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#4 怪力魔女オーレリア

「ええと……あの、僕らは交易商人なんですけど……」

「交易商人だから、声をかけてるんじゃないですか。」


なんだ、この娘は?ニコニコとした笑顔で、僕に詰め寄ってくる。

見たところ、背丈は140センチくらい。丸っこい人懐こそうな顔に、赤毛と赤い瞳。体型は華奢だが、胸は少し……いや、身体のわりにはかなり大きいな。まるで、ラクダのあれだ。

服装は、随分と古風だ。この星が連合側に組み込まれたのは20年以上も前のこと。それまでは中世そのものの星だったようだが、その頃に着られていたような、ゴワゴワとした生地のワンピース姿。あまり今風とは言い難い頭巾を被り、僕の顔を真下から見上げてくる。

子供くらいの背丈、顔もやや童顔だが、上半身の一部は大人であることをはっきりと主張している。そんな娘に、僕はどういうわけか迫られている。


「交易商人に雇ってくれって、君は一体、何ができるんだい?」


動揺する僕に変わって、カシュパルが彼女に尋ねる。それを聞いた彼女は、こう応える。


「力仕事よ。」


さらりと応える彼女だが、腕も身体も華奢だし、どこをどう見ても力仕事ができそうな風には見えない。


「なあ、力仕事って何か知っているか?例えば、この荷物をいくつも持ち上げるような、そんな仕事なんだぜ?」


僕は、ちょうど運んでいるその荷物を指しながら応える。


「当たり前じゃないの。この程度の荷物、10や20だって持ち上げられるわ。」


また随分と大きく出たな、この娘は。この荷物、先ほど通関所で測定したときは重さ50キロ。間違いなく、彼女よりも重いはずだ。これが10や20って、一体何キロになるのか分かっているんだろうか?


「あれぇ?もしかしてあんた達、私のこと、知らない?」

「……ええ、存じませんが。」

「なんだぁ、ここにくる交易商人の人達には、一通り声をかけたつもりだったけど、まだ知らない人がいたなんて……」


なんだろう、ここでは有名人なのか?しかし、確かに特徴的な赤毛と赤目を持ち、可愛らしい顔をしているものの、それだけで有名になるとは考えられない。どういうことなんだ?


「じゃ、せっかくだから、私の力を見せてあげる。これ、持ち上げちゃっても良い?」

「え、ええ……良いですけど……結構重いですよ、それ。」

「大丈夫よ、これくらい。」


彼女はそう言うと、スタスタと僕らの魔女グッズを詰め込んだ50キロの荷物のそばに歩いていく。そして、台車の上に乗せられたその梱包に手を触れる。


そして僕の目の前で、信じられないことが起きた。


手で触れているだけなのに、その荷物は台車を離れ、宙に浮き上がっている。もちろん、彼女の手が触れているが、握ってはいない。まるで手に張り付いたように、その荷物は彼女の手に合わせて動いている。

まるで綿毛が詰まった空気のように軽い段ボール箱を、両面テープで手の平に貼り付けて持ち上げたかのようだ。本当にこの荷物、中身が入っているのか?そして彼女は再び、その荷物を台車の上に置く。急に重さがかかった台車が、ガタンと揺れる。

僕は試しに、その荷物を持ち上げてみた。が、やはりそれは50キロ分の重さがあった。とても簡単には持ち上げられない。そんな僕を、笑顔で見つめる彼女がいた。


「ね?これで分かったでしょ、私の力。」


そこで僕は、彼女に尋ねる。


「あ、あの、あなたは一体……」

「私の名は、オーレリア。20歳。モンテルイユに住む二等魔女よ。」


それを聞いた瞬間、僕はあの駆逐艦でミレイユさんに聞いた話を思い出した。

空を飛ぶ一等魔女は500人に1人、そして、ものを浮かせられる二等魔女は100人に1人。魔女といえば、ホウキに乗って空を飛ぶものだと言うのが僕らの常識だが、それとはかなり違う魔女がこの星にはいる。

空を飛ばない魔女の方が、ここではメジャーな存在だ。だが、ミレイユさんが言っていた二等魔女と彼女は、少し違う。

ミレイユさんによれば、二等魔女とはせいぜいコーヒーカップやペットボトルを持ち上げるのがせいぜいで、自身の体重を支えられないから宙に浮くことができないと言っていた。非力な魔女だから、二等魔女。だけど彼女は、明らかに自分よりも重いものを持ち上げていた。


「ねえ……ちょっと聞くけど、二等魔女って、空を飛べないんだよね。」

「そうよ。」

「でも、あなたは自分より重いものを持ち上げた。なのにどうして、空を飛べないの?」

「私の力は、地面に触れていないと出せないの。だから、空は飛べない。でもその代わり、とてつもない力が出せるんだよね。」

「と、とてつもないって……どれくらい?」

「10トン。」

「へ?」

「10トンまで持ち上げたことがあるわよ。」


まさにとてつもない数字が出て来た。10トンだって?それからみればこんな50キロの荷物なんて、それこそ綿毛のようなものだ。通りで彼女はこれを、軽々と持ち上げてみせたのか。


「でね、私のような二等魔女は珍しくて、怪力系魔女って言われているわ。もしかしたら、空飛ぶ一等魔女よりも少ないんじゃないかしら?」

「そ、そうなの?」

「だから私、その力を活かしたいから、荷物運びの仕事が得られそうな交易商人の人達に声を掛けて、雇ってもらおうって思ってるの。」


笑顔で見つめるオーレリアという名の魔女。いや、こういうのって、魔女と呼ぶのか?そんな彼女に、カシュパルが尋ねる。


「雇う以前に、僕らのことをあんたは知っているの?」

「知っているかって……このゲートを通ろうってことは、交易商人なんでしょ?」

「それはそうだが、俺らは連盟の星から来た交易商人だ。」

「れ、連盟!?」


ああ、やっぱり引いたな。いくら何でも、敵方の商人だったとは知らなかったようだ。せっかく出会った魔女だけど、さすがに連盟と聞いて雇ってくれとは言わないだろうな……


「なにそれ、面白い!ねえ、なんでわざわざ敵方である連合の星までやって来たの!?」


……あれ、面白がられているぞ。どういうことだ?


「なんだ、聞きたいか、その理由。」

「そりゃ聞きたいわよ!連盟っていえば、この星としょっちゅうやりあってる相手でしょ!?ねえ、もしかして、スパイ!?」

「いや、スパイが堂々と宇宙港にまで荷物運んだりはしないだろう。それにちゃんと俺らは連盟の星から来たって、この港の連中は知られているんだから。」

「へぇ~、そうなんだ。随分と大胆よねぇ~。」

「大胆なんてものじゃない。壮大だと言って欲しいなぁ。僕らの志は、そこらの交易商人とはわけが違う。」

「そうなの?何がどう違うの?」

「俺らの目的、それは……200年続いた連盟と連合との戦争を、終わらせることさ。」


始まった。これはまた、あの大言壮語を聞かされる。だがこの魔女さん、とても興味津々だ。


「うわぁ、まるでB級映画に出てくる英雄さんみたいね!で、その英雄さんがどうして、こんなしけた荷物を運んでるの?もしかしてこれ、連合の極秘情報でいっぱいとか!?」

「まさか、普通の荷物だよ。だけど普通の荷物だからこそ、戦争を終わらせるきっかけになりうるんだよ。」

「えっ!?どういうこと!?」


で、ここでまたカシュパルの「持ちつ持たれつ論」が始まった。何度聞いてもこの話、随分と飛躍が多いし、楽観的すぎる。しかしこの話は、彼女の心に火をつけた。


「……てことは、このしけた荷物が宇宙を変えるって、そういうことなのね!?」

「そうさ。そのために俺らは命の危険を顧みず、この星にやって来た。」

「あはははは!いろんな交易商人の人達を見て来たけど、あんた一番、イカれてるわぁ!」


まあ、笑うしかないだろうな。一緒に旅する僕だって、イカれてると思っている。


「じゃあさ、あんた達について行ったら、連盟の星に行けるの!?」

「そりゃもちろん。連盟出身だし、俺らの船も連盟からやってきたんだから。」

「わぁ!すごい!じゃあさ、やっぱり私を雇ってよ!」


やっぱりって……何がやっぱりなのか分からないな。どうして今の話を聞いて、僕らについてこようと思えるのか。


「いいけど、ひとつだけ、覚悟して欲しいことがある。」

「何よ、覚悟って?」

「俺らは、敵地の人間だ。俺らについてくるってことは、2度とこの地を踏めなくなるってことになるかもしれない。その覚悟があるかってことさ。」


わりと朗らかだったカシュパルとオーレリアの間が、カシュパルのこの一言で急に緊迫した雰囲気になってきた。だが、オーレリアは応える。


「なんだ、それくらいの覚悟でいいの?いいよ、別に帰れなくなったって。」

「ちょ……ちょっと待って!本当に!?本当にいいの!?」


あまりにあっさりと応えるオーレリアに、思わず僕は突っ込んだ。


「何よ、いいって言ってるじゃない。」

「いや、そうだけどさ。でも、魔女のいない星で暮らす羽目になったら、どうするのさ!?」

「その方がいいかなって、思ってるんだけど。」

「へ?なんでさ?」

「魔女の星って言うけどさ、ここはつい最近まで魔女を軽蔑、差別していた星なんだよ。だから今でも魔女だって名乗ることに抵抗を覚えてる人だっているんだから。」


オーレリアから、意外な言葉が出てきた。グッズ店もあるし、宇宙港の前でビラを配って注目を浴びる魔女だっているくらいだ。てっきり魔女という存在は、ここでは大事にされているのだとばかり思っていた。


「そ、そうなの?でも、魔女グッズの店もあるし、てっきり魔女は大事にされているものだとばかり……」

「最近はこの星でも魔女を保護しようって動きが出てきて、魔女登録制度や保護政策なんてのが行われるようになったけど、ここに住む大半の人は、未だに魔女を忌み嫌ってるわ。だから私、こんな忌まわしい土地を離れるため交易船に乗って、どこか別の星へ飛び出したいのよ。魔女の私の力を見て驚き賛美してくれるような、そんな人達のいる星にね。」


僕らよりも、彼女の方がよっぽど覚悟があるのではなかろうか?そう思わせる一言がオーレリアから出てきたところで、カシュパルは応える。


「分かった。そういうことなら、雇ってもいいよ。」

「うわぁい、やったぁ!」


小躍りするオーレリアだが、僕はカシュパルに言う。


「ちょ……ちょっとカシュパル、いいのか、そんなこと簡単に決めてさ。」

「いいよ、別に。どうせ人手が足りなかったわけだし、荷物の運搬に苦慮してたところだから、ちょうどいいじゃないか。」

「いや、そうだけどさ……」

「それよりお前、願ったり叶ったりじゃないか。」

「な、何がだよ!?」

「ここにきた時からお前、魔女に会いたいって言ってただろう。」


それを聞いたオーレリアは、僕の前に回り込む。


「えっ!?ほんと!?魔女に会いたかったの!?」

「え、ええと、まあ……そうだけど……」

「ねえ、なんで魔女に会いたいなんて思ったの!?」

「そりゃあ、僕が子供の頃に読んだ絵本に魔女が出てくる話があってね、その魔女の話が大好きで……」


今度は僕の魔女話が始まってしまった。それを熱心に聞くオーレリア。


「へぇ~、そっちの魔女は呪いをかけたり、天気を変えたり、大地を揺るがしたり……まあ、私にはできないかな。でも、重さ10トンの荷物をひとつ渡してくれたら、大地くらい揺らしたり、何かを叩き割ることくらいできるわよ。」


ある意味、物騒な魔女だ。おとぎ話には決して登場しない魔女だろうな、きっと。


「でもさ、私、空飛べないよ。二等魔女だから。」

「うーん、確かに、あまり魔女らしくない魔女だよねぇ……」

「何よ、はっきり言ってくれるわね。」

「でもさ、僕ら、空なんて飛ぼうと思ったらいつでも飛べるわけだし、それよりも重たいものを持ち上げられる魔女って言う方が、なんだか面白いし、意外性があるし、何よりも役立つよね。」

「でしょう!?一等魔女なんてさ、ただ風船のように空飛んでビラを配るのがせいぜいよ!あんな風船野郎と違って、私なんて、その気になれば各家庭に銅像を配って回ることだってできるんだから!」


銅像なんて配られた家庭は困るだろうなぁ……まあ、それはともかく、この瞬間、なんだか憧れていた魔女とは随分と違う、ちっさくて赤毛の怪力魔女が、仲間になった。


「おい、ハヴェルト。その荷物をさっさと船に積み込んで、行くぞ。」

「……行くって、まだホテルに戻るのは早くないか?」

「馬鹿だなあ、買い出しに決まってるだろう。」

「買い出し?」

「……お前、帰りの分の食糧も無しに、どうやって帰るつもりなんだ?」

「いや、食糧なら宇宙港で調達するんじゃ……」

「それじゃあ高いだろう!ショッピングモールで買えば、宇宙港内で買い付けるよりも3割は安い!」

「だけどさ、あそこからこの宇宙港まで、どうやって運ぶんだよ……」

「たった今、優秀な運び屋を雇ったばかりじゃないか!」

「あ……」

「さあ行くぞ!食い扶持が1人増えたんだ!少しでも安く買って、調達量を増やさなきゃ!分かったか!?」

「わ、分かったよ。」

「アイアイサー!」


こうして僕らの船の船員は、この時点で3人になった。


いや、ある意味では「3人」ではなかったのだが……

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[良い点] 空飛ぶ魔女を風船呼ばわり。言われてみれば確かにそうなんだが、魔女への幻想が…(;゜0゜) オーレ「飛べない魔女はただの魔女だ」 ハヴェルト「自分でそれ言っちゃう?!…というか、どちらにせ…
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