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冬・第二話


 案の定テラスの中は静まり返っており、とても寒かった。幽霊の噂を思い出してしまう。首に巻いたマフラーを握りしめる。タッタッ、と自分の足音だけが響く。こういう広いところで座ろうとする時、なるべく奥の方に座ろうとしてしまうのは僕の癖なのだろうか。ガラス席にでも座ろう、そう思って後ろの方に行ったその時。

「ひっ……!?」

誰もいないと思っていたのに、後ろから二番目のガラス席に人がいた。確かに入り口からは見えないが、とにかく驚いた。

「ああ、どうも。幽霊ではないです」

こちらの悲鳴に気付いてその人は笑って話しかけてくる。一瞬、怪談話にあるようなものと遭遇してしまったのかと思ったが、それは本人によって真っ先に否定されてしまった。

「え……えっと」

ずり落ちた眼鏡を直し、混乱する頭で落ち着こうとしながらその人を観察する。うちの学校の制服を着ているし、生徒だろう。片手にタブレット端末を持っている。

「まあ、とりあえず座ってよ」

動かないでいる僕を見てその人は自分の前の席に座るようすすめてきた。雰囲気に飲まれるように席に着く。

「ここへは何をしに? 雨の日に誰か来るのは珍しくてね」

大人しく従った僕を見てか、そんな質問が投げかけられた。

「考え事をするなら、雨のテラスがいいってすすめられて」

そう言うと、驚いたように目を丸くする姿が目に映る。

「すすめられた? ……誰に?」

「名前は知らないんですけど、本を沢山持ち歩いてて、口元に黒子がある人です」

その点は、特徴として挙げられる部分だと思う。

「なるほど、理解した」

どうやら知り合いだったらしい。友達なのだろうか。目の前の人は一つ息をつき、切り替えるように話し出した。

「考え事をしに来たって言ってたけど……悩み事があるなら相談に乗るよ。良かったら、だけど」

そんな提案がなされた。初対面の相手に悩み相談なんてしていいものか。思案顔になっていると、人に話してみると何か変わるかもよ、と付け足された。ここまで言ってくれるのなら、相談すること自体は迷惑にはならないと考えていいだろう。

「うーん……じゃあ、聞いてもらおうかな……八方塞がりですし……」

「それが良いよ。まず最初に名前を聞いても?」

そういえば名乗っていなかった。慌てて答える。

「雪城大輝、です」

「雪城くん、だね、よろしく」

その言葉とともに握手を求められたので応じておく。手を放しながら口を開く。

「あなたは?」

「喜雨って呼んで貰えるかな」

そう言って喜雨さんは笑った。名前なのか苗字なのか分からなかったが、とりあえず呼び名があるならそれで呼ぶのがいいだろう。了承する意志を見せると、喜雨さんは端末を置いて口を開く。

「それじゃあ、雪城くんの悩みを聞くよ」

喜雨さんはそう切り出した。お言葉に甘えて聞いてもらうとしよう。何か良い解決方法があればいいのだが。

「一言でいうと、自分の夢が何もないことを悩んでいて……」

かいつまんで進路調査票のことを話す。提出のために何かしら書かなければならないが、書けるものが無い、何も浮かばなくて困っている、と言うと、喜雨さんはなるほど、とだけ言った。

「……会社員、みたいに無難なことを書けばいいのは分かっているんです。ただ、夢を持てない自分を見ると、何だか寂しくなって、何も書けないんです」

そう言ってから目を伏せる。夢を持てたらいいのに、と思う。けれど持てない。

「夢か……未来のこと、でもあるよね。雪城くんは自分の未来をどんな風に想像してるのかな」

そう聞かれて、思わずマフラーを掴む。未来の自分について、考えたことが無いわけではない。

「……………………無意味に生きるのだと、思います。生きる目標がある訳ではない、かといって死ぬ理由もない。だから、ただ生きて……もったいないと思われるのでしょう。でも、価値ある生き方が、分からないんです」

そこまで言って息をつく。このこと自体は他の人にも話したことがある。だが、良い反応が返ってきたことは一度もない。若いんだからもっと頑張れ、そんな風に言われてきた。喜雨さんは、どんな反応をするのだろうか。人の悩みを聞くような優しい人だから、正面から否定するようなことはしないと思う。夢の探し方を考えてくれたり、とかかな。

「無理に夢を持たなくても良いと思うけどね」

予想の斜め上だった。

「は?」

間抜けな声が漏れる。その発想はなかった、と言うべきだろう。

「そうだな……雪城くんは、幸せだなって感じることってある?」

それくらいは勿論ある。美味しいものを食べた時、面白い映画を観た時、日常の中でも多少なりに感じることくらいあるのだ。

「……一応、それなりには」

喜雨さんが何を言わんとしているのか読み取れず、それとなく目を逸らす。

「なら、それでいいんだよ。自分の人生だ。自分の思うように生きればいい。結局のところ、他人からの評価には何の意味もないからね」

それは、社会規範からはずれることにはならないのだろうか。常識外れにはなりたいと思わない。そう伝えると、喜雨さんは常識ってなんだろうね、と言った。

「犯罪なんかは、してはいけないこととして法律で明示されてるけど、常識って誰が決めたのかな。どこまでが常識なのかな? そんな不明確なものに縛られ過ぎることはないと思う」

二の句が継げないとはこのことか。何を言うべきか分からない、というよりは、言うことが無かった。僕は縛られ過ぎている、ということに納得してしまった自分がいたのだろう。

「…………」

黙った僕を見て、喜雨さんが何を思ったのかは分からないが、続けて話し出した。

「夢は持たなくったっていい……でも、雪城くんはそれを良しとはしていない。自分にも夢があればいいのに、とは考えてるけど、それは出来ないことだと諦めてる。けど、諦めるのは早計だよ。この先の未来には何が起こるか分からない。まだ十数年しか生きてないんだから、知らないことはまだまだ沢山ある。その中に、夢になれるようなものが無いなんて言いきれないんだよ」

自分には知らないことが沢山ある……それを否定することはできなかった。何を知っているのか、と言われたとして、答えられるものは無い。僕はまだ、何も知らなかった。

「……確かに、そうかもしれないです」

目を合わせてそう言うと、喜雨さんは目を細めた。外はもう暗くなりかけている。冬至が近く日が落ちるのはとてもはやい。冷たそうな雨を眺めていると、スマホが鳴った。自分のものだ。家族から買い物を頼まれてしまった。帰らなければ。

「あの、喜雨さん、ここに来たら、また会えますか」

いくらなんでも、このままさようなら、という訳にはいかなかった。もっと喜雨さんの話を聞いてみたいと思ってしまったのだ。

「雨の日なら」

そう言った喜雨さんと別れる。良かった。また話ができそうだ。テラスを出るとまさに凍えるような寒さが待ち受けていたが、不快感は全くなかった。これは近いうちに雪になるかな。


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