#13 戦艦の街
今、僕は、戦艦ヴェルニーナの中にある街を巡っている。
カシュパルも一緒だったが、やつは何か商売ネタらしきものを見つけたようで、どこかに消えてしまった。
それで僕は今、オーレリアと一緒にこの4階層の街を歩いている。
「ねえねえ、ハヴェルト。あのお店、行かない!?」
オーレリアは上機嫌だ。こんなに狭くて賑やかな場所に来たのは、初めてだからな。気持ちが昂ぶるのはよく分かる。
が、冷静に考えるとこれは、デートだ。年頃の娘に情欲盛んな青年が、並んで肩を寄せ合い歩いている。実態はどうあれ、誰がどう見たって、側から見れば仲睦まじい男女の姿だ。
が、申し訳ないけどこの魔女は、まるでデートの雰囲気がない。
さっきから、行く店全て料理店ばかりだ。すでに2軒。そして3軒目に突入しようとしている。とにかくこの娘は、底無しに食べる。にしても、僕の胃袋で3軒目はきつい。
「あの、オーレリアさ、そろそろ別の店に行かないか?」
「えーっ!いいじゃん、あそこ、美味しそうだよ。」
美味しそうなのは認めよう。だが、僕は胃袋がキャパシティオーバーで、すでにあれを美味そうだととても思えないところまで来ている。食事行為そのものが、もはや拷問としか感じられなくなっているんだ。
やれやれ、困ったものだ……いい加減、食べ物から離れてはくれないだろうか?
結局、オーレリアの食欲には抗えず、僕はその店に入る。ピザ食べ放題の店だったが、僕はドリンクのみを注文する。目の前で、ピザがオーレリアのブラックホール並みの胃袋に吸い込まれていく様子を、僕はただ見守る。
そんなオーレリアとの拷問デートの最中、昨日、あの射撃場でのダニエル中将の言葉を思い出していた。
◇◇
「あの……我々と違って見えるって、どういうことです?」
「このモラヴィアン・グラスは、我々にはただのガラス工芸品にしか見えない。が、先ほどから魔女だけが、あのガラス工芸品に対する反応が違うのが気になる。ミレイユ准尉もマガリー兵曹長も、そしてオーレリア殿も、このガラス工芸品を今まで見たことのないものだと形容している。ということはやはり、我々と魔女とでは、この工芸品の見え方がまったく違うとしか思えない。」
ダニエル中将のこの言葉で、ずっと違和感を感じていた何かを口にする。
「そういえば地球513でも、オーレリアはこのモラヴィアン・グラスに、まるで取り憑かれたように魅入ってました。」
「だって、本当に綺麗なんだもん!って、もしかしてハヴェルトには、そうは見えないって言うの!?」
「確かに綺麗な工芸品だなあとは思うけどさ、でも、ガラスはガラス、そこらのガラスコップよりもちょっと綺麗なものとしか見えないなぁ。」
「そ、そうだったんだ……」
綺麗かどうかなど、人によって感じ方は異なる。だが、このガラス製品の見え方は、その域を超えているらしい。魔女の力を増幅するだけでなく、魔女を引き寄せる何かも持っているようだ。
「魔女の力に関わるほどのものだ。魔女が何かを感じ取っていても、おかしくはない。もっとも、それがどうした、という話だ。が、彼女らの様子を見て、そう考えただけだ。」
そう語るダニエル中将。それを聞いて僕は、ふと思う。やっぱりこの人、本当に魔女が好きなのだろうなと。僕なんかよりもずっと、彼女らのことをよく観察している。
「君らが持ち込んだモラヴィアン・グラスは、全て買い取ろう。もちろん、この先に仕入れる予定のそれも、同様だ。その力が知れた以上、これは軍用調達品扱いだ。」
ダニエル中将が僕らに提言する。いや、もはやこれは、命令だろうな。僕らに断る権利は、ない。
「一つよろしいですか、中将閣下。」
「なんだ?」
「モラヴィアン・グラスの買い取り価格、我々の言い値でお願い出来ますか?我々は、文字通り命をかけて仕入れたものです。通常の価格では、割りにあいません。」
「なるほど……いいだろう。ついでに、あの小型商船の補給も行うこととする。それでどうだ?」
「結構です、ありがとうございます。」
カシュパルが、ダニエル中将に我々の価格決定権を認めさせる。その上で、燃料の補給まで受けることになった。まさに、至れり尽くせりだ。
もっとも、その代わりに連盟側に飛び込まなきゃいけないんだが……次の航海は、まさに命がけになりそうだ。
「ところで、彼女、オーレリア殿のことだが……」
「はい。」
「彼女は、ここに残ってもらう。マイルズ艦長の艦に乗艦し、モンテルイユに帰ってもらうことになるだろう。」
「えっ!?」
突然、ダニエル中将がこんなことを言い出す。僕とオーレリアは、同時に声を上げた。
「ちょ、ちょっと!なんでよ!私、あの船の乗員として雇ってもらったんだから、一緒に行くのは当然でしょう!?」
「連盟へゆく船となれば、乗船は許可できない。」
「どうして!?」
「あなたが、魔女だからだ。」
言葉を詰まらせるオーレリア。中将は続ける。
「地球513で学んだだろう。連盟側に魔女が行くことが、どれほどリスクの大きいことかということを。」
こればかりは、僕には反論できない。魔女は、連盟側にマークされている。その背景も、マイルズ艦長から聞いた。それを知った上でオーレルアを連盟側の星に連れていくことは、やはりできない。
「嫌っ!」
だが、オーレリアは反論する。
「おい、嫌とかそういう問題では……」
「嫌なものは嫌!なによ、魔女のことが大事だとか、普通の人間だとか言ってるくせに、どうして魔女が交易船に乗っちゃダメなのよ!」
「それとこれとはだな……」
「納得できないわ!それに魔女もなしにモラヴィアン・グラスの真贋を、どうやって見極めるのよ!」
オーレリアが中将に反駁するが、このオーレリアが何気なく発した一言が、その後の流れを変えた。
「いや……魔女じゃなくても真贋くらい見極められるだろう。」
「いえ、そうでもないですよ。モラヴィアン・グラスと言ったって、ただの青いガラスですから。それに、さすがに僕らも地球513に直接向かうわけにはいきません。別の連盟の星経由で、別の業者に依頼して買い付けることになる。そうなれば、真贋を見極めるのはより困難でしょう。」
カシュパルが応える。それを聞いてうつむく中将閣下。その話を聞いて僕は、ふと思い出したことがあった。
「あの~、中将閣下。」
「……なんだ。」
「一つ、思い出したことがあるのですが……実はですね、モラヴィアン・グラスだからと言って、その全てにオーレリアが惹かれていたわけではないんですよ。」
「どういうことだ?」
「はい、モラヴィアン・グラスというのは、炉に入れて熱したガラスに、モラヴィア帝国内で採れたモラヴァスという鉱石を混ぜることで、あの青いガラスになるのです。ところが、炉から引き上げただけのガラスには、オーレリアは見向きもしなかったんです。」
「ではどうやって、ここにあるようなガラス工芸品になるというのだ?」
「はい、それがですね、このモラヴィアン・グラスはその後、カッティング加工されるんです。ほら、こんな具合の模様を職人が一つ一つつけて、完成です。」
モラヴィアン・グラスのコップを手に取り、僕はダニエル中将に表面の模様を見せつつ話す。それをまじまじと見つめる中将閣下。
「……ということは、モラヴィアン・グラスというだけでは、魔女は惹かれないのではないか、と言いたいのか?」
「はい、それはつまり、先ほどの閣下の説に則れば、魔女の力を発揮し得ないものも含まれるかもしれない、ということでもあるんです。」
「うむ……」
考え込むダニエル中将。しばらくそのガラスコップを手に取って眺めていたが、それをテーブルの上に置くと、僕らにこう切り出す。
「そういえば、オーレリア殿は、魔女ではなかったな。」
閣下が突然発したこの一言に、僕らは耳を疑う。
「あの……それは一体、どういう……」
「オーレリア殿の身分証チェックでは、一般人だということになっていた。だから、マイルズ艦長の臨検を通過して、地球513に向かった。そう、報告を受けているが、違うのか?」
「あ、はい、それはその通りです。」
「ならば、オーレリア殿の身分証をここで調べたところで、まだ一般人のはずだ。ならば我々は、オーレリア殿をとどめることはできない。」
これはつまり、中将閣下はオーレリアの乗船を、暗に認めてくれることになる。
「あ、あの、ありがとうございます……といえば、よろしいのでしょうか?」
「その代わり、くれぐれもバレないよう行動せよ。私は目的完遂のため、黙認するのだからな。」
「はい、承知しました。」
僕がそう応えると、ダニエル中将は射撃場を去っていった。
◇◇
「なーに私の胸ばっかり見てんのよ!」
オーレリアの声に、僕は思わずハッとする。
「い、いや!違うって!ちょっと考え事をだな……」
「分かってるわよ。どうせ昨日のこと、思い出してたんでしょう?」
「う、うん、まあ……そうだけど。」
「それともさ、地球513のあんたの部屋で一緒のベッドに寝たときのこと、思い出してたの?」
オーレリアのやつめ、意地の悪そうな2つの赤い瞳で僕を見つめながら、ここぞとばかりにからかってきやがった。その言葉を聞いた僕は、耳の先端まで熱くなるのを感じる。
「ち、違うよ!あれはその、なんていうか……」
「なんだ、また触りたいのなら、いいわよ、今夜あたり。」
「い、いいって、そんなこと!」
オーレリアはピザをかじりながら、ニヤニヤとした顔つきで僕の反応を楽しんでいる。僕は目の前にあるグレープジュースを、一気に飲み干す。
「と、ところで、オーレリアさ、本当によかったの?」
「なにが?」
「いや、僕らについてくるって決めちゃってさ。多分、今度はちょっと……いや、かなり危険な旅になるかもしれないんだよ?」
「いいわよ、別に。モンテルイユで暮らす方が、よっぽど危険よ。」
「えっ!?どうして!?」
「だって、働く場所がないんだもの。このままじゃ干からびちゃうわ。だったら、たとえそれが危険なところでも、仕事のあるところで働く方がマシだわ。」
「あ、ああ、そうだよね……でも……」
「何?」
「魔女登録ってやつをしておけば、ちゃんと仕事を斡旋してもらえるんじゃないの?あの後、マイルズ艦長もそう言っていたよ。」
「だ・か・ら!私はそういうのが嫌なの!小屋で飼育されたウサギじゃあるまいし、そんな暮らし、絶対に嫌よ!」
なかなか強情だなぁ、オーレリアも。それにしても、よく食べる。昨日、あの射撃場の実験で力を使ったからか?ダニエル中将から、ここで使える多額の電子マネーを支給された。おかげでオーレリアの食欲を、思う存分満たすことができる。これがなかったら一体どうなってたか……ともかく、あと数日で僕らは連盟の星に向けて出発する。これはその前の、最後の食いだめになるだろう。
「はぁ~!お腹いっぱーい!さすがにもう、食べられないわぁ!」
お腹をさすりながら、満足げな表情のオーレリア。しかし、僕より小さく、僕より軽いこの身体のどこに、あれだけの食べ物が収まるのだろうか?僕は思わず、少し大きめの彼女の胸に目をやる。
「……でさ、オーレリア。まだホテルにもどるには早いから、もうちょっと街を巡ってみない?」
「ええーっ!?もう食べられないよ~!」
「いや、さすがにもう食べないって。ちょっと、この界隈を歩いてみようよ。」
食べること以外はあまり興味がないらしくて、僕の提案に渋々応じるオーレリア。変なやつだ。これから数百光年先にある宇宙の別の星に行こうというのに、わずかこの400メートル四方の狭い空間を巡ることを躊躇うとか。
ということで、この高密度の街中を並んで巡る僕とオーレリア。やれやれ、ようやくデートらしくなってきた。……って、別に付き合っているわけじゃないが、ちょっぴりそんな雰囲気だ。
「ねえ、この宝石屋、見てみる?」
僕はある店の前で止まる。ショーウインドウを一瞥し、応えるオーレリア。
「いい、私、こういうの興味ないから。」
といって、オーレリアはスタスタと歩き出す。その後を追う僕。
「……なんだ、宝石には興味ないんだ。」
「なによ、そんなに意外なこと?」
「だって、モラヴィアン・グラスにはあれだけ惹かれるのに、宝石には興味がないなんて……」
「あれは別格よ。なんていうのかな、ただ輝いて見えるっていうより、匂いや触覚を感じるというか、五感にビンビン響く感じなのよ!」
「へぇー……そりゃあ凄いね。僕にはさっぱりだけど。」
「そうなんだ、ハヴェルトには、全然感じないんだ。」
「うん、ただのガラス製品としか……」
「でもさ、モラヴィアン・グラスって、工芸品にまでなったガラス細工なんでしょう?なんでハヴェルトが綺麗だって感じられないようなものがさ、何百年もの間、作り続けられているわけ?」
「そりゃあ、昔はガラスといえば貴重品だったからね、今と違って宝石同様の扱いだったらしいよ。でも今はガラスの価値そのものが下がっちゃったおかげで、その存続に苦労しているようだよ。」
「ふうん、そうなんだ……」
と、歩いているうちに、今度は服屋の前にたどり着く。何気なく僕は、オーレリアに尋ねる。
「それじゃあ、服の方はどうなの?」
するとオーレリアのやつ、途端にあの意地の悪そうな目に変わる。
「ふうん……私にこんな服、着せてみたいんだ。」
また赤い瞳でニヤニヤと睨んでくるよ。こいつ、なんだって唐突にからかおうと思うんだ?
「いや、別にそういうわけじゃあ……」
「いいわよ、特別に、選ばせてあげる。」
「ええーっ!?」
「なによ。私の服を選ぶのが、そんなに嫌なわけ!?」
「そういうわけじゃないけどさ。」
「じゃあ、いいじゃない。行こうか。」
といって、店の扉を開けるオーレリア。僕は慌てて彼女の後を追う。
「いらっしゃいませ!」
元気そうな店員が、声をかけてくる。オーレリアはその店員に応える。
「すいません!私の服が欲しいんですけど!」
「はぁい、どのようなのをお求めですか!?」
「この人が、選びたいって!」
「ああ、彼氏さんですか!いいですねぇ!」
店員までにやけた顔でこっちを見てくる。いやしかし、女性の服なんて、何を選んだらいいのか……
「ええと、あの……これなんてどうでしょう?」
なぜかその2人の視線に促されるように、僕は思わずそこにあった適当な服を指差す。それを見た店員は、すかさず反応する。
「えっ!?これですか!?これはまた、なかなか……とても大胆な彼氏さんで。それじゃあ、サイズの合うものをお持ちしますね!」
大胆?それほど派手なものを、僕は選んだのか?そう思いながら、ふと指先を見る。
そこにあったのは、派手な赤色の、胸元が大胆に切り開かれたキャミソールだった。ちょっと待って、いくらなんでも、それはやばくないか?
僕のそばで薄ら目で見上げるオーレリアの、その下にある少しふっくらした胸元を見る。ああ、これはダメなやつだ。こんなもの着せたら、あの部分がますます強調されてしまう。
「あ、ちょっと、店員さ……」
訂正しようとする僕の腕を、ガシッと掴んでにこやかに制止するオーレリア。こいつめ、まさかあの服を買わせるつもりか?
「はぁい、お待たせしました!どうぞ、試着室へ!」
「ええ、行きまーす!」
その明るすぎる店員に連れられて、オーレリアは奥の試着室に向かう。もはや引っ込みどころを失った僕は、ただオーレリアの後ろ姿を黙って追うしかなかった。
で、しばらく試着室の前で待っていると、カーテンが開く。
う……思った通りだ。いくらなんでもちょっと過激すぎるな、この姿。特に胸元の谷間が丸見えで、そのインパクトが強烈すぎる。
オーレリアのやつ、さぞかしまたいつものあの悪戯そうな目で見つめてくるのかと思いきや、なんだか様子がおかしい。僕と目を合わせようとせず、髪と瞳、そしてその服と同じくらい真っ赤な頬をして、黙って俯いている。
僕をからかってやろうと思って意気揚々と着てはみたものの、これが思いの外、恥ずかしい格好だった。おおかたそんなところだろう。そう察した僕は、オーレリアに言う。
「……着替えた方が、いいんじゃない?」
ところがこの魔女は、なぜか意地になって言い返してくる。
「いや、これがいい!」
結局、店員さんの勧めで、この服に合う上着と共に購入する。羽織着があるとはいえ、相変わらず胸元は大胆に開いている。やや恥ずかしげな表情で歩くオーレリア。
「……本当によかったの?なんなら、どこかで着替えようか?」
「いいの!」
意地でも着替えないつもりらしい。何をそんなに拘っているんだ、この娘は……
「あのさ、そろそろホテルに戻ろうか?」
「せっかくだから、ちょっと寄りたいところがあるの!」
「は?どこ、それ?」
「いいから!」
さっきまで、料理店以外にはまるで興味がなかったオーレリアが、突然、どこかに寄りたいなどと言い出した。スタスタと歩くオーレリアの後を追う。
まさかと思うが、またどこか料理店に行きたいなどと言い出すんじゃあるまいな……と思っていたら、第4階層目の中央にある、緑に覆われた場所にたどり着く。
ここは、明らかに公園だ。人通りは少ないが、ポツポツと人がいる。だが、その場にいる人々とはすなわち、男女のペアばかり。
どうしてこんなところにやってきたのか……なんだかとても、場違いな気がする。別に、何か食べるものがあるわけではなさそうだ。疑問に思いつつも、僕はその公園の奥へと進むオーレリアの後をついていく。
そしてオーレリアは、空いたベンチを見つけて座ると、その横をバンバンと叩く。要するに、隣に座れと促しているようだ。
なんだか、これから説教でもされそうな雰囲気だな……僕は何か、やらかしたのか?しかし、その服を着ろとは言っていないし、他に説教されるようなことは思い当たらない。ともかく僕は、オーレリアの導くまま隣に座る。
それからしばらく、ただ黙って2人、ベンチに座り続ける。なんだろうか、この雰囲気。どうやら怒られるわけでもなさそうだが、余計に訳が分からない。だが、しばらくの沈黙ののち、ようやく彼女が口火を切る。
「あのさ……この格好、どう?」
「えっ!?」
なんだろうか、やっぱりこの服を選んだことに腹を立てているんだろうか?が、その表情はどちらかというと、何かを求めているような、物欲しげな感じだ。
「……あ、そ、そうだね、とても似合ってるよ……」
まあ、ここはこう応えるしかないだろう。するとオーレリアのやつ、いつにない表情で僕の顔を見る。
いつもならあの2つの赤い瞳を薄ら目にして、悪戯そうな表情を浮かべるところだが、今日は違う。何か物欲しげな、少し恥じらいのある雰囲気の表情とでもいうのだろうか、そんな顔で僕をじっと見つめてくる。僕は思わず、鼓動が早まるのを感じる。
「そ、そうなんだ……そりゃそうだよね、選んだの、ハヴェルトだし……」
オーレリアがボソッと、むしろ自身に言い聞かせるように呟く。にしてもなんだろう、この雰囲気……これじゃまるで、この公園のベンチに座って見つめ合っている他の男女と、ほぼ同じような雰囲気じゃないか?
「と、ところでさ、オーレリア。この後、どうしよう……」
こういうとき、僕は会話をつなげるのが苦手だ。とりあえず、思い立った言葉を垂れ流す。しかし、だ。オーレリアのやつは、まるで予想外のことを言い出した。
「そうね、このままハヴェルトの部屋に、行きたいなぁ……」
もしやと思うが僕は、オーレリアに誘われているんだろうか?そういう錯覚が、僕に襲いかかる。相変わらず物欲しげな目で、僕をじっと見つめるオーレリア。しかしだ、いつもの彼女ならこういう態度の後は、何かを仕掛けてくる。
「そ、そうなんだ……別に構わないよ、僕は……」
ここでいつものパターンだと、オーレリアの表情が豹変し、からかってくる。だがあえてここは、彼女の計略に引っかかってみた。何せ彼女の真意が読めない。ところがオーレリアのやつ、なかなか尻尾を出そうとしない。今度は僕の右腕に、ギュッとしがみついてきた。
あのちょっと大きめの胸を、僕の腕に押し付けながら、僕に寄り添う。変だな、なかなか本性を表そうとしない。
「あ、あの、オーレリア、さん?」
「なに?」
側から見れば、随分と仲睦まじいカップルのようだが、言葉遣いの方は意外とドライだ。ますます、真意が計り知れない。
「どうしてオーレリアさんは、僕の腕にしがみついているんです?」
「しがみつきたいからよ。決まってるでしょう?」
うーん、それじゃ答えになってないような……何を考えているんだろう。やや混乱気味の僕に、オーレリアが尋ねる。
「あのさ、この状況、あんたは何だと思っている?」
難しい質問だなぁ……どうしてさっきから、こんな際どい問答を続けているのだろう。だが僕は、とりあえず応える。
「ふ、普通に考えたら、その、付き合っている男女のようだ、と……」
そろそろいつものように、あの悪戯そうな目で僕を凝視して、カタカタと笑い出す頃だ。だが今回はオーレリアのやつ、なかなかしぶとい。
「ねえ、それじゃあさ、いっそ本当に付き合ってみない?」
……うーん、今日はかなり引っ張るなぁ……だが、おかげさまで僕の中に封じ込められた、ある種の感情がふつふつと湧き起こるのを感じる。
「えっ?で、でもさ……」
「なによ、私じゃ、もの足りないっていうの!?」
「いや、そういうわけでは……」
「確かに私、ちっさいけどさ、ほら、この部分はちゃんと大人なんだよ!?わかる!?」
などと言いながら、少し大きめのアレを僕の腕に押し付けてくる。
まさかとは思うが、僕は今、オーレリアに迫られているのか?いつものように、僕をからかうつもりじゃないのか?
だが、そもそも女性との付き合った経験がない。どうしてこれほど彼女から迫られるのかが、まるで理解できない。そこで僕は、逆にオーレリアに尋ねてみる。
「あの、さ……僕ってほら、この通り、優柔不断だし、その、あまり男らしくないっていうかさ……カシュパルの影に隠れて行動するようなタイプだし……こんな僕の、どこら辺にその、付き合ってみたいなあなんて、思う部分があるのかなぁ……」
僕がそう言うと、急に不機嫌そうに眉を顰めるオーレリア。
「あんた、魔女が好きだって、言ったじゃない!あれ、嘘なの!?」
……すごく単純明快な言葉が返ってきた。それを聞いた僕は一瞬、唖然とする。そして、思った。えっ……まさかとは思うが、たった、それだけの理由なの?
だが僕は、オーレリアに応える。
「も、もちろん好きだよ!当然じゃないか!」
反射的に、こう言い切る僕。するとオーレリアの表情が、あのいつもの悪戯そうな薄ら目に変わった。
「うふふ……言質、取ったわよ!」
ああ、しまった。オーレリアのやつ、謀ったな。だけどオーレリアはその胸をますます腕に押し付ける。僕の右腕は今、僕が先ほど選んだキャミソールの布の肌触りと、その裏側の柔らかなものの感触を一度に感じている。
この時点で僕は、ふと気づく。
ええと、もしかして今僕は、告白されたんじゃないか、と。
いやあ、まさか……魔女が好きだと言う理由だけで、これほど熱く言い寄ってくることなんて、あるんだろうか?オーレリアの単純さを鑑みても、あまりに出来すぎている。それとも、こんな僕でも、自身も知らない何かモテる要素を持っていたのだろうか?
だが、思えば魔女はモラヴィアン・グラスの見え方も僕らと違う。もしかしたら、こう言う部分の感性も、ちょっと僕らとは異なるのかもしれない。でなければ、僕のような優柔不断な人物が、こんなに好かれるわけがない。僕はもしかして、モラヴィアン・グラスなのか?
……いや、それはないよね。それだったら昨日のあの射撃場で、僕は取り囲まれているはずだ。あくまでもこの反応は、オーレリアだけだ。
そして彼女は、立ち上がる。
「さて、行こうか!」
腕から離れ、颯爽と立ち上がるオーレリア。僕はそのオーレリアの姿に少しドキドキしながら、彼女に尋ねる。
「行くって、どこに?」
「決まってるじゃない!夕食よ!」
……ああ、いつものオーレリアに戻ったようだ。変な話だが、安心する。この後、僕とオーレリアは、肉料理食べ放題の店でめちゃくちゃ食べた。
そしてその後、オーレリアは本当に、僕の部屋にやってきた……




