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ホズナム村

 結火が不寝番をしてくれたおかげで、三人は安心して寝ることができたのであった。

 波塁、結火、ユリアの三人は、ホズナム村へ向かう。逃げてきたユリアの事を考え、グルニチェに出て街道を行くよりも、一旦来た道を戻ってから行くことにした。ゲオルグは、グルニチェにこのまま向かうのでここで別れる。

 ゲオルグが、波塁に、

「この肉を持って行ってくれ、あんたらは食べないがあの子は食べるだろ」

 そういって、昨日の肉を燻製にしたものを持ってきた。(なかなか器用なやつだな)

 本人に直接渡すように言ったが、ゲオルグは、

「頭では分かっているんだが・・・、信心が足りないのかもな、ハハハハ。世話になったな、グルニチェで借りを返すからな、また会おう」

 そう言って、ゲオルグは去って行った。


 波塁たち三人は、昨日登ってきた山道を下るが、昨日1時間ほどかけて登って来た坂道も、下りは30分ほどで街道まで出てきた。ここからは、街道は避け、川のそばを通る細い道を、ユリアを先頭に一列になって歩く。

 歩きながらユリアに家族について聞く。母親と、二つ上の兄、一つ下の妹が住んでいるらしい。父親は、5年前の戦争のとき徴兵され帰って来なかったそうだ。

 ユリアは気が急くのか、早足でどんどん進んでいって1時間ほどでホズナム村へ着いた。

 タルシェフ村は、街道に面した宿場町という感じであったが、こちらは畑が広がっており、家も密集してなくぽつんぽつんと立っている。

 ユリアは、村の中心の方へは向かわず川の支流、幅2~3mといった小川だが、そのそばの道を山の方へ向かって歩き始めた。ユリアは歩きながら振り返って、まだここから少しかかります。といって、ずんずん道を進んで行った。

 林の中を通って進んだが、周りは新緑が少しずつ芽を出し始めている時期で明るかった。

 しばらく歩いて、小川に橋がかかっているところに着くと、ユリアは、橋を渡らずに反対方向へ進んで行った。

「ここを曲がれば、1軒の家があって、そこを左に曲がったところ」

 ユリアが歩きながら説明する。

 しかし家は見えない。生まれて15年も過ごした場所。道を間違えるはずもない。少し戻ってよく見てみると地面が黒くなっている。枯れた草が生い茂る中に、焦げた木材や、石を積んだ塀の跡がある。宿屋の客が言っていた、火事の事か。

 ユリアは、いやな予感がして、自分の家がある方向へ走り出した。

 無い、やはり家は無かった。見覚えがあるのは、石を積んで作った低い塀や、石で囲った小さな花壇。家があった場所は枯草に覆われ、地面は黒く変色している。枯草に覆われた中、花壇から1本のケシの花が斜めに生えていて風に揺れていた。

 ユリアはその場に座り込み茫然としている。

 波塁は、続く道の先まで行って確かめてみたが、5軒ほどの家が同様であることを確認すると、ユリアを立たせ橋の所まで戻ってきた。

 今日も天気がいい、小川は雪解け水を運んでいるのか水量も多く、魚が泳いでいるのが見える。春も近いこんな良い日なのに・・・

 そんなとき、橋の向こうから女の人が歩いてきて、声をかけた。

「あんたらここら辺の人じゃないね、誰かを訪ねて来たのかい」

 見た目、60才ぐらいの背の低いおばさんが話しかけてきた。

「あれ、ユリアかい」

 おばさんがそう言うと、ユリアは顔を上げ頷いた。

 おばさんはしばらく沈黙の後、

「家に行って来たんだね・・・わたしの家においで、何があったか教えるよ」

 おばさんはそう言って、橋を渡った先にある自分の家へ三人を連れて行った。波塁は、結火についての説明が面倒なので、外で待つように言ってから、ユリアと二人で家に入った。


 小さい家だが、たくさんのものが飾ってあった。絵、置物、花瓶、絵皿など。

「私は、ウルシュナ。ユリアの母さんとは懇意にしててねえ・・・」

 ウルシュナは、お茶を淹れてテーブルの上に置いてから、何があったか話し始めた。

 昨年10月の事、収穫が終わってそろそろ冬の準備を始めようとしていたころ、盗賊の一団に襲われた。目当ては、食糧のようで橋向こうの5軒が襲われ、全員殺され火をつけて逃げたらしい。大半は、捕まったらしいが何人かはまだ逃げているようだ。

 ウルシュナはユリアが何をしていたかも知っていた。

 ユリアが出て行った後、兄がユリアを買い戻すために無理をして仕事を掛け持ちし、体を壊したこと。妹が、文字や、計算の勉強をして、グルニチェで働こうと思っていたこと。母がよくこの家に来て、ユリアの事を後悔しながら、泣いていたことなど。

 この二年間の出来事を、ユリアに話して聞かせた。

(母がここでそんな話をしてたんだ)

 両膝の上で固く握られたこぶしの上に、ポタポタと涙が落ちる。母との思い出の品が、ひょっとしたらこの部屋に残っているのではないかと思い、顔を上げ周りを見回したが、何も見つからなかった。

 ユリアも二年間の出来事を話した。

 ウルシュナは、目に涙をためながら、

「本当に大変な思いをしたね、でもね、あなたみたいな人はたくさんいるの」

「ここに残った三人も、本当につらい思いをして死んでしまった。命があるだけ神に感謝しなければね」

 ウルシュナはこう言うと、ユリアのひどい身なりを見て、着替えるので波塁に外に出ているように言った。


 波塁は家の外に出て、橋の方へ歩いて行った。結火が川べりでしゃがんでいるのが見える。手を水に突っ込んで何かしているようだ。近づいて見てみると、

 水につけた手の方に魚が寄ってくる。何匹か来ると、魚の後ろの方に渦巻きができて魚が巻き込まれていく。渦巻きが消える、また魚が寄ってくる。といったことを繰り返して遊んでいる。

(そういえば水をコントロールできるんだったな)

 結火は楽しそうだ、目が笑っている。波塁が近づくと、結火は気づいて立ち上がり、少し恥ずかしそうな顔をしたように見えた。

(だいぶ感情を表に出せるようになってきたかな)

 波塁が、楽しそうだね、と声をかけると

「ここの生き物は、多種多様ですね、興味が尽きません」

 結火は、元の冷静な顔に戻って、そう答えた。


 しばらくすると、ウルシュナが入ってくるよう呼んできた。

 波塁が家に入ると、ユリアが一変していた。派手なワンピースを着ていたが、落ち着いた農家の娘という服装に代わり、化粧を落として、髪を後ろにきれいにまとめていた。初めて見た時は、20代かと思ったが、こうしてみるとまだ幼さが残っている。

「どうだい、見違えただろ。うちの娘のお古なんだが、これが本当のユリアだよ」

 しかしこの身なりでも、グルニチェに行けば、ばれてしまうだろう。

 波塁は、ユリアに聞いた。

「これからどうしたい」

 ユリアはしばらく考えていたが、波塁についていきたいと言った。家も、身寄りもないのでもっともだ。ウルシュナがここにずっといてもいいと言ってくれたが、そういうわけにもいかないだろう、ここの家もそんな余裕はないはず。

 波塁はウルシュナに、

「しばらくユリアを預かっていただけませんか、準備が整い次第迎えに来ます。まずは、逃げ出してきた宿屋に行って決着をつけないと、いつ連れ戻しに来るかわかりませんので」

 二人ともこのことに了解してくれた。ユリアは、金貨5枚で売られたそうだ。逃げてきたので、金貨5枚では済まないかもしれない。

 早速、波塁と、結火は出発することにした。今なら夜までには、グルニチェに着けるだろう。波塁はお礼代わりに、ウルシュナの悪いところを奇跡の力で直してやった。

 ひざが悪く杖をついていたが、杖が要らなくなった。長年の腰痛が治った。ウルシュナが喜んでいたのは言うまでもない。


 波塁と結火の二人は街道に戻り、グルニチェへ向けて歩いていた。結火は相変わらず無口だが、いろいろなものを興味深そうに観察している。

 街道はいろいろな人が歩いている。商売人、兵士の一団、旅姿の男女、牛をひいた農夫、職人など。馬車もいろいろで、人を運ぶ乗合馬車、荷物を運ぶ商人、家畜を運ぶ者などがいる。グルニチェに近づくにつれて混雑してきた。

 そして、暗くなってきたころグルニチェに到着した。


 グルニチェは立派な城壁に囲まれており、人口は5万人ほどらしい。城壁の周りは川から水をひいて堀にしている。

 門の右手の堀の外側に、ボロ小屋が立ち並んでいる。ぼろを纏った子供たちが、アヒルを追いかけてかごに入れようとしている。髪とひげがぼさぼさに伸びた2,3人の男たちが、堀の傍にしゃがみこんでいる。城壁内に住めない貧民が暮らしているようだ。

 堀に架かる跳ね上げ橋を渡って門に向かう。門には10人ほどの人が並んでいる。入国審査のようだ。レナータより、父であるロベルト・マズルの紹介状を持参していたためすんなり通ることができた。

 門をはいると正面に砦のようなものが見える。暗いのでよく見えないが、高さ20mほどの岩山の上に石を円形に積み重ねて造られた建造物のようだ。門のあたりは混雑していて、結火が巻き込まれると厄介なので、ヤチェック・カミンスキ家へ急いで向かうことにした。

 幸い有名であったのですぐに分かった。

 大通りに面しており、5階建てで、建物の幅は50mぐらいある。周りの建物と比較しても相当立派に思える。

 1階は、半分が小売り向けに商品が置いてあり、買い物客がいる。残り半分は商談や事務を行う場所のようであった。波塁は、ロベルト・マズルの紹介状を見せて、ヤチェックへの面会をお願いした。

 しばらく待たされた後、5階にあるヤチェックの部屋に案内された。


 波塁と結火が部屋に入ると、机越しに座っていたヤチェックは立ち上がって、机の前まで出てきた。

 身長は160cmぐらいか、結火よりだいぶ小さい感じがする。年齢はロベルトと同じくらいで,小太りではあるが健康そうだ。口ひげをはやしており、頭の上は白髪が少し混じっている程度で、鬢はかなり白い。目じりのしわが温和な印象だが、目の奥に鋭さも感じる。

 お互い挨拶をし、波塁が要件を説明するとソファーに案内され、向かい合わせに座った。波塁は、ロベルトからの手紙を渡し、ヤチェックはその場で読みはじめた。相当詳しく書いてあるようで時間がかかる。波塁は部屋の中を眺めた。

 床、壁、天井すべて、こげ茶色の板で統一されている。装飾はなく一見質素な感じだが、暖炉が大理石であったり、大きな1枚板の執務机など、ところどころ豪華だ。壁の木材の間には2m程の間隔で細長く白い石が、床から天井まではめ込まれており、白い石すべての上部にランプが取り付けられ、明かりが灯っている。絵は三枚ほどかけられている。後は書類を入れていると思われる大きな、やはりこげ茶のロッカー二台が存在感を示している。


 ヤチェックは手紙を読み終わり、眼鏡をはずして、顔を上げた。

「にわかには信じられんが・・・」

 ヤチェックは目を瞑って考えている。しばらくして目を開けると、波塁、結火の方を見てから、

「分かった、ロベルトからの頼みであれば、あなたたちの事は引き受けよう。まずは、食事でもしながら話を聞くとしよう」

 波塁は、

「食事についてお願いがあります。わがままを言って申し訳ありませんが、私たちは、肉、魚、卵、乳製品などは食べません。また、私たちだけで食事させていただきたいのです」

 ヤチェックは戸惑った、この地方にベジタリアンなんていない。食べるものがなくて死ぬものが多いというのに、食べるものを選ぶなど非常識だ。また、一緒に食事しないというのはどういうことだ。しかしそこは、様々な癖のある人たちと付き合ってきた男だ。

「わかりました、いいでしょう。食事はあとで部屋まで運ばせます」

「わがまま言いまして、申し訳ございません」


 ヤチェックは、食事の予定が変わったので、この場で明日からの予定を聞くことにした。

「こちらでもタルシェフ村と同様に、病人の治療を行うつもりですか」

「その前に済ましておくことがありますので、それが終わってから治療は開始しようと思います」

 と言って、ユリアの事を話した。ヤチェックは黙って聞いていたが、

「その子がかわいそうであること、そして、あなたがそれを救いたいとうことは分ります。だが、そんな話、掃いて捨てるようにあるし、おそらく、あなたがやろうと思われていることはもっと大きいことのはず。小さなことに関わり続けていたら、大きな事は達成できないのではないでしょうか」

「ヤチェックさんの考えも分ります。それは商人の考え方でしょうね、10日で金貨1枚の仕事と、一年で金貨1000枚の仕事があった場合。10日で金貨1枚の商売にとらわれて、一年で金貨1000枚の仕事に取り掛かれなければいつまでたっても貧乏のままです。しかし、われわれは、金貨ではなく、人間が相手です。一人の犠牲の上に十人が助かるというのは認められません」

 波塁がそのように言うとヤチェックは考えた、やはり自分は、人間も多く救える事の方が良いと思う。だが、議論しても噛み合うことはないだろう。ヤチェックは反論することはやめて、

「ゼーマンの宿屋であればよく知ってます。わたしが話しすればすぐ解決しますので、波塁さんが行くまでもありません、明日、うちの息子にでも行かせます」

「やはり自分で見て、話しておきたいのです、もし、話がこじれたら、お名前を出してもよろしいでしょうか」

 ヤチェックは了解した。

 それから、金銭の価値について聞いた。ユリアが売られたのが、金貨が5枚、街で生活するなら、だいたい生活費2ヶ月分、農家であれば、節約すれば1年は生活できるとのこと。金貨1枚で大銀貨10枚、大銀貨1枚で銀貨10枚、銀貨1枚で銅貨10枚となっている。

 この後、波塁と結火は、この家の使用人に案内され、4階の別々の部屋に通された。ちなみに、5階はカミンスキ家が使用し、来客者は4階、使用人は3階、2階は事務所、倉庫となっている。

 波塁は、この日から文字を読む勉強を始めた。文字はアルファベットに似た表音文字なので、言葉が喋れる今ではそう難しい作業ではなかった。


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