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冬・第一話


 凍てつくような空気の中で、雨は地面を刺す。身を切り裂くような小さな槍は、いつしか雪へと変わるのだろうか。


 吐き出す息は白く、痛いほどの寒さを頬に感じる。手がかじかんでしまう。マフラーを掴んで少しでも暖めようとするが、無駄な抵抗だ。明日は手袋をしてこよう。せめて顔だけでも、とマフラーを鼻まで上げると眼鏡が息で曇るのが分かった。

「寒い……」

誰に言うでもなく一人呟く。今日は冷え込みが激しい。天気予報によると、このあと雨が降るらしいし、もっと気温は下がるだろう。身震いをしながら校門を通り抜けた。今日という日が始まる。何の変哲もなく、普通の一日が。


 教室へ入ると普段よりも騒がしいのに気付いた。何事だろうと考えているとクラスメイトが声をかけてくる。

「なあなあ、雪城は進路調査になんて書いた?」

「進路調査……?」

そういえば聞き覚えのあるような……そうだ、昨日配られていた。進路調査と銘打たれたプリントが。

「僕はまだ何も書いてないけど」

「え? 今日提出なのに?」

あれ、そうだったっけ……こういうものは結構日数をとって集めるものだと思っていた。

「さては、ちゃんと話を聞いてなかったな? 暫定でいいからって今日提出になってただろ」

呆れたようにそう言われた。そして、始業までになんか書いとけよ、と言って彼は去って行った。

「……不味い」

非常に困った。プリント自体は持っている。だが、なにぶん書くことが無い。夢などないのだ。そんな自分が何を書けばいいというのか。とりあえず何か、と考えるがさっぱり思い付かない。自分の機転のきかなさが実に恨めしい。非情にも始業のベルは鳴り響く。もちろん進路調査は白紙のまま。担任が教室へ入ってきてプリントを回収し始めた。成す術なく白紙提出となる。今はまだ気付かれていないだろうが、チェックをした時に呼び出しを喰らうだろうな……。


 他の人達は、どんな風に調査票を書いたのだろう。自分に夢が無い分、余計に気になった。周りの人に隙を見て聞いてみようか。とりあえず、隣の席の中村君に聞くことにしよう。真面目な彼は、警察官だ、と答えた。とても合っていると思う。それから、体育の授業でペアを組むことになった涼野君にも聞いてみた。準備体操をしながら彼に話しかける。

「進路調査票、なんて書いた?」

「音大だな。ピアノをやってるんだ」

さらりとそう答えられた。涼野君とピアノが結びつくイメージが無かったのだが、どんな演奏をするのだろう。

「ピアノ、好きなの?」

「…………ああ」

謎の間とともに、涼野君はそう言った。表情は晴れやかで、それを何となく羨ましく思う。好きなもの、か。僕には趣味の類もないし、自信を持って好きと言えるものがある人は凄いと感じてしまう。夢がないことを思い悩む必要はないだろうから。涼野君にはお礼を言って話を切り上げた。


 放課後になり、夢は難しいな、と考えながら廊下を歩いていると、掲示板に貼られた校内新聞が目に入った。見出しに大きく、コンクール優勝、と書いてある。詳しく見ると、うちの美術部の梅田さんが全国規模の絵画コンクールで優勝をしたらしい。載せられた写真に写る梅田さんは、とても嬉しそうに笑っていた。こういう人は、このまま美術の道に進むんだろうな。部活と言えば、うちの学校は演劇部が有名だ。プロからのスカウトが来ることもある、なんて話も聞く。夢の形は色々で、特に部活ではみんなやりたいことをしている。帰宅部の僕には到底分からない話ではあるが。考え事をしながら歩いていたのがいけなかったのだろう、前方不注意で人とぶつかってしまった。

「うわっ…!」

紛れもない正面衝突。すみません、と謝ると、自分もよく見てなかったから、と笑って許してくれた。いい人だ。だが、彼の鞄の中身が散乱してしまっている。慌てて集めていくと、ノートや文庫本が……本が多いな。どれだけ持ち歩いているのだろうか、この人は。集めた荷物を手渡すと、ありがとう、と柔らかい笑顔で言われた。口元の黒子が特徴的な人である。

「……」

立ち上がっても笑顔のまま、彼はこちらを見やる。

「じっくり考え事がしたいなら、雨の日のテラスがおすすめだよ」

それだけ言って、彼はそれじゃ、と歩き出す。引き止める間もなく彼は人混みのほうに紛れてしまった。

「雨の、テラス……?」

確か幽霊の噂があったはずだ。そんなところへ行けと。どうしようか迷っていると、校内放送が耳に入る。担任の声で、自分を呼び出す内容だ。白紙の調査票にとうとう気付いてしまったか。はあ、とため息をつきながら職員室に向かう。外では雨が降り始めていた。


 寒い廊下と違って、職員室内は暖房が効いている。身に染みるな。これに浸ってばかりもいられない。担任のデスクへと向かった。僕に気付くと先生は一枚の紙を見せた。

「これはどういうことだ」

当然その紙は進路調査票。「雪城大輝」という氏名が書かれている以外には何もない。

「何も思い付かなかったので」

正直にそう答える。

「雪城にも夢くらいはあるだろう。あまり現実的じゃないものでも書いていいんだぞ? 白紙はやめてくれ」

先生は恐らく、一部の人間にしかなれないようなものでも書いていい、と言いたいのだろう。だが生憎と僕には何の夢もない。

「夢はないです」

そう言うと先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「雪城以外の生徒は何かしら書いてるんだが……とにかく、書いて提出するんだ」

他の生徒と僕を比べられても困る。進路調査票をつき返されてしまったので、受け取ってその場を後にする。職員室内との温度差で廊下は余計に寒く感じた。


 フラフラと校内をうろつく。家に帰っても良い案が浮かぶとは思えない。ちら、と外を見ると、しとしとと雨が降っている。その様子に、雨のテラスの話を思い出す。ぶつかってしまったあの人が言っていたことの真意は分からないが、気分転換くらいにはなるだろうか。ゆっくりとテラスに向かって歩き出した。


 テラスへの道すがら、部室棟から楽しそうな声が聞こえる。僕が部活に入らなかった理由は単純で、やりたいことがないからだ。得意なことも、好きなこともない。部活をする理由が何も無かったのだ。そう思い返していると校舎の端に辿り着いた。テラスはもう見えているが、入り口まで行くには多少雨に打たれなければならない。そんなに距離はないし、走り抜けよう。ばしゃり、と音をたてながらドアの前に着いた。思ったよりも濡れずに済んだようだ。さて、とドアに手をかけ、中へと入った。


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