#19 急転
「かかかかカシュパル!あ、地球513の駆逐艦が……」
「落ち着け、ハヴェルト!とにかく今は、停船命令に従うんだ!」
「ちょ、ちょっと、あの船、すごい勢いで迫ってくるわよ!」
3人しかいないこの小さな船に、その赤褐色の船が容赦なく接近する。返信などする間も無く、彼らは僕らの船に襲いかかる。
後部の噴出口目掛けて、船体をぶつけてくる。強い衝撃とともに、船内の明かりが消える。その衝撃で僕やオーレリア、そしてカシュパルは床に倒れ込む。
そして、気づけば僕は、薄暗い部屋にいた。
「……あ、あれ?オーレリアは?カシュパルは?」
その部屋には、僕しかいない。ここはどう見てもヘルヴィナ号ではない。つまり、僕らにぶつかってきたあの駆逐艦の中なのは間違いないだろう。しかし誰一人として、人の気配を感じない。
扉には、窓がない。扉の下と中程に横長のスリットがついているが、向こう側からしか開けることができない。モニターすらなく、ここがどこなのかも分からない。部屋の中にあるのは、簡易なベッド、そして剥き出しのトイレだけだ。
要するにここは、独房だ。僕は捕まり、閉じ込められた。そんなところだろう。
ああ……終わった。僕の人生は、終わった。もはや交易どころではないことは明白だ。カシュパルもおそらく、僕とは別の場所に閉じ込められているはずだ。しかも相手は連盟の宇宙軍だ。軍に追いかけられ、捕まった僕とカシュパルは、間違いなく軍法会議にかけられて殺される。
オーレリアだけはおそらく、助かるだろう。考えてみれば、彼女を捕まえるために僕らを追いかけてきたんだ。彼女が手に入った今、僕とカシュパルには用はないはずだ。用済みとなった今、僕はただここで人生の終わりを、ただただ待つ他ない。
いや、僕やカシュパルよりも不憫なのは、オーレリアだ。
よりによって僕は、オーレリアを巻き込んでしまった。
これでオーレリアは、もう2度と故郷の地球760に帰ることができないだろう。見知らぬ星で一生、実験動物のように暮らす羽目になるのだ。それを思うと、僕は彼女のことが、不憫でならない。
どうせ僕は、近いうちに終わる命だ。だが、その前にせめてオーレリアに会って、謝っておきたい。
しかし、ここには全く人の気配がない。ただブーンという機関音だけが、部屋の中に響く。
……と、そこに、カツカツと足音が聞こえてくる。誰か、こっちに向かっているようだ。
そして、下側のスリットがさっと開く。そこから、トレイに乗って食事が運び込まれた。
だが、言葉一つ交わすことなく、食事を運び込んだ人物は去ろうとしている。
「ちょ、ちょっと!」
僕は扉をガンガンと叩く。だが、足音は離れていく。
「ちょっと!他の2人は、どうなってるの!?」
しかしその人物は何も答えることなく、その場を去っていった。僕の足元には、粗末な食事だけが置かれている。
仕方なく、その粗末な食事を食べる。食事が終わっても、それを取りにくる様子もない。それからしばらく、僕はまたこの人気のない空間で過ごす。
が、どれくらい経っただろうか、再びカツカツと足音が聞こえてきた。今度はスリットが開くと、外から声がする。
「トレイを、よこせ。」
だが、僕はその声の主に尋ねる。
「ねえ!他の2人は、どうなってるの!?」
すると、その声の主は応えた。
「大丈夫だ、他の2人も、元気にしている。」
それを聞いた僕は、恐る恐るトレイを差し出す。すると、からのトレイが引き込まれ、食事の乗った新しいトレイが入ってくる。
2人の無事は、確認できた。でも僕らは囚われの身だ。2人の無事が分かったところで、ここから先、僕は何もすることができない。
ああ、どうして僕なんかが、こんな大それた航海に出ようなんて考えたんだろう?
まさか、自分の星から犯罪者扱いされてしまう日が来るとは思わなかった。それもこれも、カシュパルの口車に乗せられてしまったのがいけなかったのか。
いや、よく考えたら、連合の星に行ったことが悪いわけじゃない。魔女を連れ込んでおきながらそれを知らせず、しかも魔女を連れて逃亡した。指名手配されてしまった原因は、どう考えてもそれだ。
思えばあの時、あのモンテルイユの港で、オーレリアと出会わなければよかったのか。そして、オーレリアを連盟の星に連れていこうなどと、考えなければよかった。なんだって僕はあの時、彼女と出会い、そして一緒に航海を始めてしまったのだろうか?今となってはもう、後悔しかない。
だけど僕は、オーレリアとの日々を全否定できない。気づけば、かなりいい仲になれた。どういうわけか僕は、オーレリアとの相性がよかったようで、なぜか彼女からも好かれていた。そして、このままずっと一緒に暮らそうかと、考え始めてたところだ。そんな日々を、僕は否定することなど、できない。
ああ、結局、僕が悪いんだ。
これは明らかに、油断だった。
おそらくだが、この駆逐艦に僕らが察知された原因は、僕が放ったあの恒星間通信だろう。
ゾルターンさんに、僕らの到着日を知らせるだけの通信だったのだが、それを地球513の近傍で行ったのはさすがに不味かった。
思えば、あれを傍受した地球513の艦隊司令部が、僕らの捕縛するべく出動命令を出したのだろう。
だが、後悔先に立たず、だ。いくら悔やんでも、もはやあの時には戻らない。
僕は、この狭い部屋で一人きりの時間を、ただ無為に過ごす。後悔に苛まれながら……
そして、ここに来てから2度の睡眠、7度目の食事が来た。つまり、今はここに来てから3日目なのだろう。
その3日目に、事態は急転する。
いつものように、足音が聞こえる。また、食事が運ばれてきたのだろう。そう僕は思っていた。
が、突然、扉が開く。
「ついて来てくれ。」
現れたのは3人。だが、その真ん中には、服装から察するに佐官級の人物、つまり、艦長か副長辺りの人物のようだった。今までにない数の人間、そして明らかに上の人物が、この独房に現れ、扉を開いた。
この不意な来客に、半ば正気を失いかけていた僕の意識が急に活気づく。
ただ事ではない。だいたい、今まで扉が開くことなどなかった。ましてや、これほどの人物が来ることなどない。
相変わらず、機関音が響いている。どこかに入港したわけでもない。しかし相手は、銃を向けているわけでもなし。
何か、起こったな。
それが僕にとって、良いことなのか悪いことなのかは、分からない。まさかとは思うが、オーレリアの身に何かあったのだろうか?僕が呼ばれるとすれば、それくらいしか思いつかない。
「あ、あの、何かあったのですか……?」
「来れば分かる。艦長がお待ちだ。」
ああ、やっぱり……これはきっと、オーレリアの身に何かあったんだ……まさか、オーレリアのやつ、僕以上にこの先のことを悲観して、自ら命を……いや、まだ分からない。ともかく僕は、その佐官の後についていく。
そういえば僕は、ここでは犯罪者のはずだが、何ら拘束されずにあの部屋を出され、しかもこうして自由に歩かされている。だが、そのことは黙っておこう。わざわざ拘束しないのは変じゃないかなどと僕が訴えたところで、それで僕にとって何もいいことはない。
エレベーターに乗り、最上階へと向かう。艦橋のある階だ。が、僕が連れていかれたのは、会議室だった。
そしてそこには、オーレリアがいた。
「ハヴェルト!」
僕の姿を見るや、いきなり抱きついてくるオーレリア。予想に反して、オーレリアは無事だった。彼女に何かあったわけではないことを知る。そして僕のすぐ後に、カシュパルも現れる。
「カシュパル!」
「ああ、ハヴェルトにオーレリア。久しぶりだな。」
「今まで、どこにいたんだ!?」
「独房さ。やることなくて、本当に退屈だったよ。って、お前だってそうだったんだろう。」
どうやらカシュパルも僕と同様、独房暮らしだったようだ。一方のオーレリアは、少し違った。
「えっ!?オーレリアは、普通の部屋で暮らしてたの!?」
「そうよ。だけど、ずっと誰かに監視されてたけどね。」
「まあ、それはそうだろうけど……で、酷いことはされなかった!?」
「一応ね。でも最初は私が暴れたから、その時はハヴェルト達の命と引き換えになるぞって、脅されちゃったわよ。」
オーレリアの話によれば、どうやらここに連れて来られた時に、大暴れしたらしい。考えてみれば、彼女は怪力魔女だ。軟禁したところで、ドアなど平気で破ってしまう。擦ったもんだした挙句に食堂に立て篭り、そこで我々の命を盾に暴れないよう、説得されたのだと言う。
だが、僕らと顔合わせするのは地球513に到着してから、と言われていたそうだ。艦内で引き合わせれば、今度は僕らと共に暴れかねないという判断だろう。
しかし、だ。まだこの船は地球513にたどりついていない。でも僕らは今、こうして顔を合わせている。
これは一体、なぜなのか?
と、そこにある人物が現れる。服装からは佐官クラスだとわかるが、この船ではよほど偉い人なのだろう。その部屋に待機していた、僕を誘導したあの佐官を含む数人の軍人が一斉に敬礼する。ということはやはり、この人がこの艦の艦長か。
「この駆逐艦5981号艦の艦長、ヴィチェスラフ中佐だ。貴殿らにきてもらったのは、地球513本星から伝えられた、重大発表を伝えるためだ。」
やはり艦長だった。しかしだ、なおのことどうして僕らは、ここに呼ばれたのか?しかも、僕らを集めて話さなきゃならないほどの重大な発表って、一体なんだろうか?
「なんでしょうか、その重大発表とは?」
相変わらずカシュパルは物怖じせず、この艦長にずけずけと尋ねる。こういう積極さが彼のいいところでもあり、また、欠点でもあるのだが……で、ヴィチェスラフ艦長は、そのカシュパルに応えるようにこう告げた。
「地球513で、政権交代が起きた。その結果、我々は連合側の星となることが決定した。」




