#15 交易
見たところ、20代後半ほどの人物だ。浅黒い皮膚のその男が、カシュパルに声を掛ける。
「俺っちを呼んだのは、お前さんか?」
なんだか、ちょっとぶっきらぼうなやつが現れた。だがカシュパルは、構わず応える。
「ああ、そうだ。」
「で、俺っちにどんなご用件だい?」
「お前、交易商人だろう?だから、交易に関する仕事を頼みたい。具体的には、地球513からここまで、あるものを買い付けてもらいたい。」
「あるもの?なんだそれは。」
「ああ、モラヴィアン・グラスだ。」
「モラヴィアン・グラス?聞いたことねえな。」
「そりゃそうだ。地球513のモラヴィア帝国の帝都バルドゥヴィザの特産品だ。地元の人間でもなきゃあ、知るわけがない。」
「そうなのか……で、それをどこまで運べばいいんだ?」
「ああ、ポヴァチェスカ宇宙港まででいい。そこで、俺らの船に載せ替える。」
「俺らの船って……お前さんも、交易商人なのかい?」
「ああ、そうだ。」
「それじゃあ、お前さんが直接買い付けりゃあいいじゃねえか?なんだってわざわざ、こんな寂れた交易商人なんぞに依頼するんだい?」
「そりゃあお前、俺らは地球513に行けないからだ。」
カシュパルのやつ、いきなり馬鹿正直に自らの内情を明かしやがった。僕は、背中に変な汗が流れるのを感じる。
「……お前さんら、連盟の人間だよな?」
「ああ、そうだ。」
「だったらなぜ、連盟の星である地球513に行けねえんだよ?」
「そりゃあお前、指名手配されているからだ。」
「手配!?って、お前さんら、何かやらかしたのか!?」
「まあな。」
「……おい、そんなやべえ奴と、俺っちが取引すると思うのか?」
「そうだな。普通は信用するわけないよな。」
「ああ。普通に考えて、そうだろうよ。」
「だから、前金で頼みたい。20万ユニバーサルドルで、どうだ?」
「に、20万!?」
金額を聞いたその男は、思わず叫ぶ。オーレリアのところにパンとスープを運んできた、あのガリナとかいうおばちゃんも一瞬、動きが止まる。
「……おい、そのモラヴィアン・グラスっていう品は、とんでもねえ高級品なのかい?」
「いや、ごく普通のガラス製品だ。だがそいつは、地球760ではとんでもねえ値段で売れる。」
「地球760って……連合の星じゃねえか!お前ら、どうしてその星に!?」
「聞きたいか?」
「当たり前だ!長らく交易商人やってるけど、交易ルートも確立してねぇ連合の星に行く奴は、今まで聞いたことがねえ!」
男は、カシュパルに食ってかかる。カシュパルは籠からパンを一つ取り、それをちぎってスープにつけ、口に運びながら話出す。
「それじゃあ、聞かせてやろう。俺の考えた、壮大な夢ってやつを。」
「夢?何だお前さん、連合の星に行くことが夢だというのか?」
「いいや、違うな。俺の夢というのはそんなもんじゃねえ。まずは、連合と連盟の間に交易路を開く。」
「……なんだ、それは。そんなことして、どうなるんだよ?」
「ああ、それで俺は、この戦争を終わらせようと思ってるんだ。」
「せ、戦争を!?おい、戦争って……どの戦争のことだ!?」
「決まってるだろう、連盟と連合の、200年続くこの戦争を、だ。」
そしてカシュパルは、あの「持ちつ持たれつ論」を語り出す。突然、場末のホテルの地下食堂で、この宇宙の将来を揺るがすほどの構想、いや、妄想談話が始まる。それを熱心に聞き入る、その交易商人の男。
「……なるほどねぇ。言いたいことは分かったぜ。しっかし、そりゃお前さん、地球513からマークされちまうわけだ。」
「だろう?だが、今さら引けねえ。そこであんたに、そのモラヴィアン・グラスを買い付けて欲しいってわけだ。」
「まあ、なんだ。連盟と連合の話は突拍子もなさ過ぎてよく分からないが、まだ分かる。だが、どうしてそこでモラヴィアン・グラスなんだ?」
「そりゃもちろん、売れるからだ。」
「売れる?ガラス工芸品がか?」
「ああ、さっきも言ったが、何だか知らないがこれが売れるんだ。飛ぶように売れるから、俺の構想実現にうってつけな品なんだ。だから、これだけの金を出すと言っている。」
「ふうん……不思議な話だなぁ……」
その男は、カシュパルの話を疑う。まさか、あれが軍事上重要な物資になりうるなどと話すわけにはいかない。カシュパルも、その部分は誤魔化すしかなかった。だがこの場末ホテルの交易商人は、カシュパルの話に同意する。
「まあいいや、商品なんて、何が当たるかわかったものじゃねぇからな。こっちとしては、願ってもねぇ話だし、その話、乗るわ。んじゃ改めて……俺っちの名は、ゾルターン。」
「俺の名は、カシュパル。そっちにいるのはハヴェルで、その横にいるちっちゃいお嬢ちゃんは、地球760から連れてきたオーレリアって言う者だ。」
「なんだ、このお嬢さん、連合の人間だったのか。さすが、手配されるだけの事はあらぁな。ここに連合の人間を連れて来ちまうとはな。で、俺っちはどうすりゃいい?」
「ああ、それじゃあ早速、地球513のバルトゥヴィザにある、帝都モラヴィアン・グラス振興協会ってところの工房に行って欲しいんだ。そこにいる親方に俺達の名前を出せば、すぐに分かってくれるはずだ。それで……」
早速、商談に入るカシュパル。それにしてもこいつ、一日中歩いていてよく疲れないものだな。元気なものだ。疲れ切って頭が働かない僕は、ただカシュパルの話をボーッと聞いていた。オーレリアはと言えば……まだ、食べている。
「それじゃあ、ざっと3週間ほど、ここにいてくれ。その間にそのモラヴィアン・グラスってのを、買い付けてやらあな。」
「分かった。その間、俺らはここで待つことにするよ。」
げっ……このホテルに、3週間も泊まるのか?商談はまとまったようだが、おかげで僕らはこの場末ホテルにとどまることが確定してしまう。
「じゃあ、俺っちは明日早朝に出発する。汚ねえところだが、ゆっくりしていってくれや。」
「おい、ゾルターン!汚いってのは余計だよ!」
「おっかさん、何言ってやがる。実際に汚ねえじゃねえか。」
罵り合う2人。そしてゾルターンという男は食堂を去り、僕ら3人と、ガリナさんだけが取り残される。
「まったく、あのバカ息子。おとなしくこのホテルを継いでくれりゃあよかったのに、なんだって交易なんてやってるんだか……」
「えっ!?あの人、あんたの息子なの!?」
「そうだよ。親離れしないくせに、ホテルは継がねえっていうから、あたいがこうして切り盛りしてんだよ。」
「そ、そうだったんだ……」
なぜ、ホテルと交易業者が同じ建物内にあるのかと思ったが、親子と聞けば納得だ。そして僕らは、あのゾルターンの話をガリナさんから聞く。
どうやら交易商人は、ガリナさんの旦那さんが始めたらしい。その交易の商談をさばくため、このホテルのロビーが使われていたらしい。ロビーにあるあの看板は、その商談のための連絡板とのことだ。なお、ガリナさんの旦那さんは今、長い間、交易に出かけているという。
意外に大きな交易商人のようで、3隻の船を持っている。主に地球513とこの星との間を行き来し、民間品の買い付けをやっているようだ。
だが、あのゾルターンという男には、あまり商談はやってこない。やはりというか、実績がものを言うこの業界で、父親ほどの知名度もないあの若造に仕事を任せたいという人がなかなか現れないようだ。
「へぇ~、それじゃあ旦那さんは今も、宇宙を飛び回ってるの!?」
「そうだよ。このホテルのこと、放ったらかしでね。正直言って、ホテルとしてはあまり客が来なくてねぇ。どっちかっていうと、交易がメインのところさ。でもまあそれでもホテル目当てに客は来るから、あたいが1人でどうにか支えてるのよ。」
「ふうん、そうなんだ。」
そういう話を聞くと、なんだかこのホテルにも少し、愛着のようなものを感じる。こうしてその夜は更けて、僕らは部屋へと向かう。
で、てっきり僕は、カシュパルと同じ部屋に寝るものだと思っていた。が……
「それじゃハヴェルト、また明日。」
と言ってカシュパルのやつ、さっさと1人部屋に入り、鍵をかけてしまった。僕は、通路に取り残される。
その横で、あの悪戯そうにほくそ笑む赤い瞳の魔女が、僕をじっと見つめている。仕方なく僕は、その魔女と同じ部屋に入るしかない。
まあしかし、考えてみればここにくるまでの2週間、この調子でずっと過ごしてきたわけだし、今さら何を躊躇う必要があろうか?
それにこれから3週間は、ただゾルターンさんの船の帰りを待つだけの平和な日々が続くはず。これくらいの刺激がないと、とてもやっていられないかも知れないな。
……などと、この時の僕は思っていた。
だがこの時は、その3週間が平穏無事で済まない日々になることなど、知るよしもなかったのだが。




