16 日記
2020.4.17
タイトルを変更しました。 旧タイトル 視点2
サラサラと衣擦れの音がする。
一人の女が、色とりどりの花が入った花瓶を抱えて部屋までやってきた。
控えている者に声をかける。
「お疲れ様。異常はない?」
「ない。」
「お花を取り替えて、診察するわ。」
「分かった。 あまり時間をかけるな。」
「分かってるって。」
花瓶を小脇に抱えてドアノブに手をかける。
ドアノブは、ふわっと青みがかった光を放った。
「失礼します。」
ドアを開け、部屋に中に入ると、心地よい花の香りがした。
部屋の中は昼なのにカーテンが閉められており、暗い。
ベッドで横になっている部屋の主からは、なんの反応もなかった。
持ってきた花瓶を、とりあえず机の上に置いた。
「お辛いようですね。」
「…。」
「ご無理が過ぎるからですよ。」
「…。」
「お元気でいらっしゃいましたでしょ?お望みのとおり、影響はすべてヴァーヴェリナ様が被られた様ですね。見事なものです。」
部屋の主、ヴァーヴェリナは顔を背けた。
「診察を行いますので、一部カーテンを開けさせていただきます。」
「日の光は、まぶしすぎる…。」
「お顔色などは、自然の光で見るのが一番なんですよ。」
ベッド際のカーテンを一部開け、顔色、脈、そして瞳を見る。
「しばらくかかりそうですね。」
「どれぐらいだ。」
「最低でも、10日、いえ2週間は見ておいていただきたいです。」
「もっと早く、治せんか。」
「鏡通信をお控えいただければ、もう少し早く良くなるかもしれません。」
「やぶ医者め。」
「医者の言うことを聞かない患者に、言われたくありませんわ。」
早くカーテンを閉めろという皇女の言葉に、部屋に飾られた花瓶と持参した花瓶を入れ替え、カーテンを閉めた。
「ひびき様からお願いがあります。」
「なんだ?」
「部屋の外に出してほしいと。」
「ならん。分かっているだろう?」
「分かっておりますとも。本当に、見事な黒髪に黒い瞳ですもの。
ですが、ひびき様はそれでは納得なさいませんし、お客様を客間に閉じ込めっぱなしというのも皆、変に思いますわ。」
「ダメだ。」
「衛生兵の従者を付け、好奇の目を避けるため、髪の色を変えるなどの対策は行います。」
「ダメだ。」
「大切な人を、外に出したくないお気持ちは分かりますが、ひびき様も大人です。また、医師としても健康上、特に精神上の観点から、監禁状態は避けるべきだと提言します。」
「…。内壁の中のみだ。」
「ありがとうございます。」
少しでも好奇の目を避けるために、イメチェンしておきますね。と付け加えた。
何種類かの薬を調合して、ポーションを準備する。
「お前、ひびきを手懐けるなよ。」
「何のことでございますか?」
「…。そういう所は変わらんな。」
「人間、余程のことが無ければ、中身は変わりません。
さあ、ポーションを飲んでお休みくださいな。早くひびき様にお会いしたいのでしたらね。」
ヴァーヴェリナは何も言わず、ゆっくりと体を起こしてポーションを飲むと、そのまま倒れこんだ。
「チンキは、馴染んでいるか?」
「はい。」
「そう か…。」
スース―と息が整い、寝付いたのを見届けてから、花瓶を持って外に出る。
控えていた者が声をかけてきた。
「お加減はどうだ?」
「まだ、よろしくないですわ。」
「そうか。」
「何かありましたら、すぐ知らせてください。よろしくお願いしますね。アナ。」
「ああ。」
花瓶を持って、長い廊下を戻って行った。
***
次の日、早速ひびきの髪を染めると、昼から邸内を案内した。
ひびきの滞在は、家人に伝えてある。だが、実際ひびきを連れて歩くと、周りの者は一様に驚きの色を隠せなかった。
「瞳の色が、やはり珍しいんですかね。」
「あ、エルシャにでも聞きました?」
ひびきは『失敗した』という顔をして、エルシャをかばい始めた。
「大丈夫ですよ。人の口に戸は立てられませんもの。」
そう言うと安心した顔をした。
「私は、ひびき様はいろんな方と触れ合ったほうが良いと思うのです。
だってせっかく来たこの世界の事、もっと知りたいでしょ?」
と、少し水を向けると、彼は興奮気味に、話し出した。
「そうなんです! せっかくの異世界だから、みんながどんな生活をしているか見てみたいし、妖精にも会ってみたい。素材集めもやってみたい。
ですが、武器は全く使えませんから退治はいいですが、遠くからなら魔物も見てみたいです。」
_武器ね。
「『弾矢』も使ったことございませんか?」
「『弾矢』?なんですかそれ?」
「えーと。金属の筒から、弾が飛び出して獲物をしとめるものです。」
「ああ、鉄砲の事ですか。撃ったことがあります。」
「へえ。すごいですね。イメージがつかないなぁ。
鉄砲だけではなく、『娑婆』のお話し。色々伺いたいのです。」
邸内を案内し、お茶を飲んで執務室に戻る。
***
「あの、お呼びでございますか?」
「あら、キリル。早かったのね。」
使いを出して、呼び出した少年は、遠慮がちに執務室に入ってきた。
書き物の手を止め、彼に話し始めた。
「お願いがあるの。あなたには、明日からヒビキ=トーリィ様の、側仕えをお願いしたいの。」
「ヒビキ=トーリィ様? どなたですか?」
「先ほど、私が宮を案内していた方よ。遠い国から、皇女様に招致され、お一人でお越しになったばかりでなの。習慣が全く違うみたいで、戸惑っていらっしゃるわ。ぜひ、キリルに、話し相手になってもらいたいの。」
「…。供の者は、いないのですか?」
「ええ。事情があってね。」
トントン
口を動かさずに何かをつぶやき、右人差し指で、左腕にはめた腕輪に入った大きな宝石を2回タップする。 周りの音が遠のく。
これは盗聴防止の魔術だ。
「詳しく話せないけど、彼はとても大切な方なの。私は、彼の国の事をよく知りたいの。だから、彼が話した異国の話は、内密に報告して頂戴。」
「…。承知しました。」
トン
宝石を一度タップする。 周りに音が戻ってきた。
「では、明日の朝からよろしくね。」
「はい。」
キリルは一礼し、部屋を出て行った。
***
ベッドの中で、昼間のことを思い出しながら日記に書きこむ。
昨日からの、新たな日課だ。
<チンキ>
サンハンネス 2 ローマン、リーデン、パーミトン 各1 同量処方
状況に変化なし。
- サプリメントねぇ。
適切な手順を踏んで、魔力を込めて作ったチンキは、下手な魔術師が作るポーションの何倍もの効果がある。
更にペンを進める。
<弾矢>
・多種有り
・城壁、船を砕く → 籠城戦、海戦
・弾が連続で発射される → 突入時
・片手で打てる → 護身用
_彼は、実物の弾矢を触ったことがあるのね。
書く手を止めて、自分が昼間、言った言葉を思い出す。
『人の口に戸は立てられませんもの。』
― そう。人の口に戸は立てられない。
だから、秘密は徹底的に隠すか、逆にある程度、出してしまったほうが良い。
客間に『黒の者』を隠していると噂されたら、どう伝わるか分かったものではない。
なら、いっその事、外に出してしまおう。
人畜無害そうな彼だから、家人も接すれば『ただ、目が黒い外国人』と思うでしょう。
― おしゃべりな侍女はどうしよう。
職務上で知り得た機密を漏らさぬように『契約』しているけど、職務以外は普通に話せちゃうのよね。もう少し『契約を』…。いや、ある程度は、この世界の知識を与えてほしい。噂話は、意外と役に立つもの。
―しかし、あの子。思ったことがすぐ顔に出てしまうのね。
あれでは、貴族社会では生きていけない 。
設定を、もう少し見直そうかしら。
ひびき焦った顔を思い出、苦笑いをしながら日記を閉じる。
そして、日記を持ち上げ、右手をすっと離す。
先ほどまで手の中にあった日記は、宙に消えた。