#10 青ガラスの魔力
それから僕らは、10日間をかけて地球760の手前、ホウキ座γ星にたどり着いた……
ここまでの道のりは、決して平坦なものではない。なにせ、自分の星のお尋ね者になってしまった。味方からの追跡を振り切るため、ただでさえ少ない僕の神経をゴリゴリにすり減らしながら、地球513の恒星系を抜け出した。
地球513を飛び出したヘルヴィナ号は、真っ直ぐある地点に向かった。
それは、隠しワームホール帯と呼ばれる場所。つまり、軍が知らないワープポイントへと向かったのだ。
どうしてそんな場所を知っているのか……まさかカシュパルは、こうなることを事前に想定していたのか?いや、その前に、どうしてそんな都合のいいワームホール帯を知っている?
だが、そんなことを詮索している余裕などない。藁にもすがる思いで、僕はカシュパルの言葉に従う。
が、やはりというか、駆逐艦が数十隻、追いかけてくる。
軍の船の造りは、実に卑怯だ。
僕らにはないものを、いくつも搭載している。
ビーム砲やバリアシステムはもちろんだが、それ以外にもステルス塗装と、対ステルスレーダーを搭載している。
そのおかげで、僕らの持っているレーダーでは彼らを捉えられない。一方、彼らは僕らを確実に捉える。
戦々恐々と、暗い宇宙空間を航行する。どこで遭遇するか分からない地球513艦隊の艦艇の出現に怯えつつ、窓の外を眺めながら進む。
それにしてもカシュパルのやつ、こんな時によくのんびりと寝ていられるな。座席を倒し、本を顔にかぶったまま、ピクリとも動かない。
いつ撃たれるのか……撃たれたら、どうしようか……やっぱり停船しないと、沈められることもありうるんだろうか……
今にも神経がプツンと音を立てて切れそうだ。これまでの人生で、ここまで緊張した瞬間はない。真っ暗闇の宇宙を眺めながら、目的の地点へと急ぐヘルヴィナ号。
が、ついに僕らは追いつかれた。
2、30本はあるだろうか?あの太く青白いビームの光が、一斉にこの艦の脇を音もなく通り過ぎた。それを見た瞬間、僕は座席から落っこちる。
「うひゃあ!きたぁ!」
「きゃあ!」
地球760の時は、1本だけだった。それも3発。それだけでも十分恐ろしいのに、こちらは数に任せて、ビームの束でトンネルを作り上げる。間断なく注がれるビームの光。その光の輪が作り上げる通り道からちょっとでも外れようものなら、1万度強の熱線に触れて、あっという間にこんな船は蒸発する。その容赦ないビームのシャワーに、僕とオーレリアは悲鳴を上げる。
『手配船、直ちに停船せよ!さもなくば撃沈する!』
無線で、警告される。地球760と違って、こちらは先に撃ってから警告してきた。しかも、警告中も構わずバンバン撃ってくる。僕らの行き先は、ビームが作り出すわずかな通り道以外にはない。
「も、もうダメだ……おしまいだ……」
まさに絶望という言葉がぴったりな状況だ。そんな絶望的状況で、僕の横にいる男は何食わぬ顔で寝てやがる。
まさかと思うがこいつ、万策尽きて寝ているのではあるまいな?どうせあの世に行くなら、寝ている方が恐怖を感じなくて済む。それでこいつ、寝ているんじゃないだろうな。そう思うと、恐怖を感じている僕とオーレリアは不公平だ。
そこで僕は、カシュパルを叩き起こす。
「おい!起きろ!」
ようやく本を顔から下ろし、眠そうな目で僕を見上げるカシュパル。こいつの神経は一体、どうなっているんだ?
「おい、いつまで寝ているんだ!いい加減起きろ!」
「……いや、起きたところで、何もできないだろうが。頼むから、もう少し寝かせておいてくれ……」
「馬鹿!周りをみろ!僕らはもう、取り囲まれているんだぞ!?」
この期に及んで動じないとは、大した度胸だ。その度胸は買ってやりたいところだが、売買契約が成立する前に消滅しそうだ。
「……大丈夫だよ。」
「なにが!」
「もうすぐ、砲撃は止む。だから、大丈夫だと言っている。」
「それは一体、どういうこと……」
ふと、窓の外を見る。すると先ほどまでカナリアの籠のようにびっしりとビームの網に囲まれていたのに、いつの間にか真っ暗な宇宙空間に戻っている。
どういうことだ?まさか軍の奴ら、追跡を諦めたのか?いや、そんなはずはない。ということはまさか、知らないうちにワームホール帯を通過したのか?
「は?知らないうちにワープしたのかって?そんなわけないだろう。空間ドライブも動かさずに、ワームホール帯を潜れるものか。」
「それじゃあ、どうして攻撃が止んだんだ。」
「今向かっているワームホール帯の手前には、暗黒物質域があるんだ。そいつがレーダーも光学観測も無効化してくれている。だからやつらは僕らを見失って、撃ってこなくなった。」
なんだおい……そんなものがあったのか。それならそうと、最初から話してくれればよかったのに。
こうして僕らは艦艇から逃れ、目的の隠しワームホール帯にたどり着く。そしてワープにより、地球513恒星系を脱出した。
軍の追尾を逃れた僕らはそのまま、再び310光年の旅に出る。が、前回と違う航路を辿ったため、1日長い航海となった。
そして再び、僕らはそこで臨検されることになる。
「……なんだ。またお前らか。で、どうして遭難信号を出しながら航行していたのだ?」
物凄い偶然だが、また駆逐艦8893号艦に遭遇した。出てきたのはご存知、マイルズ艦長だ。そして今、3人はその駆逐艦内にある会議室に来ている。
「ええ、それがですねぇ……地球513から追われてまして。」
「は?」
「それで俺ら、連合側に亡命できないかと思いまして……」
「その前になぜ、自分の星から追われているんだ?積荷を見たが、あるのはガラス製品ばかりだし、新たに乗員が増えてるわけでもない。それに、武器を載せてるわけでもないし……おい、まさかお前ら、あっちで人でも殺してきたのか!?」
いやあ、どちらかと言えば逆なんですけどね。だが、この場の交渉はカシュパルに任せるほかはない。
「実はですね。オーレリアさんが、魔女だとバレちゃいまして……」
カシュパルのこの一言で、艦長の顔色が瞬時に変わる。
「なんだって!?魔女だと!?」
あまりに勢いよく立ち上がったため、艦長の椅子がガタンと倒れる。そして周りの士官達が一斉に、僕らに銃口を向ける。
その、なんていうか……僕らは丸腰だ。別に銃を向けてどうにかなる場面じゃないだろうに、なんだって軍人というやつは、緊迫すると脊髄反射的に銃を抜くんだろう?
さて、カシュパルの交渉の目的は、地球760に亡命を果たすことだ。
このまま地球760に立ち寄るだけでもいいが、それではせいぜい2週間しか滞在できないだろう。このままでは交易を続けようにも、拠点がない。それならば、連盟から連合に亡命した方が良い。地球760に拠点を移し、どうにか交易を続ける。そう考えてのこの言動だ。だがそれは、かえってあちらの警戒を誘うことになる。
「どういうことだ!ここを離れる時、魔女を連れ出すことは厳禁だと警告したはずだ!それを承知で、どうして魔女を連れ出したのか!?」
「いえ、僕らはあの時点で、彼女が魔女だとは知らなかったので……」
「なんだと!?」
「だってほら、艦長もオーレリアの身分証を確認しましたよね?彼女、魔女登録をしていなかったんですよ!?それじゃあ僕らだって、分かるわけないじゃないですか!」
しらばっくれるカシュパル。つまり僕らは、向こうで初めてオーレリアが魔女だと知ったことになっている。
しかしだ、そうなると今度はオーレリアに矛先が向く。オーレリアに向かって叫ぶマイルズ艦長。
「じゃあなにか、お前は魔女であることを隠して、この船に乗ったと言うのか!?」
そこで、作戦は第2段に移行する。オーレリアはマイルズ艦長の恫喝に対し、こう応える。
「私、魔女じゃないわ!」
それを聞いたマイルズ艦長は一瞬、硬直する。
「……どっちが本当なんだ。一方は魔女だと言い、もう一方は魔女じゃないと言い張る。私は、どちらが嘘をついている?」
その問いに対して、カシュパルが応える。
「ええ、両方とも本当ですよ。」
「は?おい、お前、私を馬鹿にしているのか!?」
「いえ、馬鹿にはしてませんよ。これは見解の相違というやつです。」
「……どういうことだ。どんな相違があれば、そういう見解とやらが生まれるんだ?私には、さっぱり分からん。」
「いや、私も向こうでオーレリアさんから聞いて知ったんですけどね、あなた方が二等魔女と呼んでいる魔女は、モンテルイユでは魔女と呼ばないそうですね。」
カシュパルのどんでん返しが始まった。これを聞いたマイルズ艦長は一瞬、考え込む。
「……確かに、つい10年ほど前まで、モンテルイユでは一等魔女のことしか『魔女』とは呼ばなかった。二等魔女は半端者として、魔女と呼ばないことになっていたな。」
これはオーレリアから聞いた話だが、モンテルイユは昔、城塞都市だった。そこをある公爵が治めていたのだが、数十年前、その公爵に娘が生まれた。が、よりにもよってその娘が、今でいう二等魔女だったのだ。
そこで公爵は布告する。二等魔女は、半端者であるから魔女ではない。ゆえに、自分の娘は魔女ではない、と。
厳密に言えば、オーレリアの住んでいたところは、モンテルイユから少し離れたところにある小さな村で、そこでは彼女は立派な「魔女」として扱われていた。が、この際はそんな事実はどうでもいい。その形骸化した領主の布告とやらを利用して、オーレリアが自身を魔女だと認識していなかったことにしておこう、ということになった。
「まあいい、そういう事情なら仕方がない。だがせめて、地球513で魔女だとバレてしまった経緯については、聞かせてはもらえないか?」
マイルズ艦長が折れた。いや、諦めたと言ったところか。言葉と解釈を巧みに操るカシュパルの前に、これ以上の追求は無意味だと思ったのだろう。それに、マイルズ艦長としてはこれ以上、僕らを追い詰めるつもりはないようだ。
そこで僕らは、あのガラス工房で起きたことを話す。そこに、嘘偽りはない。工房の建屋の一つを持ち上げたことでオーレリアが魔女であることがバレて、逃亡する羽目になった、と。
「いやあ、その時のオーレリアはとんでもない力を発揮したんですよ。後で聞いた話では10トンしか持ち上げられないはずの彼女が、そこでは明らかにそれ以上のものを持ち上げてましたからねぇ。」
僕が何気なく付け加えたこの一言で、マイルズ艦長が再びいきり立つ。
「なんだって!?」
「えっ!?あ、いや、火事場のクソ力ってやつですかねぇ……とにかく、とんでもない力を出していたんで……」
「そんなはずはない!どんな状況でも、魔女は自身の持つ以上の力を発揮できるわけがない!」
……あれ、何かまずいこと言っちゃいましたか、僕。物凄い剣幕で、僕を睨みつけるマイルズ艦長。だが、オーレリアが反論する。
「そんなこと言ったって、発揮しちゃったんだからしょうがないでしょう!あの時は、ほんとに人が死にそうだったのよ!必死だったんだから!」
だが、マイルズ艦長はオーレリアに質問する。
「……おい、オーレリア殿。その時お前は、何か身につけていなかったか?」
「なによ、何かって?」
「いや、気になることがある。なんでもいい、その時に何か、特別な物というか、特殊な条件がなかったかと聞いている。」
「そうね……人の命がかかっていたから、必死だったわ。それから……これをつけていたの。」
そう言いながら、オーレリアは手につけたあの腕輪を見せる。
「……なんだこれは?」
「これは、その工房でもらったモラヴィアン・グラスで作った腕輪。あまりに綺麗だったから、両腕につけてたわ。」
その話を聞いて、その腕輪を受け取り、明かりにかざしながらまじまじと眺めるマイルズ艦長。
「……なあ、これ、ちょっと借りてもいいか?」
「なんならあげますよ。私、あと8つ持ってるし。」
「そうか。」
そう応えると、マイルズ艦長は傍にいた士官に命令する。
「ミレイユを呼べ!」
「は?いや、艦長……」
「いいから!」
よりによって、オーレリアが嫌いな一等魔女を呼び出すマイルズ艦長。ものの3分ほどで、ミレイユさんが現れる。
「ミレイユ准尉、入ります!」
「ああ、すまない。急に呼び出して。」
するとミレイユさん、マイルズ艦長が手にしているあの腕輪を見て叫ぶ。
「うわっ、な、何これ!?めちゃくちゃ綺麗!」
……ただの腕輪に、まるでオーレリアのような反応をするミレイユさん。不機嫌そうに、オーレリアが応える。
「……それは地球513で手に入れた、モラヴィアン・グラスというガラスでできた腕輪よ。」
「えっ!?ガラスの腕輪!?なにこれ、こんなの見たことない!」
それを手に取って、うっとりと眺めるミレイユさん。だが、マイルズ艦長がミレイユさんに言う。
「ミレイユ、頼みがある。」
「なんです……いや、なんでしょうか、艦長。」
「それをはめて、いつものモップにまたがって、会議室前の通路を飛ぶんだ。」
「は?」
いまいち、艦長の意図が飲み込めないミレイユさん。そこに、オーレリアが食ってかかる。
「ちょっと!この魔女に渡すために、私は腕輪を提供したわけじゃないんだから!」
だが、マイルズ艦長が反論する。
「お前は黙っていろ!事と次第によっては、お前達の処分が決まる!そのためにこれは、必要なことだ!」
処分と聞いては、黙るしかないオーレリア。この威圧的な艦長の態度に、戸惑いを隠せないミレイユさん。
会議室を出る。艦内の通路の中で、ミレイユさんはその腕輪を左手にはめてモップにまたがる。フワッと浮き上がるミレイユさんに、艦長は確認する。
「確かミレイユは、最高速度10キロのはずだな。」
「え、ええ、そうですけど……」
えっ?そんなに遅いの?空飛ぶ魔女だから、もっと速いのかと思っていたけど、まさか人が走る程度のスピードしか出ないなんて……意外と大したことないんだな、ミレイユさんって。
「それじゃあミレイユ。この通路を、全力で飛んでみろ。」
「全力って言ったってね、私せいぜい……きゃあーっ!」
艦長の求めに応じて、ミレイユさんは前進する。ところが、まるでダーツの矢のように吹っ飛んで行くミレイユさんとモップ。すぐに急ブレーキをかけて、そのまま泣きそうな顔でふらふらと引き返してくるミレイユさん。
「な……なんですか、今のは……なんだって私、こんなに……」
おかしいな。あれが時速10キロ?明らかにそれ以上の速度が出ていたぞ。第一、本人も驚いている。だがそれを見てマインズ艦長は、何かを確信したらしい。
「やはりな。思った通りだ。」
……一体何が「やはり」なのか、よく分からないな。同じことを思ったであろう、カシュパルが尋ねる。
「あの……何が思った通りなんですか?」
オーレリアも少し怪訝な顔で艦長とミレイユさんを見る。震えるミレイユさんを抱きかかえながら、マイルズ艦長はこう応える。
「つまりだ、この腕輪には、魔女の力を増幅する能力がある。それが分かったと言っている。」
「……は!?ちょっと、ど、どういうことですか!?」
思いがけない言葉が飛び出した。魔女の力を増幅?どういうことだ。
「お前らは、連合側に亡命するつもりでここにいるのだろう?」
「え、ええ……まあ。もう地球513には、帰れませんから。」
「ならば、聞かせてやろう。魔女の力の秘密とやらを。」
「魔女の力の……秘密?」
「そうだ。」
マイルズ艦長と僕らは、再び会議室に戻る。そして僕らは、この星の「魔女」というものを知る事となる。




