#2 敵地進出
「こちら連盟側、地球513船籍のヘルディナ号です。これより、停船します。」
やれやれ……カシュパルのやつ、全くごまかそうともせず、クソ真面目に自分が「連盟」の船だと宣言した上で停船しやがった。僕はすでに、唇から血の気が失われていくのを感じていた。
窓の外に目をやれば、灰色の船体が近づいてくるのが見える。ああ、あれは連合の艦艇だ。見慣れた赤褐色の駆逐艦ではなく、これまで敵の色として船舶専門学校時代に散々刷り込まれ続けて来た、あのおぞましい明灰白色を持つ艦艇だ。
全長は僕らの8倍ほどの300メートルはある。形こそ連盟側の駆逐艦とほぼ同じだが、この明るい灰色が僕を絶望のどん底に叩き落としてくれる。
にしてもだ、妙に余裕だな、カシュパルのやつ。目の前には恐ろしい破壊力を持つ敵の軍用艇が迫っているというのに、なぜこれほど冷静でいられるのだろう。
まさかとは思うが、策でもあるのか?
あまり期待できないが、ともかくこいつに全て任せよう。もはや窓いっぱいに見える敵の駆逐艦を前に、僕はカシュパルに全てを託すしかない。
駆逐艦からこの船の側面にあるハッチに向けて、通路が伸ばされた。ガタンと音を立てて、通路がこの船につながった。そしてドンドンと、ハッチを叩く音が聞こえる。僕とカシュパルは、そのハッチに向かう。そしてカシュパルがハッチを開けた。
3人ほどの兵士が、銃を構えながらハッチの向こうから現れる。
僕は慌てて手を挙げる。だが、カシュパルのやつは平然とその兵士らに向かって挨拶をする。
「やあ、ようこそ我がヘルディナ号へ!」
一瞬、不意を突かれたようにポカンとする連合の兵士達。だが、彼らはカシュパルのように友好的ではない。兵士の一人が叫ぶ。
「臨検だ!手を挙げろ!」
首筋から背中にかけて、嫌な汗がだらだらと流れるのを感じる。だが、カシュパルは引かない。
「どうして、手を挙げなきゃならないんですか?」
「それは……決まっているだろう!お前らが、連盟の船だからだ!」
「あの、僕らは海賊船ではありませんよ。見ての通り、武装もないただの民間船です。」
「それがどうした!?」
「ですから、手をあげる理由などないと……」
「おい!逆らうと撃つぞ!」
「たとえ敵方の船とはいえ、無抵抗な民間船および民間人への攻撃は、戦時条約で禁止されているのではありませんか?」
それを聞いたこの3人の軍人に一瞬、動揺が走る。
「そ、それはそうだが……だが、敵対行為を働く民間船に対しては、容赦はしない!」
「それは戦時条約の一つ『地球075条約』の第17条 第2項に基づく例外事項のことですよね。ですが、ご覧の通り我々は連盟の船であることを隠してもいませんし、海賊行為も敵対行為も働いてはおりません。大体、敵対行為を働こうにも、ご覧の通り、武器も持っておりません。どこが、敵対行為を働く民間船だというのです?」
といってカシュパルは上着のボタンを外し、ガバッと中を広げて見せる。僕も慌ててカシュパルに倣う。それを2人の兵士が確認する。
「……確かに、武器はないようだな。船の中も検めるが、いいか?」
「はい、どうぞ、ご自由に。」
さらに3人の兵士が加わり、6人で船内を捜索し始める。が、もちろん武器などはない。怪しい荷物もあるわけがない。船のローンだけで手一杯なのに、この上武装なんて、取り付ける余裕はなかった。だからいくら探しても、怪しげな何かが見つかるわけがない。
「……どうやら、本当に何もないようだな。ならなぜ、この宙域に来たか?ここは連合の支配する星域。まさか、航路を誤って侵入したのか?」
「いいえ、地球760へ向かうためです。」
「なぜ、我々の星に向かう?見たところ、燃料と食糧以外、何の物資も積まれていないが……何が目的だ?」
「ええ、交易相手を探すためです。」
「……おい、ここは連合側の星域だぞ。どういうことだ?」
兵士達の顔は、困惑に変わる。武装もなく、連盟側の船であることを隠す気すらしないこの船員に対し、どう接したらいいのか分からなくなって来たようだ。
「あなた方では、埒が明きません。艦長を呼んでもらえませんか?」
なんとカシュパルのやつ、艦長を呼び出しやがった。おい、待て。いくらなんでもやり過ぎじゃないか?そんな重要人物をこんなところに呼び出して、どうするつもりだ?
「こちら臨検中の船舶内!ここの船長らしき人物が、艦長との面会を求めておりまして……」
しかし、戦時条約の隙を突いてきたこの人物の扱いに、目の前にいる連合の兵士達も困り始めたようだ。兵士の一人が、スマホを使って艦長を呼び出している。
やがて、さらに5人ほどの兵士を伴い、軍帽を被った艦長らしき人物が現れた。でも、ここには2人しかおらず、すでにこちら側に武器がないことが分かっているというのに、どうしてこんなにたくさんやって来るのかなぁ……
「艦長のマイルズ少佐だ。私との面会を求めていると聞いたが……お前がその、船長か?」
「はい、カシュパルと申します。地球513出身の交易業者で……」
「それはすでに聞いている。で、敵方の連盟から、連合側の我々の星に行きたいと、そう主張しているようだな。」
「はい、そうです。」
「その目的について、伺おうか。」
「はい、それはですね、この戦争を終わらせるためですよ。」
つい9日前に僕に語ったあの「持ちつ持たれつ論」の冒頭を、なんと敵の艦長に向かってさらっと言ってのけるカシュパル。だが当然、この一言は相手に過剰なまでの警戒心を生むことになる。11人の兵士達が、一斉にカシュパルに銃を向ける。
「どういうことだ!まさか、破壊工作を企むために我々の星に行きたいと言っているのではあるまいな!?」
「まさか、武器も持たずに、そんなことできると思いますか?」
「いや……もしかしたら、現地で調達するつもりなのかもしれぬし……」
「あなた方の星の治安は、外からやって来たわずか2人の丸腰の人物に、あっさりと付けいられるほど悪いのですか?」
「い、いや、そんなことはないが……」
「先ほども申し上げた通り、我々の目的は交易です。ですから、わざわざ破壊工作など致しません。大体、そんな大それたことをする者が、馬鹿正直に臨検でそんなことを話すわけないでしょう?」
「そ、それはそうだが……」
艦長と呼ぶには若いこの人物が、さらに若い駆け出しの商人に押されている。後ろにいる僕はもう、生きた心地がしないというのに、よくもまああれだけの兵士に銃口を向けられて、堂々と話せるものだ。
「……交易と、戦争終結という、この2つのキーワードが私には全く結びつかない。もう少し、分かるように説明してもらえないか?」
「はい、よろしいですよ。ところで艦長殿、あなたの星では今、戦争は起きていますか?」
「いや、地上での戦闘はここ20年以上、起きていない。」
「ですよねぇ。連盟側である我々の星でも、同じなんですよ。つまりですね……」
カシュパルのやつ、敵の艦長相手に「持ちつ持たれつ」論を語り始めた。恐ろしいやつだ。たとえその話が通じたとしても、それで納得してくれるとは限らない。にもかかわらずカシュパルのやつ、威風堂々、自信満々に語り続ける。
銃を構える11人の兵士達の間で、カシュパルの話に耳を傾けるマイルズ艦長。
「……つまりお前の主張は、我々連合と連盟を、交易というネットワークで結びつけることで、戦争が成り立たない状態に変えようと、そういうことか?」
「はい、その通りです。」
なんとまあ、敵方の星の商人の荒唐無稽な話を最後まで聞いて下さるとは、なんと慈悲深い艦長様なのだろうか。しかし僕はかえって、この雰囲気が不気味に思えて仕方がない。
相手は軍用船だ。我々の話に納得したつもりになって送り出した後に、我々を背後から撃つのではあるまいか?
考えてみれば、いくら戦時条約で民間船への攻撃が禁じられているからと言って、それを遵守する可能性は低い。我々を大口径砲で抹殺した後、軍司令部にはあれは海賊船だったと報告して、終わらせてしまうかもしれない。
その点、僕らは自身を守る術を何も持たない。なにせ、ここは敵地だ。条約が守られているかなんて監視している者がいるわけでもないし、たった2人しかいない船、面倒ごとになる前に処分した方が良いと判断されたら、ひとたまりもない。
相手が納得した……いや、納得したフリをした時が、もっとも危ない瞬間だ。僕は、腕を組んで考え込むこの艦長の反応を待つ。そして、このマイルズ艦長は僕らの方を向いて、こう言った。
「分かった。この先の航行を、許可しよう。」
来た。これは十中八九、間違いない。僕らを通した後に、砲撃を加え抹殺するつもりだ。艦長のその鋭い目を見て、僕はそう感じた。
が、艦長はさらに続ける。
「ただし、条件が2つある。一つは、モンテルイユ宇宙港に向かうこと。緯度、経度は、この後に我が艦から送信しよう。そしてもう一つは、2週間後にこの宙域にて我々の臨検を再び受けること。それが確約できるなら、ここの通過を許可してもいい。」
「に、2週間後ですか……?」
「なんだ、不服か?」
「いえ、そんなに長い時間の滞在を認めてもらえるなんて……」
「その代わりだ、我々は連盟側の船が向かったことを軍司令部、およびモンテルイユ宇宙港に報告する。当然、監視は厳しいと思え。その上で、お前のいう戦争終結への道筋を見つけられるか、自らの力を試してみるといい。」
なんてことだ。具体的に入港先まで指示して来たぞ。わざわざ撃沈するつもりの船に、これほど具体的な条件など出すなんて考えられない。ということはまさか、本当に通してくれるのか?
「ありがとうございます。では、我々はそのモンテルイユ港に向かうことにします。」
「ああ、そうしてくれ。」
調子良く、カシュパルのやつは右手で敬礼をする。それに応えるように、艦長も返礼をした。僕も思わず、たどたどしく敬礼をする。
と、そこに、もう一人の人物がこの場に入ってくる。
「あらあら、もう終わりですかぁ?せっかくお茶をお持ちしたんですが……」
ただこの人物、どこかおかしい。服装から、軍属の女性だというのはすぐに分かったが、掃除用のモップのようなものにまたがって、ふわふわと浮いているように見える。
……いや、実際に浮いているぞ。右手でペットボトルとコップを乗せたトレイを支え、左手でそのモップを握りながら、ゆっくりふわふわと、こちらに近づいてくる。
しかし変だな。ここは慣性制御で人工重力を作り出しており、空中に浮けるはずがないのだが。
「ああ、ミレイユか。なんだ、こんなところに……」
「いえいえ、臨検であなたが出向いていると聞いたので、それならあなたと客人に、お茶でも出さねばと思いまして。」
「別に、彼らは客というわけではないのだがな……」
見るからに軍人の服装だが、どうやらこの艦長とは深い関係にある人物のようだ。いや、それ以上に気になることがある。
それはこの人物がモップにまたがったまま、床から浮いているということだ。
「あ、あの、マイルズ艦長殿。」
「なんだ。」
「こちらは一体……どなたなのですか?」
「ああ、彼女は私の妻、ミレイユだ。我が艦の主計科に勤めている。」
やはりそうか。奥さんだったんだ。だからこの艦の軍人でありながら、艦長相手に妙に馴れ馴れしく話しかけたのか。
いや、そんなことはどうでもいい。問題は、そこじゃない。
「いえ、そうではなくてですね……どうしてこの方は、宙に浮いているのですか?」
同じ疑問を抱いたカシュパルは、艦長に尋ねる。
「なんだ、お前らは知らないのか?」
「な、何がですか?」
「地球760という星には、魔女が住んでいるということを、だ。」
それから、20分後。
ガコンという音がして、連絡通路が離れる。小型のこの船は再び、自由になる。
「それじゃ、再び前進する。目標、モンテルイユ宇宙港!前進半速、ヨーソロー!」
能天気にもカシュパルのやつ、敵地に向かう気満々だ。僕は未だに、生きた心地がしない。
冷静に考えれば、今が一番、危ない時だ。もし今、さっきの駆逐艦の艦長が豹変すれば、我々は背後から襲われる。
いや、正直言って、背後だろうが正面だろうが、こんな非力な民間船では結果に大差はない。この船には当然、バリアシステムなど搭載されていない。だから、大口径砲をくらえば、どっちを向いてても跡形もなく消える。
でもまあ、さっきの艦長のあの対応ならきっと、撃ってこないだろうな……
僕はこの時、そう考えていた。だがその甘い考えは、あっさりと裏切られる。
窓の外に、音もなく眩い光が横切る。青白い光の筋、それが何なのか、僕は一瞬で悟る。
「ううううううう、撃ってきたぁっ!!び、ビームだぁ!!」
僕は座席から転がり落ちる。あまりに勢いよく転げ落ちたため、床で頭を打つ。
「おい、ハヴェルト、どうした?」
「ど、どうしたって……窓の外のあれ、見ただろう!?どうする!?」
この緊迫した事態を、あの男は予測していたのか?それとも、自身の饒舌に溺れて、その先のリスクを考えてすらいないのか?
だが、この期に及んでこの大胆男は、まるで危機感が感じられない。
「ああ?どうするって、何を?」
いよいよ本当におかしくなったのか。目の前の砲撃を見て、何とも思わないのか?
そうこうしているうちに、第2射が放たれる。太く青白い悪魔の閃光。直径100メートル、長さ30万キロに及ぶ、1万度以上の高温、高エネルギーの光の帯。そんなものが、全長40メートルのヘルディナ号のすぐ脇をかすめる。
「ど、どうするって、ほら……攻撃されているんだぞ!?ランダムに動いて的を絞らせないとか、全力で逃げるとか……」
「相手はプロだぞ。素人の民間船が回避運動したところで、外すわけがないじゃないか。やるだけ無駄だよ。」
「いや、だからって、何もしないわけには……」
などと話しているうちに、第3射が放たれる。すぐ脇に、触れたら最後の1万度のビームがかすめ通る。もはや、生きた心地などしない。
「あ、あわわわわ……だ、だめだ……おしまいだ……」
「なにが?」
「い、いや、だから、もうおしまいだって……」
「ああ、おしまいだな。」
「何を能天気な!お前、戦争を終わらせるって大言壮語を吐いていたじゃないか!このまま黙って殺されるのを待っているのかよ!」
「は?殺される?」
キョトンとした顔で僕を見つめるカシュパル。なんだ……何かおかしなことを、僕は言ったのか?
「なんだハヴェルト、まさか、あのビーム砲で撃たれると、そう思っていたのか?」
「決まっているだろう!直撃すれば駆逐艦サイズの船でさえ、一瞬にして跡形もなく消滅させられるほどの高エネルギービーム砲だぞ!?それをさっきからバンバン撃ってくるってことは、このローンがたっぷり残った船を沈めるつもりに決まっているだろう!」
「大丈夫だよ。もう終わった。」
カシュパルは僕のいうことなど、まるで意に介さない。しかし、どういうわけか彼のいう通り、外は静かになった。第4射は、未だに放たれていない。
「……なんだ?もしかして、逃げ延びたのか?」
「まさか。僕らはまだ、あの駆逐艦の射程内だよ。」
「だったら、どうして……?」
「ミレイユさんからお茶を頂いてた時に、マイルズ艦長から言われたじゃないか。」
「……ええと、何を言われたんだっけ?」
「なんだ、お前、聞いてなかったのか?」
両手を広げて呆れてみせるカシュパル。それを見た僕は、なんだかムッとする。
「……悪かったな、聞いてなかったよ。で、何を言われたんだ?」
「主砲を3発だけ撃つと、そうマインズ艦長は言っていた。なんでも、連盟船籍の船をただ素通りさせただけでは、連合側の艦艇として示しがつかない。だから、3発だけ威嚇射撃を撃たせてもらう、と。」
「……そ、そんなこと、話していたか?」
「ああ。だがお前は、その脇にいたミレイユさんにぞっこんだったからな。」
その時のことが、急に脳裏に映像となって浮かび上がって来た。そうだ、僕は確かに、ミレイユさんばかりと話していた気がする。
モップにまたがって現れた、魔女という存在。そんな魔女に、僕はすっかり心奪われていた。ミレイユさんが言っていた。あれは、一等魔女というそうだ。
魔女には3種類いて、一等魔女から三等魔女までいるらしい。三等魔女とは、正確には魔女ではなく、魔女の発する力を感知する能力を持つ者。そして二等魔女とは、空を飛べない、ただ触れたものを浮上させられる能力を持つ者。そして頂点に立つ一等魔女は、棒状のものにまたがると、空中を浮遊することができる魔女のことだという。
地球760には、そんな魔女がたくさんいるという。とはいえ、その割合は女性の100人に1人、一等魔女に至ってはさらにその中の5人に1人という、極めて稀な存在らしい。
僕らが向かっているのは、まさにそんなおとぎ話のような星だと知った。
そんな話をミレイユさんから聞いて、その時の僕はなんだか浮かれていた。それこそ、艦長のその話が耳に入らないほどに。
「……べ、別にミレイユさんにぞっこんだったわけじゃないぞ。」
「だけど魔女と聞いて、胸躍らせていたのは事実だろう?」
「ま、まあ、それは認めるが……」
「面白いだろう?やっぱり、連合の星に行っているものだな。俺達の知らない世界が、そこにはあるぞ。」
男同士、2人きりの船の中で大声で笑うカシュパル。ついさっきまで生きた心地のしなかった僕は、命あることをまず安堵する。
そしてようやくここで、その魔女の星に向かっていることを実感する。
「さて、ハヴェルト。そろそろだ。」
「な、何がだ?」
「決まっている。ワープだよ。」
「へ?ワープ?」
「そうさ。地球760へたどり着くための、最後のワープだ。さっさと準備しろ。」
「あ、ああ。」
計器盤を見ると、ワームホール帯の接近を知らせる表示が出ていた。ああ、そうか、これを抜ければ、このホウキ座γ星域から魔女の星に入ることができるんだ……
まだ、不安の方が大きい。だけど僕はここで初めて希望というものを抱いて、ワームホール帯を潜ることになる。