#12 亡命条件
僕は今、信じがたい光景を目にしている。
短い棒にまたがり、宙に浮かぶ魔女が5人いる。彼女らがくるくると回る円の中心には、あの青いガラス製品が置かれている。
僕らが持ち込んだガラス工芸品を取り囲み、まるで何かに取り憑かれたようにそれをまじまじと眺めながら、軍服姿の魔女達はふわふわと漂う。
ここは戦艦ヴェルニーナの中。全長4300メートル、主砲35門、収容艦艇数は40。軍民合わせて2万人が駐在する、地球760防衛艦隊所属の大型艦艇。
船体材料は小惑星。そこに機関やドック、武装などを取り付けただけの簡易な戦闘艦。主に、駆逐艦の補給基地として使われている船、それが戦艦だ。
連合軍の戦艦には、民間人が集中する街が存在する。縦横400メートル、高さ150メートルの空間がくり抜かれ、そこに2万人分の住居と、商業施設が作られている。狭い空間を目一杯使うために、中は4層構造に仕切られている。
で、僕らがいるのは、その街を抜けてさらに奥に入ったところに作られた射撃訓練場。縦横100メートル、高さ50メートルのただっ広い空間。その中に、僕とカシュパル、オーレリアに、マイルズ艦長とミレイユさん、そして5人の魔女達と軍関係者が何人かいる。
この5人の魔女は、普通の魔女ではない。
彼女らは、地球760防衛艦隊に創設された、魔女だけで構成された特殊部隊の隊員。その能力を活かして、これまでに要人救出、破壊、撹乱工作などの数多くの特殊任務をこなした実績がある、とのことだ。
そんな精鋭達が、テーブルの上に置かれた、たかが拳ほどの大きさのガラス工芸品に魅了され、群がっているのだ。それを見ると、あまり特殊訓練を受けた人々には見えない。本当に彼女らは、精鋭部隊なのか?
「集結!」
とそこに、上官らしき人物が現れて彼女らに号令をかける。さすがは精鋭達だ、上官の号令と同時に彼の前に降り立ち、起立、敬礼をして待機する。さっきまでの緩い表情はどこへやら、険しい表情で、上官に向かう5人の魔女。
「これより中将閣下より直々に、話がある。各員、心して聞くように。」
上官のこの言葉に、全員整列したまま正面を向き、微動だにせず待機する5人。こうしてみると、同じ魔女でもオーレリアとは随分違うな……いや、ちょっと待て、中将閣下が直々に、だって?
と、そこに、1人の人物が現れる。先ほどの上官よりも派手な飾緒付きの軍服に、目立つ軍帽。見るからに将官クラスの人物。間違いない、あの人が中将閣下だ。でも、中将というから、てっきりそれ相応の老人が現れるかと思いきや、思いの外、若い。年は50歳手前くらいだろうか?
「ああ、皆、楽にしてくれ。」
と、現れたその人物は、精鋭の魔女達にも声を掛ける。
この中将閣下の登場に、マイルズ艦長にミレイユさんも起立、敬礼して迎える。こうしてみると、普段は緩いミレイユさんも、やはり軍属なのだなぁ。この中では、民間人である僕とカシュパル、そしてオーレリアの3人だけが妙に浮いている。
「……で、この3人が、例の……」
「はっ!男2名が連盟から本星への亡命を求めております!」
「……そうか。で、このガラスが、報告書にあった魔女の能力を上げると言われるモラヴィアン・グラスというやつか。」
「はっ!現在、2名の魔女に対し、効果が認められております!」
「そうか。」
なんともあっさりとした反応だ。魔女部隊を抱える戦艦を統率するこの中将閣下だが、あまり魔女に関心がないのだろうか?僕らが持ち込んだモラヴィアン・グラス製のコップと腕輪を、訝しげな表情で眺めている。
「では、確かめることにしよう。クローエ中尉!」
「はっ!」
「この腕輪をつけて、飛んでみよ。」
「了解致しました!」
隊長らしき魔女が、ダニエル中将から腕輪を受け取る。それを左腕につけ、短い棒にまたがる魔女の隊長。
「では、クローエ中尉、飛びます!……って、うわあああっ!」
びっくりするほど勢いよく飛び出すクローエさん。奥行き100メートルほどのこの空間の端に、あっという間に到達する。泡や激突か、しかしその卓越した運動神経のおかげで、なんとか壁際ギリギリで旋回してかわし、恐る恐る地上に降下する。
「な……なんですか、この腕輪は……いつもの数倍、力が入る感じで……」
「そうか……うむ……」
何やら考え込んでしまうダニエル中将。魔女の隊長から腕輪を受け取ると、今度はそれを別の隊員に渡す。
反応は、皆同じだ。誰もがいつも以上の力に驚き、声を上げている。この魔女部隊はてっきり一等魔女ばかりかと思いきや、一等魔女は先に集められた5人だけで、その後にオーレリアと同じ怪力魔女まで現れる。彼女らも、その力の増幅ぶりに恐怖していた。
で、ついでにオーレリアも、腕輪をつけてその力を測定される。射撃場の真ん中に置かれたのは、一辺が約1.5メートルの30トンの鉄の立方体。
10トンが限度と言っていたオーレリアには、決して持ち上げることのできない重さ。だが、あの腕輪をつけたオーレリアはそれを軽々と持ち上げる。
ちなみに腕輪を外した状態では、やはりそれを持ち上げられなかった。腕輪の効果は明らかだ。
それらを見たダニエル中将は、ため息をつく。
「はあ……」
やっぱりこの人、魔女嫌いなのだろうか?だが、次に中将閣下の言葉に、僕はそれが勘違いであることを知る。
「これではまた、魔女が道具にされかねない。まったく、困ったものだ……」
それを聞いて、僕は思わず尋ねる。
「あの、中将閣下。それは一体、どういうことですか?」
「どうもこうもない、そのままだ。魔女に戦略的価値があると分かってから、彼女らの身辺が騒がしくなってしまった。そして、さらにこのガラスだ。また、魔女の身を危うくすることになる。それが、どういうことか分かるか?」
なんだこの人、魔女のことを案じて、このモラヴィアン・グラスに対して良い感情を抱いていないんだ。
と、そこに今度は、オーレリアが口を開く。
「……ねえ、中将さん、どうして魔女の身なんて心配しているの?やっぱり、軍事的な理由?」
「いや、違うな……」
「じゃあ、何なのよ。あんた、見たところそれなりの歳だから、この星が宇宙に進出する前の時代のこと知ってる方なのでしょう?それ以前は、魔女なんて人として扱ってもいなかったくせに、何だって今頃になって、魔女の身が心配だなんて……よく言えるわ。」
「ああ、そうか……そういうことか……」
この地球760の司令官を務めるほどの人物に向かって、つっかかるオーレリア。いや、オーレリアよ、なんてことを言い出すんだ。そんなこと今ここで言ったって、しょうがないだろうに。
だが、オーレリアに責められるダニエル中将からは、意外な応えが返ってくる。
「実は私は元々、この星の人間ではないんだ。地球401という星からやってきて、そのままここに残り、この星の住人となっている。だから私は、宇宙に出る前のこの星のことを全て知っているわけではない。」
「……えっ!?そうなの!?」
「だが、断片的には聞いている。実際に、魔女が罵倒され、迫害された現場も目にしたことがある。なにせ、私の妻も魔女だからな……」
「お、奥さんが……魔女……?」
「一等魔女だ。伝説の魔女などと言われた人だが……まあいい、とにかく、そういうことだ。だから私は、魔女を実験材料と見る向きには反対の立場だ。魔女だって、普通の人間なんだよ。」
そういえば、マイルズ艦長もそうだったが、魔女を奥さんにしている人、この軍には多いのだろうか?さすがに、身近に2人もそういう人物に出会ってしまうと、そう考えざるを得ない。
「ですが閣下、逆ではありませんか?」
と、そこに、同じく魔女を奥さんにしているマイルズ艦長が口を開く。
「どういうことだ、マイルズ艦長?」
「むしろこのガラスの発見は、魔女がいなくても重力子技術の改良を可能にする、という事実を示していることになります。」
「……魔女の力を増幅するガラス……つまりそれは、このガラスだけで重力子エンジンそのものの効率を向上させることになる、と。」
「はい、この場合、魔女はモラヴィアン・グラスによって強化されただけの存在。言ってみれば、重力子エンジンの代わりに過ぎません。ということは、魔女がいなくとも、このガラスは威力を発揮するものと思われます。」
それを聞いたダニエル中将は、少し考え込む。そして、マイルズ艦長に応える。
「……なるほど、言われてみればその通りだ。だが、それはそれで別の問題が生じる。」
「なんでしょうか?」
「そのガラスの産地が、連盟側にあるという事実だ。」
それを聞いたマイルズ艦長は一瞬、言葉を失った。
「……連盟側にばれたら、まずいですね。」
「そうだ。だが、なおのことそのガラスの調査が必要、と考えるべきだろうな。」
「はあ……」
そして、中将閣下はしばらく考え込む。そして、僕とカシュパルに向かって、こんなことを言い出す。
「……ともかくだ。君らの亡命を認めてもらうよう、私からも政府に取り計らおう。」
「えっ!?ほんとですか!?」
「ただし、条件がある。」
「条件……ですか?」
そしてダニエル中将が、カシュパルに対して出した条件とは、これだ。
「連盟側に行き、モラヴィアン・グラスを可能な限り大量に入手する。それが条件だ。」
「モラヴィアン・グラスを、ですか?」
「そうだ。君らは連盟側の交易商だろう。ならば、連盟側に赴き、モラヴィアン・グラスを買い付けることは容易であろう。」
「はあ……ですが、その産地である地球513からは手配されていて、とても近づくことは……」
「我々など、連盟側のどの星にも近づけない。それに比べたらその程度のこと、大したことではないだろう。」
いや、大したことですよ。だから亡命を求めているのに……
「ともかく、これが亡命を認める条件だ。モラヴィアン・グラスの正体を垣間見た今、それをできるだけ入手し、その正体を解き明かす。それが我々、艦隊司令部に課せられた使命だ。なんとしても、それを完遂しなければならない。」
正直言って、喜び半分、不安半分である。どうにか亡命する理由を得られたものの、その代わりに危険を犯さなくてはならないという条件付きだ。亡命は、諦めるべきか?
「分かりました。やりましょう。」
ところがカシュパルのやつ、いともあっさり承諾する。
「そうか。ならば君らに改めて、正式な委託契約を結ぶことにしよう。それに、亡命のことも政府高官らに掛け合わなければならない。しばらくこの艦に滞在せよ。」
「はい、承知しました。」
何だか嬉しそうだな、カシュパルのやつ。しかしカシュパルよ、この話、受けてよかったのか?なんだか僕は、不安しか感じない。
「ところで……彼女らはどうして、あのガラス工芸品の周りに群がっているのだ?」
ふとダニエル中将が、疑問を呈する。この射撃場の脇に置かれたモラヴィアン・グラスの工芸品に群がるあの魔女達を見て、不思議に感じるらしい。
「そういえば、ここにいるオーレリアもミレイユ准尉も、彼女らと同様の反応を示しておりました。見た目はただのガラス製品なのですが。」
マイルズ艦長もダニエル中将に追従する。すると、ミレイユさんが反論する。
「いえ、よくご覧下さい!とてもあれがただのガラス製品などとは思えません!あれほどまでに麗しいガラス製品は、見たことがございませんわ!」
「そうよ!だいたい、私が選んだのよ!こんなに綺麗なガラス、この地球760では見たことないわよ!」
オーレリアも加わる。それを聞いたダニエル中将は、僕らに確認する。
「……君らにも、このガラス製品が見たこともない、優れた工芸品だと、そう感じているのか?」
「い、いえ、僕にもただのガラス製品としか……」
率直に言って、オーレリアもミレイユさんの発言を、大袈裟なものだと感じていた。まるでレアな財宝にでも接するように感動するこの2人の魔女には、実は少し、違和感を感じていた。
だが同じような反応を、あの特殊部隊の魔女達もしている。これは一体、どういうことだろうか?
「……男には分からない何かが、あれにはあるんでしょうか?」
僕が放ったこの一言をきっかけに、どういうわけかダニエル中将は、突然こんなことを言い出す。
「ならば、この近辺にいる女性士官を集めよ。」
そばで待機していた幕僚の1人が、一礼して奥の事務所に走って行く。まさかとは思うが、あのガラス製品の閲覧会でもやろうというのだろうか?
すぐに、十数人以上の女性士官が集められる。軍服姿の者もいれば、私服の者もいる。彼女らはあのガラス製品の前に集められた。
「このガラス工芸品を見て、率直に思うことを述べよ。」
今一つ、その意図を掴みかねている女性士官らは、訝しげな表情で、それらを眺める。1人が、口を開く。
「はい、中将閣下。ただのガラス製品にしか見えませんが……」
他の女性士官もそれにうなずく。これだけの数がいるのに、誰一人として、オーレリアやミレイユさん、それにあの魔女部隊のような反応を示さない。
と思っていたら、一人だけ、異論を述べるものがあらわれる。
「お、恐れながら、これほどのガラス製品を、私は見たことがございません!」
軍服姿のその女性士官に、皆の視線が集まる。その視線に戸惑い、辺りを見回すその士官。中将は、その士官に尋ねる。
「所属と、担当、階級、および名を名乗れ。」
「えっ!?あ、あの……」
「あ、いや、責めているわけではない。確認したいことがあるだけだ。」
「は、はい、私は当艦の船務科所属、中距離レーダー担当の、マガリー兵曹長と申します!」
「そうか……一つ尋ねるが、貴官は、魔女か?」
「えっ!?あ、その……」
「いや、責めているわけではない。あくまでも確認だ。」
「はい、あの……二等魔女です。能力は、せいぜいあのガラスコップを支えられる程度ですが。」
「そうか、やはりな……」
それを聞いたダニエル中将は、何かを確信したようだ。
「やはりこのガラスは、魔女を引き寄せている。どうやら魔女にとってこれは、我々とは違ったものに見えるらしい。」




