図書館
今日は特に予定はない。教会の状況が確認できてから行動開始だ。暇なので、結火のためになるかと思い図書館に行く事にした。
図書館はヤチェックの家から10分程の所にあった。図書館の前には公園があって、芝生がきれいに整えられており、中央に噴水のある池があった。池の周りにはベンチがあって、桜のような花が咲いている木も見える。
図書館の中に入ると、円形のホールになっており壁全体に本がならんでいる。たくさんの机と椅子があるが、本を読んでいる人は数人しかない。壁に並ぶ本はかなり上の方まであって、本を手に取るための通路が三段ある。
正面奥には警備員のいるゲートがある。その先に進むには特別なパスが必要なようだ。結火は物が持てるようになったため、自分で4~5冊の本を選んできて机の上に置き読んでいる。波塁はまだ十分文字が読めないため、結火の隣のテーブルで椅子に座って寛いでいた。
そのとき、奥のゲートから、ジョヴァンカが出てくるのが見えた。向こうもすぐ気付いてこちらの方に向かってくる。重そうな鞄をテーブルの上置くと、波塁の向かいに座り話しかけてきた。
「こんなところで出会うとはね。この間あんたが奇跡と言っていたので、いろいろ調べて見ているけど、ほとんど何にもわからないね。奥のゲートは領主からの特別許可が必要なんだけど、そこにも目ぼしいものはなかった」
ジョヴァンカは、話をしながら後ろの結火を時々見て気にしている。
「あなたこの街で何してるの」
波塁は、カミンスキ家に滞在していること、この町でも灰の森教会を中心に活動していくことなどをジョヴァンカに説明した。
ジョヴァンカは小声で、
「ヤバイ・・・ヤバイ・・・」
と言いながら、波塁の袖をつかんで図書館の外まで連れ出した。
「あんたの後ろにいた女、あれ、人間じゃないね。呼吸してないし、心臓の音も聞こえない。しかしあんなの初めて見た。幽霊にしては実態がはっきりしすぎているし、そもそも幽霊が本を読むなどおかしいし・・・あれ、相当ヤバいんじゃ・・・」
「さすがジョヴァンカさんですね彼女を人間でないと見抜くとは、彼女は結火と言い、私と同行しているものです。でも素直ないい子ですよ」
「まさか、召喚したんじゃないだろうね、召喚は禁忌の魔法で大罪だよ。召喚者は証拠さえあればその場で死刑にしても良いことになっている」
「いや、召喚ではないと思いますよ、ついてきたというか、むしろ、押しつけられたというか・・・」
波塁は、結火についてすべて話した。
「へえ、驚いたね。そんなことが、うーん、ちょっと理解の範囲を超えてるね」
はじめて聞いた情報が多く、ジョヴァンカは、自分の今までの知識で説明がつくか考えていた。
その後、図書館に戻って結火を外に連れ出し、ジョヴァンカに紹介した。ジョヴァンカが半信半疑なようだったので、結火の紹介代わりに、噴水の池に手を突っ込んだ。すると、噴水によって波立っていた水面が鏡のように平らになった。噴水から水が落ちてきても波紋すらできないという不思議な光景であった。
ジョヴァンカは驚いた、魔法で水を混ぜたり、動かしたりするのは簡単だが、逆に穏やかにするのはまずできない。魔法でやる場合力を相殺する方法となる。つまり、規則正しい波であれば逆方向の水の動きで相殺できるが、噴水のような不規則な波は複雑すぎて制御できない。
「ちょっといろいろ聞きたいことがあるので、家まで来てくれないか」
ジョヴァンカはそう言って、近くにあるジョヴァンカの家へ二人を案内した。
家と言っても、近くのアパートの一室で、中に入ると一部屋だけしかなく、家具もテーブルと椅子が四脚あるだけだ。ジョヴァンカは部屋に入ると机をどかすように言った。机をどかすと床に魔方陣が二つ書かれており、直径2m程の大きさがある。ジョヴァンカは左の魔方陣の中央に立ち二人に魔方陣の中へ入るよう促した。二人が入り、ジョヴァンカが魔法を唱えると、周りの様子が一変し別のところに転送されたことが分かった。
波塁も結火も初めての事なので驚いた。
その部屋はかなり広いのだが、物が多く雑然としている。転送されてきた魔方陣は少し高い位置にあり、二段ほどの階段を降りると、右手の棚には瓶に入った薬品のようなものがたくさんあり、その前の二つの机には、棚に置ききれなくなった瓶があふれている。左手には入口があり、そのまわりにも訳のわからない道具などが置いてある。ジョヴァンカは、部屋の中央のあたりにあるあまり物が置かれていないテーブルへ二人を案内すると座るように促した。
「この家に客なんてこないのでねえ、まあお茶ぐらいは出すか」
といいながら、実験器具のようなものでお茶を入れ始めた。
「ジョヴァンカさんは魔法が使えるんですよね、炎出して魔物をやっつけたりとか出来るんですか」
波塁は、子供のころ遊んだゲームを思い出しながら軽い気持ちで聞いてみた。
「魔法っていうのはね、科学なんだ。原理原則に従っている。」
そう言うと、離れた場所にある暖炉に向かって手を向けた。すると、暖炉の中の薪の中心が赤くなりそれが広がってまきが燃えはじめた。
「魔力を熱に変換して、可燃物に当てれば燃える。つまり、何もないところに炎を出すことはできない。油を霧状にして魔物に当て魔力で熱すれば同じようなことになるかもしれない」
このあといろいろ話をしたが、ジョヴァンカと結火が中心で話は盛り上がり、波塁は暇であった。どうも、結火のできる水の操作や、天候の操作など根っこは魔法と同じようであった。魔法は原理に基づいて体系付けられているが、結火は師匠からスキルを学ぶという方法で習得している。結火は、魔法で実現できないスキルを持っていることから別の原則に従っているのかもしれない。物理学でもニュートン力学や、相対性理論、量子力学などそれぞれの考え方で出来ることは変わってくるようなものかもしれない。
しかし、転送の魔法は面白い、結火も初めての事であったのですごく興味を持っていた。ジョヴァンカは、自分の家、タルシェフ村、グルニチェの三か所への移動が可能なようにしているようだ。
こういう魔法は、時空系魔法と言い、使えるものは数少ないようだ。これが使えれば今後の活動にもスピード感が出てくる。また、情報伝達や、輸送など応用範囲は広い。しかし、習得は困難で使えるものは、各国にせいぜい、一人から二人ではないかとのことだった。
波塁は、転送魔法はこれからの活動にぜひ必要と考え、ジョヴァンカに、転送魔法をもっと簡単に使えるようにならないか研究してほしい。とお願いした。
ジョヴァンカからは、結火に研究の手伝いをしてもらえるなら、そちらも考えても良いという返事をもらった。結火も興味津々なので手伝いも問題無いようであった。
二人は、転送魔法でジョヴァンカにグルニチェまで送ってもらい、カミンスキ家へ戻った。
1階の事務所に入ると使用人から、主人のヤチェックが呼んでいるという事で、5階の執務室へ通された。
部屋に入るとヤチェックは、机から顔をあげて立ち上がり、ソファーの方に二人を案内した。
「今日、ゼーマンの宿屋のヤロミールとアレシュがお礼にやってきましたよ、あそこは一人っ子だから本当に良かった。アレシュからぜひ波塁さんのお手伝いをしたいとの申し出があったのですが、どう返事しましょうか」
「灰の森教会の再建に人手が要りそうなので是非お願いしたいです。ただし、今はお金がないので当面無給でよければという条件付きになりますが」
「わかりました、ではそのように伝えましょう。それと頼まれていた、教会の件ですが、税金未納付で役所に差し押さえられており、金貨3枚ほど払えばまた使えるようになるようです。」
(たった金貨3枚が払えなかったのか、こちらの再建も大変だなあ)
「それから、教主なんですが、名前をクレメント・ハラディルと言います。住む所がなくなったので、町の外のスラムにいるようです。この町の入り口、門を出て左側の堀の向こう側です。この町に入られる時見られたと思いますが」
「そこなら分りますので、明日行ってみます」
「いや、やめておいたほうが良いと思います。スラムは治外法権のような所で危険ですし、そもそも、教会を捨てて逃げたような男、信用にならないでしょう」
「しかし、教主様がいらっしゃるならその人が再建するべきであり、私はそのお手伝いをさせていただきたいと思いますので、どうしても会ってみる必要があります」
「分りました、では案内をつけますのでお出かけになる際にはお声かけください。」