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#17 手品

「というわけだ、このホテルから立ち退いてもらうぜ。」

「ちょ、ちょっと待っとくれよ!お客さんがいるんだよ!?」

「んなこと知るか!さっさと出て行きやがれ、このババア!」


ガリナさんは3人のうちの、リーダー格らしき男に腕を掴まれて、路上に放り投げられる。それを見たカシュパルが、その男らに突っかかる。


「ちょっと!あんたら何やってんのさ!?」

「……誰だ、てめえは!?」

「このホテルの宿泊客だ!さっきから、何を争っているんだ!?」

「見りゃあ分かるだろ。こいつが借金を返さねえから、このホテルをいただくんだよ。」

「はあ!?それじゃあ俺たちは、どうなるんだ!」

「んなこと、わしらには知ったこっちゃないんだよなぁ。悪いが、他を当たってくれ。」


無茶苦茶な話だな。この男、我々のことなど、まるで意に介さないようだ。それを聞いたカシュパルは、さらに突っかかろうと前に出る。が、そのカシュパルを押し除けてさらに前に歩み出た者がいる。

オーレリアだ。


「ちょっと!無茶苦茶なこと言ってくれるじゃないの!」

「はぁ!?なんだこのチビ!」

「私もここの客よ!あんたらさ、私らそっちのけで、何勝手に話進めてんのよ!」

「こいつは借金してて、わしらは借金取りだ。借金を返さねえから、代わりにこのホテルを寄越せと言っている。お前らの入り込む余地なんて、どこにあるってんだ?」

「何よ!じゃあ私ら、今夜からどこで寝ればいいのよ!

「知るか、そんなこと。とにかくだ、おめえみてえなチビすら入り込む余地はねえんだって。荷物まとめて、とっとと出ていきやがれ、おチビさんよ。」

「何ですってぇ!?」


この男、オーレリアに向かってチビだチビだと言い過ぎだ。本人も密かに気にしているというのに……おかげでオーレリアのやつ、すっかり逆上してしまった。

そして、ロビーになぜか置かれている、にこやかな笑顔を振りまいている太っちょの男の銅像に手をついた。


あ……やばい……オーレリアよ、ちょっと待て。ダメだ、ここでそれやっちゃ、絶対にダメだ。

だが、僕が制止するまもなく、オーレリアはそれを持ち上げてしまった。バリバリと音を立てて、銅像は床から剥がされ、宙に持ち上がる。オーレリアに抱えられた、にこやかな笑顔の太っちょ男のその銅像が、リーダー格の男の前に振り上げられる。


「ひえええぇ!なんじゃこらっ!」


それを見た3人の男らは、血相を変えてオーレリアの持ち上げた銅像を見上げる。怒りのあまり、我を忘れて持ち上げてしまったオーレリアは、そのまま勢いに任せて、銅像を男らの一人の前に振り下ろす。ズシンと音を響かせて、男の足元に落ちる、重さ数百キロはあろうかと思われるその銅像。かなりの衝撃が、床から伝わってくる。その衝撃に恐怖した男は、血相を変えて逃げ出す。


「ひ……ひえええぇ!」


残りの2人も、揃って逃げる。後に残ったのはカシュパルと僕、オーレリア、そしてガリナさん。

さて、こうして一つの難は去ったのだが、本当の難は、これからだ。

そう、ガリナさんの対応一つで、我々の運命が決まる。

オーレリアもここに至って、さすがにまずいと思ったようで、顔が引きつっている。しまったと思っているのだろうが、もはや後の祭。だが、オーレリアが妙なことをいい始める。


「て……手品よ!」

「手品……?」

「そう!手品なのよ!こんなこともあろうかと、あらかじめタネを仕掛けておいたのよ!」


いくら何でも、無茶苦茶な言い訳だ。さすがのガリナさんも、オーレリアの言い分を飲み込めていない様子だ。困ったな……どうやってごまかそうか?

が、ガリナさんがオーレリアのこの苦しい言い訳に応える。


「……あ、そうなんだ。そうだよねぇ、確かに、手品でもなきゃああんな銅像、持ち上がるわけないわねぇ。いやあ、オーレリアさん、あんたのおかげで助かったよ。」

「え、ええ……」

「にしても、いつのまにあんな大掛かりなタネ、仕込んでだんかね?ちっとも気づかなかったわ。あ、そうそう、この銅像は若い頃のあたいのおとっつぁんなんだよ。どうだい、いい男だろ?」


……まさかとは思うが、通じたのか?あの言い訳が。信じられないが、ガリナさんは納得しているように見える。オーレリアが持ち上げたあの銅像をバンバン叩きながら、上機嫌に話す。


「ま、まあ、それはともかく、あの男らは借金取りのようだったけど、あの様子じゃあ、またくるだろうな。」

「ああ、そりゃあまた来るだろうさねぇ。諦めるとは思えないさねぇ。しっかし、困ったもんだよ……」


カシュパルが、ちょっと強引気味に話題を逸らす。しかし、ガサツながら明るい性格のあのガリナさんが、この件は本当に参っているようだ。


「ところでガリナさん。ホテルをよこせだなんて、そんなに多額の借金をしたんですか?」

「いや……せいぜい1000ユニバーサルドルさね。元は。」

「たかが1000ユニバーサルドルのために、このホテルをよこせといっているんですか?」

「そうだよ。だけど、やつらが言うには、利子が積み重なって、今や2万ユニバーサルドルだっていうんだがね。」

「はぁ!?1000ドルが、2万ドルに!?そんなに昔の借金なんですか!」

「まさか。借りたのは半年ほど前ってことだぁね。どうやら、おとっつあんが知らない間に仕入れのために借りたらしいって聞いてるけどさ。はっきりしないんだよ、これが。」


なんだって?たった半年で借金が20倍に?どう考えても違法な利子だ。しかも、ガリナさん本人の預かり知らない話だという。


「それじゃあ、その旦那さんはなんて?」

「さあねぇ……だいたい、おとっつぁんはかれこれ半年近く、遠くの星に出掛けたっきり帰ってこなくてさぁ。」

「……大丈夫なんですか、旦那さんは?まさか、消息不明に……」

「いんや、生きてはいるさね。つい昨日、メールが届いた。なんでも、3700光年離れた地球(アース)075にやっと着いたっていってたからさ。」

「さ、3700光年……そりゃまた随分と、遠くに出かけたものですねぇ。」

「ほんとにあの人には困ったもんだよ。こっちはえらいことになってるっていうのにさぁ。はようさっさと帰ってこんかねって、返事したところさね。」


自由奔放な旦那さんのようだ。ちなみに、その旦那さんは借金をしたかどうかはっきりしないといっているらしい。出かける直前の半年前に、何かにサインをしちゃったらしいが……しかもこのホテルが、その借金のカタに……なんていい加減な。


「ともかくだ。おそらく曖昧なまま、借金を抱えたことにされている可能性のほうが高いな。本人もいないとなれば、なおのこと厄介だ。多分相手は、この手の違法な取り立てに慣れているんだろう。最初からこのホテルを狙っているに違いない。でなきゃそんな無茶苦茶な話、するわけがない。」

「で、でも、カシュパルよ、どうすりゃいいのさ?」

「大丈夫だ。手はある。俺に任せろ。」


カシュパルのやつ、なんだか自信満々だな。ともかく、今度あの男らが現れたら、カシュパルが相手をすることで決まった。

が、懸案は残る。


「カシュパルよ……一つ、気がかりなことがあるんだが。」

「なんだ?」

「さっきの男らのことだよ。ガリナさんは何とかごまかせたけど、オーレリアのあの力を見たさっきの3人が、通報しないかって気になってさ……」

「ああ、それは大丈夫だろう。」

「どうして、そう言い切れる?」

「半年で借金を20倍に膨らませるような違法な連中が、この星の政府に通報できるとは思えない。ほっといても問題はないだろうな。」

「そ、そうなのか?」

「むしろ、問題はガリナさんだ。彼女がオーレリアのことを魔女だと気づけば厄介なことになる。なんとかここは借金取りのほうに目を向けさせて、オーレリアから彼女の目を逸らすんだ。」

「あ、ああ……分かった。」


こうなったらもう、カシュパルに頼るしかない。前回の地球(アース)513脱出でも、カシュパルのおかげでどうにか切り抜けられた。今回もそうするしかない。

しかし、だ。つくづく僕らは運がない。なんだってまた、こんなトラブルに巻き込まれるのやら……


「どうなっちゃうんだろう……また、この星からも追っかけられるのかな……」


その夜、ベッドの中で不安そうに語るオーレリア。やはり少しカッとしすぎたと、今は後悔しているようだ。


「大丈夫だよ。カシュパルが、何とかするといっている。だから、大丈夫だ。」

「うん……」


とはいえ、彼女はその夜、不安であまり眠れなかったようだ。

そして、翌朝。


「おい!ババアめ、出てきやがれ!」


朝っぱらから昨日の借金取りが再びやってきた。今度は警戒して、10人以上いる。僕らは恐る恐る、ロビーへと向かう。

すでにカシュパルが、彼らと対峙していた。


「やあ、朝からご苦労様。」

「なんでぇ、昨日の客じゃねえか。おめえらは関係ねえから、さっさとここから去りな。」

「そうは行かない。我々も今や、当事者だ。」

「どういうことだ!?」

「どうもこうもない。このホテルと我々は、取引関係にある。」

「なんでぇ……そこまでして巻き込まれてえのか?仕方ねぇ、それじゃお前らもまとめて始末して……」

「おっと待った!昨日の手品の、餌食になりたいのか?」

「て……手品ぁ?」

「見ただろう、この銅像が浮き上がるところを。」

「な、なんでぇ!あれは手品だっていうのかい!」

「ああ、そうだ。」


カシュパルのやつ、オーレリアのあの設定をそのままこの借金取りにも伝えてしまった。しかし、そんなことをやつらに言ってどうするつもりだ?だが、カシュパルはこんなことを言い出す。


「だがな、あの手品はな、実はある合図なんだよ。」

「合図ぅ!?何の、誰に向けての合図だっていうんだ!」

「軍だよ。」


カシュパルの一言に、一瞬空気が凍ったように静まり返る。カシュパルのこの言葉の意味が僕には飲み込めていないが、借金取りが凍りついてしまった理由の方が、もっと分からない。


「……ぐ、軍が、どうしたっていうんだ!」

「分からないかなぁ、要するに俺ら、軍と繋がってるってことさ。」

「な、なんだってぇ!?」

「あの銅像を振り落とした際に発する衝撃は、俺らに危機が迫っていることの合図なんだ。それをセンサー察知した軍が、一斉にこのホテルに押し寄せることになっている。」

「だ、だけどよ!昨日はそんなもの、こなかったじゃねえかよ!」

「そりゃあそうだ、お前ら、すぐに逃げちまったからな。引き止めるのに苦労したぜ。だが、今日はそうはいかない。こんなこともあろうかと、予め近くに配置してもらってるんだ。」


ひでえハッタリだな。確かに僕らは、軍とつながっているのは事実だ。が、それは連盟ではなく、連合の方だ。ここにそんな都合のいい軍隊など、いない。

しかも、オーレリアの「手品」を合図にしているだなんて、そんなわけがない。ばれたら即、終わりだ。だが、カシュパルのやつ、冷や汗一つかかずに彼らを恫喝する。


「なんなら、試してみてもいいんだぜ、彼女がこの銅像を持ち上げれば、それだけでお前らは終わりだ。大っぴらに違法な借金取りたてをしているような連中に、軍が容赦するとは思えない。」

「な、なんだってぇ!?」

「だが、軍がここに突入するのは、正直困る。俺らはここを拠点に、ある特務をこなしているんだが、あまり大っぴらに騒がれては、拠点を変えなきゃならない。」

「なんでぇ、その特務ってのは?」

「連合側への、スパイだよ。」


また、大きく出たものだ。確かに、連合側へ乗り込んでるのは事実だが、別にスパイをするためじゃないだろう。が、僕らは今、口を挟む訳にはいかない。カシュパルに全て、任せるしかない。


「ここで俺らは、その情報を軍に提供するためにここに待機しているんだ。そんなところに借金取りが現れて、このホテルを接収すると言い出せば、当然、軍も動かざるを得ない。お前らが全滅しようが知ったことではないが、俺らは再び拠点探しをしなきゃならない。それはそれで、大変な手間だ。だから一つ、提案がある。」

「て……提案?」

「そうだ。その1000ドルの借金、半年で法定限度の14パーセントの利子なら、1070ドルになるはずだ。その金額で、お前らは手を引いてくれないか。さすればお前らは全滅せずに済み、俺らも手間が省ける。いい妥協案だと思うが、どうだ?」


10人もの男らが、このひ弱そうな男を前にいいように丸め込まれている。昨日のオーレリアのあの魔力を「手品」だと言い切った上に、そんな設定すら利用して、彼らの選択肢を狭めている。

だが、ちょっと考えればこんな話、無茶苦茶だと気づきそうなものだが、よほど頭が弱いのか、すっかりカシュパルのペースに乗せられた。そして、リーダー格の男は、カシュパルの提案を受ける。


「わ、分かった……その提案、受け入れてやろう……」


そしてその男は、証文を差し出してきた。カシュパルは、電子マネーを差し出す。別の男が持ち込んだ読み取り機で、1070ドルが支払われる。それを見届けたリーダー格は、カシュパルに証文を手渡す。


「……確かに頂いた。これで、取引は終わりだ。これ以上、俺らに関わると、いいことはないぞ。」


最後までカシュパルはハッタリを続ける。その一言を聞いた男どもは、足早にその場を去っていった……


「……まさかあんたら、連盟軍の手先だったなんて……」


このカシュパルの迫真のハッタリを真に受けたのは、あの借金取りの連中だけではない。ガリナさんもだ。だが、カシュパルは応える。


「は?僕らは何も、連盟軍の手先だなんて、一言も言ってませんよ?」

「えっ!?でも、さっき……」

「ご想像にお任せしますよ。まあ、全くの嘘ではないですけどね。」


それを明確に否定しないカシュパル。この意味深なカシュパルの振る舞いは、多分、オーレリアを通報されないための予防線でもあるのだろう。しかし、大事な取引相手の母親を警戒させてばかりというのもあまり得策ではない。だからカシュパルは、意味深な態度にとどめた。

そして、その日の夕食は、昨日よりも豪華なものになった。


「いやあ、まさかあんたらに助けられるなんて、思わんかったがね!あの連中にはほとほと手を焼いてたから、正直あたいもスーッとしたよ!」


なんだか随分と喜んでいるな、ガリナさん。この調子なら、オーレリアの件は大丈夫だろうな。僕らの心配などよそに、あの硬いパンをスープにつけてはガツガツと食べるオーレリア。


「おい、カシュパルよ、よくあの男らを相手に涼しい顔で交渉できたものだ。逆上されるとか、考えなかったのか?」

「は?そんな肝っ玉のある連中じゃないだろう。大体、あれだけの人数で押し寄せるような奴らだ。一人一人は弱い。だから、手玉にとってやったのさ。軍をちらつかせれば、嫌でも退かざるを得ない。そこに小額ながら借金が返ってくる選択肢を与えてやりゃあ、相手は必ず、マシな選択をするだろうよ。」

「ま、まあ、そうだけど……」


相変わらず、こいつは豪胆だ。僕にはとても真似はできない。


だが、おかげでこのホテルも、床が一部破損したこと以外は、特に所有者も変わることなく営業を続けている。知らなかったが、意外とこのホテルは、宿泊客が多い。休日になった途端、たくさんのお客さんが押し寄せてきた。

そんなホテルで、僕らは残りの日々を平穏無事に過ごす。オーレリアと僕は、街に散策に出かけ、一方カシュパルはどこかに出かけている。どうやら、あのマユグモの飼育場に出向いているらしい。商魂たくましいことだ。


そして、僕らがこの星に来て、3週間が経った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、まぁ全くの嘘は言ってないよな(白目) 軍が容赦しないのはカシュパル達のほうだけど。 カシュパルのことだから、万一軍にばれた時は、"あいつらも俺達の仲魔"といって道連れにしそうな…
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