#14 地球(アース)491へ
「前進微速、ヨーソロー!」
カシュパルの声が、ボヤッと聞こえてくる。眠い……明らかに、寝不足だ。
それもこれも、オーレリアのやつが悪い。
あの公園を出た後の夕食後、僕とオーレリアはホテルに戻る。そして本当にオーレリアのやつ、本当に僕の部屋に押しかけてきた。そのまま、僕の部屋でシャワーを浴び、寝間着に着替えて、部屋に一つしかないベッドに入ってくる。そして僕の目の前で、あの2つの赤い瞳でニヤニヤと見つめるオーレリア。で、僕の右手を胸に押し当てる。それどころか、僕の懐に身体を寄せてくる。もはやこれは、挑発だ。
が、そのままオーレリアは、寝てしまった。ぐうすかといびきを立てて、僕の目の前で寝入ってしまう。
しかしこの状況、男の僕としては生殺し状態だ。おい、オーレリアよ、このまま僕は一体、どうしろと?
そんな日々が、この後3日も続く。おかげでこの3日間、僕はあまり眠ることができなかった……
「おい、大丈夫か?」
カシュパルが、心配そうに僕に言う。
「あ、ああ、大丈夫だ。」
「何が大丈夫、だ。昨夜もオーレリアと一緒に、寝てたくせに。」
そう、この件はカシュパルにもバレている。もっとも、地球513の僕の部屋にオーレリアを泊めるよう勧めたやつだ。今さら気にするわけでもなさそうだが。
さて、僕らは一路、このホウキ座γ星の宙域から連盟側のある星へと向かうことになった。地球491だ。
そこはこの地球760から、地球513の次に近い連盟側の星。距離は約500光年。およそ2週間の行程だ。ただし、地球513を経由すればもう少し早く着くのだが、今の我々の状況では迂回せざるを得ない。やれやれ、故郷の星を迂回しなきゃならないだなんて、僕らはつくづくツイてない。
戦艦ヴェルニーナが、離れていく。モニターに映る全長4300メートルの巨艦は、もう星屑ほどの大きさにまで離れてしまった。そして僕らは今、最初のワープポイントに向かっている。
といっても、そこまでが3日の行程だ。この暗い恒星系の真っ只中を、ただひたすら進む。
「よし、巡航速度に乗った。これでしばらくは、することがないな。」
カシュパルが航路図を見ながら僕らに言う。それを聞いたオーレリアは、早速厨房の方に入っていった。また何か、食べるつもりか……
「なあ、カシュパルよ。」
「なんだ。」
「少し、自室に戻っていていいか?」
「仕方ないなぁ……じゃあ、5時間で交代だぞ。」
「ああ、頼む……」
そう言い残すと、僕は奥の自室に籠る。そして、小さなベッドの上に寝そべると、あっという間に、睡魔が僕を安眠の世界へと誘ってくれた。ああ、久しぶりに1人で、ゆっくり寝られる……
それから、何時間経っただろうか?僕は、目を覚ます。
真っ暗な部屋の中で、僕は目を開ける。
もう、約束の5時間は経っただろうか?僕はゆっくりと身体を起こす。が、妙に重い。何かが、僕の身体にまとわりついているようだ。変だな、シーツがこれほど重いわけはないのだが……
が、その重さの正体はすぐに分かる。赤い2つの瞳が、僕の目の前に現れる。
「うわっ!?」
思わず僕は、声を上げる。そこにいたのは、オーレリアだ。それも一糸纏わぬ姿で、この狭いベッドの中にいる。
「ねえ、どうしたの?」
この暗がりでも、あの悪戯そうな目の表情が分かる。
「い、いや、どうもこうも……な、何だってそんな格好を……」
「やだなぁ、私を弄んでおいて、言うことはそれだけ?」
僕はハッとして、自分の身体を確認する。僕の寝間着は、脱がされた形跡もなさそうだ。1人でベッドに入った時そのままだ。くそっ、オーレリアめ、僕のことをまたからかっているな。
「あの、オーレリアさ……」
「あはははっ!さ、そろそろ座席に戻ろうか。」
するりとベッドを降りると、僕の前で着替え始めるオーレリア。背中越しに見える滑らかなボディーラインは、背丈の小さな彼女が大人の女性であることを強く主張している。それを見た僕は、思わず耳たぶの辺りまで熱くなるのを感じている。
うう……近頃、からかい方が少し過激じゃないか?まさかこの調子で、2週間の航海を続けることになるんじゃあるまいな。薄ら目の赤い瞳で僕を見つめながら、不敵な笑みを浮かべるオーレリア。こいつめ、絶対楽しんでやがるな。
で、部屋を出て操縦席に戻る。そこではカシュパルのやつが寝そべっていた。
「なんだ、ハヴェルトよ。やっと起きたのか……もうあれから8時間経ったぞ。随分と、お楽しみだったな。」
うう、何にもしてないのに……この調子で僕は、生殺しのまま誤解され続けるんだろうか?
しかし、それからもオーレリアのやつはこの調子で、毎日のように僕の部屋に押しかけては、僕のベッドに潜り込む。おかげで僕は、休まる時がない。
が、そのうち僕は、ベッドの中で彼女とはいろいろな話をするようになる。僕の家族のこと、カシュパルと一緒に交易商になろうと考え、船を手に入れるまで勤めた会社での出来事など、いろいろだ。
すると、今度はオーレリアが自分の家族の話をする。そこで僕は彼女の父親が交易商人だと知る。なるほど、だからオーレリアのやつ、交易船に乗り込んできたのか。
それまで僕は、ただのからかい好きな悪戯魔女としか見ていなかった気がする。だが、この2週間の航海で僕は、彼女の深層にある内面の一部を、垣間見たような気がする。
そして僕は、徐々に彼女に惹かれていくわけだが……からかいさえしなければ、もう少し僕も、本気になれるんだけどなぁ。
こんな調子の日々が、2週間続いた。
ついに目の前に、地球491が現れる。
ここまでのところ、臨検はない。この星の駆逐艦や監査艇らしき船に何度も遭遇したが、まったくスルーだ。そりゃまあ、こっちはなんの変哲もないごく普通の地球513の船舶だからな。あちらの星で手配されていることを除けば、だが。
もっとも、ここで何の咎めもないということは、地球491までは手配が及んでいないということだろう。
「まもなく地球491、大気圏突入、準備だ!」
カシュパルが叫ぶ。僕は操縦桿を引きながら、大気圏突入用に耐熱空間シールドを展開する。軍用のバリアシステムと比べると頼りないが、3000度程度のプラズマ流くらいなら防げる。それを使って僕らは、この地球491の大気圏の内側に突入する。
「ところで、カシュパルよ。」
「なんだ、ハヴェルト。」
「これからどこに向かうんだ?」
「そうだな……あまり考えていないけど、この星から発信される情報によれば、この近くにポヴァチェスカという大きな街があるらしい。そこに行くか。」
無計画だなぁ、カシュパルのやつめ。もっとも、僕らがこの星にくるのは初めてだ。どこにどんな街があるだなんて、知る由もない。近くの宇宙港から送られてくるビーコンの中に紛れ込んだ情報を頼りに、探す他はない。
が、そのポヴァチェスカという都市はかなりの交易都市のようだ。ビーコン内から得られた情報によれば、この地球491で3番目の都市で、軍需と織物の街だと書かれていた。言われてみればこの周辺は、赤褐色の駆逐艦が頻繁に行き来している。大きな軍港がある証拠だ。
別にやましいことがあるわけではないが、軍港のそばというのはあまり気分の良いものではないなぁ……このところ、軍船に追われてばかりだからだろうか?その赤褐色の艦艇の後を追うように、僕らの船もその見知らぬ街、ポヴァチェスカへと向かう。
『地球513の船籍ナンバー79875323、登録名、ヘルヴィナ号へ。こちらポヴァチェスカ宇宙港管制塔、応答せよ。』
「こちらヘルヴィナ号、貴港へ入港する。許可承認を乞う。」
『こちらポヴァチェスカ宇宙港管制塔、入港申請を受理した。しばらく待機せよ。』
そしてしばらくすると、ポヴァチェスカ港から返信が来る。
『ポヴァチェスカ宇宙港管制塔からヘルヴィナ号へ。入港許可、了承。高度1500で進入し、第26番駐機場へ着陸せよ。』
「こちらヘルヴィナ号、了解。」
ついに僕らは連盟の星、地球491の地に足を踏み入れることになる。同じ連盟ながら、僕はここに来るのは初めてだ。
「うわぁ、地上よ!やっと地上に降りられる!」
窓の外を見てはしゃいでいるのは、オーレリアだ。2週間ぶりの大気圏内で、緑と茶色の大地にオーレリアは心躍らせる。そして僕らはポヴァチェスカ港の26番駐機場へと向かう。
しばらく森や砂漠の大地が続くが、ポヴァチェスカの港の手前から多数のビル群が現れる。300メートル級のビルがひしめく市街地が眼下に広がる。その向こうに、宇宙港が見えてきた。
軍港の街というだけあって、多数の駆逐艦が投錨している。その傍に、小さな船が並ぶ駐機場が見えてきた。
「高度120……100……80……60……」
指定駐機場の上空に差し掛かり、高度を下げる。徐々に近づく港の地面、レバーを握るカシュパルの横で、地上の様子を見下ろすオーレリア。そして僕らは、ついに着地する。
実に、2週間ぶりの地面だ。
そこで僕らは大いに歓喜し、地上との再会を喜ぶ。そして僕らはポヴァチェスカの街へと第一歩を踏み出す……と、そう簡単にはいかなかった。やはりというか、オーレリアを検査官がぐるりと取り囲む。
「どういうことだ!なぜ、連合の星の人間がここにいる!?」
ああ、すっかり忘れいていたが、オーレリアはここでは敵陣営の星の人間だった。この2週間の旅で、その辺りがまったく頭の片隅から抜けていた。
「あの……連合の民間人が、ここにいちゃいけないんですか?」
「当たり前だ!」
「当たり前って……あの、どういった法律や条約に基づいて、そうだと言い切れるんです?」
「そりゃあお前、ええと……」
検査官相手に、カシュパルが詰め寄る。まあ、当然のことだが、この星にも連合側の民間人の入港を禁じる法律はない。戦時条約も、そのことを禁止していない。その法律の穴を頼りに、カシュパルが言葉巧みに検査官らを説得する。
で、オーレリアの入港は渋々ながら認められる。だが、やはりというか、続いてこんな質問が検査官から飛び出す。
「あの……地球760から来たってことはまさか……魔女じゃないですよね?」
もちろん、この問いには全否定しておいた。しかしこんな質問が飛び出したこと自体、この星でも油断できないと、僕らは改めて認識させられる。
こうして1時間ほどすったもんだした挙句に、どうにかその場を切り抜ける。切り抜けてしまえばこの星も、地球513と同様に、ガードが緩くなる。宇宙港を出ても、オーレリアの後をつける者は見当たらない。
「あーあ、お腹すいた!」
長時間、ここの役人どもに責められ続けたオーレリアのお腹は、すっかり空っぽのようだ。あの大型船の燃料タンク並みの容量があろうかというオーレリアの胃袋を満たすべく、僕らは街へと出た。
ところでこのポヴァチェスカの街というのは、思いの外大きい。人口は1000万人を超えており、宇宙港の周辺は高層ビルが立ち並ぶ。
僕らにとっても、こんな大都会に来たのは初めてだ。思えば、僕らのいた帝都バルドゥヴィザでさえ、人口は400万人程度。オーレリアの住むモンテルイユの街に至っては、200万人にも満たない。
さすがはこの地球491で3番目の街というだけある。広い道沿いにずらりと立ち並ぶ300メートルもの高層ビル群に吸い込まれるように、僕らは進む。
そして、その街にあるとある食堂に入り、遅い昼食をとる。
「ん~!んまい!」
さっきまで検査官に囲まれて不機嫌だったオーレリアは、食事を前にして上機嫌だ。さっきから、やたら硬いパンばかりを注文し、それをスープにつけて食べている。その量はすでに、僕らの2倍を越えようとしている。
「……で、カシュパルよ。これからどうする?」
「そうだなぁ……」
「なんだよ、何か妙案はないのか?」
「あるわけないだろう。いつも、行き当たりばったりなんだからさ。」
大言壮語を吐くわりに、こいつはいつも無計画だ。本当に、大丈夫だろうか?
当然だが、この星にモラヴィアン・グラスを扱う店などあるわけもなく、どこかの交易商人に依頼して買い付けるしかない。だが、僕らの話を聞いてくれる業者など、あるだろうか?
しかもその業者が、僕らが地球513に入れない身の上と知ったらどう思うだろうか?しかもそのガラスの輸送先は、連合の星の一つだ。疑われない要素なんてありゃしない。これじゃあ、この星でもまたお尋ね者になりかねないな。それを思うと、僕の胃がズキズキと痛む。
「まあ、何とかなるだろう。食事が終わったら早速、行動開始だ。」
と、カシュパルはオムライスを頬張りながら、ぼそっと呟くように言う。相変わらず楽観的だなぁ、こいつは。
食後、この1000万都市を巡る3人。だが当然、この星の商人に知り合いなど居ようはずもない。ビルにある看板を見ながら歩き、それらしい業者のいそうなところを探す他ない。
「おい、カシュパル。あれ、交易業者っぽくないか?」
「ああ、そうだな。」
「じゃあ、早速……」
「待て。あそこはダメだ。」
「えっ!?どうして!?」
「大きすぎる。」
「大きすぎると、どうしてダメなんだ?」
「俺達、地球513から手配を受けてること、忘れたか?そんな連中を、あんな大きな交易業者が相手にしてくれるはずなんてないだろう。」
「ええーっ!?って、それじゃ、どういう業者に頼むんだよ……」
「知るか。まあ、歩いていけばなんとなく見つかるんじゃないか?」
せっかく街中で見つけた交易業者を、カシュパルのやつがあっさりと却下しやがった。ていうか、この調子で僕らの相手をしてくれる業者なんて、本当に見つかるのか?
「お腹すいたーっ!」
もう日は西に傾き始めていた。高層ビル群を抜け、少し寂れた場所に僕らはたどり着く。オーレリアは空腹を訴え、僕は足の痛みを感じる。気づけば僕ら3人、かなりの距離を歩いたな。
ここは年季の入ったビルが並び、心なしか看板も少ない。人は多いが、活気がない。ついさっきまで歩いていたあの都心部とは大違いだ。
「仕方ない、ここらでホテルを探そう。」
「ホテルって……おい、こんな場所でか?」
「ああ、そうだ。何か問題でも?」
「いや、なんというか、その……」
「こういうところの方が、安いところがあるんだよ。」
「はぁ……」
カシュパルの感性には、ちょっとついていけない。せっかく地球760軍から多額の資金を受け取っているというのに、なんだってここでケチらなきゃいけないんだ?僕は少し、不満に思う。
だが、今さら都心部まで引き返すほどの体力もない。仕方なく僕は、カシュパルに従う。
そして、とある寂れたビルにあるホテルにたどり着く。
「はい、3名様ですね。部屋は……」
「2つだ。」
「はい、それじゃあ2つ、ご用意いたします。」
あまり礼儀が良いとはいえないおばちゃんが、僕らの部屋を手配している。一階はロビー……のはずだが、ソファーひとつない。代わりに、なぜか看板のようなものがたくさん並んでいる。ええと、確か表の看板にはホテルと書いてあったと思うんだが……これのどこがホテル?
鍵を受け取ると、僕らは階段に向かう。エレベーターではなく、階段。そのビルの3階に僕らの部屋があるんだが、階段とは……明日は都心部に向かおう、僕はそう心に決める。
すっかり傷んだ足を引きずりながら、なんとか3階まで上がる。そして荷物を下ろし、今度は地下へと向かう。このホテルの食堂は、地下にあるからだ。
「ん~!んまい!」
相変わらず能天気だなぁ、オーレリアは。硬いパンに肉、薄いスープ、そしてくたびれた野菜。あまり食欲をそそられるとは言い難い物体を、この怪力魔女は次々にその胃袋の放り込んでゆく。
「あら、いい食べっぷりだねぇ。そんなお客さんの嬉しそうな顔を見るの、久しぶりだよ。」
さっきロビーで僕らを受け付けたおばちゃんが現れる。なんとこのおばちゃん、受付だけでなく給仕もやっているようだ。どうなっているんだ、このホテルは?
「ところでおばちゃん。ちょっと聞きたいんだけど。」
と、そこでカシュパルがそのおばちゃんに尋ねる。たくさんのパンが入った籠を置いたおばちゃんは、カシュパルに応える。
「なんだい?」
「あのさ、この辺りで交易をやってる業者って、どこか知らないか?」
このおばちゃんに、それを尋ねるのか、カシュパルよ。だが、そのおばちゃんの応えは、意外なものだった。
「ああ、ここにあるよ。」
「えっ!?ここ!?」
「そうさ。ここはホテルと交易を両方やってるんだよ。」
「ほんとかそれ!?それじゃああんた、交易商人なのか!?」
「まさか。あたいはホテル専門だよ。なんだいあんた、交易商人に用があるのかい?」
「そうだよ。ちょっと、ある仕事を依頼したくてね。」
「そうなのかい?それじゃあ、ちょっと待っとくれ。」
それを聞いたそのおばちゃん、食堂の奥にある電話のところへ行き、受話器を取る。
「おい、ゾルターン!あたいだ、ガリナだよ!あんたに仕事の依頼だ!今すぐ食堂に来な!」
一通り叫んだ後、受話器を叩きつけるように置くそのおばちゃん。そして再び、食堂のキッチンへと戻っていく。
それから10分ほど経つ。すでに食事を終えて、オーレリアがビシャビシャとスープに硬いパンをつけて食べる姿を眺めている僕らの元に、1人の人物が現れた。




