一件落着、あとは僕が変な気を起こさなければ、問題ないはずだ……ところが、これが一件落着ではないことが直ちに判明する。
僕の住処には、寝る場所が、一箇所しかなかった。
オーレリアに譲ろうと思っていた部屋には、ベッドがない。ということは、今夜、寝ようと思ったら、この住処にたった一つしかないベッドを使うしかない。
ソファーでもあればよかったのだが、そんな贅沢なものはこの部屋にはない。第一、余分な布団もないし、この帝都は今、秋から冬へと季節が変わる時期、とても布団なしでは寝られない。
ベッドを前に動揺する僕に、オーレリアは言う。
「いいよ、そんなこと。私、気にしないから。」
いやあ、僕は気にするよ。まだ弱冠23歳の男と、20歳になったばかりの魔女が、同じ布団に入る。年齢イコール彼女いない歴の僕に、この状況は刺激が多すぎる。誰がどう聞いたって、ある種の行為が発生すると勘繰られてしまう。
だが僕があれこれ悩んでいる間に、オーレリアのやつ、さっさと風呂に入ってしまった。もう泊まる気満々だ。
そしてついに、就寝時間を迎える。
白い寝間着姿のオーレリアが今、僕の目の前にいる。そこは、ベッドの中だ。
月明かりだけが照らす薄暗い寝室の中、僕は今、オーレリアと向き合って、共に一つのベッドの中にいる。
だがオーレリアのやつ、そんな僕を見て、ニヤニヤしている。いたずら心に、火がついたようだ。
「うふ、うふふふ……」
不気味な笑い声とともに、あの赤い2つの瞳で、僕の顔をじっーと見つめる。僕は思わず、口を開く。
「な、なんだよ……」
「いやあ、ハヴェルトさん、憧れの魔女と同じベッドに寝られて、どんな気分なんだろうなぁって思ってさ。」
確かに、魔女が好きだとは言ったけれど、同じベッドに寝たいという願望まではなかったつもりだ。大体、ベッドの中では魔女かどうかなんて関係ない。
「ねえ、どんな気分?ねえ。」
絶対面白がっているな、オーレリアのやつ。わざと僕の右手を握って、けしかけてくる。
まずいな……このままじゃまた、からかわれる。どうにかして話題を変えないと。
「ねえ、オーレリア。」
「なあに?」
「オーレリアって、どうして赤い目をしているの?」
……おい、他に話題はなかったのか。しかし今、僕の脳裏に浮かんだキーワードが、これしかない。
「そりゃあ、私の母親の目が、赤かったからよ。」
「そ、そうなんだ……」
ああ、会話終了だ。もうちょっと気の利いたことが聞けないのか、僕は。
「と、ところで、オーレリアのお母さんも、魔女なの?」
「いや、魔女じゃないよ。別に母親が魔女じゃなくても、魔女が生まれることがあるのよ、あの星は。」
「そ、そうなんだ……」
この交易会社を立ち上げる前、僕は普通の商社に勤めていた。そこでも僕は、会話をつなげるのが下手だった。だから、女の人とまともに会話をしたことがない。
だから、オーレリアとの会話が続かない。
「と、ところで、オーレリアはここに来るって両親に連絡しなかったような気がするけど、よかったの?」
ようやく、次の一言を引き出す。
「うん、いいよ、別に。」
ああ、また会話が途切れてしまった……が、オーレリアが続いて意外な一言を言う。
「私もう、両親とは縁が切れてるから。」
それを聞いた僕は、思わず尋ねる。
「ええっ!?な、なんで!?」
縁が切れているだなんて、尋常ではない。おい、オーレリアよ、一体、何をやらかしたんだ?
「なんでって……魔女は15歳になったらね、家を出ていくの。そしてそのまま、2度と家族と会うことはない。そういう風習に倣っただけよ。」
「ちょ、ちょっと待って……なんで魔女だからといって、15歳になったら家を出て、しかも縁まで切っちゃうの?」
「んなこと知らないわよ。昔からそういうものだって決まってるから、それに従っただけ。」
「それじゃあオーレリアはこの5年の間、1人で暮らしてきたの?」
「そうよ。だから私、両親や兄弟が今、どうなってるのか知らないの。」
あの星の、いや、モンテルイユ周辺だけなのか、とにかく驚きの風習の存在を知った。
「で、でもさ、宇宙に出る時代だよ?そんな風習、まだ残ってるの?」
「従わない魔女もいることはいるわ。だけど、未だに魔女を忌まわしく思う人がいるから、親元を離れる決意をする魔女も多いのは事実よ。」
「そ、そうなんだ……」
適当な人生を歩んでいるように見えて、オーレリアってかなり苦労しているんだな……それ以上に僕は、魔女というものの扱いの悪さに閉口する。どうして、これほど魔女に冷たいんだ?
「じゃあさ、他の国に行けばよかったんじゃあ……」
「あの星じゃあ、どこへ行っても似たようなものよ。魔女が14歳から16歳のうちに親元を離れるって風習は、たいていの国で行われてたらしいし、ひどいところだと、魔女だからって理由で殺されちゃうところもあったみたいよ。さすがに今はそんなことしないけど、20年くらいじゃ、魔女への差別なんてなくならないわ。」
少し遠い目で語るオーレリア。僕が抱いていたあの星の魔女のイメージが、大きく崩れた。
「そ、そうなんだ……魔女ってもっと、チヤホヤされているのかと思ったけど、全く違うんだ。」
「魔女なんて、空飛んだり、物を持ち上げたりするから、普通の人には気持ちが悪いんだってさ。それでも一等魔女の奴らは、見た目があの通り派手だから、チヤホヤされてるわよ。でも二等魔女なんて空も飛べないから、いつも馬鹿にされちゃうの。私も何度、トラックをぶつけてやろうかと思う相手に出くわしたことか……」
「あははは、トラックぶつけちゃ、まずいよね……」
「それくらい頭にきてるのよ!大体、なにが『二等魔女』よ!なんで二等なの!?なんだって私ら二等魔女は、あのトンボみたいに空飛ぶ魔女の下にされなきゃいけないのよ!まったく!」
ああ、思った通り、一等魔女に対するやっかみがあったのか。それであの時、ミレイユさんに冷たい態度をとっていたのか。
「分かった分かった、僕は別に、二等魔女だからって馬鹿になんかしないよ。ほら、僕ら、オーレリアの力のおかげで助かってるし。」
「……ほんと?ほんとに、そう思ってる?」
「そりゃあそうだよ。確かに、空を飛ぶ方が魔女らしいけど、僕ら交易商人にとっては、重い荷物を運べる方がはるかに役に立つでしょう。」
「そ、そうよね!私の方が、役に立つよね!なにが一等魔女よ!あのカトンボどもめ!やっぱりこれからの時代は、二等魔女の時代よね!」
ベッドの中で力説し始めるオーレリア。その表情が、なんだかいつものオーレリアで安心する。彼女はやっぱり、こう出なくちゃいけない。
「はぁ~、なんだかちょっと元気になってきたわ。じゃあこれ、お礼ね。」
と、突然オーレリアは僕の右手を握る。そしてその手を、彼女の胸にあるあのコブのような2つのふくらみにそれを押し付ける。
「ちょ、ちょっと!オーレリア!」
「何ビビってんのよ!お役立ち魔女のここを触らせてもらえるなんて、男冥利に尽きるんじゃないの!?」
やはりこいつ、僕のことからかっているな。ベッドの中で、赤毛を揺らしながら笑う怪力魔女。だが、その魔女の顔がなんだか緩んでくる。
徐々に彼女の赤い瞳が、まぶたの裏に隠れていく。そして僕の手をあそこに押し付けたまま、オーレリアは寝てしまった。
すやすやと寝息を立てるオーレリア。満月の月明かりが、ちょうど彼女の顔を照らしている。そんな彼女の寝顔を見ながら、僕も寝ることにした。
あ、右手はしばらく、このままでいいかな……
◇◇
そして、翌朝を迎える。
鳥のさえずりが聞こえる。そして、晩秋のやや低めの太陽の光が、窓から差し込んできた。
ああ、そういえば昨夜は、オーレリアから魔女の話を聞かされたっけ……でもどうして、魔女の話になったんだろう?記憶が曖昧で、僕はしばらく昨夜起きた出来事を、順に辿っていた。
そこで僕は、はっと気づく。僕の右手が、まだあそこにあることを。
僕は目を見開く。すると僕の目に、赤く輝く瞳が二つ、飛び込んできた。
「ふふふっ……まさか、一晩中触られていたなんて……あんたも好きねぇ……」
僕の体内の機関が、全力運転に切り替わる。頭から足の先まで、ドドドッと血流が流れるのを感じる。顔表面の温度が急上昇した。
「あ!いや!その……」
「いいよいいよ、減るもんじゃないし。なんならまだ、触っててもいいんだけどねぇ。」
と言いながらオーレリアは、僕の右手を寝間着の奥に突っ込む。
「さ、さてとオーレリア!早速、朝食食べようか!」
ベッドから飛び起きる僕。舞い上がる布団。ベッドの上には、白い寝間着の怪力魔女が横たわる。そんな僕を見て、ムッとするその白い寝間着の魔女。
太陽の光が部屋の奥まで差し込む頃には、狭いテーブルに2人分の食事が並んだ。一方は、ごく普通のトーストと目玉焼き。そしてそのお向かいには、ミソとかいう土色のスープに浮かぶ、魚の頭が見える。その魚と、僕はまた目が合う。
「……で、今日はどうしよう。また帝都の市場にでも行こうか。」
なるべく冷静さを保ち、僕はオーレリアに話しかける。すると彼女は尋ねる。
「市場なら、昨日行ったよ。食べ物はもういっぱい買ったし、もっと面白いところに行かない?」
「面白いところ……?例えば?」
「そうねぇ……ハヴェルトさんの右手が、温まるところとか。」
くそっ。まだそのネタを引っ張るつもりか。いたずら心を覗かせるあの赤い瞳で、にやにやしながら僕の顔をじっと見つめている。
「……真面目に考えよう。かといって、ショッピングモールなんて行ったところで、地球760にあるものと大して違いはないだろう?」
「それはそうよね……どこがいいかなぁ……」
魚の目をゴリゴリくり抜いて口に放り込むと、それをくちゃくちゃと噛みながら、僕の部屋の中を物色する。
そして、あるものに目を留める。
「あれ……」
「どうした?」
「あれ、何?」
オーレリアが指差す先にあるのは、小さなガラス製のコップだった。本来はウォッカやジンを飲むために使うグラスだが、僕はペン入れに使っている。
「……なんか、すごくきれい……」
そんなペン入れに目を奪われるオーレリア。薄い青色のそのコップからペンを抜き、オーレリアの前に置く。
「これのことかい?」
「うん、そう、これ。」
しかし、なんの変哲もないただのガラスコップだ。どうしてこんなものに惹かれたのだろう。
「これはね、モラヴィアン・グラスって言うだよ。」
「モラヴィアン・グラス……?」
「このモラヴィア帝国の昔から伝わる特産品で、ほら、この独特のカットに、青色のガラスが特徴なんだ。」
「へぇ~、これ、特産品なんだ……」
さほど珍しい代物でもない。このモラヴィア帝国内なら、どこでも見られる品だ。そんなものに、この怪力魔女は喰いついた。
「どうした?まさか、この青色のガラスが珍しいのかい?」
「いや、別に珍しいわけじゃないけど……なぜか、惹かれるのよね、これ。」
確かにモラヴィアン・グラスは、この独特のカットが特徴だ。だけど、今から200年前に確立した技術で作られる伝統工芸品。この程度の工芸品なら、どの星にだってあるのではないか。
ただ、このガラスの青色には、このモラヴィアン・グラス特有のものが使われていると聞いたことがある。このモラヴィア帝国内を貫くカルコノシェ山脈でしか取れない「モラヴァス」という名の鉱石から作り出すらしい。
にしたって、ただの青色だしなぁ……今どきこの程度の色なら、別の手段で作り出すことができるだろうに。
「ねえ、このガラス製品が売ってる店、紹介してくれない?」
「えっ?いいけど……」
「じゃあ、買い物ついでに行こう!」
すっかり乗り気なオーレリア。よほどこのグラスが気に入ったようで、手にとって、日に当てながらくるくると回している。
オーレリアがガラスを眺めていると、玄関の呼び鈴が鳴る。出るとそこには、カシュパルがいた。
「よお、どうだ、昨夜は楽しめたか?」
開口一発、これだ。こいつ、何が言いたい。
「……何のことだ?」
「いや、昨夜はどうだったのかなあと思ってな。」
「別に、どうもないよ。それより、どうした?」
「どうしたも何も、ここは俺達の会社だろう。」
そういえば、ここは登記上、カシュパル交易の本社だった。しかし、会社名には自分の名前を付けておきながら、本社事務所は僕の部屋だなんて、やっぱりどこかおかしい。まんまとやられた気分だな。
「あ、カシュパルさん、おはようございます!」
「おはよう、オーレリア。昨夜はどうだった?」
「ええ、一晩中、ハヴェルトさんの右手が私のおっ……」
「うわぁーっ!そうだ、オーレリア!モラヴィアン・グラスのいい店を知ってるんだが!」
「モラヴィアン・グラス?おいハヴェルト、何のことだ?」
僕は強引に話を逸らす。そして僕らは、モラヴィアン・グラスの店に向かうこととなった。