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秋・第四話


 テラスへ向かう途中で、両手で大荷物を持った女生徒を発見した。ダンポール箱を四つも持っていたら前が見えないだろうし、見るからに積み方が危険である。周囲に他の人間はいないし、放っておくのも何となく後味が悪いので声を掛ける。

「そんなに持って大丈夫か? どこまで行くんだ」

アタシの呼びかけに気付いた女生徒がよたよたと振り返る。

「美術室まで……でも、大丈夫です」

「行く方向は同じだから、少し手伝おう」

テラスは部室棟の向こうである。女生徒の持つダンボールを二つ持った。

「わわ、ありがとうございます」

慌てつつも女生徒は礼を述べて笑った。よく見ると、先日、校内新聞に表彰をされた写真が載っていた人だ。名前は確か梅田だったか。内容は絵画コンクールだった気がする。

「こんなに沢山、何の荷物なんだ」

「部活の備品です。注文していた物が、一度に届いてしまって」

困ったように笑う梅田の他に、部活のメンバーはいなかったのだろうか。少人数の部活なら、そういうこともあるのかもしれない。会話も少なく並んで歩いていると、数分で美術室に到着した。中に入って荷物をどこに置くのか聞くと、入り口の傍に置くよう言われたので、邪魔にならないようダンボールを下ろす。

「手伝ってくれて、ありがとうございました。実は、運ぶの結構大変だったので……凄く助かりました」

お礼に、と梅田が持ち歩いていたノド飴を貰って、美術室を後にした。


 傘をさしてテラスの前まで辿り着く。風によって横向きに降る雨のせいで前髪が額にはりつくのも厭わずテラスのドアを開け放った。呼吸を整えてからガラス席まで近づく。

「あ、知鶴……あれ、雨に降られた?」

そう言うと喜雨は鞄からタオルを取り出し、こちらに差し出してきた。お礼を言ってありがたく受け取る。後で洗って返そう。席に座って落ち着くと、喜雨の方から話しかけてきた。

「それで、一日過ごしてみてどうだった?」

「実に気楽な一日だった」

余計な気を遣わずに過ごした今日は、とても過ごしやすかった。重荷が降りたようで、今までの自分はなんて無意味なことをしていたんだろう、と思うほどには。そう伝えると、喜雨は少し嬉しそうに口元が緩んでいた。

「気分よく過ごせたなら何より。でも、今まで知鶴がしてきたことが無意味だったなんてことは無いよ。この現実は、積み上げられた過去を基盤に成り立ってる。過去無くして今の未来は無い。今の自分になるためには、それまでに経験してきたことも、必要なことだったんだ。だから、過去の自分を否定なんてしなくてもいい」

喜雨は恐らく良い奴だ。何を言っても、前向きな言葉に変えられてしまう。

「喜雨くんは、哲学者みたいなことを言うんだな」

「哲学かどうかはともかく……最初から今みたいだったわけじゃない。過去ありきの今だけど、誰かに助力出来るような自分になれているなら、良かったと思ってる」

そう話す彼はどこか懐かしげな目をしていた。喜雨の積み上げてきた過去がどんなものなのか、いつか聞いてみたい。少しだけ曇っているガラスのテーブルをなぞる。

「助かったのには違いない。肩の力を抜いて過ごしていても、存外に問題がないことに気付かせてくれたからな。周りの連中はアタシの変化に気付きこそしたが……それだけだ。深く追求はしてこないし、仮面なんて要らなかったな」

自分を嘲笑するように雨の降る外を眺めると、喜雨は真剣な表情で口を開いた。

「知鶴がどんな人生を歩んできたのか知らないから、はっきりしたことは言えないけど……本当に必要がなかったとは思えない。その外面が、今まで知鶴を守っていたのかもしれない」

喜雨の言う事は憶測でしかないし、確かめる方法も無い。でも、逆に言えば今までの自分をどう捉えておいても自由ということになる。ならば、喜雨の言う様に意味があったと、そう思っていてもいいだろうか。

「仮面の使い分けとかは、今後も役立ちそうだ。必要な時だけ取り出す。良い使い方だと思わないか?」

この仮面にも価値があるのなら、別に捨ててしまわなくてもいいだろう。あくまでもアタシを形作る一部なのであって、使いこなせば便利な道具となるはずだ。

「いいね。最高だ」

喜雨は楽しそうに笑って言う。

「……あのさ」

今、喜雨に伝えなければならないことがある。彼はいつも通り、アタシが話し出すのを待っていた。

「アタシはこれから先、自分を見失うことはないだろう。それは、喜雨くんに出会ったことがきっかけだ…………だから、ありがとう」

沢山の作られた偽りの自分に埋もれて、重くなった仮面達。それを変えてくれた喜雨には最大の感謝を。

「……どういたしまして」

見てわかるくらい嬉しそうに笑う喜雨は、続けて言う。

「知鶴の悩み、解決した?」

「当然だ」

アタシにとって、この先の生き方が変わったことは大きな革命のようなものである。喜雨がアタシの偽りの顔を見抜いたことで、最終的に悩むことは無くなった。

「それは良かったよ……知鶴にお願いしたいことがあるんだ」

「何だ?」

喜雨に願いがあるのなら、請け負おう。それが彼に恩を返すことになればいい。

「お願いしたいことは……………………」


 雨は止まない。雨粒をはじき返す紅葉の葉がテラスを覆っていた。


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