それぞれの場所
ドラゴは、暗闇にいた。
暗闇に慣れてくると周りが少しずつ見えてくる。土の上にごろごろとした石があるだけ、いつかも見た光景だ。あーまた戻ってしまった。
しばらく座っていたが、何の音もしないし何にも変化がないため、当ても無くふらふらと歩きはじめた。
どのくらい歩いただろうか、何の変化も無いので全く分からない。一週間、一か月?
当てもなく歩いていたが、遠くに声のようなものが聞こえてきた。但し悲鳴のようだが。それでも真っ暗な中を歩き続けるよりはましだと思い、ドラゴは声のする方に向かった。
そこでは、数十人が3匹の鬼に追いかけられていた。人間の倍はある大きな鬼が棍棒を持って人を追いかけ殴りつける。鬼の一撃で頭をつぶされ地面に張り付くが、やがて生き返ってまた追いかけられる。また潰される。
ドラゴは遠くから眺めていたが、やがてその一団がドラゴの方にやってきた。
「ようし、来やがったな、鬼など退治してやろう」
戦いに自信のあったドラゴは、最初立ち向かったがまるで歯が立たない、同じように一撃でやられる。結局、他の者たちと同じように、鬼に追いかけられては潰されるを、繰り返す羽目になってしまった。
鬼に追いかけられながら、隣で走る男に聞く。
「あんたは、いつからこんなことをしてるんだ」
「知るか、長いことやってるには違いないが、どのくらいかはわからん。地上の時間でいえば数年は経っているのかもな」
追いかけながら鬼が話しかけてきた。
「おい、お前ら教えてやろう。ここは地獄でもずっと下の方だ、ここには神の声は届かない。ここから出る事は永遠にできないのだ」
鬼に追いかけられていると前方に池のようなものが見えてきた。水の色は漆黒で波一つ立っていない。
先ほどの男がドラゴへ、
「おい、あそこに落ちたら終わりだ、地獄のもっと深いところへ行くぞ」
ドラゴは池に落ちないよう逃げ回っていたが、ついに鬼に捕まり池に投げ込まれてしまった。
池に投げ込まれたドラゴは沈んでいくが、周りは水ではなく闇であった。底が無いのかどんどん沈んでいく。そのうちに闇の密度が濃くなってきて、やがて身動きが取れなくなった。
闇に囲まれて何も見えない、何の音もしない。手足はわずかに動かせるが移動することはできない。声を出そうとしても闇が口の中に入ってきて喋れない。
ドラゴは、地獄の底で闇に体を捉えられ身動きができなくなった。
(ああ、これが永遠に続くのか)
波塁が気付くと、道の上にいた。幅4,5m程で道の両側には草が生えている。道は坂になっていたので、波塁は立ち上がって道を登って行く。
(確か、サンラジャールに剣で刺されたはず)
刺された胸のあたりを見ても傷口は無く、痛みも無い。
(ああ、死んだのかな)
道を上って、峠に差し掛かり、眼下に野山が広がっているのが見えた。川があり、家がポツンポツンと見える。
(ここはどこだろう)
「ここは幽界です」
突然背後から声が聞こえ、波塁が振り返ると女の人がいた。薄い青地に細かい模様の入った着物を着ており無表情で立っている。
「あなたは死んでここに来ました、ここで幽体が分解するのを待って霊界に行きます」
「どなたでしょう」
「私はただのガイドです。おそらく一週間ほどで完了しますので、それまでこの世界でお待ちください」
そう言って、着物の女の人は去って行った。波塁は、することも無いので、道を進み川の傍の家に行ったが、誰もいなかった。川に魚もいないし、虫も動物もいない変な世界だ。
川沿いに進んでいくと川岸に目を瞑って座っている老人がいる。
「あのよろしいですか、何をしていらっしゃるのでしょうか」
波塁が声をかけると、老人は目を開けた。
「ただ瞑想していただけです」
「もし知っておられたらここの事を教えていただきたいのですが」
「霊界こそが本来の我々いるべき場所。修行のために地上に生まれます。死んだという事は修行の終わりを意味します。しかし霊界には完全な霊体でないと入れませんので、ここ幽界で不純物を取り除きます」
「ここにはなぜ人が少ないのでしょう」
「ここは幽界でも最上位階である、覚醒者の場所です。どの時代でも覚醒者は僅かしかいません。下位層はごった返しております」
波塁は自分では自覚が無かったが、かなりの霊性レベルに達していることを知った。
そして、一定期間が過ぎ波塁は別の場所に来ている事に気づいた。
その場所は、一言で言うと田舎の風景である。道路があって、野山があって川があり、家が建っている。そして調和がとれており非常に美しい。空に太陽はないが明るく心地いい場所だ。波塁は、押し寄せてくる幸福感に圧倒されて、言葉も無く佇んでいた。
いつの間にか、白い服を着た男が近くに立っているのに気づくと、波塁は急に懐かしさを覚えると共に、過去の記憶が蘇った。
「異世界への転生に導いたのは守護霊様でしたか」
守護霊はにこにこして、
「そうだ、これは新しい試みでな、もうずいぶん前に上級霊界で検討されていたが、タイミングが難しくてなかなか実現できなかった。お前は家族を失いつらい目にあったが、それをきっかけにして山岳修行の道に入り、強い意志と清白なる心を手に入れた。そのタイミングと、異世界でのニーズが絶妙にマッチした瞬間、今回のことが実現できた」
「しかし、ほんの半年ほどしかいることができず残念です。せっかくこれからというところで」
「そんなことはないぞ、半年ほどの短い期間で会ったが、お前の成した功績は大きい、人が一生かかっても成し遂げられない程の事をやってのけた。よって、第三界から、第六界まで上昇できた。これは極めて珍しいことだ。」
「え、ここは、第六界ですか、どうりで美しいと思いました」
霊界は完璧なヒエラルキー構造となっている。霊性レベルに応じて各界があり、下位の界には行けるが上位の界へは行く事が出来ない。上位に行けばいくほど神に近づき幸福になる。その事がモチベーションになって、皆霊性レベルの向上に励んでいる。
可もなく不可もなく、普通に人生を送ったものは第一界に行く。そこから霊性レベルを上げて第二界、第三界へと進んでいくが、罪を犯したり、執着の強いものは、第一界より下の世界、いわゆる地獄行きとなる。地獄に行っても努力次第で上位階層に戻れるが大きな回り道となる。
波塁が死んだ直後、結火は竜宮城へ戻った。石の床の上に倒れた体を半身起こすと、傍らに乙姫が立っている事に気づいた。結火が乙姫を見上げる。
「結火、泣いているのですか。鬼の目にも涙とはこの事でしょうか、ほほほほ」
「乙姫様、私は役目を果たせませんでした」
結火はそう言って俯く。
「短い期間でしたが、内容は素晴らしいものでした。あの世界で確かに愛の種を蒔きましたし、波塁も成長しました。そして何といっても一番成長したのはあなたでしょう」
結火はこの半年間を思い出していた。いろいろな人に出会い、協力していろいろな事をやり、色々なものを目にした。そして何より楽しかった、出来ればもっと続けたかった。
しばらく沈黙が続いた後、乙姫が聞く。
「これからどうしますか、またあの世界に戻りますか」
波塁は結火の支柱であった。波塁の居ない世界に自分の居場所があるだろうか。
「今はまだ何とも」
「波塁は、なかなか成長したようですよ、落ち着いたら、訪ねてみたらどうですか」




