15 謎の貴族
視点を変えてみましょう。
2020.4.17
タイトル変更しました。 旧タイトル:視点1
客室付きの侍女の朝は、夜明けの2時間前から始まる。
まだ暗いうちに目覚めて支度をし、侍女の詰所に行く。
当直の侍女が数人待機しており、夜間の引継ぎをする。とは言っても、ほとんど引き継ぐことが無い場合が多い。
だた、その日は違っていた。
「昨夜遅くに、予定されておりましたヒビキ=トーリィ様がご到着され、金剛石の客室にお入りになりました。」
金剛石の客室。
上客だ。粗相のないようにしなければ。
「トーリィ様はお疲れなので、お目覚めになるまで起こさないようお願いします。
また、お目覚めの後は、速やかにエデナ様にご報告を上げてください。」
「承知しましたよ。」
事務的な引継ぎを終えると、宿直の侍女が近づき、声のトーンを落としてに言った。
「本当に髪も瞳も真っ黒だったわ。私、あんなの初めて見た。」
「そうかい。なら、相当な魔力持ちだね。」
ー気を引き締めて行かないと。
「ミーナ。大丈夫?」
「何が?」
「怖くない?」
「まあ、会ってみないと判らないさ。」
黒い髪や黒い瞳を持つものは、『黒の者』と呼ばれ、相当な魔力持ちと伝えられている。
普通にこの国で生活していれば、会うことはまずない。
だが、私は数度、会ったことがある。できれば二度と会いたくない奴らだ。
― だから、私が担当になったんだけどね。
「さ、引継ぎを済ませて早く休みなよ。」
「ありがと。」
侍女は召使いに食事等の指示をして、詰所を後にした。
「トーリィ様。お目覚めの様です。」
正午を過ぎた頃、客室脇に控えていた召使いより連絡が入った。
私は、警戒されないように、トーリィ様に近い年齢の侍女、エルシャを伴って客室に行った。
まだ寝ているといけないので、控えめにドアをノックする。
中から返事があった。相手は『黒の者』。気を入れてドアを開けた。
部屋の中には青年、いや、少年 が立っていた。
『黒の者』か? いや、違う。 あの気配がない。
聞いていたとおり、黒い髪に黒い瞳だが、聞いていたよりも、幼く見える少年には、悪意や邪気を感じない。と言うか、私の威圧を感じていない?
拍子抜けだ。
「おはようございます。トーリィ様。よくお休みになれましたでしょうか?」
威圧をやめ、お決まりの挨拶をする。
すると少年は挨拶を返し、寝過ごしてしまったと恥ずかしそうに言った。
― 『黒の者』もだが、本当に貴族か?
大丈夫ですよ。と伝えるとさらに少年は続けた。
「俺のことはひびきと呼んでください。同世代のミーナさんに敬語を使われるとちょっと…。」
― 同世代? 私が? この坊やと? 何を言ってるんだ?
私がポカンとしていると、トーリィ様 いや、 ひびき様は焦りだした。
お世辞だったのか。冗談だったのか。
女に下手なお世辞を使い、使っておいて恥ずかしくなるとは、まだまだ子供だな。
その焦る様子は新人を思い起させる。
何とも好ましく見え、肩を叩いて笑ってしまった。
この感覚は、懐かしい。
その後は、いつもの通り、いや、いつも以上に、楽しく世話をした。
消灯を済ませ、詰所に戻る途中、エデナ様に声をかけられた。
「ミーナ。どう? ひびき様。」
「はい。チンキ入りのお茶をすべて召し上がり、ただいまお休みになりました。」
「そう。ありがと。 で、 どう?」
「…。まだまだ可愛いですね。」
「それだけ? まあいいわ。頼んだわね。」
エデナ様は私の肩にポンと手を置くと去っていった。
― そういうことか。
理由ありだ。あの少年は貴族じゃない。
人前での着替えを恥ずかしがり、トイレを恥ずかしがる。
夕方、故郷を想ってか、心細げにしていた様は、ごく普通の、どこにでもいる市井の少年だ。
それに、黒の者が帯びる、あの気配は感じない。
まさか、あの歳で、発芽前なのか?いや、それはないはずだ。
力を隠しているとすれば、間恐ろしい奴だ。だが違う気がする。
― 判断が付きかねる。私の感も鈍ったか。
首を軽く振り、詰所に向かった。
剛毅な姐さん。 大好きです!
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