#3 モンテルイユ港
地球760の星域に入るや、周りには駆逐艦が張り付いて来た。そりゃあそうだろうな、なにせ彼らにとって敵方の民間船が、堂々と入って来たからだ。警戒もするだろう。
しかし、すでに彼らの臨検を受け、しかもなんら隠すことなく連盟側の船籍を示したまま航行を続けるこの船に対し、戦時条約とやらのおかげで手出しができない。戦時条約は決して、連合と連盟の間の交易を禁止するものではない。だから、我々の進出に対して、一切手出しができない。
その代わりに、厳重すぎるくらいの監視がつく。この窓から見えているだけで、駆逐艦が10隻はいる。たかが全長40メートルの船に、300メートル級の艦艇が10隻。しかしそれは、なにも悪いことばかりでもない。
僕らの船は、小さすぎる。恒星間航行用の船と呼ぶには、いささか頼りない船。というのも、護衛用の武装を一切持たない。裏を返せば、海賊と遭遇すれば一巻の終わり、という船だ。
そんな船に、頼みもしないのに過剰なまでの護衛がついてくれる。どんな一流の海賊でも、まさかこの船を襲おうなどとは思わないだろう。不審な船が接近など試みようものなら、たちまち周りにいるこの10隻の駆逐艦が相手をしてくれる。
おかげでこの地球760星域に入ってからというもの、むしろ楽で仕方がない。ここまでの道のりは、海賊船が現れないか戦々恐々の思いで過ごしていた。それがここに入ってからというもの、厳重に護衛されての航行。これはまさに、VIP待遇だ。
しかしそんな航海も、ものの10時間ほどで終わる。僕らの目の前に、目的地である地球が見えて来た。
地球760。見たところ、ごく普通の地球。青い海の球体に、白い雲の筋がいくつも重ねられ、時折、茶色と緑の大地が顔を出す、そんなごく普通の人の住む星。僕らの住む地球513と、見た目は何ら変わりがない。
そう考えると、ここがどうして敵地なのか、不思議でならない。なぜこの星に住む人々と僕らは、争う羽目になったのだろう?僕らの地球513は60年ほど前から、この地球760に至ってはせいぜい20年ほど。それ以前は、宇宙に2つの陣営があることすら知らない星だった。その頃に僕らがこの星を訪れていたら、もっと友好的な関係で出会えていたに違いない。
まあ、そんな仮定を今考えても無駄だ。ともかく今は、モンテルイユ宇宙港に入港することだけを考えよう。
緯度と経度の情報を、マイルズ艦長から頂いた。それを見る限り、この星の南半球に位置する宇宙港のようだ。艦長によれば、この星の南半球では一番の都市。マインズ艦長もミレイユさんも、この都市の出身らしい。
ということは、さぞかし街には魔女がうじゃうじゃ歩いていて……というわけでもないようだ。大体、女性は人口の半分で、その中でさらに魔女の割合は100人に1人しかいない。
魔女にもいろいろいるらしいが、一番多いのは二等魔女だ。その二等魔女も、コーヒーカップや小さなペットボトルを持ち上げるのがやっとという非力な魔女が大半だという。だから、あまり魔女らしい魔女というのは少ないようだ。
でも、たとえそんな非力な魔女でも、僕は出会ってみたい。可能ならば、ミレイユさんのように空を飛ぶ魔女と出会ってみたいと思う。
子供の頃に読んだ絵本で、魔女が活躍する物語を描いたものがあった。魔女といえば、人々に害悪を与える忌まわしき存在。だけどその魔女は一見、悪役っぽい言動振る舞いをするが、しかし人々を助けてくれる、心優しい存在。僕はその魔女の絵本が大好きで、それ以来、アニメやドラマでも「魔女もの」に夢中だった。
そんな魔女が、現実に存在するという星。まさかそんな星がこの宇宙にあるなんて、地球513にいるときには考えられなかった。
もっとも、この星の魔女というのは、絵本に出てくるそれとは大きく異なる。呪いをかけたり、大地を揺らしたり、雨を起こしたりという大それたことはできない。せいぜい空を飛んだり、物を宙に浮かしたりするのがせいぜいだという。
それでも、魔女は魔女だ。そんな魔女に、まさか臨検を受けた際に出会えるとは思わなかった。そして、そんな魔女がたくさん住むというこの星に今、僕らは降り立とうとしている。
「大気圏突入まで、あと3分!」
「モンテルイユ宇宙港の管制から入電、入港許可、了承!第135駐機エリアに着陸されたし、だとよ!」
カシュパルはもちろんだが、僕も興奮して来た。敵地の港から、入港許可が下りた。魔女の住む星の港から、我々に降りてもいいと言って来たのだ。
ついひと月前まで、僕が連合の星に降りるだなんて、考えたこともなかった。連盟の星々を巡って、その星の珍しいものや絶景に出会って、細々とローンを返済しながら交易を進めるのが、僕のこの先の人生だと思っていた。それがいきなり、魔女の星だ。
カシュパルには、感謝するべきかな。本当にこの交易が戦争終結に繋がることができるかどうかなんて分からないけど、僕は魔女と出会える機会が与えられただけでも幸せだ。
地球513を出港以来、いや、人生始まって以来、これほど高いモチベーションに巡り合えたのは初めてだ。徐々に近づく惑星表面を眼下に臨み、その下に広がる世界に胸を躍らせて、大気圏を突入する。耐熱空間シールドを展開し、3000度に達するオレンジ色の炎から船を庇いながら大気圏を通り抜ける。3分ほどでそのオレンジ色の光も消え、窓の外には青い海の上にたなびく白い雲の筋が見える。
陸地は、この進路上110キロ先にあるらしい。地図を見ると、モンテルイユというのは海辺のそばにある街だそうだ。何もない海の上を進みながら、僕らは陸地が見えてくるまで進む。
この星を訪れた連盟の人って、どれくらいいるのだろうか?さすがに、初めてというわけではないだろう。今までだって何度もこの星は連盟の星々と戦闘をして、何人もの連盟軍捕虜を得たはずだ。もしかしたら、諜報員が入り込んだこともあるかもしれない。
だが、連合軍の臨検を受けた後に堂々と入り込んだのは、きっと僕らが初めてだろう。さっきの駆逐艦の艦長の対応を見るに、前例があるわけではなさそうだ。
敵地だというのに、なぜだか僕の心はウキウキしている。この海の向こうに、夢のような世界が広がっている。特に根拠はないが、そう思えてならない。でなければ、この3週間もの間、緊張に晒されたあの旅と、先ほどの命を削られる思いだった砲撃体験が、全て無に帰することになる。
「ビーコンキャッチ!モンテルイユ港からだ!」
カシュパルが叫ぶ。僕は計器盤を見る。ビーコンの受信を示す表示と、そのビーコンに紛れて送られてきた港の情報が見えた。
海辺にある、海の綺麗な街。含まれている写真には、白い砂浜と透き通るような青い海、そして、水着姿の若い女性が映っていた。説明文を読むと、ここは元々は海の交易港だったようで、そのまま宇宙の玄関口の一つとなった、ということのようだ。
あと10キロで、港に到着する。速力を100キロ以下まで落としつつ、薄っすらと見えてきた陸地に接近する。そして、ついに宇宙港にたどり着く。
眼下には、たくさんの宇宙船が並ぶ。多くは民間船だが、軍用船の一団も見える。灰色の船が固まっているのを見ると、なんて言うかとても違和感がある。当然だがここには、赤褐色の船はいない。
高度1500で進入し、そのまま指定された小型船舶用の駐機エリアに向かって降下を開始する。
「……20……10……着地!ヘルディナ号、地球760、モンテルイユ港に到着!」
実に10日ぶりの地上だ。300光年以上離れたこの星に、僕らはどうにかたどり着いた。いや、距離以上にここは遠くの星。なにせここは敵地。僕ら連盟側から見れば、200年もの間、絶え間なく戦い続けている相手だ。
だから当然、すんなりと入れるわけがない。
着地するや否や、船はたくさんの警備員に取り囲まれる。ハッチを開けると、その警備員らが船内に押し寄せてきた。またしても、臨検を受ける羽目になる。
が、いくら調べようが、たいしたものは積んでいない。大体、僕らは昨日も臨検を受け、その後、ここの駆逐艦に取り囲まれたまま、まっすぐここにたどり着いたのだから、武器などあろうはずもない。厳重なのは結構だが、それくらいは考えて欲しいなぁ。
で、もちろん何か見つかるわけもなく、それゆえに僕らの入港を拒めるわけにもいかず、結局、1時間ほどで僕らは解放される。
通関所で身分証を見せ、職員の冷たい視線を浴びた後、宇宙港のロビーを抜ける。一旦、解放されると、今度は拍子抜けするほど誰もついてこない。完全に放置だ。ここに至るまでのあの厳戒態勢は、なんだったのか?
ロビーの売店を物色してて、気づいたことがある。驚いたことに、ここの通貨は同じだ。ここもユニバーサルドルが使われている。ただし、僕らの電子マネーは、そこでは使えないことも判明する。
ややこしいことに、一度、通関所で両替しないといけないらしい。そこで、僕の持っている電子マネーをこっちの電子マネーに交換することとなった。さっきの冷たい視線を浴びせてきた職員に、両替を頼む羽目になる。
で、手数料とレート換算のおかげで、3パーセント程少ない額面の電子マネーが返ってくる。ようやくあの厳戒態勢から解放されたというのに、こんなところで敵地の洗礼を受けることになろうとは……
「おい、どうした?顔が暗いぞ。」
呑気なカシュパルは、僕に明るく声を掛けてくる。が、さっきまでのあの浮かれ気分は何処へやら、額の減った電子マネーをまじまじと眺めながら、僕は再び落ち込んでしまう。
だが、そんな落ち込んだ僕を奮い立たせてくれるものが現れる。
「はーい、どうもーっ!ようこそ、地球760へ!このお店にも、ぜひ立ち寄ってねーっ!」
僕らの後ろから明るい声とともに現れたのは、真っ黒なマントに、真っ黒なとんがり帽子を被り、ホウキにまたがった人物。
魔女だ。本物の魔女だ。滅多に見られないと言われた魔女に、いきなり出会うことができた。僕の目の前で、悠々と飛んでいる。僕は、興奮を抑えられない。
その魔女はふわふわと浮かびながら、宇宙港から出てくる人々の横に寄せては、腰に下げたカバンに入ったビラを一枚一枚、手渡している。
「はーい、そちらの方、ようこそ、地球760へ!ぜひこちらにも寄ってくださいね!」
当然、宇宙港から出てきたばかりの僕らにも、その魔女は寄せてきた。僕とカシュパルにビラを手渡すと、入口から出てきた別の一団の元に向かって飛んでいった。
しばらくその魔女はビラを配っていたが、ひととおり配り終えたところでカバンの口を閉じ、そのまま急上昇する。
「魔女の住む星、地球760へようこそ!私は、ここモンテルイユの一等魔女、ブランディーユです!皆様、ぜひこの街のショッピングモールにお立ち寄りいただき、楽しんでいって下さいね。」
魔女はそう宣言すると、宇宙港の前のロータリーの上を結構な速さで舞い始めた。重力子エンジンが搭載されているわけでもないのに、自在に空を舞う魔女。それを見上げる人々。僕も、あの黒い衣装の魔女にすっかり目を奪われてしまった。
と、しばらく空を舞っていた魔女だが、人々に向けて手を振ると、どこかへと飛び去ってしまった。短くも、夢のような出来事だ。そしてその魔女に手渡されたあのビラを見る。それは、この近くにある大型店舗の広告だった。
「なあ、カシュパル。この店に行ってみないか?」
「ああ、行こう。」
魔女に惹かれるように、僕ら2人はそのビラを頼りにそのショッピングモールへと向かう。
店自体は、僕らの住む地球513にあるものとさほど変わらない。だが、ここはあの魔女が全力で推してくれた店、きっと中には魔女が……
そう思っていたのは、最初の10分だけだった。
店の中は、至って普通だった。
魔女なんて、どこにもいやしない。
確かに、店の片隅には魔女ショップなるものがあるが、なんというか、魔女に便乗したお土産が並んだだけの店だった。そこには、本物の魔女はいない。
先ほど現れた、あのブランディーユという魔女はここにはいないという。その魔女ショップの店員によれば、彼女は「広告専門アイドル魔女」を自称しており、ああやってビラ配りを専門に行う魔女なんだそうだ。などと言いながらその店員は、ブランディーユ関連グッズを勧めてきた。僕はうっかり、彼女の写真入りキーホルダーを購入してしまう。
「はぁ~……」
「何をため息ついているんだ?」
「そりゃそうだろう。何しにここまできたんだか……」
「何しにって……お前、何をするために来たんだ?」
「そりゃあもちろん、魔女と会うために決まってるだろう。」
「は?」
僕の言葉に絶句するカシュパル。
「……なんだよ。僕は何か、変なこと言ったか?」
「ああ、言った。」
「……それじゃあ聞くが、お前こそ何のためにここに来たんだよ。」
「決まってるだろう。ここには地球513で売れるものはないか、それを探すためだよ。」
それを聞いて僕はハッとする。ああ、そうだった。そういえば僕らは、魔女に会うために300光年以上も航海したわけじゃない。連合側のこの星で、僕らの商売につながるものを探しにやってきたんだった。
カシュパルによれば、逆に僕らの住む地球513にあって、ここにはないものがないかも探しているのだと言う。あちらからこちらに来る際に何か売れるものがあれば、なおのこと好都合だ。それこそ、カシュパルの抱く「持ちつ持たれつ論」の実現に不可欠なことだ。
魔女に魅了されて、僕は本来の目的を見失っていた。なんということだ。これじゃあ命をかけてここまでやってきた甲斐がない。まさにあの魔女の魔力に騙されるところだったな。
ということで、これを境に、僕は魔女探しを諦めた。
考えてみれば、ここと地球513との交易が叶えば、僕らはいつでもこの星に来ることができる。魔女を探したければ、商売が安定してからでいい。
で、僕らはショッピングモールを巡る。だけどここには、魔女グッズのお店以外に目新しいものはない。そのまま安い宿を見つけてそこを拠点とし、翌日もまた街を巡る。
4日目以降は宇宙港関連の街の外にも出向き、この星が連合側に組み込まれる前からあるという古い街並みにまで足を伸ばす。ここは古くからの海の交易港だったところで、海の向こうの香辛料が未だに取引されており、さらに海産物もよく漁れる。市場には、新鮮な魚がたくさん並ぶ。だけどその中には、地球513で売れそうな珍しいものは特になかった。
こうして僕らは、11日目を迎えた。
「あーあ、明日には出発だな……」
あれだけ強気だったカシュパルが、力なく呟く。僕は反論する。
「何言ってるんだ。まだあと1日あるじゃないか。」
「いや、そうだけどさ……交易港と呼ばれる場所で、これほどありふれたものしかないなんてさ……」
まあ、カシュパルはそうはいうけど、要するに連盟も連合も、交易でやり取りされる品には大きな違いはない、ってことなんだろう。命の危険を犯してまでやって来て分かったことは、そういうことだ。
結局、魔女グッズ以外にはめぼしいものは見当たらなかった。強いていうなら、こっちの陣営のスマートフォンは少し性能が良い。地球001という先進星を抱えた陣営だからなのか、コンテンツも充実している。だが、通関所の職員に、これらのものは連盟へは輸出できないと釘を刺されてしまった。
というわけで、何となく魔女グッズをたくさん買い込み、それを持って地球513に帰ろうということになった。小さな荷台に乗せられた、大量の魔女グッズ。しかし、こんなものが地球513で売れるのかねぇ……本物の魔女がいるからこそ魅力ある商品であって、本物の魔女がいない地球513では、アニメやドラマの魔女にも劣るB級魔女グッズとしか映らないだろう。こんなものをありがたがる奴なんて、いるのだろうか?
そして僕らは、それらの品を宇宙港に運ぶ。通関所を通り、船に運び込むためにそれを台車に乗せて、僕らの船のある駐機エリアへつながるゲートに向かう。そのゲート前で、僕らはあるやりとりを目にする。
「ねえ、一生懸命働くからさ、雇ってよ!」
「いらねえよ!大体、俺らの船には重機がついているんだ!必要ねえって!」
……何の会話をしているのだろうか?聞いたところ、あの女性は何やら職を求めているようだ。が、その男にけんもほろろに断られてしまう。
「なによ、もう!絶対、後悔することになるんだから!」
交渉相手に啖呵を切って、プリプリしながら別れるその女性。その女性と僕は、つい目が合ってしまった。
すると彼女の顔は急に笑顔に変わり、今度はこっちに向かってやってくる。
「ねえ!私を雇わない!?」
これが僕とオーレリアの、運命的な出会いの瞬間だった。