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21  成り下がり?

 陽が落ちて、夕食の時間になった。


 今日の夕食のメインはポトフだった。肉とカブ、玉ねぎ、ジャガイモが、ほどよく煮込まれておいしい。


 数日間見た限りだが、ここの食事は素朴な物ばかりで、あっさりとしている。健康に気を使っているのだろうか?


 パンはライ麦パンか、胚芽パンの様で、真っ白ふわふわではない。それに、生野菜サラダは出てこない。

 生野菜って、冬は温室栽培だったっけ? ここには温室はないかもしれない。まだ、三月終わりぐらいなら、緑の野菜は食べられないな。


 ただ(めし)をいただいておいてなんだが、たまにはガッツリとした脂の乗った焼き肉なんぞ食べたいものだ。それに、ドレッシングやマヨネーズたっぷりのサラダなども捨てがたい。


 人に望郷の念を起こさせるのは、実は、食べ物が恋しくなるのが一番の理由なのかもしれないな。



 いや、食べ物だけではないな。

 ここに来てから、お風呂に入ったことが無い。入浴と言う習慣がないのか。


 身体をタオルで拭くことがあっても、シャワーを浴びたり、湯船につかることをしたことが無い。これは、温泉好きでもあり一日の終わりにゆっくり湯船につかり、疲れをいやす典型的な日本人の俺にとっては結構つらい。


 - ジューシーな肉と風呂。 ああ、恋しい。こんなに短期間で。




「ひびき様。お口に合いませんか?」

 いつの間にか食事の手を止めて、ガッツリ妄想の中に入ってしまった俺に、キールが心配して声をかけてきた。


「ああ、ごめん。美味しいよ。」

「でしたら、良いのですが。」

 お口に合わなかったら、取り替えますので、おっしゃってくださいねと言われてしまった。


 いや、そんな贅沢は言わん。子供の頃からばあちゃんに『好き嫌いなく、残さず食べなさい。』と育てられたおかげで、苦手なものはあるが、食べられないほど嫌いなものは、ほとんどない。


 脂の乗った肉と風呂の誘惑のせいで、キールにいらん心配をかけてしまった。ちょっと反省し、そのまま食事を続けた。



 あと少しで食べ終わる頃、ドアをノックする音がした。


 キールがドアに向かう。男の人の話し声がする。どうやら、誰かが俺に会いに来ている様だ。キールが少し困った顔をして、俺の方を振り返り、通してよいかと尋ねてきた。食事も今、終わったし、問題ない。入ってもらっていいよ と返事した。



 入ってきたのは長身の男二人だった。

 一人は金髪長身で、なんか、こう、キラキラしている美青年と言うか大人。

 もう一人は、こちらも背が高く、明るい髪色で、見るからに、好青年という感じだ。剣を帯刀し、大きなカバンを持っている。アナと同じ服装だ。護衛の人かな?



- ほんと。この国って美形多いな。 へこむわ。

  あ、そんなことないか。ミーナがいる。


 いやいやいや。ミーナが不細工だと言っているわけではない。そんな事を聞かれたら、恐ろしい事になりそうな気がする。ミーナも整った顔かたちをしており、可愛いか美人かと聞かれると美人顔だ。

 ただ、あのガタイ・気っぷの良さ・迫力からすると、美人と評するより『(あね)さん!』と評した方が、ふさわしい。


 俺が脳内で一人会議をしていると、キラキラ金髪男が、まだ、お食事中でしたか。申し訳ございません。と話しながら歩み寄ってきた。もう一人の青年は、入り口付近で立ったままでいる。

 俺も、もう終わるところでしたから、大丈夫です。と答えて席を立った。




「はじめてお目にかかります。私、イネスティス = ムナ = ビナヒヌ = ケテルビンケサン = サリエノヴァンと申します。ヴァーヴェナ様の書記官を務めています。」


 …。相変わらず長い名前だな。一度では覚えられない。


「こちらこそ、初めまして。私ヒビキ=トーリィと申します。皇女様の書記官ですか? では、エデナさんと同じお仕事ですね。親戚の方ですか?」


「ええ。エデナは私の部下になりますが、親戚ではありません。」



 そうかそうか。

 エデナさんの上司ですか。さぞかし、キラキラした職場だろうなぁ。

 あの皇女。部下を顔で選んでるんじゃあないだろうか? そういえば、ばあちゃん、宝塚が大好きだったし。



 イネスにソファーを勧め、キールにはお茶のを頼んだ。


「ええと、イネスティス = ムナ =ビナ…ひ?」


「イネスと呼んでください。私も、ひびき様とお呼びしてもよろしいですか?」


「もちろんです。できれば、呼び捨てでもかまわないのですが。すみません。この国の方のお名前。長いものですから一度で覚えきれなくて。」


「ああ。先ほどお伝えしたのは、全てが氏名ではありません。真ん中あたりのややこしいのは、官職名で、一番初めが名前。最後が苗字になります。」


「そうなんですね。」

だから、エデナと同じような名前に聞こえたのか。



「で、イネスさん。私に何か?」


「ひびき様。ちょっと待ってくださいね。」


 イネスはそう言うと、左親指で人差し指に着けている指輪をこすりながら、口の中で何かをつぶやいた。周りの音がスッと遠ざかり、静かになる。


 え、ええ? キョロキョロと驚く俺にイネスは言った。


「ちょっとした魔術です。これは完全防音。よほどのことが無い限り人に話していることを聞かれることはありません。口形(こうけい)も読みにくくなり、読唇(どくしん)されることもほとんど無くなります。まあ、逆に、外の音が聞こえなくなってしまうのが難点ですが。」


「魔術! 初めて見ました!」


「いやいや。そんなことは無いはずです。ひびき様がここにいらっしゃったのも、魔術ですから。」


「え?」

この男、俺が召喚者だと言う事を、知ってる?


「ええ。私もひびき様が召喚者だと言う事は、存じております。」

 驚く表情を見て察したのか、イネスはさらりと言った。




「そんなに驚かないでくださいよ。皇女様の侍従の一部の者だけですが、ひびき様が召喚されたのを知っていますし、皇女様が以前から、貴方様の召喚を、心から望まれていたことも、存じています。」


 イネスは、キールの出してくれたお茶を優雅に飲みながら言った。

 イケメンは何をしても様になるな。くそっ。


「そうですか。知ってる方が他にもいらっしゃるとは知らなかったので、驚きました。エデナさんに、内緒にするように言われていたものですから。」


「そうですね。エデナの言うとおり、この事は内密に願いします。

 召喚を知る者すべての側近とは、近々顔合わせを行いますので、その者達以外には『遠い国からきた貴族』ということにしておいてください。

 特に、近くに居る者。側仕えや侍女には知られないようにしてください。彼らは噂好きですので、知れると、瞬く間に広がってしまいます。」


「分かりました。誰にも言いません。」


「ところで、ひびき様は外に出たいとおっしゃっていると聞きましたが。」


「エデナさんから聞きましたか? ははっ。せっかく、異世界に来たのですから、この世界を見て回りたいのです。でも、ばーさま いや、皇女様には、室内から出るなと言われていましたがね。」


「そのようですね。でも、折角ですからこの世界を見てみたいですよね。」


「ええ。できれば。」


「私もひびき様の立場ならそうしたいと思いますよ。ですが、ひびき様。邸内とはいえ、外に出てみてどうでしたか?」


「実は…。」


 外に出ると、家人たちが俺を避けるのがよくわかる。多分、侍女のエルシャから聞いたように、魔力が強いと思われているのだろう。だが、それだけで避けられるのは心外だ。

 イネスは俺の話を話を聞くと、やはりねと言って理由を説明してくれた。



 エルシャが言ったとおり、黒い髪・黒い瞳を持つ人間は、この世界には、ほとんど存在しないが、まれに現れる者は、強い魔力を持つ事が多いらしい。


 強い魔力持ちというだけなら良いが、彼らの性質は粗暴で、魔力を犯罪や戦争で行使し、多くの犠牲者を出すことから、『黒の者(アーテル)』と呼ばれ恐れられているらしい。


 エデナは髪の色を変えれば、何とか誤魔化せるだろうと考えたらしいが、それでは片手落ちでしたね。と言った。




「ある程度の魔力があれば、違う色にみせることがみせる可能なのですが。」


 魔術って、そんなこともできるんだ。

「残念ですが、私は魔力が無いので。」


「ちょっと額に触れさせてもらってよろしいですか?」



 イネスはそう断ると俺の眉間の真ん中に自分の2本の指を当て、目をつぶった。

 その指からは黄色い光が漏れ出る。何かの魔法を使っていた。


 少しして、イネスは目を開け、静かに言った。


「そうですね。魔力は今のところゼロですねぇ。こんなの初めてです。ひびき様はどのようなところでお育ちになったのでしょうかね。とても興味深い。」


 イネス曰く、この世界の者はだれでも少しは魔力を帯びているらしい。ただ、魔術として使えるレベルは貴族だけで平民だと、ほとんど使えない。

 使えるとしても、せいぜい『感の鋭い人』どまりか、占い師、もしくは怪しげな祈祷師になるものもいるらしい。


 ― 魔力0

 へこむ俺に気付いたのか、イネスは付け加えた。


「いや、ひびき様落ち込むありませんよ。ひびき様の世界にない、魔力がここには満ちているわけですからこれから発芽する可能性もあります。それに魔力少ない者も、訓練次第で魔力が増えることがあるのです。どうですか? やってみませんか?」


 魔力は体の中に種の様に眠っており、何かの刺激で魔力が使えるようになることを、『発芽』と表現していた。発芽するか否かは、大体10歳ぐらいまでが目安だそうだが。


 また、貴族でも魔力が少ない者、時には殆ど平民レベルの者が生まれることがあるらしい。だが、貴族は魔力を増やす方法を知っており、子供の頃からそれを行い、ある程度のレベルに高めているらしい。

 実年齢27歳で今高校生程度の俺には難しいかもしれない。 


「訓練と言うと、何をすればいいんですか?」

「簡単に言うと、筋トレと瞑想ですね。」

「筋トレ? 瞑想?」


 そんなのは向こうの世界でもやっている。だけど誰も魔術なんて使えない。あ。そうか。向こうは魔力が満ちていないからか。


「体を動かすのがお嫌いでなければ、近衛の訓練に参加してみてはいかがですか?」

「近衛のですか?!」


 いきなり軍の訓練ですか? と驚く俺に、無理せずできる範囲で大丈夫ですし、もしこの世界を旅してみたいなら、ある程度は自分で自分を守れるよう、最低限の武器を使えるようにしておかないと危ないと言われ、もっともな話だと思った。


 もともと、体を動かすのは嫌いではないし、一日、本を読んでぶらぶらしているのも、さすがに飽きてくる。できる範囲でいいならと、お願いをした。

だた、目の色の事は大丈夫なんだろうか?



「そうですね。そのことについては、近衛や家人に明日、この様に伝えましょう。


『ひびき様は、皆が知らないような遠い異国の貴族だが、()()()()()によりその国から一人で逃走し、命を狙われている。

 そのことを知った皇女様が、臣従することと引き換えに亡命を認め、極秘裏この国に連れてきた。目は黒いが、『黒の者』ではなく、魔力も強くはない。』


 と。こんな所ですかね。」



 - 賓客から家来。成り下がり?

   普通異世界転生や召喚の話って、成り上がっていくもんじゃない?


「つまり。俺、いや、私は、外国の逃亡貴族で、皇女の家来になる代わりに、この国に置いてもらった。と?」


「まあ、そんなところです。」


「あの皇女様の家来ですか…。」


 イネスは続けた。


「ひびき様が、外国から招致された貴族の技術者のままでよければ、このまま迎賓館にお泊り頂き、外出なども制限しなければなりません。もちろん、近衛の訓練に参加などできません。


 ですが、亡命者としてこの国の人間となり、家臣となるのであれば、ある程度は自由に動けるようになりますし、皇女様をお守りするため、訓練に参加して魔力を発芽させたり、高めることも可能かと考えますが、いかがでしょう。」


 付け加えると、私たちが使っている様な、もう少し実用的な部屋に代わること、できますよ。と言う。


「なるほど。では、それでお願いしたいです。でも、皇女様は俺を隠しておきたかったようですが、臣下になって、みんなの前に出ても、そもそもの召喚目的は果たせるのですか?」


「十分に果たせると思いますよ。」


イネスは即答した、皇女の目的を知っているに違いない。


「イネスさんは、召喚の目的をご存じなんですね。教えていただけないでしょうか?」


「目的ですか…。私の口からは、申し上げられませんので、皇女様から直接お聞きください。」

 

 イネスにも断られた。

 しかも、キラキラした表情が少し曇っている。あの皇女は一体何をさせる気だなんだろう。



 その後も暫く二人で色々と話した。

 イネスはイケメンだが、気さくないい奴だった。

 俺の話にとても興味を持ってくれたし、俺の知りたいこの国や世界の話も色々話してくれた。


 そして皇女に振り回されていることも話した。今日もまだ、押し付けられた仕事が残っているらしく、これから、仕事に戻らなければならないと言った。すまじきものは宮仕えですよねーと言ったらさらに意気投合し、また時間を作って色々な話をしよう、一緒に酒を飲もうと約束した。


 話が終わると、長々とお話しして申し訳ない。楽しかったのでつい長居をしてしまったと言って、先ほどと同じく指輪を撫でた。

 すると、先ほどまで聞こえなかった、暖炉の薪がパチパチ燃える音が聞こえ始めた。



「あ、そうそう。大切なことを言い忘れました。大変急で申し訳ないのですが、エデナが離宮を離れました。」


「え?何でですか?」


「宮廷より直々に皇女様の母君、つまり、皇妃様の主治医を任命されたのです。本当に急な事だったので、ひびき様にご挨拶できずに申し訳ないと言っておりました。落ち着いたら、手紙が来るでしょう。代わりの主治医を、紹介しますね。」


 そう言って、先ほど一緒に入ってきた近衛の衛生兵を呼んで、紹介してくれた。

 では、と言ってイネスは席を立ちドアに向かった。


 キールがドアを開けると、イネスはキールの肩にポンと手を置いて『ひびき様を頼むね。』とにこやかに話して出ていった。側仕えにも気を使える、本当にいい奴だ。


 だが、キールは心なしか青ざめて見えた。貴族に緊張したのだろうか。それとも一日側仕えして疲れたのかな? 大丈夫かな?


 俺は心配しつつも、部屋に残った近衛と話し始めた。



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