終戦へ向けて
ドラゴは目を開き、焦点の定まらない目で天井を見ている。
ドラゴはすべて思い出した。長かった霊界での償いの日々、そして、最後の仕上げとしてこの地上へ誕生したこと。しかし罪を償うどころか、さらに大きな罪を重ねてしまった。あんなに苦労して罪を償っていたというのに、これを償うにはどれだけの年月がかかるのだろう。数百年、いや数千年かかるかもしれない。守護霊様が心配されていた通りになった。
ベッドの傍らに座っている女が語りかける。
〈まだ、あなたの人生は終わっていません。今からでも挽回できるでしょう〉
どれだけの敵を殺しただろう。そして無関係の農民や一般市民も。これからの残り少ない人生でこれを償う事など不可能だ。どうせ地獄で長い歳月苦しまなければならないのなら、いっそのこと死ぬまで楽しく暮らした方がましかもしれない。
ドラゴの頭の中でいろんな考えがループしていたが、
「残り少ない人生、少しでも償いが出来る方法を考えてみるしかないか」
ドラゴは弱弱しく、そう呟いた。
〈数週間後にヴォルツホーヘンから、この戦争を終わらせるための使者がやってきます。まず戦争を終わらせる事が償いの第一歩ではないでしょうか〉
ドラゴは小さく頷いた。
イテナヤのアパートで、結火が波塁にドラゴの前世からの人生について報告した。
「すごい人生ですね、今までのことを反省して、償いにこれからの人生を費やすのであれば、終戦に応じるのではないでしょうか」
「そう思いますが、時間が経てば気が変わるかもしれませんので油断なりません」
傍らで聞いていたカシムが聞く、
「しかし、あんなに強い決意で償いをすることを誓ったのにこんな事になるなんて、私には神の法が公平であると思えません」
波塁が答える。
「神のお考えは、我々には量り知れません。私たちのレベルが低すぎて神の深い御心が理解できていないというだけだと思います。また、間違った方向へ進んだのは自らの判断ですので、誰のせいでもないと思いますが、意志の強いもの、力のあるものは、より謙虚になることが必要という教訓になりますね」
三週間後、ヴォルツホーヘンからの二名の使者と合流した。
使者の一人が、波塁に尋ねる
「今まで使者が生きて帰って来た事はありません。我々は、この任務を受けた時から、覚悟はできていますが、成果も無く死んだのでは意味がありません。何か作戦はありますか」
「事前に、サンラジャールへは工作を行いました。簡単に説明すると、サンラジャールは、サンラジャールの法および、フォロミラに反することをいくつも行ってきたのです。そのことを理解させ、今後は従うと彼は言いました。よって心配ありません」
二人の使者は驚いて、
「え、どうやってそんなことを」
「これがうまくいったら詳しくお教えします」
翌日、ヴォルツホーヘンの使者一行が、サンラジャールの居城に到着した。
サンラジャールの謁見の間に、使者である波塁と、ヴォルツホーヘンからやってきた2名がその後ろに控えて入って行く。結火はドラゴに顔を知られているため、謁見の間の入り口でいざという時のために備え待機する。
しばらくすると、サンラジャールが謁見の間に入ってきた。使者の3人は跪き頭を下げる。
サンラジャールが王座に座り、側近がサンラジャールに説明する。
「ヴォルツホーヘンより使者が参りました。彼らはこの戦争を終わらせたいようです。話をお聞きになりますか」
「話せ」
波塁が使者として、口上を述べ、終戦に向けての条件や、話し合いの場を設けることなどを説明するが、ドラゴは内容が頭に入って来なかった。まだ、どうしたら償いができるのかその答えが見いだせておらず、未だ悩んでいた。
ドラゴは、波塁の話を遮って、
「わしは多くの者を殺しすぎた。死んだら地獄で永遠の苦しみを味わう事になるかもしれん。こんなわしでも救われる道があると思うか」
波塁は戸惑ったが、少し考えてから、
「サンラジャール様の事は分りませんが、私の場合をお話しすると、どうすればよいか悩んだりした時、静かに目を瞑り自らの良心に答えを求めます。そうすれば必ず良い答えが得られました」
サンラジャールは、良心に聞けという守護霊の言葉を思い出した。その通りだ、その通り行動することを誓ってこの世に生まれたはずなのになぜこうなった。
「もはや、わしが救われる道は無いのかもしれん」
そう言うと、ドラゴは王座から立ち上がって波塁の前に行き、いきなり波塁の胸に剣を突き刺した。ドラゴの側近は微動だにしないが、波塁の後ろに控えていた2人の従者は慌てて波塁を支えるが、血が溢れてくる。ドラゴが剣を引き抜き王座に向かって歩きはじめたとき、扉が開いて結火が入ってきた。
「なぜ、このようなことを!」
ドラゴが振り返り、
「お前はあの時の」
「地獄で永遠に灼かれよ」
結火がそう言うと部屋は閃光に包まれ、ドラゴが激しく燃えはじめた。あっという間に黒こげになって床に転がった。
結火は波塁のもとに行き、波塁を抱きかかえて出血する胸を押さえるが、指の間から血が溢れてきて止まらない。
「私がいながらどうしてこんな事に」
やがて、溢れ出る血が止まり、死んだことが分かった。
結火は顔を上にあげた、泣いているようにも見える。その直後イテナヤの町に雷鳴がいくつも轟き、激しい雨が降り始めた。
突然のカミナリの轟音に驚き、部屋の中にいた者たちは一瞬窓の外に気を取られた。そして再び波塁に視線を移したとき、結火の姿は消えていた。
波塁の遺体は、すぐにヴォルツホーヘンのアルテミ教会に運ばれ、葬儀が行われた。訃報を聞いた市民が多く駆けつけている。
クラウス院長がブリュンヒルデに語りかける。
「心配していたことが現実になっていまいました。惜しい人を亡くしました」
「サンラジャールも亡くなったようですね、波塁様の死を無駄にしないためにも戦争終結を実現しなければなりません」
波塁の死後、当面代表はレナータが務める事となった。
サンラジャールが死んだことで、和平への話し合いは進み1年後に戦争は終結した。




