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22 契約


「はじめまして。近衛軍医 ディアノス=クロロヴェ少尉と申します。よろしくお願いします。ディノとお呼びください。」


 胸に拳を当てて挨拶した青年は、そう名乗った。


 今日の最後の面会人となるであろうディノも、感じのいい青年だった。

 俺はいつもの様に挨拶を繰り返した。まだ決定ではないが、これから近衛と魔術の訓練をするなら、色々と世話になると思うし、少し話がしたい。には、したいのだが。


「ディノ。ごめん。いきなりだけど、お願いがあるんだけど。」

「はい? 何でしょう。」

「悪いけど、キールを診てやってくれない?」


 そう。キールである。

 さっき、イネスが出て行く時に、初めて気が付いた。すごく顔色が悪い。今日、初めて他人に仕えて、いきなり夜までぶっ通し。苦手な貴族を相手に無理していたのだろう。

 気づかなくてごめん。


俺の突然の願いに、キールはかなり驚いたようだった。


「私は大丈夫です。何ともありませんから。」

 

 慌ててそう言ったが、額には汗がにじみ、血の気が引いている。

 診てもらった方が絶対にいいってという俺と、ひたすら遠慮するキールのやり取りをディノは始め面食らってみていたが、次第にぬるい眼でみながら苦笑し、キールに主人の命令だよと言って、診察してくれた。


「特に問題ないと思いますよ。今日が初めての出仕だったから、疲れが出たのでしょう。」


 若いし、一晩休めば大丈夫だろうと言ってくれた。

 よかった。新人君を朝から晩までこき使い、体調を悪くさせたなんて、まるでブラック企業だ。一日で退職願を出されたらどうしよう。


「キール。明日辛かったら休んでいてもいいからな。外に出られなくてもいいし。」


「いえ、大丈夫です。明日もぜひ、お仕えさせてください。」


 …。何て真面目なんだろう。いい奴だ。

 今日はもう休むように伝えたが、結局俺の『魔力酔い』の診察が終わるまで待っていて、ディノと一緒に部屋を出た。ディノはキールを部屋に送ってくれると言ったので、一安心だ。



 


「キールだったっけ?イネス様は何だって?」


 ひびき様の部屋を退出して、一緒に廊下を歩いていた私の言葉に、キールはびくっとして、黙ったままだった。


「先ほど部屋を出て行かれる際、声をかけていたでしょ?」


 先ほどのイネスさまの行動。

 一見、肩を触りながら、ねぎらいの声をかけていたように見えるが、あれは、触れられた本人にしか聞こえない術を使っている。

 ひびき様は、彼が疲れたと勘違いしていたが、イネスさまの言葉に青くなったと考える方が、しっくりくる。




***


 今日、午前の訓練が終わった後、私は隊長室に来るよう言われた。


- 何だろう。何かやったかな?


 取り急ぎ水浴びし、着替えていると、近衛の仲間たちが、何しでかしたんだよ? と冷やかしてくるが、全く心当たりがない。


 不安に思いながらも隊長室に行くと机に座る隊長の横に、遠方に出張中のはずのイネス様が立っていた。



「近衛軍医 ディアノス=クロロヴェ少尉 参りました!」


 右手を握り胸にあてる。これは軍式の挨拶だ。


「ご苦労。食事前にすまんな。」

「いえ、とんでもありません!」


「実は、本日からお前に要人警護を命ずる。」

「はっ!」


 - 今日付だと? いきなりだな。


「護衛対象はヒビキ=トーリィ。詳しくはイネス殿から聞け。」

「はっ!」


 ― みんなが噂していたエデナ様が連れていた少年か。


「畏まらなくていいよ。楽にして。」

 イネス様の言葉で、俺は腕を下ろして後ろで組んだ。




「ヒビキ=トーリィのことは、聞いた?」

「いえ。存じ上げません。」

「本当に?」


 イネス様の笑顔に、私はこれ以上誤魔化すのは失礼と思い、本当の事を言った。


「…。実はエデナ様が黒い瞳の少年を連れ歩いていると、噂を聞きました。」


「そうだよね。瞳の色だけでも目立つよね。」

 イネス様は苦笑いをした。


「彼は『黒の者(アーテル)』ですか?」


「いや違うよ。彼は遠い異国の者で、その国の者は黒髪に黒い瞳を持つ者が多いだそうだ。

 彼の国は、我が国より技術的にかなり進んでいるらしく、その知識を我が国の発展に生かしてもらいたいと考えた皇女様が招致したんだよ。

 魔力は、現在のところ未知数だし、本人は『魔力は持っていない。』と言っているみたいだね。」


「そうですか。」


「さて、今から話すことは、ここだけに留めおいてくれ。

 彼は近いうちに皇女様に臣従し、この国の人間になる予定だ。彼はね、我が国に大変興味を持っていると聞くし、私も彼に、この国の中を自由に見てもらい、自国との違いを教えてもらいたいのですよ。」


「自国との違いとは?」


「そうだね。細かい事でいいんだよ。例えば、普段使う道具の違いや、新しい概念とかをね。彼の持つ文化と、我が国の文化と交われば、我が国の産業や文化に必ず革新をもたらすと考えているんだよ。


 でもね、新しいことを始めようとすると、必ず抵抗勢力や、利益を独り占めしようとする者もでてきて、本当に困っているんだよ。彼が革新を始めると、いつ、どんな奴に狙われるか分からない。そこでテミール隊長に君を紹介してもらったって訳さ。」


 そうか。イネスさまは、その少年にかなり期待を寄せている。


「分かりました。」


「あと、彼は我が国の貴族の習慣は、一切知らないみたいなので君が一緒にいる中で、貴族としての立ち居振る舞いを教えてやってくれないか? また、彼の国は、この国より魔力が薄いらしくて、この国の強い魔力に対して「魔力酔い」という症状が出るかもしれないと皇女様がおっしゃっていた。それを診察してあげてほしい。

 つまり、護衛兼、教育係兼、主治医だよ。君が適任だと思わないか?」


「え、私は貴族と言っても…。」

 

「大丈夫ですよディノ。君は立派な貴族だ。自信を持って。」


-イネス様は私の事を、知っているんだ。


「ありがとうございます。承諾いたしました。」


 私が承諾すると、イネスさまは、魔力酔いに関することや、少年が話したその国の文化と思われる事柄は、随時報告書で上げるようにと指示をして、部屋から出て行った。




 イネス様が部屋から出て行くと、テミール隊長の魔力が感じられた。盗聴探査だ。


 -今、この術を使うと言う事は、テミール隊長はイネス様を警戒しているのか?


「ディノ。まあ、座れ。」

「はい、失礼します。」


 盗聴器具・魔術が仕掛けられていないことを確認すると、テミールは盗聴防止の術をかけてから、ディノに声をかけた。


「急なことですまんな。イネスがお前を名指してきたんだ。」


「なんで私なんですかね?」


「さっき言ってたとおり、近衛で医務官のお前を付けるということは、死なれちゃ困るということなんだろう。」


 近衛のことまでよく知ってるよ。まったくと隊長はつぶやいた。



「本当に『黒の者』ではないんですか?」


「分からん。だが、あの少年に対する期待度はかなり高いな。あのキツネは何を考えているのか分からんが気を付けろ。あの顔に騙されるな。」


 - 間違いない。テミール隊長はイネス様を警戒している。


「急と言えば、今し方、エデナが皇妃宮に派遣された。」

「え? エデナ先生がですか?」


 エデナは医務官だ。

 しかも技術的にも人格的にも優れた医者に贈られる「杏林」という称号をあの若さで受けている。後進の育成にも力をいれており、軍医学校で講師として指導をしてもらったディノにとっては、言うなれば師弟となる間柄だ。


「ああ。つい先ほどだ。

 昨日、エデナがヒビキ=トーリィと話している所を、遠目で確認させている。

 読唇なのではっきりとは分からない様だが、彼は弾矢について、かなり情報を持っているらしい。エデナはそれを聞き出していたから、皇妃宮に追い出されたのかもしれん。


 ディノ。さっきイネスお前に指示した『ヒビキ=トーリィ報告書』だが、イネスには内密に、同じものを俺にも提出しろ。あの少年は、他にも何か知っているかもしれん。」


「承知しました。」



 弾矢は威力のある武器で、その開発は軍にとって欠かせないものだ。

 テミール隊長は、皇国軍から異動してきている。戦場の経験も豊富だ。だからこそ、警戒も怠らないし、強い武力を欲している。



 強力な武器の情報を持っている少年か。


 私は警戒しつつ、イネス様と一緒に彼とあいさつに伺ったのだが、そこにいたのは、成人したばかりぐらいの少年だった。

 しかも、自分の事より側仕えの体調を気にして、私に診察を()()()する。お願いなんかしなくても、命ずればいいのに。とてもそんな物騒な情報を持っている少年には見えない。


***



「キール。君を責めている訳じゃあないよ。そんなに顔色が悪くなるぐらいの事を、言われたんでしょ? 言ってごらん。誰にも言わないから。」


 私は優しく青ざめているキールに問い直した。


「あ、あの。」

「君がそんなだと、ひびき様が心配するよ。君は彼の側にいたいんだよね。」


 彼は少し考えていたが、このあとひびき様には内密に、イネス様の部屋に来るように言われたと小さな声で話した。


「そうか。解かった。じゃあ私も一緒に行こう。」


 驚き、遠慮する彼を尻目に、私もイネス様の執務室に向かった。




「おや、ディノも一緒ですか?」


 執務室に行くと、イネス様は数人の書記官と一緒に未だに仕事を片づけていた。

 ひびき様が心配して、キールを部屋まで送っていくよう言われたのですと言うと、イネスさまは苦笑して我々にソファーに座る様言った。



 完全防音をしてから、イネスは話し始めた。


「細かいことは抜きにして、キール。先ほど言ったとおり、君はエデナのスパイだね。エデナは当分帰ってこないし、連絡も取れない。」


 - キールがエデナ様のスパイ? 

   彼があんなに驚いたのは、呼ばれたことより、エデナが居なくなったからなのか。


「スパイだなんてそんな…。」


「エデナにひびき様の情報を流すよう言われたでしょう?」


「…。」


キールは黙ってうつむいてしまった。否定しないと言う事は、肯定したのと同じだ。




「話せないよね。エデナと『契約』しているようだし。」

「は…い。」

「君には側仕えを外れてもらうよ。」

「そんな! それだけは。」


 キールはさらに青ざめ、震え始めた。ダメだ。イネスさまは()()()()()()を考えている。


「イネス様、お待ちください。ひびき様はキールの事を気に入っており、先ほども彼の体調をとても心配していました。キールが来なくなったら、不審に思います。

 キールはこの様に、隠し事が出来ないようですし、ひびき様に害することも無いと思います。」


 私の発言に、イネス様は、思ったことが顔に出てしまうのは、側仕えとして考え物ですがねとつぶやいて、しばらく考えた。


「本当は、こちらの者をつけた方が楽なのですがね。まあ、目まぐるしく人を変えては、ひびき様にが気が休まらないでしょう。このままとしますか。

 でも、君の『契約』は、私としてもらいましょうか。」


 良いですね?とイネス様はキールに聞いたが、同意を求めているわけではない。イネス様との『契約』は決定事項だ。



『契約』とは、魔術によってその者を縛ることである。

『二重契約』の付与は、大変、危険である。


『契約』術にも強弱があり、幸いにして、始めの『契約』より強い術をかけられた者は、始めの契約がかき消され、その強大な契約に従うし、弱い『契約』をかけられた者は、初めの契約により新たな『契約』はかき消される。


 だが、普通の場合、元々の主の承認を得られない『契約』がかけられると、その者は、双方の『契約』で、文字通り引き裂かれてしまう。


 そうならずに契約するためには、元の契約者が解除した後、新たな契約者が付与することが普通なのだが、イネスは力技でキールと『契約』をしようとしている。



「大丈夫ですよ。私の『契約』は、エデナより数段強いですから、引き裂かれることは多分無いでしょう。」



 イネスはレリムを撫でると詠唱し、キールに手をかざした。

 手から出た光がキールを包む。イネスは契約条件を口にし、同意しますね?と尋ね、キールは震えた声で同意しますと答えた。これで契約は成立だ。

 キールの顔からは血の気が引いている。それはそうだろう。光はしばらくの間キールを包んだのちに収まった。


 よかった。キールは無事だ。生きている。



「エデナはあなたに執着しているようですね。かなり強い契約です。『契約破棄』ができませんでしたよ。」


 - え?  『契約』が成立できなかったのか?キールは無事なのに?


「ではキールはエデナ様との『契約』のままですか?」


「いえ、私と『契約』してもらいました。」


 私は混乱した。『二重契約』をかけられては生きていられないはず。



「エデナの『契約』を内包したまま、私の『契約』をしました。私の『契約』がエデナの『契約』を抑えている間は、引き裂かれることは無いでしょう。

 その間にエデナには『契約解除』をしてもらいましょう。なに。スパイとばれた者に執着はしないでしょうから、すぐに解除してもらえますよ。」


 この契約方法は色々面倒ですから、口外してはいけませんよ、とイネス様は我々に言った。

 上位の魔術を使える者は、そんなこともできるのか。ともかくキールが助かってよかった。



 執務室を退出し、まだ青ざめているキール励ましながら、部屋に送っていった。



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