#21 再会、再開……
地球513にたどりついて、分かったことがいくつかある。
まず、僕らは罪人ではなくなった。しかし、船ばかりか、住む場所すらもすでに失われ、もはやこの星に帰るところがない。
残されたものはある。それは借金だ。ヘルヴィナ号のローンだけは、ちゃっかり残っていた。3ヶ月分の、滞納通知とともに。
しかし当然だが、船がない。事務所にしていた住処すら奪われてしまっては、ローンなど返しようがない。これでは当然、商売どころではない。だから、自己破産の申請をするしかないだろう。
と思っていたのだが、そんな悲惨な状況をいっぺんに吹き飛ばすほどの幸運が、舞い込んでくる。
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だ。」
「でも、そんなものをいただいても……だってもう、ここは連合側の星でしょう?別に僕らでなくったって……」
「いや、しばらくは君らとだけ取引をしたい。なにせ、この星はまだ連合側になって日が浅いからな。もうしばらく様子を見ないと、他の奴らにはとても任せられない。」
「はあ……」
ここは、バルドゥヴィザ港。その一角にいる僕らの目の前には、マイルズ艦長がいる。そしてその向こうには、真新しい船がある。
これは、地球760から送られた新造船だ。早い話、あのヘルヴィナ号があまりに小さくて、なかなかモラヴィアン・グラスが手に入らない。そこでマイルズ艦長らは僕らに、この大きな船を用意していた。
連合側に鞍替えしたとはいえ、まだこの地球513は連盟側の色を残している。だから、モラヴィアン・グラスの秘密は、しばらくこの星の人間には秘密にしておきたい。そういう思惑があって、僕らにわざわざこの船を提供してくれた。
しかしだ。破壊されたヘルヴィナ号よりもずっと大きく、全長は250メートル。とてもじゃないがこの船は、2人では動かせない。
しかし、残ったローンも払ってくれるという。さらに、ヘルヴィナ号を破壊した地球513側からも、そのお詫びということで、ビルの一角の事務所を提供してくれた。おかげで僕らは、船と事務所を一度に手に入れることとなった。だから僕らは交易会社を復活させて、心おきなく人員の募集をすることもできる。
「なあ……カシュパルよ。」
「なんだ?」
「なんとか……なっちまったな。」
「ああ、なんとかなったな。」
さすがのカシュパルも、ここまでの幸運が待っているとは予想だにしていなかったようだ。新しい船を前に、呆然としている。
「で、この船、なんて名前にするの?」
その横で、オーレリアが尋ねる。すると、カシュパルが待ってましたとばかりに応える。
「そいつは既に決めている。」
「そうなの?で、なんて名前なの?」
「決まってるだろう。新英雄号だ。」
カシュパルの一存でこの船は、ヘルヴィナ号の名前を受け継ぐことになった。
「それじゃあさ、早速、地球760までモラヴィアン・グラスを運ぼうか。」
「あ、ああ……」
僕はカシュパルに言うが、どこかカシュパルのやつ、うわの空だ。新しい船も手に入り、あとは船員を募集しつつ、地球760向けのあの荷物を運び続ける。実に、順調な商売が待っている。何を落ち込む理由などあろうか。
そして僕らはまず、バルドゥヴィザ宇宙港のロビーへと向かう。そこで、船員募集の登録をする。既に何人かの経験者から問い合わせが届き、内10人を即決で採用する。
そしてその翌日、僕らは再びあの工房へと向かう。
「おおっ!久しぶりだなぁ!」
僕らを迎えたのは、あの工房の親父だ。
「ああ、ほんとですね、久しぶりです!」
「おじちゃん、久しぶり!」
「おお、怪力の嬢ちゃんも、元気そうだな!」
まさか、再びここにやってくる日が来るとは思わなかった。立ち並ぶ工房の建物の間で、僕はこの自身の運命が大きく転じるきっかけとなったこの場所を、まじまじと眺める。
「へぇ~、それじゃあ今、このヒョロ男と一緒に暮らしてるんだ。」
「そうだよ!」
「しっかし、倒れた煙突すら持ち上げちゃう嬢ちゃんが、あのヒョロ男にねぇ……まあ、本人達が良けりゃ、それでいいけどさ。」
工房の親父め、さっきから僕のことを軽くディスってないか?そんなヒョロ男でも、あの戦場で僕はオーレリアをなだめるのに必死だったんだからな。
そういえばあの戦いの後、駆逐艦5981号艦の乗員から、妙な話を聞かされた。
「戦場告白」伝説だ。
数多くの戦場伝説の一つに、「戦場告白」と呼ばれるものがあるという。
その名のとおり、生死の瀬戸際彷徨う戦闘の最中で、男女が互いの想いを告げる行為のことなのだが、それが成立すると、その船は戦闘で沈むことはない。そういう伝説だそうだ。
いつの頃から語られるこの伝説、しかしこれって……そう、これはまさに、僕らがあの艦橋内でやったことだ。
どおりで艦長以下、あの場にいた皆が、僕らをああも祝福してくれたわけだ。そのジンクスのおかげか、確かに僕らは生き残った。
あの戦闘で沈んだ地球513の船は、全部で197隻。1万6千隻の中の197隻と考えれば大した数ではないのだが、それでも2万人近くが宇宙の藻屑と消えた。
その2万人の中に、この船の人達が含まれなかったことは決して、偶然ではない。いや、偶然だろうけど、当事者達はそうは考えていないようだ。
というわけで、なぜか僕とオーレリアは、駆逐艦5981号艦の乗員達から、感謝される羽目になった。
虜囚から一転、僕はなぜかあの艦内で、英雄にされてしまった。
そんな英雄のことを「ヒョロ男」と断じる親父が、目の前でオーレリアと談笑している。そんな親父が会話の最中に突然、何かを思い出す。
「おお、そうだ!そういやあ、大事なことを忘れとった!あんたらに、客が来とったよ。」
「客?」
「ああ、なんでも、あんたらの知り合いだそうだが……なんて言ったかな、そう、ゾウリムシみてえな名前だったが……」
いやあ、ゾウリムシの知り合いはいないなぁ。誰だろうか、その人は?ともかく工房の親父は、その僕らの知り合いとやらに連絡をとってくれた。
そしてこの工房に、その人物が現れる。
「おう、久しぶりだなぁ。」
「あれ!?ぞ、ゾルターンさん!?」
「ここなら、あんたらに会えるかなと思ってよ、ここの親父にあんたらがきたら連絡してくれって、頼んどいたんだよ。」
思わぬ人物との再会だ。僕とカシュパル、それにオーレリアは大いに驚く。
「ちょ、ちょっと、ゾルターンさん、こんなところにいて、大丈夫なのか!?」
「えっ?別に問題ないぞ?」
「だってこの星は、連合側に鞍替えしちゃったから、あなたは……」
「ああ、そうだけど、だからっていきなりうちの星とこの星が交易をやめるわけにはいかないからな。そんなわけで、俺っち達はまだ、普通に行き来できるぜ。」
ゾルターンさんによれば、地球491とここ地球513との間の交易は続いているという。無論、軍需物資のやり取りだけはご法度となったが、それ以外の民生品の交易はしばらく続けざるを得ないという。
「そりゃあ、いきなり交易禁止にはできないからな。長年築いた関係を、すぐに断ち切るというわけにはいかねえ。そんなことすりゃあ大混乱に陥っちまう。そういやあ、この先に地球117って星があるんだけど、あそこも十数年前に連盟から連合に鞍替えした。だが、あの星もつい最近まで細々と交易をしてたって話だ。」
「そうなんだ……なんだ、陣営が変わっても、いきなり全ての関係が立たれるわけじゃないんだね。」
「でもさ、徐々に縮小するのは間違いない。俺っちもこの先、どうしようかと考えてるところだ。」
やはり、いつまでもこの関係を続けるわけにはいかないのか。それはそうだな、陣営が違うんだから。しかしその話を聞いていたカシュパルが、ゾルターンさんに尋ねる。
「なあ、ゾルターンよ。お前、他に交易商人の伝手はあるか?」
「えっ?ああ、あるにはあるが……でも、それがどうした?」
「いや、それならそいつらも巻き込んで、ここと地球491の交易路を広げたいんだが。」
「広げる!?いや、いくらなんでもそれは無理っしょ。維持するのも精一杯で……」
「そんなことはない。ほら、ポヴァチェスカ名産のマユグモの生糸、この先の地球760であれの注文を取り付けてきた。拡大する余地は、十分にある。」
「なんだって!?あの生糸を、地球760に売るつもりか!?」
「そうだ。それだけじゃない、もっと売れそうな品を探し出して、連盟と連合の間の交易路をさらに広げてやりたい。俺はそう考えている。」
「……例の、持ちつ持たれつってやつか。」
「そうだ。そのために俺らは、連盟と連合の間を行き来してたんだ。今さらやめられるか。」
「分かった。そういうことなら、そのマユグモの生糸を買い付けてやるさね。」
「おう、頼んだ。」
「だが、いいんか?あんただって交易商だろう。そういう話は、探した本人が独り占めしなきゃ意味がないだろうが。」
「いいや、それでいいんだ。なんなら、これから探し当てた商材も、お前らにくれてやってもいい。」
せっかく見つけた商売ネタを、なんと別の商人に譲ると言い出したカシュパル。僕はそんなカシュパルに尋ねる。
「ちょ、ちょっと、カシュパル!いいのか、そんなことをして!」
「いい、それに俺は、このモラヴィアン・グラスの輸送も、誰かに任せてもいいと思ってるんだ。」
「ええ~っ!?」
「だが、こいつはあちらにご指名された輸送業務だから、他の誰でもってわけにはいかない。いずれもう一隻、大型の船を買って、さらに船員も雇って運ばせるつもりだ。」
「船員と船をって……それじゃあカシュパルは、どうするつもりなんだ!?」
「そうだな。俺はさらに別の連盟の星に行って、新たな商材探しをするつもりだ。せっかくこれだけ大きなヘルヴィナ号を手に入れられたんだ。今までよりもずっと、やり易くなる。」
「なんだって!?てことはお前、まだ危険な旅を続けるつもりか!?」
「決まってるじゃないか。俺がこの星を発つ時に、お前になんと言った?」
「……一緒に、戦争を終わらせないか、と。」
「そうだよ。俺はそのためだけに宇宙に出たんだぜ。これまでも、そしてこれからも。」
そして、カシュパルは僕とオーレリアに、手を差し出す。
「そういうわけだ。ハヴェルトにオーレリア、もちろん、一緒についてきてくれるよな?」
カシュパルというやつは、常に自信過剰だ。何があっても、自身の目的を達成できると信じている。
だが、自信があれば、どんなことでも叶うというわけではない。世の中、それほど甘くはない。
しかし、だ。どういうわけか、今のところ僕らは、その目的を予想以上の早さで叶えつつある。それがたとえ、10万歩の中の一歩であっても、誰も歩んだことのない一歩を、僕らは歩んでいる。
しょうがない。もうちょっと、付き合ってやるか。
「いいわよ!私は、荷物運びをするわね!」
「あはは、連盟の星に行くんだぞ?そりゃあ無理だろうから、お前は品定めが役目だ。」
「ええ~っ!?クモは嫌よ、クモは!」
僕が返事する前に、オーレリアが先に声を上げ、そしてカシュパルの手を握りしめた。遅れて僕も、その上に手を添えて、ギュッと握りしめる。
こうして僕らは、その荒唐無稽な夢を叶えるための旅を、再開する。
(完)




