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秋・第一話


 遠くの山は紅く染まる木々で着飾り、土の上の銀杏の葉は明るい絨毯を編み上げる。紅葉に映える雨粒は、ぽたりぽたりと落ちていった。


 傘を揺らして歩く。登校時間はいつも慌ただしい。雨合羽を着た学生が自転車でアタシを追い越していった。ぶわ、と風が巻き起こり、雨粒が顔に当たる。学校へ行くのは憂鬱に他ならない。一歩踏み出し、びしょ濡れのスニーカーで水たまりを踏んだ。


 がやがやと騒がしい教室内へと入る。無遅刻無欠席の記録は今日も破られなかった。これを破ることが出来たらどんなにいいか。きっと出来ないのだろうけど。自分の席に向かう途中で、こちらに気付いた女子生徒が手を振って近づいてくる。

「ちづるちゃん、おはよー」

滑舌悪く甘えたような声で挨拶をされる。その作った声、やめればいいのに。正直言って聞くに堪えないし、語尾を無駄に伸ばしているのがうっとうしい。だが、そんなことはおくびにも出さず彼女に合わせて自分を作る。

「みきちゃんおはよー。ヘアゴム変えたの? 超可愛い」

彼女の頭を見ると、ライオンの顔面という実に挑戦的なデザインの髪飾りがついていた。趣味の悪い。あれだ、自分は人と違うんですとアピールをしようとして、とんでもない場所に着地したらしい。

「あ、気付いてくれたんだー。昨日買ったんだよねー」

アタシの考えは露知らず、美樹は自慢気にヘアゴムを触る。この頭お花畑の能天気め。

「知鶴、今日の数学の宿題見せてくれ、頼む!」

美樹と何の実りも無い話をしていると、男子生徒が話しかけてきた。見るからに軽そうな奴である。

「大悟くんこの間も来たばっかり。また夜更かし?」

大悟は軽率だ。やるべきことは大抵忘れるし、悪びれることもない。脳みそも軽いのだろう。

「そうなんだよ、ゲームしてたらいつの間にか寝ててさぁ。なあ、頼むよ」

宿題くらい自分でやれ。やってないなら然るべき報いを受けろ。

「仕方ないな……」

だがアタシは奴にノートを渡す。何事にも寛容な自分を演じるためだ。

「さすが、救いの女神に見えるぜ。知鶴が一番頼みやすいんだわ。後でジュースおごるから」

そう言いながら大悟はノートを受け取って去っていった。タダでノートを見ようとしなかった所は評価できるが、ジュースよりも宿題の労力の方が大きいと思う。その後も色んな人から話しかけられては、自分を作り変えて対応していた。非常に疲れる。


 午前中ずっと振り続けた雨は強さを増して午後も地面を濡らしていた。ふかふかの落ち葉絨毯も、ぺしゃりとしてしまっている。なんだか少し残念だ。外で行われるはずだった体育の授業は体育館に変更になり、バスケをすることになった。土埃で汚れることがないからなのか、女子生徒は喜んでいる者が多いようだ。手早く着替えて体育館へと向かう。立ち去る前に女子更衣室内を見やると、大半の生徒は着替え終えていないし、まだ制服姿の者すらいた。いや、遅すぎだろう。アタシは特別行動が早いわけじゃないし、彼女たちが確実に遅い。原因は無駄話だ。別に今じゃなくてもいいだろうに……こんな狭いところにはいられない。さっさと出よう。


 体育館内にまばらに散った生徒達とともに他の生徒を待つ。明かりは点いているが、秋ともなると少し寒い。早いところ体を動かして温まりたいものだ。しばらくすると、続々と生徒たちが集まってきた。体育館を真ん中で区切って男女に分かれてそれぞれ試合をするようだ。チーム分けはじゃんけんで決められた。クラス名簿の名前が早い者が各々のチームのキャプテン役をするらしい。……これ、体育の成績が考慮されていないから、実力が偏るだろう。さては体育教師のやつ、考えるのが面倒でこうなったな。職務怠慢ではなかろうか。

「えええ」

そらみたことか。アタシのチームのキャプテンは一番運動神経悪い奴になって、本人も動揺している。ボールを持って震えるキャプテン、理子。はっきり言って彼女は鈍くさい。体力も反射神経も皆無だ。せめて体力ぐらいは鍛えろ。だが、ここは優しい言葉でもかけておこう。それが今、アタシが演じるのに最適なキャラクターだ。

「大丈夫だよ、理子ちゃん。楽しんでいこ、ね」

そう言うと、理子は涙目になってこちらを向く。メンタル弱いな。こんな授業ごときで泣かなくてもいいだろう。もっと気楽に生きればいいのに不器用な奴だ。いや、理子の場合はいっそ傲慢になるくらいの気概は必要かもしれない。

「知鶴ちゃん……ありがとう」

どうやら少しは落ち着いたらしい。体育の授業など生真面目に取り組まずとも適当にやればいいものを。

「知鶴ちゃんはすごいね」

「え?」

理子は何をもって凄いというのか、意味を掴み切れない。

「明るくて、優しくて、勉強もスポーツもそつなくこなせて、皆の人気者だから、すごいなって」

へらへらと理子はそんなことを言う。そういう風に見えているだけであることを、彼女は知らないだろう。「これ」が疲れるなんてレベルのものじゃないことも、知らない。

「……」

「知鶴ちゃん?」

いけない。黙ってしまった。はっとして理子の方へ向き直る。

「褒めてくれて嬉しいな。理子ちゃんも、真面目で思いやりがあるよね。さあ、そろそろ試合だよ。並びに行こう!」

笑顔を貼り付け、わたわたとする理子の背を押して整列場所に向かう。けれど、その後の授業はあまり身が入らなかった。理子から聞いた、アタシの評価。何でも出来る人気者、だ。当然のことではある。そうなるように、逐一演じてきたのだから。ただ、改めて言葉として他人からそれを聞いたとき、違和感があった。明るいのも、優しいのも、全ては演技。ならば、本当のアタシはどんな人間だった?


 授業をこなす内に、いつの間にか放課後になってしまっていた。あれから集中力が欠けたままだったが、染みついた習慣なのか演技が崩れることは無く、幸いにも誰からも気付かれることはなかったようだ。時計を見ると、もうすぐ部活の時間だった。慌てて部室棟へと向かう。ざあざあと降る大雨のせいで廊下は寒い。明日からはカーディガンを持って来よう、とぼんやり考えている間に部室に着いた。深呼吸をしてから、演劇部という札のかかった戸を開ける。

「遅れてごめんね!」

あくまでも朗らかに挨拶をしながら部屋に入ると、中には数十人の生徒達。うちの演劇部は規模が大きく人気もある。数人がこちらに気付いて振り返った。

「ちわっす、先輩」

戸から一番近い位置にいた後輩が、ぺこりと頭を下げる。軽く挨拶を返して、他の面々とも話をしていると、部屋の奥から部長が顔を出した。

「あっ、チヅル。待ってたよ。来て来て」

手招きをして呼ぶ彼女に近づく。

「どうしたの、エリ」

部長である映理は人望もあり、演劇部を引っ張っている。アタシから見れば、面倒見はいいが暑苦しいという印象が強い人物だ。だが、それが彼女の美徳でもあるらしく、文化部でありながら体育会系の部活のように演劇部を盛り上げているし、それについていく生徒が大勢いて、今の演劇部が出来上がっている。だから、演劇部でのアタシは活発系だ。

「前に話した演出なんだけど、曲を変えようかと思ってるんだよね。もう少し明るめの曲の方がいいんじゃないかなって。どう思う?」

「良いと思うよ! どういう曲にするの?」

アタシ自身は別に変えても変えなくても良い。というか、正直違いが分からない。どちらかというと、演出を考えるよりも役者をやる方がアタシには向いている気がする。性格的に。実際にアタシの部活での役割は役者である。映理は皆の意見を聞いておきたいから、と部員たちに話を聞いて回っていた。熱心なことだ。映理は凝り性で、こだわりを持って劇を作っている。一年生の頃にどこへ入部するか考えた際、一番人気の部活に、と思って演劇部に入り、適当にやっているあたしとは大違いだ。

「ここをこれに変えて……あ、ミズキ!ちょっとこっち来て!」

戻って来てアタシに説明をしつつ、映理は続々とやってきた人を呼ぶ。同学年で、脚本や演出、衣装などの要となって動く人たちだ。映理曰く、演劇はみんなで作るものだから些細な変更でも確認を入れる、とのことだ。そんな映理の話をみんなと相槌を打ちながら聞く。恐らく、映理は背中を押して欲しいだけだろうから、映理の中でどれにするか決まったら、賛成しておこう。


 強さを増す雨に、映理の提案で早めに部活を切り上げることになった。雨が酷くなる前に帰ろうということで皆帰り支度を始めている。その中で、噂話が聞こえてきた。

「そういえば雨の日ってさ、テラスに幽霊出るらしいよね」

「あ、聞いたことある」

テラスの幽霊。アタシにも聞き覚えがある。誰だかは忘れたが、何人かから聞いた気がするのだ。幽霊など信じてはいないが、そんな話があるということは雨が降っている今はテラスに誰もいないということだろうか。一人になって考え事でもしたかったところだ。ちょうどいい。足はテラスへ向いていた。


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