#1 越境
「なあ、ハヴェルト。2人でこの戦争を、終わらせてみないか!?」
僕とカシュパルは今、手に入れたばかりの商船「ヘルディナ号」で、僕らの星、地球513の衛星軌道上に出たばかりだ。さて、これからどうやってこの小型中古船のローンを返していこうか……と考え始めている時に、友人がおかしなことを言い出した。
「戦争って……どの戦争のことを言っている?」
「決まってるだろう。連盟と連合の、この200年続いている戦争を、だよ。」
やはりこいつ、船を手に入れた高揚感からか、おかしくなりやがった。僕は反論する。
「あのなぁ……僕達は交易商人で、戦争やってるのは軍人だ。何をどうやったら、僕らが戦争なんて終わらせられるんだ!?」
「バカだなぁ。軍人っていう職業は、戦争を続けることしか能がない。そんな連中が戦争を終わらせるだなんて、できるわけないだろう。」
「じゃあ聞くが、900余りもの人の住む星、地球は連盟、連合のどちらかに属しており、それぞれの星には防衛、遠征合わせて2万隻もの艦隊があり、宇宙にあちこちで数百、数千、いや時には数万隻同士の戦いが行われているんだぞ!?そこに、ようやく貧弱商船を手に入れたばかりの僕ら2人が乗り込んで、一体どうやって戦争が終わらせるというんだい!?」
「あのなぁ、誰がこんなボロ船でドンぱちしようだなんて言ったか?戦争を終わらせるのに、武器なんてむしろ不要だ。」
はぁ……この3年間、一生懸命働いて稼いだ金を注ぎ込んだ挙句、さらにこの先何年ものローンを組んで手に入れたばかりのこの船を、どうして貧弱だのボロだのと呼ばなきゃならないのか……
「なあ、カシュパルよ……僕らの目下の問題は、この宇宙の争い事をどうにかすることじゃなくて、この船にかかった莫大なローンをどうやって返すか、ということじゃないのか?」
「そうだ、その通りだ。だから俺はさっきから、そのための提案をしている。」
「なあ、カシュパル……お前の論理は、飛躍しすぎていて僕にはさっぱり理解できない。頼むから、もうちょっと分かりやすく説明をしてくれないか?」
「そうだな……なあ、ハヴェルトよ。この星が銀河解放連盟の星に発見されて、もう60年ほどが経った。」
「ああ、だが、それがどうした?」
「発見された当時は、俺らの住む地球513でも、日常茶飯事のように大小様々な戦争が行われていた。それが今では、少なくともこの地上では戦闘行為が全く行われていない。それがなぜだか、分かるか?」
「そりゃあ、戦争を禁止しているからであって……」
「いや、そうじゃないだろう。昔から戦闘行為を禁止しようという法律なり条約なりが存在したが、誰もそれを守った試しなどなかった。だから、法律は理由じゃない。」
「じゃああれだ、連合という共通の敵を得て、それで地球内が一致団結して……」
「俺はつい最近まで勤めていた会社で、しょっちゅう言い争いをしていたやつを見かけたぞ?つい先日だって、帝都バルドゥヴィザでは銀行強盗が起きたばかりだ。個人レベルの争い事が解消されていないっていうのに、国家間の争いがなくせるだなんて、どう考えたってあり得ないだろう。」
「……それじゃ聞くが、一体なんだというんだ?」
「簡単だ。『持ちつ持たれつ』になったからだ。」
「は?どういうことだ?」
「つまりだ。俺たちが住むモラヴィア帝国と、その隣の大陸にあるアルカダク共和国はかつて、この星の上で周辺国を巻き込みながら覇権を争っていた。それが今では、モラヴィア帝国からの穀物に、アルカダク共和国からの畜産に頼らなければ成り立たない関係になってしまった。そんな状況下で、戦争が起こせると思うか?」
「……まあ、確かに。いまアルカダク共和国が帝国に宣戦布告すれば、一気に食糧と家畜の餌に困るよな……」
「だろう?だから地上では、とても戦争どころではなくなってしまった。それゆえ、この地上からは争い事がなくなってしまったんだよ。」
「で、それがどうして連盟と連合の争いをなくすことにつながるんだ?」
「分からないかなぁ……つまりだ、連盟と連合の間も、『持ちつ持たれつ』に変えてしまえばいい。そういうことだ。」
ここでなんとなく、カシュパルのいいたい事が分かってきた。しかし、だ。だからといってそれが即、納得にはつながらない。
「いいたいことは分かった。だが、こんなボロ船でどうやって、そんな仲の悪い者同士を持ちつ持たれつの関係に変えていくんだ?」
「ああ、だからこれから、近くにある連合の星に行こうと思う。」
「はぁ!?」
「なんだ。おかしなことを言ったか?」
「いや、待て!連合って、宇宙統一連合のことだろう!?」
「当たり前じゃないか。他に連合なんてもの、あるわけがない。」
「だから、連合ってところは、我々連盟と200年も争いを続けている陣営だろう!?」
「そうだ。当たり前だろう。」
「だ・か・ら!その敵地の只中に、どうやって行くっていうんだ!?」
「これは恒星間航行可能な船だ。別に宇宙に壁があるわけでもなし、敵地だろうが行くことはできる。」
「いや……行ったら最後、拿捕されるか、撃沈されるのがオチだろう。なんだってまだローンを支払い終わっていないこの船で、わざわざ殺されにいくのか……」
「大丈夫だよ。殺されはしないし、きっと上手く行くさ。」
根拠もなく、どうして上手くいくだなんて、自信満々にいえるのだろうか、この男は。
「よし、それじゃあいくか!進路7.3.8!両舷前進いっぱい!しゅっぱーつ!」
「お、おい!ちょっと待て!おい!」
カシュパルのやつ、勝手に操作パネルに進路を入れて、スロットルを目一杯引きやがった。機関音に反比例して、僕の顔から血の気が引いていくのを感じる。
「か、カシュパル!なんてことを……」
「おい、ハヴェルト。それじゃ一つ聞くが、連盟内の他の星に行って、商売を始める宛てはあるのか?」
「うっ……」
痛いところを突いて来た。確かに、カシュパルの言う通り、同じ連盟陣営の中に交易相手の宛てがあるわけでもない。
よくよく考えてみれば、連盟の星々の交易は、すでに既存の交易業者に押さえられていて、すでに新参者の入り込む余地などない。ましてやこんな2人で運用できるほどの小さな船などに、品物の輸送を依頼してくれる相手などいるはずもない。せいぜい、宇宙港から周辺地域への小規模輸送を依頼されるのがせいぜいだ。
それなのにカシュパルのやつは3年前、僕に一緒に恒星間の商売に出ようと言い出した。あまり乗り気ではなかったが、一晩説得されて、ついついその気になってしまった。だが、冷静に考えてみれば、こいつは最初から連合に行くつもりだったのだ。
ああ、だけど……いくら考えても、破滅の道しか思いつかない。このまま進めば、連合の駆逐艦に拿捕されるか、あるいは海賊として処分されるか、そんな未来しか想像できない。かと言って引き返せば、ローン不渡りで首をくくる羽目になる……
カシュパルの口車に乗せられて、この船に乗って衛星軌道上に出たところで、もはや僕には選択の余地などなかったのだ。第3宇宙速度に達し、深淵の宇宙へと乗り出してしまったこのヘルディナ号の中で、僕は23年と少しのこの短い人生の終焉に向かって、一歩一歩進んでいるのを感じていた。
ああ、もっと早く、気づくべきだった。
よくよく考えてみれば、カシュパルがこの船に、我が大陸に伝わる古語で「英雄」と名付けたところでおかしいと思うべきだった。思えばカシュパルは、最初からそのつもりだったということだろう。いやあ幸先いい名前だよねぇ、などと感心したあの頃の自分を、殴り倒してやりたい気持ちだ。
全長40メートル、6人まで乗船可能なこの船を、たった2人で動かす。当直もへったくれもない。自動航法装置を駆使しながら、この真っ暗闇の宇宙を進むしかない。そんな商売に夢を感じていた自分に、今は恨みしか感じない。
「ところでカシュパルよ。どの星に行くかくらいは、決めているんだよな?」
「ああ、決めている。」
「どこだ、それは?」
「地球760だ。」
「……どうして、その星に向かうんだ?何か、商売のネタでもあるのか?」
「いや、単にここから一番近い連合側の星だからだ。」
……このカシュパルという男は、よく言えば大胆、悪く言えば無計画だ。この商船を買おうといい出した時も、ローンの返済見込みもなくすぐに契約しやがった。あまりに拙速に決めるから、てっきり深い思惑でもあるのかと思っていた。
こいつと出会ったのは、職業高校時代だ。気の弱い僕のことを気に入り、何度も絡まれているうちに、いつの間にか親友と呼べる関係にまでなった。そして2人でそのまま船舶専門学校に進み、卒業と同時に2人で交易会社を起こすべく企業で働き、そして昨日、ついに僕らの会社ができた。
と言っても、社員は2人。事務所は僕の住むアパートの一室。そして、その会社が所有するのは、この船ただ一隻。
そんな船一隻を操って、僕らは敵地の惑星へと向かっていた。
そして、9日間が経過する。
5回のワープを繰り返し、310光年を進み、僕らは連合の奴らが「ホウキ座γ星」と呼ぶ恒星域に出た。
そこはもはや敵地。かつてここは連盟と連合とが争いを続けていた星域だったが、今は連合の支配下にある場所。
そんな場所に、連盟の識別信号を垂れ流しつつ、悠然と進む2人乗りの小型交易船がいる。
もちろん、何事もなかろうはずがない。
『こちら地球760、防衛艦隊所属の駆逐艦8893号艦!そこの連盟船籍の識別コードを発信中の小型船舶に告ぐ!直ちに停船せよ!さもなくば、攻撃する!』
ああ……僕らは早速、拿捕されることになった……