竜の修行場
一日が終わり、波塁はベッドに入っていた。ひょっとしてまたおじいさんが現れるのではないかと思い。周りを見渡したがそのようなものは見当たらなかった。
波塁は眠りに入り、夢を見ていた。
双天様がおられる・・・
広々したところ、地面にごろごろと石が転がっており、草は生えていない。しかし、遠くに見える山は濃い緑色で、また、山の麓の平原は青々としていた。
この荒涼とした場所と、山の間にかなり大きな湖がある。全貌は見えないが、幅も奥行も1km以上はありそうだ。湖は、深い青色、紺色、そんな色で、すごく深いのではないかと思われた。
(いやにはっきりした夢だなあ・・・)
「これは、夢じゃないぞ」双天様が話しかけてきた。
「え、ではここはどこですか」
「ここは、霊界じゃ、死んだら行く霊界」
「え、じゃあ私は死んだのですか」
「いや、特別招待じゃから死んではおらん」
ついて来いと言われて、波塁は、双天に付いて湖の方に歩いて行った。
湖の近くまで行くと、高さ10mほどの岩山があり、その前に鳥居がある。双天は、鳥居をくぐり岩山の階段をのぼりはじめたので、波塁もその後を付いて行った。
岩山の上には小さな祠があり、ここから湖が良く見える。双天は、波塁に湖をよく見るよう促した。
湖の水面は滑らかで、波紋一つなくちょっと不自然な感じがする。青黒い水面の中をよく見ると、直径1mはあると思われる大きな蛇がうねっていた。
波塁は思わず、「うわっ」声が出てしまい、背中に鳥肌が立つのを感じた。
それをよく見ると、1匹2匹ではない、何十匹という蛇が交差しながらうねっている。色も最初黒だけかと思っていたが、青味がかった黒、茶色などのものもいた。そして不思議なのは、あんなにたくさんの蛇が水中でうねっているのに、水面は静かなままということ。
底知れぬ不気味さを感じた。
波塁は、双天に聞いた。
「あんなにたくさんの蛇がなぜです」
双天はにこにこしながら答えた。
「お前の目は節穴じゃな、あれは蛇ではない竜だ。よく見れば背びれや足があるじゃろ、頭も全然違う」
波塁は、改めてよく観察してみると確かにひれや、足らしきものが見えた。
双天は、傍らの祠を指して、
「この祠は、竜神を祭っておる。この湖は竜の修行場じゃ。ここは、若い竜、竜にとって最初の修行場で、だいたい200年ほどここにおる。ここで、水の扱いを覚える。水面が全く穏やかであるのは、水をコントールしているからじゃ」
波塁は質問した。
「竜の、あの色の違いはなんでしょう」
「ほう、良いところに気づいたのう、色は竜のレベルを表しておる。竜は、生まれた時は皆黒い。それが修行を重ねてレベルアップすることで色がだんだん薄くなり最後は白になる。雄の竜は、黒からだんだん青くなって、水色、白へと変わっていく。雌の竜は、黒からだんだん紅くなって、ピンク色、白へと変わっていく。面白いじゃろ」
(昨日双天様の竜の姿を垣間見た時、白かったような・・・、双天様は最高に進化しているのかなあ、何才なんだろう)波塁はそのようなことを考えていた。
双天は話を続ける。
「湖で修業した後は、地上に出てやはり平均で200年ほど修行し、次に空での修業を行う。こっちが500年ということろかの。平均すると合計900年ということになるが、まれに優秀な竜は、地上での修業をスキップしていきなり空での修業にうつるものもいる。不思議なことじゃが、竜にも才能の優劣はある。しかも結構大きな差がな」
波塁は聞いた。
「空では、500年もかけてどんな修業をするのですか」
「主に天候じゃの、雲を作って雨を降らしたり、雷を落としたり、レベルがアップすると台風だって作れるぞ」
(ひょっとしてゲリラ豪雨は竜の仕業では?)波塁はテレビの天気予報を思い浮かべた。
「おっと、来たようじゃ」
そう言うと双天は岩山を降りはじめた。
岩山から降りると、双天とおなじ背格好の爺さんが立っていた。白装束の服装や、白髪、白髭などは同じだが顔は丸顔で優しそうな印象を受けた。
双天は、波塁に紹介した。
「これは、ワシの昔からの友達、涼岳慶草烙風という」
(いやこれもまた長い名前だな)
「長いから、烙風でよい」烙風はそう答えた。
「私は、波塁と言います、よろしくお願いします」
波塁が自己紹介すると、烙風は頷いた。
「お願いしていた件じゃが」
双天がそう言うと、突然すぐ近くに雷が落ちた。閃光と轟音が響き、波塁は動揺しながら目を開けると、そこに女の人が立っていた。
身長は結構高い170cmぐらいか、赤い着物(和服)を着ている。全体的にほっそりしており、息を飲むような美人だが、切れ長の目が怖い。年齢でいえば、20代半ばぐらいか
「これが話していた。涼岳慶草結火だ」烙風が紹介した。
結火は双天の方を向いて、微笑んで会釈をしたが、目が笑っていない。
双天は、波塁の方に向かって、
「お前は昨日、ワシにいろいろ聞きたいと言っていたじゃろ、ワシは忙しいから、烙風殿に代わりになるものを頼んでおいたのじゃ、結火は、お前の供としてこれから旅に付いていってもらう。いつでも聞きたいことは聞けるし、ボディガードにもなる。結火は、烙風殿と苗字が同じように名門の一族じゃ、しかも、地上での修業をスキップし、天空での修業も400年ほどでほぼ習得したという英才じゃ」
結火は、波塁の方に向かって、微笑みながら会釈し、
「波塁殿、よろしくお願いいたします。人間の供をした経験はございませんので、不調法の際にはなにとぞご容赦ください」と言った。
波塁は、(目が笑ってない、これ気軽に質問とかできないんじゃないかな、拒否権ないのかな)などと考えていた。
烙風は、波塁を気遣って、波塁、結火を交互に見ながら、
「結火は、一族始まって以来というほどの天才じゃ、しかし、思いやりとか、情というものが欠けているのじゃ」
「結火よ、神の本質は愛である、愛を学ばなければこの先の進歩は望めぬぞ。波塁について行き、愛がどういうものであるか学んで来い」
烙風がこのように言うと、
「烙風様、ご心配には及びません。今まで他の者に後れをとったことはございません。必ずや愛を学んで見せます」
鋭い眼光で、力強く決意を語った。
双天、烙風は顔を見合せ、いやあ、これは大変かも知れないと思った。
波塁は、
(いや、これ、話が違うでしょ、竜の姫様の教育係になれっていうこと?)
(いやいや、人助けという大事な使命を預かっているのに・・・)
このように思いながら、双天、烙風の方を見ると二人とも目をそらした。
「それで、これからどうするつもりじゃ」双天は、波塁に聞いた。
「今いる灰の森教会をベースに、救済を行っていこうと思います。当面は病人の治療ですね。もうすぐ今の村の治療が終わるので、その後は、領主の町グルニチェに向かおうと思います」
波塁は答えた。
「いつ出発するつもりじゃ」
「あと一週間ぐらいと考えていますが」
「では、8日後の朝、村を出たところで、結火と合流することにしよう」
波塁は、再び眠りに落ちたのであった。
それから、一週間が経過した。
タルシェフ村での奇跡の評判が広まって、隣村からも治療の依頼が来るようになり、一昨日からは隣村に行っている。
ロベルトの計らいで馬車も出してもらったので、効率も良くなった。
ヤクブと波塁は、最後の病人のところへ向かっていた。
「ここが終われば、いったん終了ですね」
ヤクブは、にこにこしながら、波塁に話しかけた。
「明日からの事について、お話したいことがあります。帰ったら、イレナ、ハンナも交えて相談させてください」
馬車の中で、波塁はこのように言って黙りこみ、考えを巡らせた。
(私が去った後、教会が成り立つことを考えなければ・・・)
同じころ、タルシェフ村の教会の食堂では、子供たちが勉強をしていた。
学校に通う余裕がないので、教会にいる孤児たちはここで勉強を教わっている。イレナや、ハンナも教えるが、食事の準備や、洗濯、掃除など、とにかく忙しいので、主に年上が年下に、文字や、計算などを教えていた。
そんなとき、勢いよく食堂のドアが開いて、女の人が入ってきた。
「おはようございます。波塁様はいらっしゃいますか」
女の人は、大きな声で告げた。
子供の中でも年長のマレックが立ち上がり、波塁の不在を伝えると、マレックはハンナとイレナを探しに出て行った。
しばらくすると、ハンナが戻ってきて、
「えーと、あなたは、ロベルトさんところの・・・」
「そうです、レナータと申します。先日、波塁様にお救い頂いて、このように元気になりましたので、今日はそのお礼に参りました。それと、お手数ですが、ちょっと外まで来ていただけますでしょうか」
ハンナは、レナータに言われるまま食堂の外へ出た。
そこには、荷車いっぱいの食料と、それを運んできたと思われる、使用人の男二人が立っていた。荷車には、じゃがいもやにんじんなどの野菜のほかに、高価な小麦がたくさん積まれていた。
「え、こんなによろしいのですか」
ハンナは驚いて聞いた。
「あれから父も、教会の子供たちが飢えていたのに見て見ぬふりをしていたことをしきりに反省していたのです。これは父なりの、罪滅ぼしのつもりなんです。ところで、波塁様はいつお帰りになりますか」
「今日は隣村まで出かけていますが、おそらく後、一,二時間ほどでお帰りになると思います」
では、それまで待たせてもらいますとレナータは告げて、食堂の椅子に腰かけた。使用人の二人は空の荷車を曳いて帰って行った。
レナータは、子供の一人が入れてくれた、ミントティーを飲んでいたが、暇なので、待っている間勉強を見てやっている。レナータの少女時代は自由であった、家がそこそこ裕福なこともあり、都会であるヴォルツホーヘンの大学にまで行ったのだ。
(勉強の機会のないこの子たちの中にも私より頭のいい子もいるだろう。なんとか学校に通うことはできないのだろうか)
しばらくして、ヤクブと波塁が帰ってきた。
レナータは、波塁に回復したことのお礼を言い、何らかの形で役に立ちたいと伝えた。
レナータのように回復し、お礼に来る人が増えており、合わせて寄付も増えていてこの教会も当分食べるには困らないだろう。しかし、全員回復したわけではない、一割ぐらいの人は亡くなっている。重篤度が生死を分けておらず、その分かれ目は何なのか、神のみ心は窺い知れない。
波塁は、ヤクブ、ハンナ、イレナ、レナータを集めて話をすることにした。
「今日で、この村、隣村の病人の治療も終了しました。明日私はこの村を出て、もっと多くの人に奇跡の恩恵を与えてこようと思います」
そこまでいうと、レナータが、
「ぜひ私もお連れ下さい」
と身を乗り出して言ってきた。
ヤクブや、イレナも同様に連れて行ってほしいと言ってきたが、
「あなたたちにお願いがあります」
波塁はこのように言ってから自分の考えを話し始めた。
「まず、ハンナさんとイレナさんですが、あなたたちは子供の面倒を見てもらわなくてはならない事は分りますね。そして、ヤクブさんですが、この間話をしたように、この灰の森教会にて信仰に目覚めたものを導く役目があります」
ヤクブとイレナは、沈黙し考え込んだ。次に波塁はレナータの方を向いて、
「レナータさんは、ここの子供たちを見てどう思いますか、先日まで飢えていて、まともな教育すら受けていません。あなたは、大学まで行かれたそうですが、十分にその力を世の中のために使っているとは思えません。レナータさんにお願いしたいのは、この教会が安定して存続できるような仕組みを考えてほしいのです。そうすれば、子供たちもまともな教育が受けられるようになるでしょう」
波塁は、この教会で実現したいことを説明した。
「この教会で安定した仕組みが構築できれば、別の教会を再建する際のモデルになるでしょう。その際には、皆さんの手をお借りしたいと思いますのでよろしくお願いします」
レナータは、正直自分に出来るだろうかと思った。しかしその気持ちを振り切って、
「私は、波塁様が来ていただけなければ死んでいた身、あの時、もし助かるならば、今度は人のために尽くすと神に誓いました。この教会の仕事が、私の命を繋いでくださったことの理由であるのでしたら、やるしかありませんね」
(なんとか、適材適所ではまったか、不安は残るもののまだやるべきことは始まったばかり、走りながら考えるしかないな)
「ちなみに、どちらに行かれるのでしょうか」イレナが聞いた。
「グルニチェに行ってみようと思います」
レナータは、グルニチェには自分の家があるので、その家を使っていただこうかと考えたが、
(夫はどう思うだろうか)
こちらで一年間療養中の間、一度も顔を見せなかった夫の心中を量りかねた。
(まさか、知らない女が住んでいたりして・・・、ならば、父を頼ろう)
「波塁さま、グルニチェには私の家があります。本来ならばそこをお使いいただきたいところですが、夫の了解も必要ですので、まずは、同じくグルニチェに住んでおります、私の義父を訪ねていただければと思います。義父は、町ではなかなかの有力者ですので、なにかと便宜を図っていただけると思います。また、私の父と義父は昔から懇意にしているため、父に紹介状を書いてもらいますのでご持参ください」
波塁は、レナータの申し出に感謝の気持ちを伝えた。
レナータは笑顔で、
「波塁さまのお手伝いをすることは、神の御心に叶う事だと信じておりますので、これは義父にとっても幸せなことだと思います。」