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18 リステリア皇国



皇国の現状と、新キャラ登場です。

 

 <離宮執務室>


 ここには毎朝、皇女の臣下や、宮廷から遣わされた政府の高官が集まる。

 そして午前中、皇女の御前で政策の進捗状況報告や、議論を行う。


 

 現在、この国の政治は、皇女が摂政として、離宮で政策を決裁(けっさい)した後、皇帝が命令する形で行われており、貴族に奪われた国政の権能を、君主が再度掌握(しょうあく)できるように努めている最中である。 


 今朝も、高官たちは、皇女の指示の下で進めてきた様々な案件についての相談や判断、そして最終的な決裁(けっさい)を求めるため、皇女がお越しになるのを待っていた。

 


 皇国のトップは、当然 皇帝である。



 だが、現リステリア皇帝 - ヴァーヴェリナの父親 - は、幼少の頃より体が弱かった。


 皇国は、長きに渡る隣国との戦争で、国内は疲弊をしており、さらに、先代皇帝は、皇太子だった彼が幼い頃に戦死したため、貴族が権力争いに明け暮れる政治的混乱が起きた。


 それに乗じ、国内に内包した異民族が各地で内乱を起こすなど、幼くして皇位についた皇帝にとっては、始めから、かなりな負担を強いる統治であった。


 内憂外患(ないゆうがいかん)を抱えた、幼い皇帝の権力を奪うのなど、老獪(ろうかい)な貴族達にとって、たやすいことであり、皇帝が15歳の成人を迎えるころには、体よく政治の中枢から遠ざけられていた。



 そんな皇帝には、2人の男子が生まれた。


 しかし、皇太子となった男子2人は、それぞれ()()()()()()()夭折(ようせつ)した。

 皇統を絶やさぬよう、新たに迎えた皇妃が生んだ最後の子、それがヴァーヴェリナだった。




 ヴァーヴェリナ皇女は、幼少の頃から(さと)く、「神童」と呼ばれた。


 1歳になる前から言葉を発し始め、3歳に成る頃には文字を理解し、幾つかの言語の本を読むことができた。皇女の知識や理解力には、皆はただただ驚くばかりであった。

 だが、それにもまして皆を驚かせたのは、皇女の持つ強い魔力と発想力である。



 そもそも、皇帝一族や貴族は、強い魔力を持ち、平民はほとんど魔力は無い。

 理由は簡単である。

 (いにしえ)より権力を持つ者が、魔力の強いものを(めと)り、養子に迎えたからであろう。

 その結果、権力者に魔力の強い子供が多く生まれるようになり、平民から魔力を持つ者は、次第に生まれなくなくなった。


 現在でも、まれに生まれる魔力の強い平民は、幼い頃からその生まれた地の領地と『契約』して召し抱えられる事になっている。

 子どもを手放したくない親は、必死に隠すが、貴族が魔力を持った子供を通報した者に報奨金(ほうしょうきん)を出すなど様々な手で情報を収集しており、まず貴族から逃れる事はできない。



 ここ、数世代の皇帝一族は、魔力に恵まれていなかった。

 皇帝は、貴族出身の皇妃を娶るのが慣習となっているが、長引く隣国との戦争や争いに、皇帝の権威が落ち始めると、貴族は魔力の強い娘を、他の有力貴族に嫁がせ、皇帝に嫁がせなくなった。


 現皇帝もそうだ。そして(めとっ)った皇妃も、魔力が低かった。


 ところが、その二人の間に、強大な魔力を持つ皇女が生まれた。

 魔力の低い親同士の子が、突然強い魔力を持つこともある。

 だが、皇女は桁違いに凄かった。


 その結果、『皇妃は魔物と通じた』と言う、不名誉な流言飛語(りゅうげんひご)飛び交った。

 噂好きな世間の言葉や、好奇の目に傷つき、体と心を壊して宮廷から下がった。




 そんな環境の中、何人もの家庭教師に囲まれて育ったが、その家庭教師は次々と入れ変わった。

 皇女の知能は高く、すぐに教える者の能力が、皇女に見合わなくなったからだ。


 また、皇女はどこでそんな発想を得たかわからない、様々なものを提唱した。

 それは、この世界に類を見ないもので、皇女の魔力と相まって、長きに渡る戦争を停戦に持ち込むのに、大きな働きをした。

 また、それは、この国に富をもたらし、人々の暮らしの改善に大きく役に立った。


 

 それに、皇女は、自分の知識欲、提唱するものを具体化するためには、身分にこだわらなかった。


 下級貴族の出身のため閑職(かんしょく)に追いやられた者や、魔法学をはじめとする優れた学者に、私費で多大な研究費を支払い、市民生活向上のための研究を推奨(すいしょう)した。


 皇女の持つ知識も有能な人材を引き付けた。

 天才は天才を呼び、いつの間にか皇女の周りは有能な人材が集まっていた。



 だが、集まったのは、身分の低いものだけではない。上級貴族もである。


 皇女に権力が戻るのは、当然、面白くない。だが、誰の目にも明らかな成果を上げている皇女に異を唱えるのは難しい。

 それに、長く続いた戦争を停戦に持ち込み、兵役や重税の負担から解放された国民からも人気が高い。


 なにより、彼女の発想力から生み出された物は、諸外国も我先にと欲しがり、この国の主要産業になりつつある。

 それは国民の雇用を生み、生活を豊かにし、国に莫大な利益をもたらしつつあった。


 現皇帝の子供は彼女しかおらず、彼女が帝位につくのは間違いない。

 ならば、排除してしまうより、彼女を取り込んで、一族の繁栄を考えるのは、貴族たちにとって、ごく自然な事だった。





**********


 そんな執務室に、皇女付きの書記官エデナは、今朝も機嫌よく入ってきた。

 だが、そこには、彼女の予定では、当分いるはずのない予定の男がいた。



 - もう戻ってきたの?


 エデナはいつも通りの笑顔を作り、話しかけた。


「おはようございます。イネス様。お早いお戻りですね。いつ戻られたんですか?」


「おはよう、エデナ。予定より早く用事が終わったのでね。驚いたかい?」


「ええ、とても。」


 エデナの予定では、早くともあと10日は帰らなかったはずだ。

 なのに、なぜこんなに早く?


「お早いお戻りですが、ちゃんとお使いは済まされましたか? 途中で帰ってくると、皇女様に叱られますわよ。」


「大丈夫だよ。現地に赴いて侯爵には快く承諾してもらったし、鉱山で品質を確認したし。雪が解けたら、採掘を始められるよう手配してきた。ほら、お土産。」


 イネスに手渡された物。それは確かにエスタ鉱山でしか採掘できない鉱石と、その地を領地とする侯爵のサイン、割り印が押された書類だ。


 この書類は確かに6日前、出発する直前に手渡したものであり、侯爵は現在、領地に帰っているのは間違いない。と、言う事は、本当に6日で済ませてきたのか。




 この男、イネスティス= サリエノヴァンは、エデナと同じ、皇女付きの書記官だ。しかも、彼は()()書記官で、エデナにとっては、上役にあたる。


 背が高く、すらっとした体躯(たいく)で、目にかかった髪が、朝の日の光に反射して一層キラキラまぶしい。


 優しく笑いかける整った顔立ちは、女性が10人いれば8人は彼に好意を抱くだろう。



 - 好意を抱かない2人って、私とアナの事だけど。

   …。いや、ヴァーヴェリナ様も、無駄にキラキラしていて、好みじゃないと言っていらしたから、10人中7人が正しいわ。



 ともかく、まったくの想定外だ。



 片道約5日。往復で10日前後。現地確認及び直轄地指定を渋る侯爵の説得には、早くて10日、いや、普通なら2週間はかかるだろ仕事を、それを6日で終わらせて帰ってくるとは。

もう少し、遠ざけておきたかった。


「どんな魔術を使ったのですか?」

「僕は日ごろから、多くの人と親しく接していているからね。」


 まあ、そうなんですねと笑って見いながら - どうせ、弱みを握っていたのでしょ ー とエデナは考えていた。



「ところでエデナ。人を遠くに追いやっておいて、()()()をしたようだね。」

「え? なんの事でしょう?」


 どうやら、とぼけても無駄な様である。それでもエデナは誤魔化してみた。

 彼が、こう言う話し方をする時は、しっかりとした情報を掴んでいると考えて間違いない。



「昨日、珍しいお客様と歩いていたそうだね。」


 - ほらね。

 エデナは笑顔を続ける。 ストレートに聞けばいいのに。嫌味っぽい。


「皇女様のお望みですから。」

「君のじゃない?」

 間髪入れずに笑顔を崩さず切り返すこの男は、本当に、やりにくい。



「さて、皇女様は、次の日から、こちらに出ていらっしゃらない様だね。いつまでかかるの?」

「…。あと、10日~2週間程度は…。」


 わかったよ。と小声で言ったイネスは、皇女の席の前まで歩いていき、集まった高官に向かって笑顔で話し始めた。


「おはようございます。ヴァーヴェリナ様におかれましては、流感(りゅかん)を召されて、本日もお休みとのことです。まだ、しばらくはかかるとのことなので、決裁事項はわたくしが代決し、緊急に判断を仰がなければならないもの以外は、全て後日の議題とさせていただきます。」


 集まった高官たちは、一瞬ざわめいたが、『イネス様がお帰りになっているなら』いうと、口々にそうだなと、言い始め、イネスの前に人だかりができ、それ以外のものは、普段通りに執務を始めた。



- なぜ、皆、こんな男を信用するのかしらね。…。


 エデナは笑顔を作りながら、イネスから少し離れた場所で、執務を始めた。





 執務時間の半分が過ぎた頃、突然、イネスに呼ばれた。


「あ、そうそう。言い忘れていたけど、君には今日から少しの間、皇妃宮へ行ってもらうね。」

「え、わたくしが? 今日ですか?」

「うん。宮廷からのご指名だ。」

 

 皇妃宮はここから片道6日はかかる。それに、皇妃の病は、直るのにいつまでかかるか分からない。そもそも、直らないかもしれない。



 - やられた。




 エデナは笑顔を崩さない。


「ご指名は大変うれしく思います。ですが、わたくしは、ヴァーヴェリナ様のご様子を診る必要がございます。こちらを離れるわけにはまいりません。」


「大丈夫。医師はちゃんと手配済みだから。 そもそも、僕がちょっと居ないうちに、皇女様があんなに体調を崩すなんて、エデナ。君の監督不行き届きじゃない?」



 イネスは柔らかい口調で言うが、目は冷たい。



 確かに侍従として主人の体調を管理するのは重要な仕事だ。

 しかも“技術人格ともに優れた医師”である「杏林(きょうりん)」と称される私が、皇女様を2週間も寝込ませてしまっては、ペナルティーを与えられても仕方がない。


 ヴァーヴェリナ様が体調を崩すのは分かっていたが、こんなにかかると思わなかったし、この男も、こんなに早く帰ってくるとは思わなかった。



「…。大変申し訳ございませんでした。」


「あそこは遠いから、すぐに出ないと宿に着く前に暗くなってしまう。昼食は途中で暖かいものを取れるように、レストランを手配したし、馬車も西門に(まわ)しておいたよ。」



 - いちいち嫌な男ね。



「医師としてもですが、女性には、色々準備する時間が必要なんですよ。」


「ああ、そう思って、侍女に頼んで荷造りさせておいたから。」



 …。


「出発前に、お客様にご挨拶に伺いたいのですが。」


「そんなことをしていると、陽のあるうちに宿につけないよ。()()なお客様は、僕の方から話しておくよ。」



「期間はいつまでですか?」


「皇妃宮では、腕の良いお医者様を望まれていてね。エデナほどの腕なら、すぐに帰れるよ。」


 春とは言っても、まだ寒いから、少しでも早く出たほうがいい。

 君と皇妃のためさ。と笑顔で言うイネスは、すべてを見越して先回りしている。




 ー 今は、下手に動かない方がいい。


「……色々と、ご配慮いただきありがとうございます。」


「皇妃宮の周りは、自然に恵まれたいい所だから、ゆっくりしておいで。」


 ありがとうございます。と、張り付いた顔で挨拶をする。



 ー 相手を甘く見すぎた。

 バイバイ と言わんばかりに手を振る男が、何とも憎たらしい。



 ー キールには、後で連絡しよう。


 エデナは、イネスの臣下に案内されながら、執務室を出た。




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