春・第四話
文化祭に向けて生徒達は皆、準備に追われていた。計画を立てた次の日から特に問題もなく進行していたので、うちのクラスは七割ほど出来上がっていた。私の担当する外装班は廊下に面した自分の教室の戸や窓に飾り付けをする作業をしているが、廊下にいるのはなかなかに寒い。冷えた指を温めながら柔らかい紙を使って色とりどりの花を作っていると、班員の一人が喋り出した。
「花とか作って飾り付けるのもいいけどさぁ、なんかこう、インパクト欲しくない? お客さんも、地味過ぎてスルーしそう」
そう言うと作りかけの花を置いて、パーマのかかった茶髪をいじり出した。彼女、名前はなんだっけ……まずいぞ。ええと、確か佐藤さんだ。多分。彼女は他の班員たちに飾り付け以外のものもやろうと提案しているが、彼女も含めて誰も何をやるのか思い付かないようだ。そんな時、佐藤さんと目が合ってしまった。これはあれだ、何かないかと聞かれるやつだ。頼むからこっち見ないで。何も考えてなかったから。
「ねーねー、どう思う?」
聞かれてしまった。彼女が純粋に文化祭を楽しもうとしているのは分かるし、協力してあげたい気持ちはある。だがアイデアはない……いや、諦めるのはまだ早い。考えてみよう。私の得意なことから……いつも描いているのは絵……そうだ。
「おーい?」
黙り込んだ私を見て佐藤さんは再び声をかけてきた。以前の私なら、思い付かないよ、とだけ言うだろう。けど今は少しだけ違う。
「……看板とか、どうかな」
顔を上げて、そう言う。
「かんばん?」
「うん、目立つように大きな看板を作ったら華やかになるんじゃないかな」
佐藤さんは大きな目をぱちくりさせてから、それだ、と言いたげな顔になった。なんて分かりやすい。
「ナイスアイデア! いいじゃん、それ! あ、でも絵とかどうしよう?」
「花の飾り、たくさんあるし……それに合わせてみたら良いと思う」
簡単に構図を描いて見せると、佐藤さんからの賛同が得られた。
「可愛いじゃん! インパクトある、インパクト! これやろうよ、皆はどう?」
班の人達からも口々に良さそう、との声が出て、瞬く間に採用することが決まる。
「えーと、ごめんね! 名前忘れちゃった! 何だっけ?」
佐藤さんが勢いよく振り返ってそう言った。
「梅田だよ」
「ウメダちゃん! 覚えた!」
ばしばしと肩を叩かれる。そうこうするうち、教室の中から内装班の男子生徒が顔を出した。
「金井、聞きたい事があるんだけど」
「はーい、今いくよ!」
それじゃ後で、と私に声をかけて彼女は教室の中に入ってしまった。名前を忘れてたいたのはお互い様だったよ。ごめんね、佐藤さん改め金井さん。
外装班総出で製作した看板はとても良い出来上がりになった。私が下書きした庭園の絵に皆がそれぞれ花の飾りを付けて彩色していったのだ。完成した看板は、私がいつも描く絵とは違って立体感のある作品になった。他のクラスとは一味違う外装の出来上がりだ。ここまで仕上げるのに文化祭の前日までかかってしまったが、間に合ってよかった。完成記念に金井さんが写真を撮ろうと言ったので、外装班の皆で並んで撮影をする。こういうものが、思い出になったりするのだろうか。その翌日に行われた文化祭ではうちのクラスは大盛況。看板を作った甲斐もあってか、多くのお客さんを呼び込むことに成功した。親子連れの小さい男の子が看板を見て、これすごい、と言っていたのを聞いて嬉しくなったのは秘密である。祭りの後も、外装班の人達はその余韻に浸るように駄弁っていたし、楽しんでいたようで何よりだ。私自身も、去年より楽しく過ごしたような気がする。
久し振りの雨が降った。喜雨さんに二回目に会った日から雨が降らなかったため、なかなか三回目が訪れなかったのだ。試しに曇りの日にテラスへ行ってみたが、結構な数の生徒がいても、あの人はいなかった。しかし、今日はしとしとと雨が降っている。しばらく振りの雨で喜ぶのは農家の人と、この私だろう。高ぶる気持ちを抑えつつ、テラスの扉を開けると冷たい空気があふれ出す。まっすぐに後ろから二番目のガラス席へ向かった。
「しばらく振りだね。梅田さん」
そこには、前と同じように読書をする喜雨さんの姿があった。
「文化祭のこととかを報告したくて」
そう言いながら向かいの席へと座る。
「うんうん、聞くよ」
本を閉じてこちらと向き合ってくれたので話を始めた。看板を作ったこと、すごくいいものができたこと、文化祭は大成功だったこと。その後、金井さんと少し仲良くなったことも話した。話を聞く間、喜雨さんは相槌を打ちながら笑って、楽しそうでいいね、と言った。それから、山崎からは何も言われなくなった、と言うと、それはまあ、そうだろうね、と苦笑された。
「これまでの自分に不満があったわけじゃないけど、今は前よりも楽しいんだ。噛んじゃうこともなくなったし、喜雨さんのおかげだよ。本当に感謝してる。凄く……伝えきれないほどに」
そう言うと、喜雨さんは優しげな表情を見せる。
「僕は助言こそしたけど、それを受け入れて行動したのは梅田さん自身だよ?」
「そうだったとしても、喜雨さんがいなかったら始まらなかったのも確かだよ。だからやっぱり、ありがとう」
「……どういたしまして」
困ったように笑いながらも、感謝の気持ちは聞き入れてもらえたようだ。ぽつぽつと雨がガラスに当たる音が心地良い。
「梅田さんは悩みごと、解決できたのかな?」
笑顔を崩さず、ゆっくりとそう聞いてくる。
「うん、勿論だよ」
喜雨さんの目を見て答える。温かく聡明な、綺麗な瞳だ。
「じゃあ、梅田さんにお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな」
何のお願いだろう。この人は恩人だし、できることはやりたい。
「私にできそうなことかな」
実力以上のことをやろうとすると結局迷惑がかかることになるし、できる範囲のことだといいな。もし難しくてもできる方法を考えてみよう。
「梅田さんならできるよ」
穏やかな声音で話すイプセンさんの次の言葉を待つ。
「お願いっていうのは………………」
桜の絨毯に降り注ぐ雨だけが二人の約束を見守っていた。




