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02 別れの日

暗い描写があります。

 今日の空は青く、雲は緩やかに流れ、高い所から鳥のさえずりが聞こえる。

 盛りを過ぎた桜は、風がなくとも一枚いちまい花びらを降らせていた。


 小高い丘の上にある建物の前で、俺は草に覆われた土手に座り、そんなうららかな春の風景をただ目に映していた。



「あと一時間ぐらいかかるそうだ。」


 いつの間にか、隣にいた親父が、つぶやきながら煙草に火をつけた。中で吸えないから、出てきたんだろう。


「そっか。」

「お義母さん。最期は寝付いてしまったが大往生だったよ。お前がそばにいてくれたことは、お義母さんにとって、本当に幸せなことだったな。」



 親父はすーっと煙を吐き、空を仰ぎながら言った。


「お前には、お義母さんの面倒を見させてしまったな。すまなかったと思っている。」


「面倒だなんてそんな…。たまたま家にいただけだし、俺もばあちゃんと一緒にいたかったし。」


 俺は振り返り、ホテルのような建物 ―斎場― に目をやる。

 その中でばあちゃんは…ばあちゃんが今 空に送られている。



 俺はゆっくりと前を向き、もう一度桜に目をやる。

 桃色の穏やかな春の景色は、次第に、にじんでいった。熱いものが、頬を伝う。


 親父に気づかれないよう、前を向いたままでいたが、察したのか、まだ残る煙草を携帯灰皿で消して、もう少ししたら待合室に戻るように、と言って建物の中に入っていった。



 俺は空を仰ぐ。


 空からは相変わらずピーチュル ピーチュルと甲高い鳥のさえずり声が聞こえる。


『あれはね、ヒバリの鳴き声えなんだよ。もう春なんだねぇ。』

 ばあちゃんの声が、聞こえる気がする。



 『うらうらに 照れる春日に ひばり上がり

            心哀しも 一人し思えば』


 古文でこんな歌習ったっけ。

 楽しそうな春の日が、途中から急に暗くなるギャップが印象的だった。


 視線を落とし、桜の隙間から目下に広がる街を眺めた。遠くに電車が通過し、車が動いている様子が見えた。あそこではいつもと同じ毎日が繰り返されている。


 -誰かがいなくなっても、日常て続いていくんだ。



 ぼんやりと眺めた後、ふうっと大きくため息をついて立ち上がり、ばあちゃんを迎えに行くために建物に入っていった。



****



 おふくろ達に言わせると結構厳しい人だったらしいが、孫の俺達に言わせると、甘々のばあちゃんだった。


 じいちゃんを早くに亡くし、おふくろたちを育てるため、ずっと働きづめだったそうだ。

 でも明るく、ちょっと豪快で、親切で優しく、お茶目で思いやりのある人だった。


 おふくろが結婚し、俺が生まれることになっても仕事を続けたいと言うと、ばあちゃんは仕事を辞め、俺たちの面倒を見てくれた。

「家族みんなが働いていると本当に大変なの。ささえる者も必要なのよ。」と


 両親は、共働きを続けるためばあちゃん家を改築して、一緒に住むことにした。

 保育園の送り迎えは、ばあちゃんの自転車の後ろ。小学校の学童のお迎えも、ばあちゃんといった風に、子供のころはほとんどの時間を、ばあちゃんと過ごした。


 中学や高校の頃は、べったりとではなかったが、おふくろ達が出張でいないと、妹と三人で外食に出かけたり、学校が休みの際は電車で旅行に出かけたり、スマホの使い方を教えて連絡をとるなど、まあ、思春期の男子にしては、かなりなばあちゃん子だったと思う。


 高校卒業後は、都会の大学に進学して一人暮らしをした。

 バイトやサークル活動、都会の生活が楽しくて、実家にあまり帰らなかった。



 そのまま都会に就職したころから、ばあちゃんは体が弱くなってきた。


 時々、俺や家族の顔を忘れることもあったが、元気な時は俺を心配して、スマホでとりとめのないことを送ってきた。

 俺も、遅くはあったが返信した。


 

 気にはしながらも、仕事に忙殺され、なかなか帰れなかった。

 だが俺は、体調を崩し、実家に帰ってくることになる。



 実家に帰ったおかげで、体調は少しづつ良くなっていった。

 自宅で、無理のない仕事をしつつ、ばあちゃんを介護した。


 目が離せない時もあったが、ケアマネさんと相談しながらデイケアに通ってもらったり、俺がいないときは、近所にいる叔母や従妹が付き添った。



 天気が良い時は、車いすで近くを散歩した。


 外に出た時のばあちゃんは、嬉しそうだった。

 孫の顔は忘れても、好きだった鳥や植物の事は、しっかりと覚えていて、色々教えてくれた。


 そうして、幾つかの季節を一緒に過ごした後、眠っている時間が次第に長くなり、数日前永い眠りについた。


***


 建物の中では、ばあちゃんの周りには親戚が集まっていた。


「みっちゃんおばあちゃん…。」

 小さく小さくなったばあちゃんをみて、従妹や叔母たちが目を潤ませ嗚咽し、叔父たちも鼻の頭を赤くしている。


心哀(こころかなし)し」 はひとりじゃない。


 みんなそうなんだ。

 俺たちは小さく ちいさくなってしまった ばあちゃんを、白い陶器の器の中に収めた。




 家に戻り、初七日を済ませると、親戚はそれぞれ帰って行き、実家の中はしんと静まり返りった。



 いつまで続くか分からない介護が突然終わり、悲しむ間もなく葬送した。

 それも さっき終わった。



 葬送の準備や親戚との思い出話が悲しさを一時紛らわせてくれたが、それも終わった今、寂しさがさらに増してきた。



「ばあちゃん。」

 小さな祭壇の前に行き、骨壺にそっと手を置いた。


『ばあちゃん もう苦しくないんだよね?どこにでも行けるんだよね?

 ばあちゃん。戻れるなら何時に帰りたい? 子供のころ? じいちゃんと結婚したころ? 俺達と一緒にいたころ?』


 祭壇に置いた ばあちゃんの写真に問いかける。

 写真のばあちゃんは、俺に微笑みかけたままだった。


 俺は立ちつくしたまま、その笑顔を見つめていると、世界が、にじんできた。

 にじんだ世界がだんだん白くなっていった。



***


 白くにじんだ世界…・

 え?  なんか変?


 瞬きをする。。

 見たことのない景色だ。


 俺の実家は、普通の家で、間違ってもこんな建物ではない。

 それに『わたしは、ばあちゃんだ』なんて、妄言を吐く金髪美幼女なんて、うちにはいない。


 疲れてる…。

 かなり参っている。


 何も言えず、ただただ 立ち尽くしてしまった俺を見て、妄言美幼女が言った。


「おや、止まってしまったぞ。ゼンマイが切れたか?」


 ゼンマイ切れたって。。なんだ?!

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