08 長い一日だった
皇女の寝室の中央には、天蓋付きの大きなベッドがおかれ、いたるところに様々な花が飾られており、とても良い香りがした。
皇女をベッドに寝かせると、侍女と思われる数人の女性とともに エデナが入ってきた。
「ひびき様、ありがとうございます。ではアナ、ひびき様を寝室にご案内してください。」
「いえ ひびき様のご案内はエデナにお任せする。私は、交代が来るまで、お傍を離れるわけにはいかない。
それに、お前はヴァーヴェリナ様から言いつかっていることが、まだあるだろう。」
「この宮の警護でしたら、大丈夫ですわ。皇女様のお着替えを済ませましたら、私もすぐに参ります。」
「…。皇女様のお着替えをさせるのは侍女の仕事だ。お前の仕事ではない。」
「あら、アナ。わたくしも侍女の一人ですし、お着替えを手伝いつつ、皇女様のご体調を確認したいのです。」
「ヴァーヴェリナ様はお疲れになっているだけだ。そうおっしゃっていただろう。お前は早くひびき様を寝室に案内しろ。」
「あぁ、アナ。冷たいわ。私の忠誠心を無下にして。」
私も杏林の一人ですわ とか、ご本人は大丈夫とおっしゃっていましたが、主君の体調管理もまた側近として、侍女としてのお役目ですわ とか、エデナはさも悲しそうに言ったが、アナの言葉に傷つき悲しんでいるようには見えなかった。 なんか、演技っぽい。
そんなエデナの反論に対して
「わかった。わかったから、早く行け。」
とアナは何度も冷たく言い放ち、全く取り合おうとはしなかった。
結局、俺はエデナに案内されて寝室に入った。
用意されていた部屋は、ヴァーヴェリナ皇女の部屋ほど豪華ではなかったが、一流ホテルのスイートルームに引けを取らないものだった。
まあ、スイートルームなんて泊まったことはないけどね。
「ひびき様、そちらの夜着にお着替えいただき、ベッドに入ってお休みください。」
「あ、はい。」
ベッドの上には、上質な布で織られたパジャマが置いてあった。
エデナが部屋から出ていくと、俺は言われたとおりパジャマに着替えて、ベッドの上に横に横たわった。
ベッドはスプリングが効き、しかもふかふかで包み込むようだった。
また、いくつも置いてある枕もよい羽毛が入っているのか、すごくふかふかで頭が沈み込むようだ。
頭の下で手を組んで天蓋を見つめた。
長い一日だったなぁ。
確か、今日、ばあちゃんの葬式だったはずだ。
葬式が終わって、初七日法要がおわって、気が付いたら全く知らない場所にいて。
くそ生意気な幼女が出てきて自分はばあちゃんだと言い張って。
俺は目を閉じた。
そうだ、そもそもあいつは本当にばあちゃんなのか?
確かに俺のことを知っている。
だが、ばあちゃんはあんなに生意気で偉そうな話し方をする人ではなかったし、「救急車とやら」とか「みっちゃんはうれしかったみたい。」とか。
まるで人から伝え聞いたものや、外から見ていたことを話している様だ。
大体、俺の幼稚園のころの夢の話。
『笑っちゃうわ。』
なんて、ばあちゃんだったら絶対に言わない。
だが、俺の黒歴史を山ほど知っているのは、家族ぐらいだろう。
てか、ばあちゃん、図鑑のカバーの中に隠していたのを知っていたんだ。
ああぁ…。
そうか、ばあちゃん鳥が好きだったから鳥図鑑じゃ、まずかった。
昆虫図鑑にしておけば見つからなかったかも・・・。
って、俺何考えてんだ!
俺は思わすが跳ね起きて、頭をぶんぶんと振った。
ああ、恥ずかしい///
今考えなきゃいけないのは、そう言うことじゃなくて…もっと、こう、色々あるだろう!。
俺。しっかりしろ! 俺!
俺は息を整え、少し冷静さを取り戻してもう一度ベッドに体を沈めた。
考えなきゃいけないことねぇ。
まず、状況を整理しよう。
ーはじめに『俺は異世界に召喚された。』
これは間違いない。夢落ちしない限りはね。
若返りのオプション付きでね。
ー次に
『召喚したのはばあちゃんの転生者だと名乗る幼女』
あの幼女は、自分を皇女だと名乗った。皇女ってことはお姫さまってこと?
あんな生意気なお姫様いるのか?
いや、お姫様だから生意気なのか?
大体、、名前の発音が悪いぐらいであんなに言い直させるか。普通。
名前なんて、自分が呼ばれていることが判ればいいじゃないか。
外国人には多少発音が悪くても話しかければ伝わったぜ。まったく。
ばあちゃんで皇女で幼女で美人系でロリババアで。
…。間違いなく、容姿はばあちゃんには似て無いな。
いや、性格なんかもっと似てな…。
て。
あ、また脱線している!
ああもう!
俺は、上半身を再び起こ、し頭をかきむしった。
トントン
俺が頭を抱えていると、ドアを小さくノックする音が聞こえ、つづいて小さな声が聞こえた。
「ひびき様、お休みでしょうか?」
「え、あ、起きてます。」
「エデナです。入ってよろしいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ」
「失礼します。」
そう言うとエデナに続いて侍女二人がドアを開けて入ってきた。
二人の侍女は何かを乗せたトレーを持っている。
俺は体を起こしてベッドに腰かけた。
「お休みになれませんか?」
「ええ、まあ。なんか色々と考えてしまって。」
「それではこちらのお飲みください。休まりますわ。」
「なんですか、それ。」
エデナが右手を軽くあげると、侍女の一人がトレーに乗せたカップを差し出した。
「チンキをお湯と蜂蜜で薄めています。」
「チンキ?なんですかそれ?」
「主にハーブなどの植物をアルコールにつけて、その成分を抽出したものです。
このチンキは、サンハンネス、リーデンとローマン、パーミトンなどからできています。
すべて、安眠効果などがあるハーブです。リラックスできて、よくお休みになれますよ。」
「…。薬ですか?」
俺は少し躊躇った。
「ポーションと、言えなくもありませんが、薬というほどは強くありません。
ヴァーヴェリナ様から『ひびきのいる世界は『魔力』が満ちていないから、この世界の『魔力』に中てられて、気分落ち込んだり嫌なことばかり考えてしまうかもしれない。しばらくの間、それを防ぐためにチンキを飲んでもらう必要がある。チンキで効果がなければ、ポーションを調合しよう。』
とおっしゃっていました。」
お休みでしたら、明日からでもよかったのですが。とエドナは言った。
「薬…。」
「蜂蜜湯に薬酒少し入れたと言ったところです。ああ、でも薬酒もお薬の一種と考えられますね。」
とエデナは笑顔を浮かべ、温かいうちにどうぞ、俺に勧めた。
俺は、少し躊躇ったが、ありがとうと言って受け取り、それを飲んだ。
暖かい蜂蜜湯に、心地よいハーブの香りと、ほんのりアルコール分を感じた。
「あと、こちらはお腹が空いているようでしたらお召し上がりください。」
もう一人の侍女が持ってきたのは、少し縁の高い丸い器に、ふたをする様にお皿が乗っているものだった。
…。それを見て、俺は目を丸くした。
これ。昔、見たことがある…。
侍女は脇机にそれを置き、上に乗ったお皿をとって中を見せると、何やらお菓子が入っていた。
俺に中を確認させると、侍女は、再び皿を蓋代わりに置いて下がった。
「・・・。エデナさん。この国では食ベ物をこうやって盛る、というか、保存するんですか?」
「いえ、これもヴァーヴェリナ様のご指示です。
普段、こういったものをお出しする際には、ちゃんと陶製か金属製の蓋つきの器を使いお出ししますが、ひびき様にはこのほうが良いだろう。とおっしゃいまして。」
ではゆっくりお休みください。とエデナが頭をさげると、二人の侍女もそれに倣い頭をさげ、エデナを先頭に部屋を出て行った。
エデナが部屋を出て言った後、俺はしばらく固まっていた。
…。
ヴァーヴェリナ皇女はばあちゃんで間違いない。
絶対。
こんなふざけた器の使い方をするのは、間違いなくばあちゃんだけだ。
ばあちゃんは、お皿にラップを張るのがもったいない。だが、このままでは食品が乾いてしまうと言って、どんぶりに食べ物を入れて、その上に平らなお皿を置いていた。
コーヒーなんかも余った時、豆皿をマグカップに乗せて、ホコリが入るのを防いでたっけ。
「『魔力』で気分が落ち込むだと?どこが!どうやったら落ち込めるんだあっ!」
俺は一人、大きな声で文句を言いながら、乱暴にベッドに横になった。
ばふっ。と枕に頭を乗せると、枕付近に置かれた小さな布袋から、植物のものと思われる良い香りが漂った。
ホントにもう!。
ばあちゃんを亡くしたばかりだというのに、あり得ないことや驚くことが多すぎて、落ち込む暇もない。
ばあちゃんが皇女で幼女でくそガキでロリババアで。
俺を召喚して。一体何をさせる気だろう。
エデナ達が、口ごもっていたし、とんでもないことをさせる気なんだろうか?
そうだよ。異世界から召喚してまでさせたいということは、かなり重大なことなんだろう。
まあ、ばあちゃんの頼みなら、俺にできることなら、なんでもやるけどさ…。
ああ…。しかし、この袋の香り。いい香りだ。なんの香りだろ…う。
でも、この部屋…は広すぎて落ち着かない…。
大体、部屋のど真ん中で寝るのって…庶民なら…落ち着かない…よ。
ベッドは壁際がいいな…。壁にくっつきたい…。落ちないし…。部屋が広く使えるし…。
ベッドも枕も最高けど、…俺にはちょっと柔らかすぎる…。
もう少…し固い方が寝や…すい…。
ーでも、、きもち…いい…。
疲れていたためか、チンキの効果かわからないが、俺はスッと眠りについた。
お疲れ様。
おやすみなさい。