#20 戦闘
「れ、連合に!?地球513が、ですか!?」
さすがのカシュパルも驚いた。それはそうだ。まったくもってこれは、想定外の事態だ。
「以前から本星では、連合派と連盟派が争っていたのだが、先日行われた統一選挙で、ついに連合派が大勝した。それで政権交代が起こり、昨日、連合側に参加する旨を統一政府が宇宙統一連合の本部側に打診し、了承されたところだ。」
「と、いうことはつまり……」
「そうだ。要するにだ。貴殿らを拘束する理由が、なくなった。」
あまりにも呆気なく、僕らは罪人ではなくなってしまった。いや、別に悪いことをしたつもりはないのだが、それにしても、僅かこの1時間ほどで、僕らの境遇は180度転換した。そこで僕は、艦長に尋ねる。
「そ、それじゃあ僕らは、再び交易商人として活動することができるんですね!」
「ああ、そうだ。」
「なら僕らはすぐにでもヘルヴィナ号に乗って、再び宇宙に出られるってことですよね!」
「いや、残念ながら、それはできない。」
「えっ!?どうしてですか?だって僕ら、解放されたんじゃあ……」
「貴殿らの船は、すでに破壊した。」
僕はそれを聞いた瞬間、脳内がくらっと揺らぐのを感じた。何ということだ。僕らの拠り所だった船は、もうこの世には存在しないというのか。一瞬、僕の脳内で、あの船で過ごした日々の思い出が、走馬灯のように蘇る。
「そうか、なら仕方がないな。」
だが、カシュパルはあっさりと切り替えてしまう。この神経の太さには恐れ入る。だけど……
「だけどさ、カシュパル!船もなく、これからどうするんだよ!?」
「なあに、命はあるんだ。どうにかするさ。」
「どうにかって……じゃあ、地球513に戻ってから、どうするんだ!」
「うーん、そうだなぁ……戻ってから、考えるよ。」
相変わらず、この調子だ。まるで計画性も、危機感もない。これで本当に大丈夫なのだろうか?
命は助かったものの、その先のことが描けないという状況には、あまり変わりがない。首をうなだれたまま、僕はその会議室を出る。
すると、オーレリアが大声をあげる。
「ちょっと!ハヴェルト!」
小さな身体ながら、両手を腰に当てて僕の前に立ちはだかり、行く手を阻むオーレリア。
「オーレリア……」
「何、今にも死にそうな顔してんのよ!生きてるんだから、何とかなるわよ!」
「いや、そうだけどさ。そうだけど……」
「そうだけど、何よ!」
「船がないんじゃあ、僕らこれからどうすりゃいいのかって考えてさ……」
「そんなもの、どこにだってあるじゃない!何よ、意気地なし!」
あーあ、オーレリアまで怒っちゃったよ。やれやれだな、せっかく罪人ではなくなったというのに、僕の中にはまるで生気が湧かない。
それから僕は、艦長から与えられた部屋に入るや、不貞寝する。せっかく順調に航海していたのに、その途上で軍に捕まり、船を失い、そしてオーレリアに嫌われた。この先、僕は本当に、何を生きがいにすればいいんだろうか?
あと1日で、この船は地球513にたどり着くという。しかし、そのあと僕は、どうすればいいのだろうか?
オーレリアとも、やり直せる気がしない。せっかく解放されたというのに、このまま僕は彼女と別れてしまうのだろうか?
などとうじうじ考えていたら、いつの間にか日付が変わっていた。艦隊標準時で、午前0時を過ぎている。
窓もなく、それどころか外はただの真っ暗な宇宙空間。先ほどのワープで地球513星系に入ったというが、ここは外惑星系、太陽は遠く、実質ここは暗黒の空間だ。
時計のない独房に3日間も閉じ込められたおかげで、自分の時間の感覚がすっかりなくなってしまった。つまり、今が自分にとっては昼か夜かの感覚が、まったく失われている。
あと6時間ほどで地球513に到着すると、さっき艦内放送があった。ということは、この失われた時の感覚も、地上で再構築できる。そんなことを、僕はただ不貞寝したまま考えていた。
が、事態は再び急転する。
艦長の声で、危機感に満ちた艦内放送が流れる。
『達する、艦長のヴィチェスラフだ!艦隊総司令部より、緊急通達があった!現在、この地球513に向けて、連盟側の大艦隊が接近中!これより本艦は、我が地球防衛のため、出動する!各員、戦闘に備え!以上!』
あまりにも急な話だ。これはつまり、僕らを乗せたまま、戦場に連れていかれることになる。それを聞いた僕は大急ぎで立ち上がり、艦橋へと向かう。
艦橋に入ると、そこはもう蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。ずらりと並んだモニターの前で、20人ほどの乗員がそれぞれの担当の数値を逐一読み上げている。
「敵艦隊、さらに接近!艦隊合流まで、あと30分!」
「両舷前進強速!取舵20度!」
「艦隊司令部より、暗号電文!敵艦隊の数、およそ2万!」
「くそっ、地球491と339の合同艦隊だな……まさか、これほど早く現れるとは……」
その騒がしい艦橋内で、僕は艦長に叫ぶ。
「あの!僕ら3人は、一体どうなるんです!?」
開放された以上、僕らは民間人だ。彼らには、その民間人の生命を守る義務がある。だが、艦長の言葉には、その義務感はまったく感じられない。
「現在、戦場に向けて急行している。寄り道などしている場合ではない。」
「いや、だけど、それじゃあ僕らは戦闘に……」
「この星を守るための戦いだ!相手は2万隻、一方で我々は防衛、遠征両艦隊を集結させつつあるものの、その数は1万6千!しかも、敵はすでに目の前!我々が抜ける余裕など、ない!」
まったく聞く耳を持ってはくれない。状況を聞けば仕方がないのだろうが、ならばなおのこと、そんな劣勢下の戦場に民間人ごと乗り込もうというのか?
そこに、カシュパルとオーレリアまで現れる。
「ちょっと!なんで私達を乗せたまま、戦場に向かってるのよ!」
だが、艦長の回答は変わらない。もはやここは戦場だ。民間人の権利など主張する余地は、もはや存在しない。
「敵艦隊、捕捉!距離、47万キロ!戦闘開始まで、あと12分!」
「砲撃戦に備え!艦内哨戒、第一配備!」
「了解、艦内哨戒、第一配備!」
ひえええぇ、もうダメだ。戦闘に巻き込まれるのは避けられない。もはや、これまでか。
すると、オーレリアが僕にしがみ付いてくる。喧嘩別れしてからまだ一言も話してはいないけれど、目の前に迫る危機に怯えているのは分かる。
「両舷前進、ヨーソロー!」
「まもなく、艦隊主力が射程内に入ります!」
「急ぎ艦隊合流を果たす!少しでも早く、たどり着くんだ!」
「艦隊主力、戦闘開始しました!」
目の前にある大きな窓から、青い光の筋が見える。すでに僕らのすぐ前で、戦闘が始まってしまったようだ。
チラッと横のモニターを見る。そこには、相手の船を捉えた姿が映し出されている。それは、赤褐色の駆逐艦。連盟側であることを示す艦色だ。一方で、この艦もまた赤褐色。同じ色の艦同士が争うという、前代未聞な艦隊戦だろう。
大体この星はまだ、正式に連合側になってから1日しか経っていない。それなのに、いきなり連盟側に攻められてしまっては、そうならざるを得ない。
しかし、これほど早くあちらが動いてくるということは、元々この星が連合側に鞍替えすることは分かっていたということだろう。でなければ、最短でも1週間はかかる最も近い地球491からでも、これほど早く艦隊が到着するはずがない。
そしてついに、僕らの乗るこの駆逐艦5981号艦も、戦闘宙域に滑り込んだ。
「よし!目標が射程内に入った!砲撃開始だ!」
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
キーンという甲高い音が、この艦橋内に鳴り響く。これはおそらく、主砲の装填音だ。
連合も連盟も、直径10メートルの大口径砲を1門装備した駆逐艦と呼ばれる戦闘艦を多数並べ撃ち合うという艦隊戦を、基本スタイルとしている。この大口径砲から放たれるエネルギーは、ちょっとした街を一つ、消滅させられるほどの威力を持つ。
それを、射程ギリギリの30万キロ離れた距離から撃ち合う。
それほどの凄まじい威力の砲だ。それゆえに、とてつもない音を立てて発射される。そういう話は、船舶専門学校時代に嫌というほど聞かされた。
だが、百聞は一見に如かず、とは、このことだ。
とてつもないなどという言葉では、片付けられないほどの激しい砲撃音が、この艦橋いっぱいに鳴り響く。
そう、雷だ。落雷が近い。あのドドーンという音、青い閃光、しかしそれは、落雷の何倍も大きく凄まじい。
あまりの衝撃音に、恐怖したオーレリアが思い切り僕にしがみついてくる。ビリビリと床や柱が揺れ、窓の外は眩くて何も見えない。そんなけたたましい音の最中でも、艦橋内の20人ほどの乗員らは持ち場を守っている。
「うう……こ、こわいよぉ……」
つい数時間前は、僕の方が先を案じて落ち込んでいたというのに、今やオーレリアの方が恐怖に震えている。さっきとは、まるで立場が客だ。しかし、そんな僕ら民間人などに構うことなく、立て続けに砲撃が加えられる。
しかし、だ。相手は2万隻。一方こちらは1万6千隻。数が少ない分、砲撃も集中する。
そのため、こういうことが起こる。
「直撃、きます!」
「砲撃中止!バリア展開!」
艦長のこの指示の直後に、窓の外は真っ白になる。ギギギギーッという、まるで黒板を爪で引っ掻いたような音、あれを何万倍にもしたような不快極まりない音が、この艦橋内に響き渡る。それを聞いたオーレリアは、再び僕にしがみつく。
僕の方がしがみつきたい気分だよ……だけど、そんなオーレリアを前に、僕は弱みを見せたくても、見せられる状況にない。恐怖に震えるオーレリアを抱きかかえて、なだめるのが精一杯だ。
そんな砲撃音と着弾音の連鎖が何度も続く。オーレリアは、僕にしがみついたまま離れない。ここで彼女が怪力魔女の本領を発揮したら、僕の身体はお腹のあたりで引き裂かれ、上下半身に分かれた屍と化すことだろう。
そんなことよりも気がかりなのは、オーレリアの方だ。いつもは強気な彼女が、あのマユグモを見た時以上に怯えている。僕は彼女の背中をさすりながら、声を掛ける。
「だ、大丈夫だよ。あともう少しで、この戦いは終わるから……」
いつ終わるかなんてそんなこと、僕に分かるわけがない。だけど今は、そう言い続けるしかない。すると、オーレリアが口を開く。
「い……生き残ったらさ……」
いつになく弱気なオーレリアだな。それじゃあまるで、僕らは死ぬかもしれないってことになるじゃないか。この期に及んでも僕は、そういうのは認めたくない。
「いや、大丈夫、生き残るって!」
「だから!生き残ったらさ!すぐに一緒になろう!」
「は!?」
何を言い出すんだ、オーレリアよ。今はそんなことを言ってる場合じゃないだろうに。
「あのさ、オーレリア。その、一緒になろうっていうのはその……」
「だから!結婚して、一緒に暮らそうって言ってんのよ!それから2人の子供産んで、その子供らを学校にやって、それから、ええと……そう、子供らが大きくなったら老後をのんびり過ごしてさ……ええと、どっちかが早く死んだらさ、毎日、墓参りしてさ!」
何を言っているんだ、この魔女は。鳴り響く砲撃音による恐怖で、どこかおかしくなったのか?不安になる僕に、オーレリアが叫ぶ。
「だからオーレリア、こんなところじゃ僕ら死なないんだって、大丈夫だよ!」
「だったら、私にはっきり宣言してよ!この先ずっと、老人になるまで一緒に暮らすんだって!」
どうやら彼女は、恐怖のあまり一種の妄想に逃げているようだ。だから敢えて先の未来の映像を脳裏に浮かべ、その未来を信じ込ませようとしているんだ。
「それに、私らがしかけたあの交易で、この戦争が無くせるんでしょう!?じゃあ子供らが大きくなる頃には、こんなロクでもない戦争が終わって、みんな平穏に暮らしてるんでしょう!?」
「えっ!?あ、ああ、そうするつもりだけどさ……」
ああ、まさにカシュパルの「持ちつ持たれつ」論のことを、オーレリアは言っているんだな。なんだ、思ったより冷静じゃないか。そう察した僕は、オーレリアにこう応える。
「分かった分かった!地上に戻ったら、すぐに一緒になろう!それから、この戦争もなくそう!だから今は、落ち着いて!」
そう応えるとオーレリアのやつ、再び静かになり、僕にしがみつく。砲撃音は、続いている。
が、その時、状況が動いた。
「は、背後から接近する艦隊あり!数、およそ7千!」
「なんだと!?どこの艦隊だ!」
「敵味方識別信号(IFF)、確認!これは……地球760です!接触まで、あと10分!」
「おい、地球760といえば……ああ、そうか、今は味方だ!救援軍が来たんだ!」
それを聞いた瞬間、僕らはまだ、運に見放されてはいないと感じた。
「よーし、我々にも勝機が見えてきた!全艦、全力で敵を押し返せ!」
急に士気が上がったこの艦内は、しかし相変わらずここは、砲撃音と着弾音で耳が潰れそうなほどやかましい。だが、数の劣勢をひっくり返せると知って、彼らの意欲は明らかに向上した。それは、ここにいる乗員らの声に現れている。
「目標ナンバー3299、および3300、2隻が我が艦をロックしてます!」
「回避運動をとりつつ砲撃続行!あと10分で、今度はやつらが押される番だ!それまで、何としても耐えろ!」
「了解!」
心なしか、さっきまでよりも軽快な口調で指示を飛ばす艦長。それに応える乗員の声も、何だか明るい。やはり、援軍の影響力は大きい。
そして、あと2分ほどで地球760が合流という時になって、その2万隻の敵艦隊が後退を始める。
「敵艦隊、後退を開始します!」
「逃すか!追撃戦に移行、前進微速!」
「了解!前進微速、ヨーソロー!」
逃げる相手に、わざわざ前進なんてしなくてもいいのに……だが、それから10分ほど経つと、その砲撃音も止み、あの不快な着弾音もしなくなる。
機関音が響いているはずだが、さっきまでのあのやかましい戦闘音に慣れた耳には、その音は拾えない。まるで無音の部屋に放り込まれたかのように、静まり返る艦内。
「敵艦隊、さらに後退!距離、33万キロまで離れます!」
結局、地球760と接敵する前に、敵は逃げ出してしまった。敵を追い払うのがこの戦いの目的だったから、それを達成した今、追撃もせず、逃げる敵をただ見守る。
が、艦長の目だけは、僕とオーレリアの方を向いていた。そういえば、オーレリアのやつ、まだ僕にしがみついている。僕は声をかける。
「お、オーレリア……もう戦いは、終わったようだよ。」
恐る恐る顔をあげるオーレリア。僕は彼女が落ち着きを取り戻したのを見届けると、ふと周りに目を移す。
何故だか僕ら2人は、ここにいる20人から注目されている。横にいるカシュパルも、なぜか僕らをじっと見つめている。そしてその沈黙を破るかのように、艦長が一言、こう言い出す。
「おめでとう。」
パチパチと手を叩き始める艦長。それに合わせて、周りの乗員らも手を叩き始める。
「おめでとう!」
「……おめでとう。」
「よく言ったね、おめでとう!」
艦橋内の20人ほどの乗員が一斉に、僕とオーレリアに拍手を送ってくる。カシュパルまで、僕らに向けて手を叩いている。そこで僕は悟った。
ああ、しまった……さっきのあの会話、みんな聞かれていたんだ、と。




