20 側仕え
過保護監禁生活から解放された翌日。俺に、側仕というものが付いた。
朝食後。
早速、邸内探索…いや、散策に向かおうとすると、ミーナにお待ちくださいと呼び留め止められた。
ミーナの話では、今日から側仕えと言う召使い?家来?が付くらしい。
到着が遅れているが、その者が来るまで部屋を出ないようにと言われたのだ。 聞いていないぞ、そんな話。
「え、いいですよ。邸内ぐらい、一人で歩けますから、大丈夫です。」
と、とりあえずは、丁重にお断りした。
生まれてこの方、側仕えなんて付いたことが無い。一人のでいる方が気が楽だ。
だが、ミーナ曰く、そもそも外国からの賓客が、一人で邸内を歩くことはないそうだし、一人歩きしていたら、下手をするとスパイと疑われてしまいますよ。と脅され、しぶしぶ納得して待つことにした。
少ししてから、部屋にやってきたのは、今の俺と同じぐらいの年齢の少年で、キリル=アディシャンと名乗った。通称、キール。 茶色の髪に、緑色の瞳を持ち、俺より少し背が低い、『可愛い系』の男子だ。
「私はヒビキ=トーリィと言います。 出身地は…。事情がありまして、詳しくお話しできませんが、他国から皇女様の招致を受けて来ています。…。」
とりあえず、自己紹介をするが、出身地を話す訳にも、経歴を話す訳にもいかず、自分の事で話せることはほとんどない事に、気が付いた。
…。ダメだこれは。これではどう見ても怪しい男だ。どうしよう。キールも緊張しているのか、警戒しているのか、ほどんど話さないし、表情も硬い。
こりゃいかん。これからずっと一緒にいる相手なんだ。もう少し親密度を上げておかないと。
「キールはどこの出身なの?」
「…。お耳触りとなりますので、申し上げかねます。」
「そう…。」
これって、プライベートの事は聞いてくれるなって事なんだろうか。趣味なども聞いてみたが、返事は短く、そっけない。やっぱ、プライベートを聞くのはハラスメントだろうか? でも、何を話せばいい?
焦ればあせるほど、この世界の人との共通の話題なんて、簡単に思い浮かばない。
いや。
男には、普遍的な共通の話題がある! あるには、ある。
だが、初対面でいきなり『おにーさん。どんな女の子が好み? へっへっへっ。』なんて、呼び込みのおっさんじゃあるまいし、聞ける訳がない。そんなこと聞くと、チャラい奴だと思われてしまう。
そもそも同性が好きだったら、普遍的な共通の話題ではななくなる。うん。ボツ。
俺は必死に話題を探し、一所懸命に話しかけたが、会話は続かず、盛り上がらずで、気まずい空気が流れた。その空気の重さに、いたたまれなくなり、スッと席を立った。
「散歩に行く。」
「お供しいたします。」
あ、やっぱり、ついて来る訳ね。
キールはクローゼットからコートを取り出して、俺に着せた。そして俺に先立ちドアを開け、頭をさげた。 お。お貴族様っぽいじゃん。
その後も、3歩ぐらい後ろを黙ってついてきては、ドアがあれば開けてくれた。
迎賓館のドアを開けて外に出ると、冷たい風が吹き抜けた。
今日は少し冷えている気がする。
この皇国は、何とか大陸の北方に位置していると、エデナから聞いていた。
また、種まき月とは、大体3月ぐらいだから、日差しが強くなり、暖かくなって来たと聞いたものの、吹く風はまだ冷たい。
「今日はちょっと寒いな。」
「おっしゃるとおりです。」
てくてく。 会話が続かない…。
側仕えってこんなもんか?
あても無く歩き続けるが、もっと、こう、話題を振ってくれないかな。?
『あちらがリステリア皇国名物の…』とかさ。
「どこか、おすすめの場所ない?」
「申し訳ございません。この離宮は私も初めてでございまして。」
「キールが植物とか、詳しいの?」
「さほどでは、ございません。」
「…。」
てくてく…。 主人は俺のはずなのに、俺の方が かなり気を使ってる?
「キールは食べ物、何が好き?」
「何でも、おいしくいただきます。」
「そう…。」
てくてく…。 あちこちと歩く俺に、黙ってついてくるキール。
てくてく……
「…。 もうすぐ昼だな。帰るか。」
「承知しました。」
昼食になった。
今までエルシャが行ってくれた給仕は、キールの仕事になっていた。
キールは、俺の行動をよく見ており、タイミングよく皿を下げ、次の食事を出してくれる。
コミュ障な新人君かと思ったが、存外、気配りができるやつかもしれない。
この離宮は初めてと言っていたし、側仕えも初めてだからと言っていたから、緊張しているのだろうか? それとも、素性不明の怪しい奴で、エルシャが言っていたみたいに、俺に強大な魔力があるとでも思っているのだろうか?
誤解を解くにしても、この状態じゃあ、まともに聞いてくれないだろう。
食事をしながら、色々考えていたら、ふと、良いことを思い出した。
そうだ。高校時代、同じように緊張していた部活の後輩にやったところ、その後はかなり打ち解けることが出来たし。
よし。やってみよう。緊急イベントだ。
側仕えは主人の食事が終わってから、別の所でとるらしく、部屋から一時退出した。俺は食休みも兼ねて、キールが昼食を終えて戻ってくるのを待って、また散歩に出ることにした。
キールは、午前中と変わらず無言だった。
変わらないか。なら、よし。イベント発生だ。
ダッ!
(うおおおお!)と心の中で叫びながら、俺は突然、猛ダッシュした。
最近、走っていないが、足にはけっこう自信がある。瞬く間に、キールとの間にかなり距離が出来た。
ふっふっふっ。さあ、キール君。どうするよ?
俺の突然の猛ダッシュに驚いてか、キールはしばらく何が起こったか分からず、ポカンとしていた。
しかし、ハッと我に返ったらしく、お待ちくださいと言いながら、表情を変えず、俺を信じられない速さで追いかけ始めた。
うわっ速っ! なにこの速さ! しかも無表情で手の平を広げて走ってくる。 お前はハンターか?!
俺は、追いつかれないようにさらにスピードを上げようとしたが、最近走っていなかったからか、全くスピードは上がらない。そんな俺に対してキールは、見る見るうちに距離を縮めてくる。
― あ、角だ! よし!
あと少しで追いつかれそうな丁度いいタイミングで、建物の角を見つけた俺は、突然、曲がってキールの視界から隠れた。
そして、そのままキールを待ち伏せし、すごい勢いで角を曲がってくるに彼に向かって「わっ!」と大声をかけた。
これにビビらないやつは、そうは、おるまい。 ふっ。
「うわっ!」
案の定、キールは文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。
だが、その彼の反射的な行動に、逆に俺の方がもっと驚かされた。彼は、反射的に軽く2階の窓に届く高さまで飛び上がったのだ。
すごいジャンプ力。こちらの世界の人間はみんなそうなのか?
俺は息も切れていたが、驚いて声も出なかった。
そして、羨望の眼差しで、キールをジッと見つめた。
キールは地面に片膝と両手を付けて着地すると、うずくまったまま、そんな俺を、気まずそうに見つめ返した。
「キール…。」
ゼイゼイと、息が切れていて、上手く話せない。
「失礼いたしました。。」
キールは、そのまま膝に握った手をあて、跪いた。
「キール… お前…。」
やべ、まだ息が苦しい。
「…。はい。隠していて、申し訳ございません。私は、お察しのとおり…」
「お前、すごいな!!」
「え?」
「なんだよ、今のジャンプ!スゲーじゃん!」
「あ、あの?」
「どうやったらあんなに跳べるんだ?スゲー身体能力じゃん!」
「…。それは、私が…亜人だからです。」
「え、お前亜人なの?」
「…。はい。」
キールは項垂れて、下を向いた。
おお!初亜人! ますます、異世界らしくなってきた!
「スゲー!初めて会った!カッケー! 聞いていい? 何?何族?なんの亜人?」
「はい?」
「え、でも、尻尾も耳もないよね。」
興奮気味に話しかける俺に、キールは冷静に話し始めた。
この世界の亜人も、ゲームなどでよくある様に、耳や尻尾があるのが普通だが、中には、それを隠すことができ、人間と全く変わらない外見を持つ者がいる事。
さらに、その中の一部の者は、自分の意志で先祖の生物に形を変える『先祖返り』と言うことも出来る事など。
― 隠すなんてもったいない。猫耳。うさ耳。さらに、尻尾なんて、最高なのに!
声に出すと、危ない奴だと思われそうだと思いつつ、喰いつき気味に聞き入る俺とは対照に、キールはなぜか、気まずそうだった。
「ヒビキ様。側仕えを、変えていただくよう、エデナ様に申し上げます。」
「え?なんで?」
「…。亜人はお嫌でしょう。」
「何で? カッコいいじゃん。」
「…。」
キールは言葉を選びながら、ぽつりぽつりと話し出した。
話をまとめると、この世界は人間が優位な種族らしく、亜人は見た目や、その身体能力から、どうも嫌厭されているらしい。特に貴族から。
いや、、俺はそんなことは知らん。そもそも貴族じゃないし。
「キールが嫌でないなら、代わる必要はないよ。俺は、亜人だからどうとは思わないし、逆にかっこいいと思うよ。人間は、あんなに跳べないもん。すごいよ。」
キールは、この言葉が意外だったのか、しばらく呆然としていたが、俺が、何度も『問題無いって。』『キールが嫌じゃなきゃ、お前がいいって。』と伝えると、言葉に詰まって、目を潤ませていた。
「…。ありがとうございます。」
「これから、よろしくな。」
俺は握手のつもりで右手を差し出した。だが、キールには分からなかったらしく、不思議な顔をされた。
やっぱり、握手の習慣はないんだ。俺はキールの右手を取って握り、これ、俺の国の挨拶方法なんだと握手をした。キールは戸惑いながらも、こちらこそよろしくお願いいたします。と、やっと、笑顔であいさつを返してくれた。
その後は、二人で邸内を冒険? していたが、次第に寒くなってきたので、部屋に戻った。俺は、暖炉の傍のソファーに座り、キールがお茶を入れてくれるのを待った。
カチャカチャと音を立てて準備をしているその姿を眺めていたが、やはり、どうしても、解らんな。
「キール。聞いていい?お前、何族なの?」
「何族だと思います?」
「女子みたいな切り替えするなよ。」
「ひっ みっ つ。」
「やめれ、それ。」
「なら、先祖返りは出来るの?」
「…他の人には内緒ですが、できますよ。」
ー そうか。キツネやタヌキみたいに、化けることが出来るんだ。
今度、頭に葉っぱをのせてみたら…。
「ひびき様? 今、何か変な事を考えていませんか?」
「いえ、何にも考えていません。 あ、お茶入れるの上手だね。美味い。」
― やべ。顔に出てたか?
俺は、入れてくれたお茶をほめながら、誤魔化した。