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3.冬鳥のお化け

 冬鳥のお化けの縄張りは、雪をかぶった木々の他には、身を隠すようなものが殆どありません。そんな中をシロテンは堂々と歩みました。

 そして、鳥がいつもねぐらにしている木の洞に向かって、大声で叫んだのです。


「出てこい、怪物。今日こそ師匠と兄様の仇を討ってやる!」


 その威勢の良さに、さっそく鳥は姿を現しました。声の主をしっかり見つめ、面白がるような表情を浮かべました。そして、立派なくちばしを開けて鋭い声で鳴きました。

 とても広いといわれるその鳥の視野からきっと外れるだろうという場所にて、プシケは様子を窺っていました。

 シロテンが弓を弾くのが合図です。それまでに手ごろな一番星の欠片二つに狙いを定め、逸る気持ちを抑えて時を待ち続けます。

 幸い、鳥はプシケの存在に気づいていないようです。その目はただシロテンだけに向いていました。


「諦めが悪いものだ。相当、仲間の後を追いたいらしい。そんなに食われたいのならば、望み通り食ってやろう」


 そして、鳥は翼を広げて飛び立ちました。

 シロテンが弓を構え、十分引きつけてから矢を放ちました。空を貫くその姿を目にすると、プシケは翅を広げ、狙いを定めていた石を目掛けて飛び出しました。


 プシケの目には石しか見えていません。

 二つ拾って、すぐに逃げなくては。


 しかし、その直前、悲鳴と怒声が響いたのです。


「プシケ! 避けて!」


 それはちょうど、プシケが二つの石を拾ったときのことでした。

 気づけばすぐ目の前まで鳥が接近していたのです。突然の事に怯えたプシケでしたが、どうにかその一撃は避け、石を抱えたまま雪の上を転がりました。

 冷たい雪が寒さに弱いプシケの身体を蝕みます。けれど、恐怖が彼女の身体を熱らせ、同時に冷静さも奪っていきました。


「小賢しい」


 攻撃を外した鳥は言いました。


「だが、虫けらの分際でこの私をあざむけると思ったら大間違いだ。待っていろ。今宵はふたりまとめて夕飯にしてやろう」


 そして、鳥は再びプシケに狙いを定めて滑空してきました。

 その素早さにプシケは圧倒されてしまいました。爪が、くちばしが、彼女の身体を目掛けて迫ってきます。それでも、すぐに足って逃げることがプシケには出来なかったのです。

 衝撃と共に銀色に輝く粉雪が舞いました。

 激しい痛みを覚悟して思わず目をつぶってしまったプシケでしたが、その痛みはありません。代わりに聞こえてきたのは、苦しそうなうめき声でした。


 恐る恐る目を開けてみれば――。


「シロテン?」


 すぐ目の前に、シロテンがいました。


 シロテンはプシケを庇うように覆いかぶさっていました。しかし、様子が変です。痛みをこらえるように震えていたのです。

 冷静さが戻っていくうちに、プシケは事態に気づきました。シロテンの身体を、鳥の大きなかぎ爪が背後から握りつぶそうとしていたのです。

 鳥は小さなプシケとシロテンを睨みつけたまま、怒りに満ちた表情を浮かべていました。その異様な怒りの理由にプシケは遅れて気づきました。

 鳥の身体に、シロテンの放ったと思われる一本の矢が突き刺さっていたのです。


「プシケ……ごめんね。私、自分の力を過信していたみたいだ」


 苦痛に顔を歪ませながら、シロテンは言いました。


「お願い、その石を一つ……私の故郷に……」

「シロテン!」


 力を失うシロテンを掴んだまま、鳥は体勢を変えて再び空高く飛び上がりました。戦いはまだ終わっていません。プシケのことも捕まえる気でいました。刺さった矢の痛みのせいか、鳥は怒りをあらわにしています。

 その姿を前に成す術もなく立ち上がるプシケのもとに、弓矢が落ちてきました。力を失ったシロテンが落としたものです。プシケはそれを拾い、シロテンのことを思い出しながら構えました。

 鳥はそんなプシケの姿に興奮し、言葉にならぬ声で叫びました。


「返して!」


 プシケもまた叫び、そして力いっぱい弓を弾いて矢を放ちました。

 矢は思っていたようには飛びません。シロテンのように正確に飛ばすことすらできませんでした。けれど、鳥はプシケが弓矢を放つと同時に身を翻しました。きっと矢の痛みに怯えたのでしょう。そのまま鳥はねぐらである洞へと向かって引き返し、プシケの前から姿を消しました。


 弱ったシロテンを連れて。


「返してよ!」


 誰もいなくなった大地で二つの星の欠片を握り締めたまま、プシケは震えていました。すぐに追いかけたところで、助けることなんて出来るでしょうか。

 寒さも忘れてしばらく茫然と見送った末、彼女は思い出しました。


 ――その石を故郷に。


 プシケは雪に閉ざされた〈妖精の国〉を見渡しました。

 妖精たち――シロテンのような種族の者達から聖樹と呼ばれる妖精たちの集落のある方角を見つめ、後ろめたさを感じつつも歩みだしました。


 聖樹と称えられる木には、妖精たちが築いた家々が並んでいます。

 彼らの主食は暮らしを支えている一本の樹の蜜であり、その樹の健康を支えているというのが冬の間だけ採れるという一番星の欠片でした。

 シロテンではなく他種族であるプシケがそれを持ってきたことを、聖樹の守り人たちは不思議に思いましたが、何があったかを聞くと彼らは静かに祈りを捧げ始めました。


 彼らの多くは聖樹を支える神官であり、その神官を支える非力な住民たちでした。シロテンや彼女の師匠たちのように武器を手に戦えるような者は殆どおらず、居たとしても目的のためにしか力を使わない冷静な者ばかり。

 それゆえ、故郷の為に命懸けで石を採ってこようとしたシロテンはまるで戦いの女神のように褒め称えられはすれども、誰ひとりとしてまだ生きているかもしれない彼女を助けに行こうなどとは考えなかったのです。


「蝶のお嬢さん、悪いことは言わないよ」


 聖樹の集落を取りまとめる老練の神官はプシケに言いました。


「助けようなどと思ってはいけない。石は手に入ったのだから、そのことだけに感謝して、もとの場所にお戻りなさい」

「でも……シロテンは、私のせいで」

「死はいずれ我らを迎えに来るもの。その訪れはいと高き国にお住いのお方々がお決めになること。あの子は運悪く選ばれてしまっただけだ。あなたのせいではない」


 優しく慰められても、プシケの気持ちは全く晴れません。

 自分を庇ったがために連れ去られていったのに、それを見ていることしか出来なかったことが、今になって後悔として襲い掛かってきたのです。

 ここの者達はシロテンを助けようなんて考えないのだ。そう思い知ったプシケは失意のまま、石を手にモモのもとへと戻りました。

 もう間に合わないかもしれない。けれど、それならばせめて。そんな気持ちを抱えながら、彼女はモモの枕元に戻り、一番星の欠片を置きました。


「モモ……」


 熱に浮かされる彼女を見守り、その身体にそっと触れていると、何処からともなく死の使いは現れ、プシケに声をかけました。


「これは驚きました。本当に持って帰ってくるなんて」

「約束だよ。これで愛は証明できたはずでしょう。モモには手を出さないで」

「そうカッカしないでくださいな。私は死の使い。鬼でも悪魔でもありません。安心なさい。あなたの愛は本物です。春には元気な姿が見られるはずですよ」

「そう……それなら良かった」


 プシケはほっとして涙を流しました。

 小さな体で熱るモモの頬に寄り添い、その温もりと香りを存分に味わうと、彼女は静かにモモへと囁きました。


「モモ。もしかしたら、目覚めたあなたには会えないかもしれない。でもね、私、このままじゃきっと後悔する。だから、行ってくるね。今まで幸せだった。モモにいっぱい愛されたもの。ありがとう、モモ。でも、もしも、全てが無事に終わったら、必ずここへ戻ってきてこの冒険のお話をするから。約束だよ」


 プシケの言葉がどれだけ今のモモに伝わっているかは分かりません。けれど、少しでもその耳に入っていることを信じて、プシケは言いました。


「モモ、愛している」


 そっとキスをすると、プシケは立ち上がりました。

 握り締めるのはシロテンの落とした弓矢です。死の使いはそんなプシケを静かに見守りながら、そっと一言だけ忠告しました。


「私の言ったことは覚えていますね? 怪物によって与えられる死は決して安らかなものではありませんよ」

「うん、分かっている。でも、いかないと。この目で確かめるまではどうしても諦められないの」


 死の使いの恐ろしい忠告にもめげず、プシケは言いました。

 そして、シロテンの弓矢を手に、再び凍てつく寒さの銀世界へと旅立っていったのです。

 仲間に見放された、その弓矢の持ち主を助けにいくために。


 その日の夜、奇跡は起こりました。

 医者が祈るしかないと宣言したモモの容態が安定したのです。苦しそうな呼吸もすっかり軽くなり、熱も段々と引いていきました。

 家族は喜び、モモの目覚めをひたすら待ちわびました。その背後にプシケの活躍があったとも知らずに。

 そして明くる日、モモは意識を取り戻しました。

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